しった
「じゃあ行こうか。」
リヒトーの着替えが終わり発信器を草むらの中に投げ入れるとシーダは車がある方へ歩き出した。
リヒトーはすぐには追いかけずシーダの背中を見て新たに出てきた疑問を口にした。
「お前は自分と一緒に行動して大丈夫なのか?」
リヒトーの言葉にシーダは足を止める。
「自分とお前がどんな関係であれ吸血花と剪定士は敵同士。自分と一緒にいればお前は異端者として弾かれるぞ。」
「大丈夫。」
シーダはリヒトーの言葉を即座に否定する。
「なぜ言い切れる。」
シーダが断言した事にリヒトーは分からなかった。
「…それは。俺が偉いからだよ。」
「は?」
躊躇しながらも放ったシーダの思いがけない言葉にリヒトーは思わず目が点になる。
「今の俺は吸血花の中でも高位な存在なんだ。だから誰も俺に文句を言う人はいないよ。」
リヒトーはシーダのその言葉は信じられなかった。ほんの少し見せた挙動不審な様子にシーダが何か隠し事をしている事に気がついた。
「お前はそうでも自分はそういうわけにはいかない。確か、剪定士がいる基地があるはずだ。そこに行けば記憶が回復する手立てがあるかもしれない。出来る限り近くまで送ってくれないか?」
何を隠しているのかまではリヒトーには分からないがこのまま一緒にいればシーダにとって不都合な事が起こると判断したリヒトーはそう申し出る。
するとシーダは辛そうな顔つきになる。
「…それは、無理だ。」
「ここから遠いのか?」
「そうじゃない。」
「ならなぜ?」
少し間が空いた後、シーダは覚悟を決めた顔つきでリヒトーと向き合う。
「君以外の剪定士はみんな死んだ。」
「…は?」
信じられなかった。リヒトーはシーダの言葉を信じる事ができなかった。
他の者が死に、自分が生き残った事がリヒトーには信じられなかった。
シーダの思い違いだと思いたかった。
「そんなはず、ないだろ。」
「見たんだ。記憶を失う前の君と一緒に。大勢の剪定士が死んだんだ。君が名簿を見ながら確認して、言ったんだ。自分以外の剪定士が全滅したって。」
けれど全滅を確認したのは過去のリヒトーだった。今のリヒトーには記憶にない。だからシーダの嘘だと思いたかった。けれど先ほどと違って挙動不審な様子は一切見せない。辛そうな表情をしているがリヒトーから目を逸らさない。嘘をついている顔には見えなかった。記憶を失ったリヒトーに酷な真実を伝える事が辛そうに見えた。
「…そうか。」
シーダの辛そうな顔を見てリヒトーはそれ以上聞き出せなかった。
◆◇◆◇◆
車を走らせてからしばらく経った後。
その間リヒトーとシーダは一言も喋らなかった。
リヒトーは助手席で外の景色をぼんやりと眺めている。
シーダは運転に専念していた。
「ねぇ。何か食べたいものある?」
窓の外を眺める事にリヒトーが飽き飽きしていた時、沈黙に耐えきれなかったシーダが唐突に言う。
「無い。」
「それでも何か食べないと駄目だよ。着いたら果物と肉を用意するから少しでも食べて。」
シーダの言葉でリヒトーは陽斗のもとから逃げてから飲まず食わずだった事にようやく気がつく。自覚した途端喉の渇きと空腹感によってリヒトーは不愉快な気分になる。
「あとどのくらいで着く?」
「えっと。あと数十分ぐらいかな。もう少し我慢してね。」
「分かった。」
どんな形であれ気が紛れたリヒトーは早く着かないものかと思いながら再び窓の外をぼんやりと眺める。
シーダはリヒトーの横顔を横目で少し見た後早く目的地に着けるよう運転に集中する。
先ほどの会話のおかげか車内にあった重苦しい空気が軽減され二人の顔つきが少し和らいだ。