『神隠し』は妖の仕業なりや?
「神隠し……ですか?」
都内のとある古びたビルの3階。
「黛探偵事務所」という小さな看板が掛かったドアの中ではそんな僕の困惑した声が零れる。
だが、依頼人である僕の目の前にいる齢40は超えているだろうご婦人は気にも留めず話を続けた。
「そうです!神隠しなんですよ!」
少し興奮した様子で話すからか座っている椅子がギシギシと音を立てる。
壊れそうで心配なのだが。
この間、買い替えたばかりなのだから勘弁してほしい。
「まぁまぁ少し落ち着いて下さい。……うーん、取り敢えず話を整理すると貴方……えっと……」
「あっ、高橋と申します」
「高橋さん、の住む村で子供が行方不明になっていると。それも何人も」
「はい」
「で、それが神隠しの所為で起こっている事だと?」
「そうなんですよ!私たちの村ではまだまだ『神隠し』などといった話が根付いておりまして、なので村中の皆が『今回の件は神隠しによって起きた事』だと信じ切って夜も眠れぬ日を過ごしております。もちろん消えてしまった子供たちの親もとても悲しんでおりますので一刻も早く解決して欲しいと」
……なるほど、要するに古い風習や慣習が残っている村っていう事か。
一通り整理してみると僕らの手に余る事案だという事を腕組みをしながら実感する。
正直、僕らのような探偵じゃなくて警察に頼んだ方が確実だと思うのだ。
そう脳内で考えた僕はふんすっと少し鼻息を荒い依頼人に大分当たり前の質問をする。
「……ここまでの大事でしたら僕らのような探偵ではなく警察に話した方が良いと思うのですが、何故ウチに?」
「最近、警察ってあまり頼りにならないって言うでしょ?それだったら前までよくテレビに出て大活躍していた探偵の黛先生にお願いしようと思いまして」
「……そう、ですか……ハァー、だそうですよ“先輩”」
答えを聞いて諦めた僕はため息をつきながら、僕らの奥で椅子にふんぞり返りながら窓の外を見ていた件の名探偵に声を掛けた。
「ふっふっふっ、お話は聞かせて頂きましたよ、マダム」
彼女は「その声を待ってました」かのようにゆっくりと椅子を回転させながらこちらに向いてくる。
そして――
「その事件!私、黛葵が解決してみせましょう!」
ドンッという効果音が入りそうなぐらいカッコつけながら立ち上がり、手で長くて綺麗な黒髪と室内なのに着ている茶色のコートを共に靡かせながらそう高らかに宣言する彼女。
彼女こそが僕の先輩でありこの「黛探偵事務所」の主である探偵、黛葵なのだ。
因みに僕はそんな彼女の助手的なことをしているしがない後輩である。
「ホントですか!あぁ、黛先生に頼んで本当に良かった。よろしくお願いします!」
「えぇ、お任せください!」
カッコつけながらもいつも通りな先輩の言葉に感極まったのか立ち上がって固く熱い握手を交わす依頼人。
僕はそんな二人の様子を見て「あぁ……」と声を漏らしながら傍観する。
あまり情報無いのにこんな安請け合いしちゃって大丈夫かな。
……まぁ、やるのは先輩だからいっか。
「それでは次は依頼料等のお話をさせて頂きますね。もう一度お座りください」
これからに少し心配を抱きながら僕は事務的に話を進める。
「依頼料についてなのですが、こちらの表を――」
僕と依頼人、互いの間にある机の下からいつも依頼料を説明する際に使っている表を取り出そうとした時、机の上にドサッと1つの茶封筒が置かれた。
それも中々の厚みがある。
置いたのはもちろん依頼人である高橋さん。
ずっと膝の上に置いていたバックの中から出したようだ。
「えっと……これは何ですか?」
「今回の依頼料です。百万円入っています」
「……えっ?」
突然、耳を素通りしていくとんでもない大きさの金額。
余りの驚きに目が点になる。
横にいる先輩も口が半開きだ。
「ひゃ、百万円?……気は確かですか?」
「えぇ、もちろん。先程も言った通り今回のこの件は村中の皆が早い解決を願っています。なので、解決して下さるのであれば出し惜しみはしません。それにあの黛先生に依頼するのですからこれぐらいは」
