2-1 冒険者
"It is not because things are difficult that we do not dare; It is because we do not dare that they are difficult."
ゴウッ
火柱が高く上がった。
「1学年にして魔物を討伐なさるとは、さすが殿下です。」
ジークは笑顔で言った。
合わせて後ろから拍手が上がる。
入学式から数週間が経った。
本日は1年S組の初めての実戦授業。
学園の裏にある森に立ち入り、そこでの魔物を討伐するというのが課題だ。
『殿下くらいの魔力があればゴリ押しも可能っすか…。』
『なまじ魔法が使えてしまうから制御や理論の学習が適当ですね。これじゃ下層どころか数が増えた時点で潰れてしまいます。アリスさんの方がよほど上手いですよ。』
『だが、ここの迷宮のコンセプトと相性がいい。ここら辺の弱い魔物なら問題ないんじゃないか。』
指導にあたる冒険者パーティ"ウォッカ"は念話によって会話をしていた。
『それにしても、授業はジークに任せるに限るな。』
『そうですね。ウチで一番面の皮が厚いですから。』
『褒められてる気がしないんすけど、変わってくれるっすか?』
『『嫌。』』
『2人ともひどいっすね〜。』
念話ではかなりお喋りをしており、余裕綽々とした様子だ。
『もー無理。あの王子やだよー。適当に下手な魔法ブッ放すから、無駄な魔力で魔物がよってくるよぉ。無理無理。こんなやつと魔物討伐とか嫌だよぉ。』
ルツィが念話でイヤイヤと喚き散らす。
現在ルツィは生徒たちの前に出ず、後方からサポートを行っている。
故に、下手に魔力の多い連中が使った魔法が他の魔物を集めてしまわないように処理及び隠匿をしているのだ。
『なんで私の魔力をこんなことに使わなきゃいけないの?勿体無いじゃん!!いーやーだー!!』
文句を言いつつも、的確に仕事をこなしている。
さすがに有能だ。
『ジーク、そっち行ったぞ。また誰かにやらせんのか?』
『この段階じゃ殿下以外に討伐は無理っすね。適当に王子に振るっす。』
『また王子?嫌だよぉ。』
ルツィの叫びはまたも無視され、ジークは第二王子に合図をする。
「殿下、次くる魔物にも魔法をお願いします。タイミングはこちらで指示します。」
ジークは仲間内以外にはちゃんとした敬語が使えるようだった。
「…わかった。」
第二王子、ジェラルド=フォン=ガドルは不機嫌そうにそう言った。
(殿下の火力なら、これくらいゴリ押しできそうっすけど…念の為には。)
ジークは自分たちから見えない位置に魔力弾を置いた。
「今です、殿下。」
「悪しき者は紅蓮の炎に燃え尽きよ。ファイヤ。」
ジェラルドの詠唱の後に魔物から火が立ち上る。
(うわぁ、痛々しいっすね…。)
ジークは心の中で憐れみの目線を向けながら、隠してあった魔力弾で敵を攻撃し絶命させる。
(これは…必要なかったっすね。)
流石に燃え尽きはしなかったが、焦げた魔物が後に残った。
「殿下、さすがの魔法です。」
「世辞はいらん。お膳立てされただけだ。こんなことで喜ぶと思ったか。」
ジークが笑顔で褒め称えると、彼だけに聞こえるように小さな声で軽蔑するように言った。
「お前が本気でそう思ってないことくらいわかる。それに、これを自らの手柄と思えるほど私は愚かではない。」
(ひねくれてるっすねー。)
ジークはその後ろ姿を見て心の中で呟いた反面、こうも思った。
(意外と客観的に物事を見れる人っすよね。どっちかっていうと、身分や名声よりも本当に実力が欲しそうっす…。)
ジークは軽薄そうに見えるが、その反面、人の感情の機微などを鋭く見抜く観察眼がある。だからこそ、楽しんで人をからかってもいるのだが…その眼は本物だ。
「これまでで初回授業は終了です。学園に戻って次の支度をしてください。」
今回、"ウォッカ"とは別に来ていた引率教師がそう指示をして、彼らは学園へと戻っていく。
背中をガラ空きにして、楽しそうに話しながら…。
『さっきの魔法で魔物が押し寄せてきてるよぉ。隠匿しても無駄なくらいに魔力が充満してるよー。無理。自分で汚したら片付けてってよあの王子!』
念話ではルツィが騒いでいる。
『ルツィさんのお得意な遠距離だろうよ。天才なルツィさんに頼むよ。』
