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1-3 魔物

"I do not know anyone who has got to the top without hard work."

 目を輝かせたのは支給品にあった1冊の本であった。


 ジゼルは魔女の元で多大な経験を積んでいたが、魔女の足元にも及ばなかった。

 それは迷宮を1つ踏破した今も同じこと。


 魔女はたくさんのことを教えてくれたが、それは魔女ができる全てのことではない。


 魔女が使っていた魔法のひとつ、アイテムボックス。

 この魔法は亜空間にモノを収納する魔法で、時間の概念がないため腐敗を防げるという利点のほか、物資の運搬が楽になり、例えば弓矢で戦闘中も物理的に持てる以上の矢を用意しておいて使うことができるのだ。


 現在、ジゼルは身一つでどこへも行けるように荷物を整えているが、プラスアルファで持てるに越したことはない。

 当然、急に魔法が使用不可能になった時を想定して、手元にもあらゆるモノをおいておくが、アドバンテージには違いないのだ。


 そのアイテムボックスの理論が書かれた本をジゼルは見つけたのだ。


 「おい、ジゼル。誰が夜の見張りするか決めてねぇだろ。」


 読もうとしたときに、ランバートに止められる。


 「なんで?」


 「なんでじゃねぇよ。聞いてなかったのか?俺らは殺されそうなんだ。だから、夜は交代で見張りをする。それを決めようってんだ。」


 「なんで?」


 (結界があるから問題ない。)


 既に結界を張ってしまったジゼルには意味のわからない話だった。


 「だー、クッッソ。話が進まねぇ。」


 「ひっ!すみません、すみません。」


 「何もしねぇから怯えんな、あと謝んな。」


 ランバートは頭をかきむしった。


 「今日はこの部屋とトイレしか使えねぇ。だから、俺とお前は外で見張りをする。寝るときは交代、いいな?」


 「構わない。でも、なぜ建物から出る?」


 「そりゃ、年頃の男女が同じ部屋じゃまずいだろうが。」


 「なぜ分ける?王都に来るときもだった。」


 ジゼルの頭から外での見張り、というのは完全に消え失せていた。


 「間違いがあっちゃまずいだろ。」


 「何を間違えるんだ?」


 ジゼルは不思議すぎて質問した。


 「伝わんねぇのかよ、そりゃ、色々あんだよ。アリスがいたら話せねぇが、あとで教えてやるから、もう黙ってろ。」


 「ああああああ、あの。」


 「あ゛?」


 ジゼルに向ける勢いのままアリスに振り返ったため、アリスは青ざめて固まった。


 「ひっ!その、ランバートさまに言うのも失礼な話だと思うのですが、その…」


 「変に傅く必要はねぇから。ここじゃ身分なんて関係ねぇし。」


 「では、その、ジゼルさんは女の子だと思います。」


 「は?」


 「そ、その、ランバートさま、はジゼルさんを男性だと思っているように聞こえたのですが、ジゼルさんは女性だと思いますよ。あの、勘違いだったら、すみません。」


 「は…」


 ランバートが固まり、ギギギと首を回してジゼルを見る。


 「ジゼル、女なのか?」


 「女。」


 証拠が必要かとズボンを下ろすと、見ちゃいけないものを見てしまったと阿鼻叫喚の騒ぎになった。


 「ジゼルさん、早く戻してください。見ちゃってすみません、けど、早く。私が言ったからですよね、その、すみません、すみません、すみません…」


 「たたたたった、確かに、女だ。だが、見せる必要はなかった。俺はむしろ被害者だと思う。おい、ジゼル、それ、他のやつにやってんじゃねぇだろうな。」


 後ろを向いて目を両手で多いながらランバートが叫んだ。


 「…王都へ来る途中で1回。試験の途中でも確認が必要かと思ったら止められた。」


 そりゃそうだろ、とランバートは叫ぶ。


 「いいか、二度とするなよ。これでも後継者教育の一環で見たことねぇわけじゃねぇが、これからクラスメイトで一緒にやってこうってやつのを見たらどんな顔すりゃいいんだかわかんなくなるだろうが。」