「……な、なるほど、分かりました。それでは依頼料は百万円という事で有難く頂戴します」
「よろしくお願いします」
震える手で重量的にも金額的にも重いその茶封筒を受け取る。
ここまで来ると逆に怪しさがマシマシになるのは僕だけじゃないはず。
だが、横にいる先輩はそうでもなく逆の逆にホクホク顔である。
心配度50%アップ。
それからは他にも色々な手続きやお話をして、今日の所は依頼人である高橋さんには帰ってもらう事にした。
ドアまで見送り、一礼。
見えなくなったところでソッと軽く息を吐いてドアを閉める。
「……ふぅ、良かったんですか先輩?こんなあっさり引き受けちゃって」
結局最初に見栄を張った以降、僕の横に座りながらも殆ど話に入ってこなかった名探偵(らしい人)に声を掛ける。
前にも似たような事があったので聞いてみたら「能ある鷹は爪を隠すんだよ!」という事らしい。
意味が分からないし、絶対に自分で言うような事でも無い。
「うーん、話を聞いた上では凄く興味深い事件だと思ったからね。だって、こんな近代化が進んだネット社会で『神隠し』だなんて面白そうな匂いがプンプンするじゃないか!……まっ、あと依頼料で百万円くれるって事だから」
そう言いながら先輩は机に置いてある茶封筒をチラチラ横目で見る。
まったく……現金な人だな。
……と言っても僕も嬉しいのは分かるし、ここでの活動を続けていくにはお金が必要だという事も分かってはいるが露骨でもある。
「でも、まさか百万円を依頼料として、それもキャッシュで持ってくる人がいるとは……些か驚きですな」
「まぁ、それだけ私の知名度があるって事だね!難事件解決して結構テレビに出てたし!」
「いや、その難事件である黒鷺事件を解決してテレビで取り上げられてたの、一体何年前だと思ってるんですか……」
そこそこある胸をバンッと張りながら誇らしげにする先輩に僕は呆れながらも、少し目を逸らす。
もう先輩とも出会って4,5年の仲ではあるがそういう格好をされると本能的にドギマギして居た堪れなくなるので止めて欲しい。
「えっと……ついこないだ、かな?」
とぼけた顔で答える先輩に現実を教える。
「2年前ですよ、2年前。先輩の家ではニュースの再放送でもやってるんですか?」
「はにゃ~?そうだったけ~?」
「はいはい、現実をしっかり見て下さい。過去の栄光に縋らないで下さい」
目線を逸らしながらとぼけた顔でそう抜かす先輩に僕はため息をつきたくなる。
折角、高身長で美人なのにこういう言動をとるから大学の同級生とかに「残念」と言われるのだ。
でも、流石にこれ以上言葉のナイフで刺したら面倒くさい事になるのでここで止めておく。
……本当に2歳年上だよね、この人。
ところでここで言っている「黒鷺事件」とは2年前に起きた連続殺人事件の事である。
元々は1つ1つが個々の事件として扱われていたが、ここにいる黛先輩がそれらの事件に共通する規則性を見つけた事によって同一犯の事件という事が発覚。
当時、警察はそれぞれの事件で全く犯人を上げる事が出来ず、半ばお手上げという状態だったがそんな場面で何故か当時無名の探偵だった黛先輩に白羽の矢が立った。
いきなりの展開に世間の目は冷たかったが、当の本人はというと初めての大仕事という事で本気で頑張り、結果解決の糸口となる規則性を見つけることとなる。
因みに「黒鷺」というのはその規則性の中で発覚した犯人のニックネームのようなモノを指し、この事件をニュースやネットで報じた際にはまだ犯人の実名が出てなかったため、代わりにこの名前を使って報道されていた。
そして、その印象が人々に深く残ったからか実名が判明した後も基本的には「黒鷺事件」として報道された、という訳である。
そんな訳でこの難事件を解決した先輩は当然の如くニュースなどで引っ張りだことなり、依頼なども沢山舞い込むようになった……2年前まではね。