『そうですよ、ルツィさんならできます!いや、ルツィさんにしかできません!』
『ここで俺が下手に動くわけにはいかないっすから。天才なルツィさんにお任せするっす。』
みんながルツィを無駄に持ち上げながら仕事を任せる。
『…そんなにもち上げても嫌なものは嫌だし。………、…仕方ない。やる。』
ジークは遠くで倒される魔物の気配を感じながら慎重に学園の生徒に続いた。
(だから授業は嫌いなんすよね…。)
こうして1年S組最初の実戦授業は終了した。
「こんにちはぁ。」
ルツィを含め"ウォッカ"のメンバーが一斉に教室に入る。
ルツィは最初こそ(ジゼルに)怯えて隠れていたが、敵にならないと理解し打ち解けてからは仲良くしている。
「もぉ、やっぱここ以外の授業は嫌だよぉ。ここの授業も面倒だけどぉ。」
ルツィは I 組の生徒には素を曝け出してしまっている。
尚、対外的には繕う、というか、無言を貫いている。
「それは私もそう思います。」
リラは小さい体で見上げながらそういった。
「接待なんてジークにやらせておけばいいんです。」
「それは酷くないっすか?」
ジークは笑いながら言う。
「その通りだ。あんな真似はジーク以外にはできん。」
堂々と開き直って言い放つのはリーダーのグレン。
「いやいや、そんなことないっすよ。で、そっちはどうだったんすか。初めて講義をまともに受けたっすよね?まぁ、まともかどうかは分かんないっすけど。」
ジークは話を1年の3人にふる。
そのうちの1人、ジゼルは全く耳を貸さずに魔法陣を描き続けている。
「…そ、その、講師の方がずっと話してただけの授業だったんですけど…。」
アリスはジークの質問に答えづらそうだ。
「講師の知識自慢ですね。よくあることです。カリキュラムがありませんから、それに拍車がかかったのでしょう。」
「というか、ふつーに嫌がらせじゃないっすか?」
それに対してリアとジークは苦笑いしながらフォローした。
「その、それなんですけど…」
「あ゛〜、ジゼルに黙っておくようにと言っちまったのがいけなかったのか、その時は大丈夫だったんだが…講師の言っていることに納得できなかったらしく、実験を…。」
ランバートがアリスから言葉を引き継ぎ現状を説明した。
「…ジゼル、あんたの魔法陣の方が効率的だよー。だから、無駄な実験なんてやめなよぉ。無理無理。どんなに確かめたってそれ以上の結果は出ないよ。」
ジゼルの手元を覗き込んでいたルツィが言った。
「…いろんな実験や考察をするのは悪いことじゃないけど、でも、学園がいうことが全て正しいわけじゃないから。あんなハゲなんかより優秀な私が言うんだから間違いないよっ☆私が言うことだっていつも正しいわけじゃないけど、これに関しては見て明らかでしょー?何回やったって変わんないよ、これは。」
「……」
「そーいうことか。ジゼルが最も効率的と思っていた魔法陣と違うものが最新の効率的なものだと紹介されたから悩んでたってことか。」
グレンの呟きに2人は無言で頷いた。
「わかった、ルツィたん。」
ジゼルはルツィの言葉にそう返答した瞬間にグレンが凄い形相でルツィを見た。
「おい、ルツィ!ジゼルになんてこと教えてんだ!」
「えー、ルツィたんの方が可愛いじゃん!」
「えーじゃねーよ!ジゼルが勘違いしたらどうすんだ!」
アリスとランバートは絶句している。
ジゼルは魔女と2人で生活してきた弊害か、人の名前を呼ぶという習慣がなかった。
故に、入学式の日まで一週間アリスやランバートと共同生活してきても決して名前を呼んだりしなかったのだ。
しかし、入学式からしばらくしたときに、挨拶からジゼルに教え込んだランバートの苦労話を聞いたグレンが名前を呼ぶことの重要性と必要性を説き、教え込んだのだ。
曰く、
「これから多くの人と関わっていく上で名前を呼ばなければ互いに判断ができない。だから名前というのは呼ぶものである。」
と。
これによって名前をなんとか呼べるようになったジゼルであったが、それを見ていたルツィが自分のことをルツィたんと呼ぶように躾けてしまったのだ。
"ウォッカ"のジゼル指導目標は常識を身に付けさせることである。
故に、仲間による変な洗脳には注意が必要なのだ。
「ちゃんと教え込んだんだよー!ジゼル、私の名前は?」
「天才☆ルツィたん」
