きがえて
心配して気にはかけているが体を触るそぶりすら見せない蔦の人物に彼女は不思議に思っていた。
「…どうやら自分は記憶喪失のようだ。」
話すべきか少し躊躇した後、彼女は自分の身に起こった事を蔦の人物に話した。話した理由は彼女自身、分からなかった。
「記憶喪失!?」
「そうだ。剪定士になる前の記憶と知識はあるが、その後の記憶が無い。」
「そんな。」
蔦の人物は動揺し、今にも泣きそうな顔をする。
「何か知っているようだな。詳しく聞かせてもらおうか。」
「…それは、構わないけど。」
彼女の言葉で少し冷静になれたのか蔦の人物は彼女をちらりと見てすぐに視線をそらす。
「でもその前に。ちょっと待ってて。すぐに戻るから。絶対にそこにいてくれ。」
「分かった。」
何度も念押しした後、蔦の人物はどこかに行き、そして言っていた通りスポーツバッグを背負ってすぐに戻って来た。
「お待たせ。話の前に治療をしよう。」
「いらない。」
スポーツバッグから傷薬などを取り出そうとする蔦の人物に対して彼女は断りをいれる。
「え。でも。」
「剪定士は吸血花と戦うために強化手術を受ける。成功すれば驚異的な身体能力と治癒能力が得られ、失敗すれば死ぬか後遺症が残る。合ってるか?」
「…うん。」
彼女は断る理由を話すついでに自分の記憶の中にある剪定士の知識が正しいものなのか確認をする。
「そうか。それならこの程度の傷がすぐに治る事も知っているだろ。見ろ。ここに傷があったが、もう治っている。」
自分の記憶が間違っていない事を確認できた彼女はそう言って蔦の人物に腕を見せる。廃墟の街に来るまで傷だらけだった腕には今は傷ひとつ無かった。腕だけでなく体のあちこちについていた傷もすでに治っている。
彼女の言う通り、剪定士は大きな代償を引き換えに身体能力と治癒能力が底上げされているため彼女が負傷した程度の傷なら1時間も経たないうちに完治する。
「じゃあせめて。着替えと靴も持って来たんだ。その服ボロボロだしそういう服、リヒトーは嫌いだろ。」
「…そうだな。」
流石に服は治らないが。
彼女が着ている花柄の寝巻きはここに来る途中に枝などに引っ掛けたり泥で汚れている。穴が空き素肌が見えているほど裂けている。
加えて、彼女は今着ている服の見た目が気に入らない。好みでは無い。それは覚えていた。
彼女は差し出された服を受け取り広げて見る。裏表見て、触って感触を確かめて異常が無い事を確認する。
「少し離れてるから着替え終わったら声かけて。覗いたりしないから逃げないでくれよ。」
そう言って蔦の人物は彼女から少し離れて後ろを向く。
敵対している者に物資を与え、あっさりと無防備な姿を見せる蔦の人物に彼女は面食らう。蔦の人物の真意が分からない彼女は差し出された服をしばらく見つめた後、近くにあった廃墟の中に入り着替え始める。
貰った服は動きやすく丈夫そうなジャケットにシャツとズボンと靴下。靴も機能性を重視したもの。どれも何かを仕掛けられている様子が無い。
しっかりと安全確認した後、彼女は寝巻きを脱ぎ捨て渡された装備を全て身につける。着心地は良く、しっくりときた。
着替え終わった彼女は廃墟から出ると蔦の人物が後ろを向いたまま待っていた。このまま逃げ出す事もできたが、彼女はそれをせず蔦の人物に話しかける。
「終わったぞ。」
「じゃあ振り返るね。」
そう言って蔦の人物が振り返り彼女と向き合う。彼女の格好を見て安心そうに表情を和らげる。
「サイズは大丈夫?」
「ぴったりだ。」
「良かった。」
蔦の人物がそう言った後しばらく彼女を見つめる。
「何だ?」
「あ。その、そっちの格好の方がリヒトーらしいなって。」
「さっきから気になっていたがそのリヒトーとは何だ?」
「…君の名前だよ。剪定士になった後の君の名前だ。本当は季人っていうんだけど、君はみんなからリヒトーと呼ばれているんだ。」
「リヒトー。それが、自分の名前。」
その名前には覚えがなかった。
しかし、季花と呼ばれる時よりもリヒトーと呼ばれる方がしっくりときた。
「そういえば、お前の名前はなんていうんだ?」
彼女、リヒトーは未だに蔦の人物の名前を知らない事に気がつき尋ねる。
「俺は。俺の名前はシーダ。」
蔦の人物、シーダはリヒトーの名前を教えた時も自分の名前を教えている時も寂しそうな顔を見せる。明らかに落ち込んでいる。
「シーダ。」
「ど、どうかした?」
名前を呼ばれて大げさなくらい動揺するシーダに構わずリヒトーは聞き出す。
「お前と自分はどういう関係なんだ?」
「え。」
「お前は敵である自分を助けた上に物資まで与えた。なぜそんな事をする?」
「そ、れは。」
リヒトーの質問に言い淀むシーダ。
「自分はお前にとって何なんだ?」
質問攻めするリヒトーだが、答えはこない。
シーダは何も答えられず、顔をほんのり赤く染め下を向く。
「…何をしたんだ自分は。」
シーダの反応を見てリヒトーは記憶を失う前の自分が何をしたのか余計に気になった。