人間というのは案外大きく取り上げられていた話題については冷めやすく、忘れやすいようで今ではその時の人気はどこに行ったのやら……
舞い込む依頼も年々どころか、月々減少し、今ではここの家賃を払うのにも一苦労。
2年前の稼いでいる内に念の為貯金をしておいてホント良かったと思う。
――という状況下での依頼料百万円は確かにアツいし、今時ファンが依頼しに来てくれるのも有り難い。
今回の件は是が非でも頑張らなくてはいけないのだ(先輩が)
……まぁ、それで先輩がやる気になってくれてるならそれで良いし、別に僕は一応いつでも辞めれる立場にいるから大丈夫なのだけど。
先輩とは一緒に居るのが楽しいからここにいる訳であって、生死に関わる状況ならしっかり切り捨てる。
何だかんだ結局色々な心配しか残らない状況ではあるが、いつも通り能天気そうな先輩は今後についての行動を始める。
「じゃあ早速、現場に向かう準備でも始めましょうかね」
「現地にはいつ行きますか?期限自体は設けられてないですが、依頼人の話では早く解決して欲しいそうですけど。……あと、前にも言いましたがこの事務所は禁煙です。煙草なら外で吸ってください」
持って行く備品がちゃんとあるかロッカーの中などを漁りながらも、ふとコートの胸ポケットに手を入れようとしていた彼女の行動を見逃さない。
「我慢してたんだからちょっとぐらい良いじゃん……」と小さくぼやきながら、コートの胸ポケットに入りかけていた手を誤魔化すように先輩は顎に当てる。
準備と言いながら煙草を吸おうとするのは、完全にヘビースモーカーのソレなんだよな。
「うーん、そうだね……折角お金もこんなに貰った事だし、さっさと現地に向かおうか。明後日とかどうだろう?」
「良いんじゃないんですか。でも、備品の方で若干足りない物があったので行く前にちゃんと買っておかなくちゃいけないですけど」
「そこら辺は助手君に任せるよ、頼んだ!」
面倒くさい作業は全て丸投げしてくる先輩に殺意が湧かない訳では無いが、いつもの事なので華麗にスルーする。
「何を言ってるんですか。先輩もやるんですよ。後で備品のメモ渡すので買っておいて下さいね」
「えぇ~……マジ?」
「マジです。ほらっ、突っ立ってないで動くんですよ。働かざる者食うべからずです」
「普段は別に働いても食べるお金全然入ってこないんだけど……」
「いいから行く!」
ぶつくさ行ったまま動かない先輩に喝を入れると、まるで尻尾を踏まれた猫かのように勢いよく部屋を飛び出して行った。
そんな様子を見て「はぁ」とため息をつく僕だったが、ここで思い出したかのように事務所の窓から歩く先輩に向かって「煙草休憩をせずに真っ直ぐ帰ってきてくださいね!」と叫ぶ。
この声を受けて苦々しい顔を浮かべる先輩の姿が容易に想像できるな。
そんな危機感の無いヘビースモーカーさんに対して苦笑いを浮かべながら、僕は不安と共に準備をしていくのだった。
********
2日後。
早速、僕らは現地へと赴いていた。
依頼人からの情報だけではまだまだ不十分なため、現地に住んでいる人に聞き込み調査を行う事にしたのだ。
だが、どれだけ聞いても皆『神隠し』と言うばかり。
まるで『神隠し』という言葉が独り歩きして皆を恐怖に貶めているかのように感じる。
その後、僕らはいなくなった子供たちの両親に話を聞くことにした。
どうやら、子供たちは皆いなくなった直前この村の近くにある山やほとりの川で遊んでいたらしい。
それ以降の消息が途絶えてもう早2週間経つというが、何故そんなに時間を空けてから僕らに依頼してきたのだろうか。
という感じに色々と情報を得た僕らはその日は事前に調べていた宿に泊まり、次の日はその件の山へと向かう事にしたのだが……
「……ねぇ……ハァハァ……せんぱ~い、本当にこの先で合っているんですか?」
「大丈夫だ!私の勘がこっちだと言っている」
ガサガサと木の葉を掻き分けながら前へと進んでいく先輩の後ろ姿を見ながら僕は「マジか……」と呟く。