「おいっ!!」
真顔で"天才☆ルツィたん"と答えるジゼルが面白すぎて、グレンたち以外は爆笑している。
「さすが、物覚えが早い!!ねぇ、私を説明してよぉ。」
「天才☆ルツィたんは"ウォッカ"で一番偉く尊い存在。敬い、護り、献上すべき御方。魔法に関する天才で、最強の支援魔法使い。弓矢での遠距離攻撃もお手の物☆みんなの味方ルツィたん☆」
「えっへん!」
ジゼルが真顔で説明し、ルツィはご機嫌だ。
(ジゼルは本気なのか冗談なのか分からねぇ。)
ランバートは心の中で困惑しながら呟いた。
「はあぁぁ。一気に疲れた気分だ…。取り敢えず、ケリがついたなら行くぞ。いくら2コマぶっ続けとはいえ、授業だ。」
グレンがそう言うと、必要なものを持って移動を始めた。
実は I 組の教室にはひとつも荷物を残していない。
まず、"ウォッカ"のメンバーは全員がアイテムボックスを使うことができる。アイテムボックスを使うことができるなら、どこかに私物を置かず、持ち運ぶのが一般的である。
ちなみに、アイテムボックスは学園卒業時にSクラスの中でも優秀な人間が扱えるレベルに位置付けられる魔法である。
次に、嫌がらせ対策である。
I 組生徒への嫌がらせは黙認どころか推奨されており、これまでも何度か嫌がらせを受けてきている。その中で想定される嫌がらせとして、持ち物の破壊があったため、予防的措置として何も残さないのだ。実験としてダミーのノートを置いていったら案の定グチャグチャにされていた。
ちなみに荷物は全てジゼルのアイテムボックスに一時的に収納してあり、アイテムボックスはランバートとアリスの目標でもある。
以上の理由から I 組の教室はもぬけの殻である。
嫌がらせをしようとしても、盗みをしようとしても、徒労に終わることだろう。
ジゼルたちは学園裏の森に移動した。
「…魔力がいつもより多い。なにかあった?」
ジゼルは森へ入った瞬間にそう問うた。
「それは授業っす。1年S組初めての実戦授業、魔物の討伐体験・見学だったんすよ。」
「S組は学年で一番優秀なクラスな、わかってるか、ジゼル。」
ジークの説明にランバートが補足する。
「ジゼルちゃんは言うまでもなく、君たちの方が強いから、自信持っていいっすよ。」
ジークはランバートに笑顔で言った。
「ジゼルちゃんなら分かると思うっすけど、魔法の痕跡を残すって下手のやることっす。魔力が充満してるってことはちゃんと使いきれてない魔力が多すぎるってことっすからね。」
ランバートとアリスに笑顔で説明する。
ゆっくりと基礎的な知識から固めていくのだ。
「…それに、これだけ魔力が充満していると、魔物がわんさかよってくるっすよ。」
ジークがそう言いながら前方を指で指すと魔物が多数よってきていた。
「丁度いいな。ランバート、アリス、2人でどうにかしろ。問題ないだろう。ただし、結界は禁止だ。」
グレンがそう言うとランバートとアリスの2人は青ざめた。
「は?」
「へ?」
「いいか、ジゼル。手出すなよ?」
グレンがそう言うと黙ってジゼルは頷いて木に跳び乗った。
これは手を出さないということを態度でしめしている。
"ウォッカ"はジゼルが絶対に手を出さないことができる人間であることはここのところ一緒に過ごしていてわかっている。
ジゼルのこれもまた、魔女譲りだろう。
"ウォッカ"のメンバーも後ろへ下がったり、木に登ったりして、高みの見物を決め込んでいる。
ランバートとアリスは呆けていたがさすがに覚悟を決めて頭を回転させていた。
これまでも魔物を倒せと言われたことはあるが、これほど多数を相手にすることも、条件がつくこともなかった。
今回は"結界禁止"だ。
結界で時間を稼ぐことができないため、精密な魔力制御によるアリスの窒息死ほか生物的な死因を与えることが難しくなっている。そして、結界も使わずに毒薬を使えば自爆になる上、木の上に人がいては彼らを巻き込んでしまう。
(木の上…。)
アリスは空を仰いで前に教わったことを思い出す。
ーここら辺の魔物は四足歩行な上に俊敏性もあまりないですから、木を上ったりとかはできませんね。逆に耐久力は凄いので軽い攻撃を少し受けたくらいでは倒せないですよ。ー
("ウォッカ"やジゼルは木の上に上った。なら…)
「ランバートさま、上です。木の上から攻撃します。」