 「すみません、すみません、私が余計なこと言いました、すみません。」


 「いや、性別を勘違いした俺が悪ぃ。すまなかった。」


 ジゼルを置いてけぼりにして騒いでる2人を奇妙な生き物を見るように眺めていた。


 そうしてるうちに、暗くなって字も読めなくなってきた。


 残念ながら灯りを提供する魔道具は壊れていて使い物にならなかった。


 ジゼルは2人が騒いでるうちに眠りについた。



 「はぁ。とりあえず、夜の見張りの件だが。…ジゼル、テメェ寝てんじゃねぇよ。」


 「すみません、すみません。」


 「俺が見張りしたってお前が起きなきゃみんな死ぬんだよ。こいつ、自覚してんのか?」


 座って寝てるジゼルは両手に短剣を持っている。

 これでは起こしたら自分が殺されそうだと危機感を覚えたのだった。


 「アリス、お前はここで寝ろ。俺が外で見張りをする。一晩くらいならどうにかなるだろ。」


 「すみません…」


 「謝るくらいなら今日は寝て、明日頼む。」


 ランバートはそう言い残して建物を出た。



 次の日の朝、建物周辺に魔物はいなかったようで、ランバートの取りこし苦労となったようだ。


 「…おはようございます。」


 「…おう、おはよ。」


 「…」


 ジゼルは結界に魔物がかかっていないか確認をしたが、結界が傷ついた時点で自分に知らされてくるようになっているため、強い魔物はいないだろうと考えていた。

 ジゼルは念の為、低レベルで"第3の目"を発動し、確認した。


 「はぁ。お前な、ジゼル。わかった、最初から説明するから、ちゃんと聞け。」


 確認し終わったと同時にランバートがジゼルに話し始めた。


 「お前は常識が欠落してる。対人コミュニケーションもだ。いいか。朝起きたら"おはよう"と言うんだ。」


 「なん」


 「どうせ"なんで"とか言うんだろ。まず、相手に心を開くって意味だ。お前にわかりやすく言えば、敵じゃねぇって確認、ってとこか。次に、互いに生きてることに感謝するんだ。最後に、相手の反応を見る。相手がどんな奴なのか、元気なのか、そうじゃねぇのか。毎日挨拶してりゃ、異常があったら気づくだろ。いつもと違うってな。だから、ちゃんと挨拶をしろ。わかったか。朝起きたら"おはよう"だ。」


 「…おはよう。」


 「よし。」


 ランバートは満足したように頷いた。


 「今日の予定はあるか。同じことをする必要はないが、行動は互いに把握しておいた方が色々と便利だしな。ちなみに俺は予定がない。」


 「あの、私も予定はないんですけど、部屋の掃除を終わらせてしまおうと思います。その、他の仕事に手が回らないと思うのですが…その、すみません。」


 アリスがおずおずと手をあげて発言した。


 「そりゃ助かる。他のことは任せてくれ。今日中に終わらせる必要はねぇから無理はすんなよ。外出も知らせてくれれば構わん。まぁ、俺も、多分アリスも、家を追い出されてるから帰る場所も行くあてもないだろうが。」


 「…大丈夫です。その、これくらいなら終わると思います。」


 「んで、ジゼル、お前はどうすんだ。」


 ランバートはジゼルに尋ねた。


 「…この森にある主要な薬草を集めてくる。あとは、魔物を誘き寄せて倒す。…アイテムボックスを使えるようにする。」


 「…そうか。お前がそう言うってことはこの森にはまだまだ魔物がいるってことだな。だったら、俺はここから離れない方がいいか…?戦力にはならんが、アリスと自分くらいなら結界で…」