突然「こっちだ」と言い、森の中へと入って行く先輩を止められなかった事をたった今後悔している。
「……それ、大丈夫ですか?先輩の勘って探偵なのに殆ど当たらないですよね?」
「んなことは無いでしょ。私の勘のおかげで解決した事件も何件かはあると思うんだけど」
「僕らが主にやってる仕事って殆どが物探しとか浮気調査とかじゃないですか。勘云々じゃなくて、そもそもの解決のハードルが低いだけだと思いますよ」
「むぅ……解せん……」
「あっ、流石に分かっていると思いますが森の中なので火気は厳禁ですよ。煙草なんて以ての外です」
「…………チッ」
僕は居心地の悪さを誤魔化すために胸ポケットに手を伸ばそうとした先輩の行動にサッと釘を刺す。
後ろからでも先輩が今悔しそうな表情を浮かべているのが簡単に想像できる。
分かりやす過ぎないか、ウチの先輩。
そんな感じで黙々と僕らは山登りをしていく訳なのだが、こんな鬱蒼とした森の中を無言で上っていくのは非常に苦痛なので僕はこの依頼を受けた時から思っていた事を話題として提供する。
「それにしても、この時代に『神隠し』の依頼が来るとは……些かびっくりです」
「ほう、それはどうしてだい?」
「何て言うんでしょう……こういう『神隠し』の話が凄く話題に上がっていたのって今から20年、何だったら30年ぐらい前じゃないですか」
「うーん、確かに。言われてみたらそうだね」
「それなのにこの現代でそういうのが依頼として上がってくるのって……」
「フフッ、時代錯誤、だと?」
「流石にそこまでは言いませんけどなんとも……ムムム……」
言語化するのが難しい、胸の中のモヤモヤを何とか落とし込もうと考えるが中々考えが出ない。
依頼を受けたからにはそうも言ってられないのだが。
「まぁ、助手君がそう思う気持ちも分からんでもないが、今でもこの『神隠し』というのは話題に上がっていないだけで色々な所で起きていると私は思うけどね。実際に今回私たちが依頼を受けたように、この山で遊んでいた子供が数人行方不明になっているようだし」
「…………先輩は『神隠し』を信じているんですか?」
先頭に立ち、草木を搔き分けながら道を作っている先輩にそう問う。
「信じている、というよりかはそういった現象が起こる可能性はあると考えているだけだよ」
「……どういうことですか?」
「そうだなぁ……じゃあ逆に聞くけど『神隠し』というのはどういう現象なのか君は知っているかい?」
「確か……人間がある日忽然と姿を消した事を神や妖怪の仕業とした現象、ですよね」
大分前に読んだ民俗学の説話集に書いてあったことを簡潔にして答える。
こういう時に本で読んだ知識が役に立つな。
「うむ、短くまとめるとそういう事。じゃあ次に、神という存在については色々論争を巻き起こしそうだから置いとくとして妖怪すなわち妖とは何だろう?」
「これは純粋に怪異を起こす存在の事です」
「うんうん、その通り。それでは、その妖の由来のついては?」
「えっと……元々は怪しい奇妙な『現象』の事を指す言葉だった気がします」
「おぉ、よく知ってるね!優秀な助手君には花丸をあげよう!」
先輩はこちらに振り返りながら満足そうにニッコリ笑う。
……ただでさえ美人な先輩に微笑まれると不覚にも照れてしまう。
のと同時に悔しさと苛立ちを覚えるのだが。
「今君が言ってくれた通り、元々妖というのは奇妙な現象のことを指す言葉だったんだ。だけど、様々な伝承や怪談話などと結びつき、詳細の解らない現象を具体的な形を持ったモノの仕業としたため『怪異を起こす存在』自体の事を妖と呼ぶようになったんだ」
「なるほど……妖についてはよく分かったんですがイマイチ『神隠し』とどういう関係にあるのかが分からないんですけど……」
「まぁまぁ、そう焦るな。……さっきから言っている通り、妖というのは元々『現象』そのものを指す言葉だったというのは分かってもらえたと思う」
「はい」
「っとまぁ、ここで少し分けて考えてみたいと思うがそもそも『現象』というのは目に見えないものが多い」
「……はい?」