「了解。俺も丁度いい魔道具仕入れたばっかだしな。」
2人はスムーズに木にのぼる。
ランバートはともかく、もともとアリスは木に上ることができなかった。努力の成果である。
ランバートは背中に身につけていた長い魔道具を取り出して構えた。
それは、魔力弾を打ち出す魔道具。
ポイントは、誰でも連射がしやすいこと、狙いを定めやすいこと、射程が長いことだ。
魔力は少し多く使ってしまうが、初心者にとって、また、遠距離射撃をするものにとってはもってこいの魔道具だ。
ランバートは静かに息を潜めながら獲物が近づいてくるのを待つ。
そして、アリスは魔法を待機させて獲物が近づいてくるのを待っていた。
遠くから走って魔物が近づいてくる。
その数、13ほど。
『あの王子の魔力が残ってるせいで思ったよりたくさんだよー!絶対、守るんだよ、私を!いい?』
念話でルツィがそう叫んだ。
そして、射程内に入ったと思ったランバートとアリスは魔法を打ち出す。
ランバートの弾はあたるが、当然ながら、頑丈な体は数発で仕留められるほど甘くない。
薄い腹のあたりを狙っても、一発では仕留められない。
アリスも複数の魔法を操るにはまだ経験が足りない上、窒息死するにも1分以上はかかる。
そんなとき、2人の足場が揺れた。
「ひっ!」
「うぉっ!」
アリスは木にしがみつき、ランバートはバランスを崩して枝にぶら下がった。
「おいおい、嘘だろ?」
アリスとランバートの木に魔物がタックルを仕掛け、今にも木が倒れそうだ。
『魔力の隠匿ができてないですからね。これでは襲ってくださいと言ってるようなものです。』
『確かに魔法を使ってるときの無駄な魔力は抑えられてるっすけど、気配みたいな部分で魔力が結構漏れてるっすね…。』
『これが課題か…。死ぬ前に助けろよ、ルツィ。』
『仕方ないなぁ。2人が襲われてくれたお陰でこっちに目が向いてないから助けられたともいうかも…。大丈夫。私は痛いのも怖いのも死ぬのも大嫌いだから。』
"ウォッカ"のメンバーは念話で軽く会議をする。
『おい、ジゼル、聞こえてるな。』
『聞こえる。』
ジゼルも織り交ぜての念話だ。
ジゼルは入学後に念話を教わっていた。
目標はアリス、ランバートも念話を覚えて連携することである。
『助けに入るな、ってのは問題ないだろう。あとは、次の指示だ。これが終わったら、魔力を矢にして魔物を倒せ。ルツィに習ったんだろ?属性変化が苦手なのは理解している。よって、ただの魔力で1体倒した後は属性変化を加えながら弓を射てくれ。場所は変えずに正面からだ。遠隔操作も認めるから、奇襲以外の方法を少しは身につけろ。普段は奇襲で構わないが見つかってしまったときの対処に困ることもあるだろうからな。可能性は低いと思うが、防御は結界ではなく魔力還元・霧散だ。圧はかかるだろうが、それすらもコントロールしてみてくれ。』
『わかった、グレン。』
グレンによって次の課題の説明を受けている最中にも、アリスとランバートの乗っている木が倒された。
幸いにも、木の高いところに居た2人は魔物たちからは離れた場所に降りることができたが、安全とは言い難い。
しかし、アリスは気合いで水魔法を維持し続け1匹魔物を倒したようだった。
ランバートは走ってアリスと合流する。
その間にアリスは魔法を使って土壁を形成する。
ー土壁は威力を考える必要はないっす。ただ、速さが重要っす。そこで、魔力で土を生み出すよりも…ー
(…そこにある土を使う。)
ジークに言われたことを心の中で反芻しながらアリスが形成した土壁にランバートが隠れる。
「俺も…苦手だが。」
ランバートも手伝って、周囲に土壁を築いていく。
土壁の向こう側の土を掘って使っているため、溝ができる。
これがさらに彼らを妨げる。
360度に壁をつくってしまわずに、一箇所だけ作らなかったところからアリスとランバートは逃げる。
意図せずだが、属性魔法が苦手なランバートが魔法を使用したことによって、無駄な魔力が溜まり土壁はいい囮になっていた。
距離をとって、落とし穴に落ちた魔物から処理をしようとする。
「角度が足りねぇ。木に上るぞ。」
ランバートは木に上り、アリスは木の影に隠れた。
アリスは土属性魔法を用いてちょっとずつ穴を深くしていく、ランバートは木の上から射撃で動きの止まった魔物を仕留めていく。
