1話
初めてまともに創作しました。
なんちゃってSF風深海サバイバル&人外ボーイミーツガールです。
水深4,600メートル、一切の光も、音も存在しない暗く冷たい世界。
海底にはかつての文明の名残が眠り、そこには人類に代わって海底の住民達がひっそりと息を潜め暮らしている。
静寂な海底にゴーン、ゴーンと鈍く金属を叩きつける音が響く。
手足の生えた潜水艇のような機械が、ピッケルを水没したビルの壁面に叩きつけている。
「ここなら良さそうだ…」
男はコクピットの中壁で呟きながら、壁面の亀裂にチタン合金の両腕をねじ込み、押し広げる。ゴロゴロとコンクリートの塊を掻き分け、剥き出しになった鉄筋を背部から取り出したトーチを押し当て、細かく刻みコンテナに回収していく。
「シェルターの補修に必要な分は揃いそうだな」
海底で資源を採掘するよりも効率的に金属を回収できる「旧都市」の探索は、彼と「シェルター」にとって重要な仕事だ。
かつて全面核戦争に備え建造されたシェルターは既に50年以上も海の底にあり、数少ない生き残り達が身を寄せ合い、辛うじて生命を繋いでいる。
「コンテナの容量一杯の鉄筋…まだビルの一部しか回収できてないから往復だな…」
当面の間仕事場には困らないこと、自分が知らない世界の残り香を感じられる時間が得られることを静かに喜びながら「旧都市」を後にする。
コンテナを引きながらシェルターのある方向へ2時間ほど巡航していくと、規則的に発光し、今も尚生きている人工物の痕跡が確認できる。シェルターが発する発光信号だ。
信号が目視できる距離に入ると、男も潜水艇の上部に取り付けられたライトを瞬かせる。
「『コチラワダツミ キカンスル』…と」
程なくしてシェルターのゲートから発光信号が返される。
『ワダツミカクニン 4バンゲートヨリ カイシュウスル』
シェルター内の観測隊からの信号を確認し、指定のゲートへ移動する。
「アカギ室長、63式1号機ワダツミを4番ゲートへ誘導しました。ゲート内の注水を開始します。」
黒髪の若い女性がキーボードを小気味よく叩きながら報告する。室長と呼ばれた、口の周りに髭を蓄えた逞しい男が応える。
「了解した!今日も無事に彼が帰還できて良かったなヒノ君!」
「えぇ、それにコンテナもいっぱいみたいですよ」
暗い観測室には似合わぬ豪快な声と、それとは対照的につとめて事務的で物静かな声のやり取りは、観測室の日常である。
探査隊の無事の帰還と、物資を満載したコンテナを確認した観測隊の面々が安堵する。しかしその空気は一瞬にして、けたたましく響く警報音によって緊張へと変わった。
「ソナーに反応あり!北東約50!距離4200!」
観測隊の男が叫ぶ。ワダツミの遥か後方から高速で接近する影が画面に映る。
「魚影か!数と大きさは!?」
「数は2!片方は小さいですがもう片方はかなりの大きさです!おそらくは…」
「おそらくダイオウザメでしょう。」
ヒノは表情一つ変えず、冷静に述べる。
「核戦争の忌み子め…!防衛隊は出られるか!」
「既にスタンバイしています。63式2号機を8番ゲートへ移動中。」
観測室で忙しなく飛び交う会話は、通信圏内に進入していたワダツミのコクピットにも聞こえていた。
男が通信機のスイッチを入れる。
「アカギ室長、オオヒラです。状況はこちらでも確認しました。」
オオヒラ――ワダツミのパイロットが観測室のやり取りに割って入る。
「ソナーを見ました。かなり早いヤツらしい、2号機が出るまでにかなり接近されます。」
『ああ!だがしかし君の機体は今探査用の装備しか持っていないだろう!?』
「やりようはあります。防衛隊が出るまで俺が対応します。」
彼の静かでありながらも確信を持った声に、アカギは数瞬のうちに思考し、大きな声で指示を飛ばす。
『オオヒラ君、きみに任せよう!ただし無茶はするなよ!』
「分かっています。2号機が到着次第、撤退します。」
ワダツミはその場にコンテナを下ろすと、踵を返し、ソナーに反応のあった方角へ移動する。背部からピッケルとトーチを取り出し、両手に構える。
「近づいて来ているな、ダイオウザメ…距離400、300、200…」
ソナーの間隔が短くなっていくにつれ、暗闇の向こうから巨大な影がハッキリと近づいて来るのが見える。
やがて距離100を切ると、ダイオウザメの名で呼ばれる者の正体が顕になる。
全長は通常のサメのそれをゆうに超え、巨大な眼球を備え、本来ならば口から牙を覗かせているだろう頭部の前部からは、牙の代わりに10本の触手がグロテスクに蠢いている。
何かエサとなる獲物を追いかけているうちにシェルターに接近してきたのであろうか。ダイオウザメはこちらに気付くと、角度を変え真っ直ぐにワダツミへ接近する。
「相変わらず気持ち悪い見た目だ…なッ!」
突進してくるダイオウザメを紙一重で躱すと同時に、右腕を振りかぶり左のエラにピッケルを突き立てる。
エラから血を滲ませながらダイオウザメは泳ぎ続ける。勢いに振り回される機体がミシミシと音を立てる。コンソールには「右腕部 圧力過剰」の警告が表示される。
しかしオオヒラは冷静に機体の姿勢を制御し、両手足でダイオウザメの左側面に張り付くようにしがみつく。
「皮膚が固くても…粘膜なら!」
左手に握りしめたトーチを左の眼球に押し付けると、すぐさま着火する。ジリジリと音を立て眼球が蒸発する痛みに耐えかねたダイオウザメが姿勢を崩し、海底の岩肌に激突する。
寸前にワダツミは手を離し、激突を回避する。
ダイオウザメは片目を襲う激痛と、突然半分失った視界に戸惑っているのか、その場をグルグルとよろめきながら泳ぎ回る。
オオヒラはワダツミの姿勢を立て直しながらピッケルを拾い、身構える。すると通信が入る。
『こちら63式2号機スサノオ現着した!1号機、無事か!』
防衛隊の機体が救援に駆け付けてきたのだ。オオヒラは安堵しながら返答する。
「ああ、こちらの損傷は軽微。ヤツの片目を潰してやった。」
『探査用の装備でよくやる…後はこちらに任せて、コンテナを回収して撤収しろ!』
「了解した。1号機ワダツミ撤収する。」
スサノオに後を任せ、コンテナを降ろした地点に向かう。このまま4番ゲートまで辿りつけば自分の役目は終わり、後は防衛隊に任せておけば良い。そう思考していたのも束の間、この日に限ってはまだオオヒラの役目は終わらなかった。
回収しようとしたコンテナの影から何かが顔を覗かせこちらに視線を向けていたからだ。
「白い…なんだ…?」
こちらを見ていた「それ」がゆっくりと姿を現す。
白い表皮、ところどころに艷めく鱗、頭部からは半透明の触手のようなものが束になって揺らめいている。
尾ヒレと背ビレはあるが同時に、本来存在するはずの胸ビレの代わりに五本の指が伸びる両腕をユラユラと動かし泳ぐ姿はまるで人のようであり、言い表すなら―――
「人…魚……?」
目の前のそれは少女のようなあどけない表情でこちらを見つめるのだった。