いきなり出てきたよく分からない持論によって僕の頭の上には綺麗な「?」が湧き出た。
けれども、先輩は例を使って話を続ける。
「例えば『地震』。あれは簡単に言うと地下の岩盤が周りから引っ張られたり、押されたりすることでその岩盤が急にズレる『現象』の事だが『地震』そのものは目に見えないだろう?」
「言われてみたら確かに……」
「他には『風』とか。あれも気圧の高い方から低い方へ、空気が押し出されることによって起こる『現象』の1つだ。だが、やはり『風』そのものは目には見えない」
「そうですね」
「さぁ、何だかよく分からない話が続いたがそろそろ頭の良い君なら私が話した話を基に何か察せないかい?」
僕を試すようにニヤニヤと笑みを浮かべながら、こっちを見てくる先輩。
何だかやり返されているように感じるのは僕だけだろうか。
流石にここで負けるわけにはいかないので一生懸命考える。
森の中なので虫などの羽音が地味にうるさい。
「……えっと……うーんっと……あっ、まさか妖も元々『現象』だったから僕らの目に見えていないだけで本当は僕らの周りに普通に存在している、という事ですか?」
「That's right!その通り!やっぱり君は天才だな」
「……どうも」
いつになくテンション高く接してくる先輩に温度差のある苦笑いで返す。
それにしても珍しく真面目に話を進めてくる先輩だが、こういう真面目モードの時の先輩は知識面でも面白いから好きだ。
日常でももう少しこのモードで頑張ってもらいたい。
という願いに関して「きっと先輩の性格的にそれは無理だろうな」と自分の中で答えを出しながら、上機嫌で先に進む先輩の後を追う。
「だが、少し添削するなら正しくは『目に見えていない』では無く『見ようとしていない』だな」
「見ようと……していない?」
ボソッと言葉を零す先輩。
そんあ先輩の言葉が引っかかった僕は戸惑いながらもその部分を反芻する。
その瞬間にも何故か周りの空気が重く感じ、温度も急激に下がったのか寒く感じた。
「あぁ、だから逆に意図的に見ようとすれば見えてくるはずさ。……アレのようにね」
そこで先輩は急に立ち止まり、くるりと後ろの方に振り返って僕の後ろの方を指さす。
「先輩?急にどうしたんです、か……ヒッ」
先輩が指さしている方向に振り返ってみると、いた。
血のように赤い肌に、僕らの何倍もある体躯、そしてそれを象徴するかのような角に大きな金棒。
正に絵本の中でしか見たことが無い"鬼"がそこにはいた。
「……はっ?……えっ?」
情報量の波にさらわれた僕には今の状況を正常に理解することが出来なかった。
直ぐに横にいる先輩に助けを求める。
「せ、先輩、あ、あ、あれって何、ですか?」
「うん?見て分からない?鬼だよ」
「そ、それは分かりますけど、えっと、そうじゃなくて」
「だからさっき言ったでしょ。妖というのは普段私達には見えない。じゃあ、見えるようにするにはどうすれば良いのか。答えは簡単。『ただそこにはいるのだ』と意識すれば良いのさ」
目の前の光景に信じられない僕は先輩の話も自分から聞いたくせに混乱してまともに入ってこない。
それでも、先輩は平然と話を続ける。
「アレのように本当に妖がこの世に存在するのなら『神隠し』という現象が起こったとしてもおかしくは無いのだよ」
こんな状況でもカッコつけるようにビシッと言い放つ先輩だが、今回ばかりはツッコむ余裕も余力も無い。
そうこうしている間に"鬼"という存在も僕らの事を視認したようでじろりと睨みながら声を掛けてくる。
「ウン?何ダオマエラ、儂ノコトガ見エルノカ?」
「あぁ、見えるとも。さぁ、助手君、早速今回の件について質問してみたらどうだ?」
「な、なんで、先輩はそんなに平然としていられるんですか!お、お、鬼ですよ!?」
「さっきも言ったけど、私たちの周りには見ようとしていないだけでこういう妖が沢山いるんだよ。何が怖いか」
「ぬ、ぬぅー……」
まさに前門の虎、後門の狼という孤立無援の状態に陥ってしまった。