しかし、穴にハマったのは5体程度。
あとの7匹はアリスやランバートに向かってこないものの、自由に動けていた。
(またランバートさまの木を倒しにくるかも…。)
アリスはランバートの木の周囲を木の強度が減らないように気をつけながら魔法で掘っていった。
しばらくして動き出した魔物5体のうち穴にハマったのは4体。
残りの1体はアリスを狙っていた。
(まずい…、誰か助けを…。否、助けなんてあると思っちゃダメ。)
アリスは急いで逃げるが、それで振り切れるほど魔物は甘くない。
(とにかく学園の門まで…そこにぶつける。)
学園の門は魔物が嫌がる成分が含まれているそうで、学園の中に魔物が入り込むことはまずない。
そこで、門の中に入らずとも、アリスは体勢を立て直そうと試みているのだ。
(まだジゼルさんみたいに木の上で動けるわけじゃないですし。)
アリスは懸命に走って逃げる。
その間にも魔法でなんとか妨害しようとするが、走ることに集中を振ってる中で魔法を使うことなど、自殺行為だ。魔法に気を取られて魔物に捕まったら元も子もない。
(身体能力強化)
修練中は地力を上げるために使っていないが、実戦練習なら話は別だ。
門が見えたときだった。
アリスの目は人影を捉えた。
その人影は学園の制服を着ていて、手をこちらに向けた。
「人の暮らしを害する悪しき魔物よ、永遠の業火に焼かれよ!炎絶!」
火の玉が飛んできたと思ったら自分を通り過ぎて後ろの魔物に当たった。
急ブレーキをかけて止まって魔物を見ると、魔物の影は苦しんでいるように見えた。
(ダメージは入っている…でも、倒せてはいない、ですね。それに…これなら私でもわかる。ここの魔力の量半端じゃない。)
ーこれだけ魔力が充満してると、魔物がわんさか寄ってくるんすよー
アリスはジークの言葉を思い出した。
(あのとき私は魔力が多いとか分からなかった。でも、魔物は10以上よってきた。これって…)
アリスは冷や汗をかきまくっていた。
「お前、大丈夫か? I 組の生徒だろう?」
「大丈夫じゃないです!」
その男の問いに思わず叫んで答えた。
「なんて魔法を使うんですかっ!魔物がよって来ちゃうじゃないですか!私はさっきので手一杯だったのに!これ以上の魔物はもう無理なんです!!どう責任とってくれるんですか!」
アリスは興奮のあまり叫んで批判しまくり、ふと我に返ってから謝罪をした。
「すみません、その、助けてもらったのに…でも、危険だから早くどっか行っちゃってください。あれもまだ倒せてませんし…。」
そう言うとすぐに魔物の方を振り向く。
(足止めにはなるかな…)
アリスは魔物の周りの土を削っていくが、後ろから腕を掴まれる。
「そうではなく、君も早く逃げた方がいい。 I 組が何を指導されているか知らないが、学園の門には魔物が近づきたがらない。門の中に入れば安全だ。魔物は本来、騎士団がでなければならない案件だ。ここで無駄に死ぬことはないだろう。」
男はアリスを説得しようと試みているようだった。
「…すみません、それは大丈夫です。ここまで弱らせてもらったのですから、あとは私でもやれるはず、です。それに、本当に死にそうになったら助けてくれますから…。」
アリスは顔もそちらに向けずに言ったため知るよしもなかったが、男は驚きのあまり目を見開いていた。
炎が消えるまでどれくらいか、溝をつくり終えたアリスは小さな火種を用意する。
そして、消えた瞬間に魔物の開いた口の中に火種を入れて内部から燃やし、トドメをさした。
「アリス、無事か?」
「大丈夫です。そちらは?」
森の中からランバートが出てくる。
「問題ない。それで全部だよな?時間はかかったが他も問題なく倒せた。だが、この魔力量はなんだ?さっきのはわからなかったが、これなら俺でもわかる。」
「…その、色々とありまして…。」
アリスは口籠もりながら男に目線をうつす。
そのとき、上からジゼルが弓をもって降ってきて着地した。
「ジゼル?」
「ジゼルさん。」
ジゼルは一度だけアリスとランバートの方を振り返り、男を見てから、門に背を向け森の中を見据えた。
「グレンからの伝言。アリス、ランバート、及第点。うまく土壁を利用した。あとは、私がやる。」