正確に言えば前には鬼で、後ろにはこちらに丸投げしてきた先輩という意味の分からない状況。
だが、そんな状態なため一旦深呼吸をし心を落ち着かせて腹をくくる。
「あ、あ、あの、え、えっと、その、さ、最近この山の近くで遊んでいた子供たちがゆ、行方不明になるという事がありまして……」
「童ダト?イッタイ何ノ話ダ?」
重厚で低い声と体の大きさに比例する声の大きさのダブルパンチで僕は即座にこの場から逃げたくなった。
何なら、見た目も普通に怖いからもう嫌だ。
それでも、この件を解決するためには聞かない訳にはいかない。
「そ、それでですね……し、失礼ながらあ、貴方がその、か、神隠し、つ、つ、つまり攫ったのではないかと……」
「ハァ!?何故儂ガソンナコトヲセネバラナランダ!ソレトモ何ダ、マタ儂ニ言ワレノ無イ罪ヲ擦リ付ケルツモリカ!!!」
「い、いや、そう言うつもりでは無いんですけど……」
「儂ノ住処ヲ奪オウトスル奴ハ先ニ叩き潰シテヤラントイケンダデ!!!」
"鬼"は手に持った金棒をグッと握りしめながら、より一層目を三角にする。
ほらー!怒ったー!
もう、なんで僕がこんな立ち回りしないといけないんだよ!
流石にこんな所で死にたくは無いんだが!?
何故かしれッとした様子で僕の後ろに佇む先輩にそろそろ助けを求める。
「せ、せ、先輩、マ、マズい事になりましたよ!ど、どうするんですか!」
「ふぅ……まだ何もしてこなさそうだったから静観していたけど攻撃して来ようとするのなら仕方が無いな……」
「ちょ、せ、先輩!?危ないですよ!」
よく分からないことを言いながら今にも金棒を振り下ろさんとしている鬼の前にトコトコと歩いていく先輩。
えっ、正気?この人。
「まぁ、元々この世にいて良い存在では無いから元の世界に戻してあげないと」
「何ヲ意味ガ分カラナイコトヲ言ッテイルンダ!マズハ、オ前カラ叩キ潰シテヤル!!!」
何故か油に火を注ぐような行動しながら近づいたもんだから、鬼は勢いよく金棒を先輩の方に振り下ろそうとしてくる。
「もう無理だ」と思い先輩から顔を背けようとしたその瞬間、先輩はどこから取り出したのか1枚の御札を鬼の方へ投げつけ、そして一言――
「■ンベ□■ラ□ン■ヤソ□■」
日本語かどうかも分からない言葉が僕の耳を通り過ぎたその瞬間、急に視界で閃光が走る。
あまりの眩しさにパッと目を閉じたが、次に目を開けたときには鬼の姿など一切無くなっていた。
まるでさっきまでの光景は夢だったのかと、ここには最初から"鬼"なんていなかったのだと思うほど一つ残らず消えてしまっていた。
「えっ……?」
あまりの光景に呆然としている僕を横目に、当の先輩はあっさりと「よっし、じゃあ、帰るか」と1人来た道を戻ろうとしていた。
流石にあっさりとし過ぎているし、まだこの件は何一つ解決もしていない。
未だに夢だったのではないかと疑っている"鬼"の存在が消えただけ。
だから、僕は先輩の事を引き留める。
「え、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいよ、先輩!今何をしたんですか?それに攫われた子供たちは探さなくて良いんですか?」
「んー、まぁ、そこら辺は警察の仕事だからね。それに子供たちも無事に数日で戻ってくるはずだよ、本当に『神隠し』だったならね」
「……それってどういう……って置いて行かないでくださいよ、先輩!」
僕の言葉など何処吹く風でスタスタと来た道を戻っていく先輩を追いながら、僕は他にも気になっていたことを質問する。
「というか、さっき先輩が鬼の方に投げていたあのお札って何なんですか?」
「……そういえば、確かさっき妖が存在するなら『神隠し』が起こる可能性はあるって私言ったよね?」
僕からの質問を思いっきりスルーしながら、先輩は自分の話を始める。
なるほど、これは触れられたくないという事か。
気になるけど、まぁ、察してあげましょうかね。
でも、あの御札、備品の中に無かったよね?