ジゼルは耳飾りのダイヤルを2つまわして魔力の制限を少しだけ緩めた。この状態ならば、アリスやランバートと同じくらいの魔力量だろう。
さらに、"第3の目"を完全解放して森の中の獲物を的確に察知する。眉間には綺麗な目が開かれている。
魔力探知という技能もあるが、魔力の濃度がわかるだけで、位置関係、空間把握には役立たないのだ。
(一発は魔力だけで…)
矢を用意せずに弓をひく。
しかし、確かに魔力で矢が形作られる。
(急所を確実に、一撃で。)
まだ肉眼で目視できない時点で森の間を縫うようにして飛んでいった魔力の矢は魔物を一撃で仕留めた。
(次は火属性…)
ジゼルは真上へ向けて炎の矢を放つ。
その後で正面へ弓を引いて矢を放つ。
2つの矢は同時に魔物に直撃し、正面の矢は脚を、上からの矢は目を破壊した。
(これで動けない…でも、仕留めきれてない。)
不満そうな顔を隠すことなく水の矢を生み出す。
ふと空を見上げるジゼルだが、曇りではどうにもならないとため息をつく。
集中をしてから鼻の穴に水の矢を確実に入れて鼻呼吸を不可能にする。その後で、空いた口から気管に水の矢を当てていく。
(これも確実ではない…。)
そのとき、念話でグレンの声が聞こえた。
『ジゼル、属性はそこまでにして実際の矢に魔力を纏わせる奴をやってくれ。1度に2体以上どうにかするのが目標だ。わかってると思うが、思ったより魔物が集まっちまって面倒だ。こっちも適当に潰してく。』
『わかった。』
ジゼルはアイテムボックスから矢筒を取り出して肩にかける。
3本ほどの矢を一気に上空に打ち出してから何本も早撃ちのように矢をいていく。
ジゼルの矢は多角的に魔物を撃ち抜いていく。
角度をつけることで、避けにくい攻撃になっているのだ。
この空間をうまく利用する戦い方はジゼルの"第3の目"あってこそ、本領発揮である。
そして、撃ち終わった矢すらも操って、何度も魔物を倒していく。積極的に脚を削っていくので、遠距離武器の弱点である寄られるという現象が起こりずらくなるようにコントロールしているのだ。
ジゼルは指定されていた魔物を全て倒し終わると、矢がひとりでにジゼルのところに戻ってくる。ジゼルはそれを手で掴み、矢筒の中に入れて、第3の目を閉じた。
「終わったのか?」
ランバートの問いかけにジゼルは軽く頷いた。
「他の魔物は…?」
「リラの餌食となった。」
ジゼルは遠い目をしながらそう言った。
リラが重量級武器で近接を行なって魔物をぶちのめしているのを見てしまった故の反応である。
『魔物は適当に追い払った。安全地帯に集合。ジゼルはそこの不審人物を連行してこい。』
『不審人物。笑。了解っす。適当に素材もとっておいたんで、ジゼルちゃんは気にしなくていいっすよ〜。』
『私はすでに待機してる。』
『了解です。素材もって帰りますね。』
『グレン、わかった。』
念話で会話した後で、徐に男に向かって技をかける。
「命が惜しかったらついてきて。」
後ろ手にして、首筋に刃物を当てながらそう言った。
「ランバート、アリス。安全地帯で集合。」
ジゼルは念話の内容を簡潔に2人に伝えてから男を捕まえて歩きだした。
途中に魔物の残骸が残されていたが、概ね回収されていることをジゼルは確認して、安全地帯へ向かった。
「よぉ、って…完全に絵面がまずいだろ。確かに俺は不審人物を連行してこい、とは言ったが、何も脅す必要はなかったんだぞ?」
先に到着していた"ウォッカ"のメンバーが最近用意されたテラスで彼らを迎える。
「ジゼル、魔法は何回発動妨害した?」
「7回。」
ルツィはジゼルの答えにやっぱりと言いながら、用意していた魔法を男に放つ。
「ジゼル、もういいよ。」
ルツィの言葉にジゼルは刃物を下ろした。男は拘束が解かれたにも関わらず動けない。
ジゼルたちも座り、リラックスした状態になるとグレンが話し始めた。
「講評からだ。簡単にはジゼルに伝えた通りだが、問題点を順に言うぞ。まず、木の上に上るという判断、これは正しかったといえる。その次だ。なぜ俺たちは襲われずにお前ら2人は襲われたのか。理由は把握しているか?」
グレンの問いに2人は首を横に振る。
「魔物の性質は教えた通りだ。強い魔力に惹かれる。だから、下手な魔法で魔力が充満すると魔物が寄ってくる。2人の魔法は確かに魔力を抑え込んでいたが、自然に体から漏れる魔力がそのままだった。だから、襲われた。あれだけ近くに寄られればその程度の魔力でも襲われる原因になる。奇襲を仕掛けたいならもっと考えて行動すべきだったな。まぁ、土壁の使い方はよかったし、実際13倒してんだ。及第点だ。」
「前の練習が生きましたねぇ。前は全部囲って動けなくなって負けでしたよね?」
リラがふふふと笑いながら成長を喜んだ。
「ジゼルは…弓の扱いが良かったとルツィが褒めていたぞ。」
「この天才☆ルツィたんが言うんだから間違いないっ!」
「属性魔法の変換は要練習だな。逆ができるならできると思うんだが…。」
グレンの言葉にジゼルは頷いた。
「さて、講評も終わったところで、なんでこんなところにいるっすか、おーじさま?」
ジークが目線を合わせて笑いながら男に話しかけた。
ちなみに、目は笑っていない。
「自由選択講義だったから、実技の練習に森へ入った。」
「それで下手な魔法を撃ったんすか?実技の練習なら訓練場があるっすよね?」
「クッ、それが本音か?」
「だったらなんすか?世辞を嫌ったのは、おーじさまの方じゃないっすか?」
ジゼルが関係もないのに舌打ちをしているのは以前のことで恨んでいるのだろうか。
「王子?…ってことは第2王子殿下?」
「そんな御方に私は何を…すみませんすみません、命だけは勘弁してくださいっ!」
遅れて反応した2人は"王子"というワードに挙動不審になっている。
「顔くらい知ってんだろ?入学式で挨拶…って、お前ら集中してて見てなかったか。」
グレンは知らなかった理由を問おうとして自己完結した。
「オージ?」
ジゼルは例の通り、王子の意味を理解していない。
「…何を考えてるかは知らないっすけど。なら、話を変えるっす。なんで魔物討伐は難しいと思うっすか?」
「…魔物が強いからだ。騎士団で戦っても死傷者が出るのはザラだ。」
常識的なことを聞かれて、馬鹿にされたと思ったのか王子はムッとした。
「不正解っす。ここまでの話を聞いてなかったんすか?そこの2人で13体倒してるんすよ。魔物を倒すのはそんなに難しいことじゃない、ただ、やろうとしないから難しくなるんすよ。」
「だったら…!騎士団が、魔法師団が手を抜いているとでも?」
「手を抜いている、というよりは必死さが足りないんす。なにがなんでも倒して生きるという覚悟が、全てを使い尽くしてでも勝つという必死さが、足りないんす。魔物討伐で死んだら名誉、英雄、なんて讃えられて、生きることを諦めてるからっすよ。仕方ない、仕方ないって。」
心底馬鹿にしたような発言に王子は憤って反論しようとして、なにも言えなかった。
「…若いっすね〜。」
ケラケラと笑いながらジークは言った。
「アリスちゃんにランバートくん?もう十分休んだっすよね?」
ジークの目線に2人はビクッとする。
「今日の相手は俺っす。ーー死ぬ気でかかってこい。」
2人は外へ出て、というか、出された。
ルツィは椅子を安全地帯の端に持っていき、座って彼らを見物する。
王子は椅子に縛り付けられて座らされ、グレン、リラ、ジゼルの団欒に混ぜられていた。
「いいですか、ジゼルさん。王子というのはこの国の一番偉い人、王の息子のことを言うんです。だから、控えめに言って偉いんですよ。」
リラが懇切丁寧に王子についてジゼルに講義している。
ジゼルへの講義内容は8割方常識についてである。
「国、というのは前に話したかから分かってると思うんですけど、その中で割と偉い方なんです、王子は。」
第二王子ジェラルドは目の前で王子についての講義が行われているのをどんな顔していればいいのか理解できなかった。
「…天才☆ルツィたんとどっちが偉い?」
ジゼルは考え込んでそんな質問をした。
そして、グレンは崩れ落ちた。
「それは王子です。確実に。」
リラも引き気味にそう答えた。
「そもそもだな、俺がパーティーのリーダーなんだ。ルツィよりも俺の方が偉いだろ。」
グレンはテーブルを叩いて主張するが、ジゼルは不思議に思ったのか首を傾げてこう言った。
「リーダーとはパシリのことだと聞いた。つまり、一番偉くない。」
「おいルツィ!!」
あまりに酷い扱いにグレンが叫ぶ。
「今、仕事中。パシリは黙ってて。」
「ルツィ、テメエ!!!」
「ダメです。グレン、アリスさんとランバートさんの保険ですよ!」