ていうか、今回全然持ってきた備品使ってないな。
「あぁ、確かに言ってましたね、そんなこと。だから、さっき鬼に会ったんじゃ」
「でも、実際に妖が『神隠し』などの悪さを行うという事はほぼ無いんだ」
「えっ、そうなんですか?」
じゃあ、僕がさっき怯えながら"鬼"に話を聞いたのは何だったんだ……
「別に今まで無かった訳じゃない。だけど、そんな悪さをする妖たちはとっくの昔に封印されているんだよ。だから、この現代でそのような事が起こることは殆ど無い」
「あれっ?でも、さっき妖が存在するなら『神隠し』が起こる可能性はあるって先輩言ってたじゃないですか」
「それはあくまで可能性の話さ。例えるなら……そうだな『落雷』だ」
「落雷?」
「そう、例えば、君がこの山道を歩いている途中で落雷に打たれて死ぬという『可能性』があるとする」
「ちょっと、怖いこと言わないでくださいよ」
こんな状況の後では本当に起こりそうで怖い。
両腕で自分の体を抱き、少し後ろに引きながらじとーっとした視線を先輩に浴びせる。
先輩はそんな僕の様子を見ながらカラカラと笑った。
「そんなに怯えなくても大丈夫、あくまでこれは可能性の話だ。可能性的に見ればこれは別に0では無いだろ?それに落雷によって命を落とす人も一定数いる。だが、実際には宝くじに当たるぐらいの確率だから君がこの道中で落雷に打たれて死ぬという事は殆どあり得ない、でしょ?」
「まぁ、それは確かにそうですね」
「そうだろう?さっきの話もこれと同じという訳さ」
「ふむふむ、なるほどなるほど」
「それに妖というのは確かに今では『怪異を起こす存在』という意味を持つけど、その意味を利用して危険な場所とかを示すこともあるそうなんだ」
「……それが今回の『神隠し』とどういう関係があるんですか?」
「うん?あぁ……今回消えた子供たちはこの山の近くの川とかで遊んでいたらしいからね」
「?」
そう言うと先輩はもう話すことは無いかのように黙り込んでしまう。
先輩が言っている話の1つ1つは理解できるんだけど何か、こう……うまく繋がらないというか、うーん…………
そんな感じで1人グルグル考えながら山道を歩いていると、山の麓まで帰って来た。
これからどうしようかと2人で迷っているといきなり「コラァー!!!」という怒声が聞こえてくる。
何事かと辺りを見回してみると、どうやら山の近くで遊んでいた子供たちに老人が怒っているようだ。
その様子を苦笑いしながら通り過ぎようとしたその時、老人の次の一言で頭の中の点と点が線で繋がった気がした。
「こんな山の近くの川で遊ぶなんて何しよっとか!こんな所で遊んどったら――」
『山の鬼にさ、攫われてしまうで!』
ゾクッ
……背筋が凍り、冷や汗が垂れる。
なるほど、確かにこれは僕らの出る幕じゃない。
先輩がさっき言ってた事はこれだったのか。
でも、これに気づいたからには知らせる義務はある。
余りにも僕らの立ち位置が微妙過ぎるという心配もあるのだが。
またしてもスタスタと先を進む先輩の後を追いながら、僕は連絡しなければならない場所、平たく言えば"警察"になんて説明をしようか頭を悩ませるのであった。
皆さんこんにちわ 御厨カイトです。
今回は「『神隠し』は妖の仕業なりや?」を読んでいただきありがとうございます。
読んで「面白い」と思って頂けたら、感想や評価のほどよろしくお願い致します。