グレンがルツィの元に行こうとするのをリラは全力で止める。
前衛・近距離攻撃手・物理専門のリラが全力で止めれば、グレンだろうと動ける道理はない。
「そろそろ限界っぽいよ。そっちも準備したほうがいいんじゃないの?あと、ジゼル、王子よりも私の方が偉いから。」
「おい!」
グレンはルツィの言葉を訂正しながらアイテムボックスから荷物を取り出し準備をする。
出てきたのは大きな人形が8つ。
魔法が付与されていて、カカシのように棒で土に立てている。
ルツィはじっと遠くを見つめて、ふいに弓を取り出して空高く打ち上げた。
「ジゼルほど空間をうまく使えないけど、ここから1発当てるくらいはできるんだよねぇ。」
ルツィの矢は治癒の魔法を矢にしたもの。
ジゼルが魔物を倒すときに使ったのはルツィの技の変化版なのだ。
「いつも通り、怪我だけは治したよ。」
「安全地帯にいると魔法を使用しても騒がないですよね。」
「だって私は痛くないし?」
リラの質問にも平気で答える。
それから暫くして、気絶した2人を引きずってジークが現れた。
「どうだった?」
「ちょっとはマシになったすかね〜。まぁ、まだまだっすけど。」
ジークは笑いながら2人を安全地帯に横たわらせる。
「じゃぁ、やるか。開始は5分後。それまでは互いに攻撃禁止。いつも通り開始の合図はルツィの光魔法の打ち上げだ。同時に念話でも確認できるだろう。脱落者への攻撃は禁止、毒などの攻撃も禁止だ。いいな?」
グレンがルールを確認し、皆が頷いてから全員が安全地帯を出る。
瞬間に、ジゼルはジャンプして森に消える。グレンは歩いて森を進み、ジークは木に触れながら進む。リラはその場から動かなかった。
5分経ってルツィが光の矢を打ち上げて、念話に声が響く。
『開始』
ジゼルは第3の目を最大限使って敵を見つける。
(ひとりめ。)
気配を消して小刀で首を狙う。
しかし、その刃は首に届かず宙を切るだけ。
脚が木に引っかかってバランスを崩す。
その瞬間に男の刃がジゼルを襲うが、間一髪で避けて着地する。
(そう簡単にはいかないか。)
相手はグレン。
罠を張るならグレンだろうとジゼルも当たりをつけていた。
グレンは5分間の間に無数の罠を張り、自分を囮にして相手を殺す。
(ここじゃ危険がすぎる)
ジゼルは撤退を決意。
その瞬間、別の方向から魔法が飛んでくる。
グレンは盾を取り出して避け、ジゼルは結界を複数張って避けながら魔力弾を操って攻撃元に撃ち返すが手応えはない。
そして後ろから重い鈍器が飛んでくる。
ジゼルは避けるがグレンは腕にダメージを受ける。
それを見たジゼルはグレンに小刀を投げる。
『グレン脱落』
心臓に刀が刺さると念話で皆にルツィ声が響く。
もう、この場所にいる意味はない。
ジゼルを含め、皆撤退をした。
(グレンが脱落したところで罠は生きている…)
ジゼルは罠に注意しながら慎重に引こうと思った瞬間に鋭い風魔法がジゼルを襲った。
頬が微かに切れ、血が流れる。
刹那、リラからの攻撃。
ジゼルはリラからの攻撃を受けて体制を崩すが、その瞬間にリラとジークに魔法を発動。発動対象は彼らではなく、彼らの足元、土と水の魔法を用いて泥に足を埋めたのち、魔法をとき固める。
足止めを行なってからジゼルは飛びのいて逃げようとするが、それもフェイク。
ジゼルは魔力弾を生成し、ジークを攻撃する。
ジークは植物に魔法をかけ、植物のツルを限定的に成長させてジゼルに絡めた。
そして、ジークは魔法を使って地面から抜け出してリラに攻撃を向ける。
しかし、その目線の先にリラはいない。
ジークはリラの投げた鈍器をまともに受けた。
『ジーク脱落』
そして、リラは鈍器をジゼルにも向けようとするが、ジゼルは消えていた。
最後にリラの首筋に刃が突きつけられて、終了。
『リラ脱落』
ここまでで今日の鍛錬が終わったのだった。
"It is not because things are difficult that we do not dare; It is because we do not dare that they are difficult."
「難しいからやろうとしないのではない。やろうとしないから難しいのだ。」
ルキウス・アンナエウス・セネカ
ローマ帝国の哲学者