 「…?魔物はこの建物に入れない。から、必要ない。」


 決死の覚悟を決めようとしているランバートに疑問を持ってジゼルが言った。


 「…お前が冗談を言うとも、嘘をつくとも思わねぇ。根拠があんのか?」


 「結界を張ってある。外に出てくる程度の魔物だったら問題ない。」


 「…嘘だろ。徹夜した俺って…。」


 「見張りは必要なかった。」


 ランバートは恐ろしいほどに沈んだ。

 睡眠不足で精神状態が危ないのだろう。


 「そそそその、結界が壊れたりしないんですか。つくったのがジゼルさんならジゼルさんがいなくなったら意味ないんじゃ…。」


 「問題ない。私が仮に死んだとしてもしばらくは保つ。」


 (信じてない…?)


 ジゼルは魔物が襲っても大丈夫だという確信が持てないのだと結論づけた。


 「魔物を()()()()()。」


 ジゼルはそう言って寮を後にした。


 「あぁ、俺の…、あいつ、狩りに行きやがって、クソ…昨日のうちに説明しとけよ…。」


 「あれ?あああれれれ?聞き間違いじゃなければ()()()()()って言ってませんでした?」


 「俺もここまでか…もう、限界だ…。」


 「えぇぇ、ランバートさま?」


 アリスがジゼルの残した言葉に疑問を呈しているのにも気づかず、ランバートは眠りについた。



 ジゼルは適当に移動し、魔物が居そうな場所を探した。


 魔力がより濃い場所を目指す。



 (ここらへん…)



 そして、ジゼルは懐から使用済みの指輪を出す。


 使用済みの指輪はジゼルの切り札でもある。

 ジゼルは、それをひとつ持ち、それのある部分だけを超少量の魔力で壊した。


 すると、指輪から大量の魔力が外へ放出される。




 人間には魔力を製造する所謂、『魔力炉(まりょくろ)』と、魔力を貯蔵する、『魔力嚢(まりょくのう)』が存在する。魔力とは生命を維持するために必要なエネルギーであるから、全てが尽きると死亡する。したがって、魔力炉で魔力を製造し、魔力嚢に貯めているのだ。


 一般に、魔力量と呼ぶとき、これは使用可能な魔力がどれくらいかを指す。人間は生存本能によって、魔力嚢の魔力が尽きる前に危険信号として頭痛や吐き気をもよおし、魔力が使用不可能になる。その使用を制限された魔力を除いた魔力が使用可能魔力となり、その量を魔力量と呼んでいる。


 一般的には、魔力量の差は魔力嚢の差であり魔力嚢が大きいほど良いとされるが、魔力炉にも大きな個体差が存在する。

 魔力嚢が少なくとも、魔力炉が発達していれば、戦闘で魔力を使用してもその補充がとても速く、下手に魔力嚢が大きいだけの人間よりも実践では余程使える魔力量が多い。

 試験の魔力量測定では魔力を満タンにして試験に臨むため、その差は見えないが、実戦になると天と地ほどの差がある。



 ジゼルは魔力炉に異常を持つ人間だ。

 ジゼルの魔力炉の魔力製造はとても優れているが、魔力嚢が満タンになったら魔力の製造をやめる、という魔力炉の性質が欠落しているのだ。つまり、魔力嚢が満タンになっても、魔力を製造し続けてしまう。しかし、貯蔵する場所がない大量の魔力は身体に貯まり、暴走し、やがて爆発する。

 それが、ジゼルの異常、そして、魔女が拾わなかったら死んでいた所以である。


 その対策として、ジゼルは指輪を着用し、魔力嚢を満タンにした後に製造された魔力はその指輪へと貯蔵される。外付けの魔力保管庫なのだ。指輪は使い捨てで、指輪が魔力で満たされるとそれ以上は使えなくなる。それ以上魔力を溜め込んでしまうと爆発してしまうのだ。


 そして、指輪はジゼルの切り札でもある。

 少し魔力を込めて投げるだけで爆弾になる、というのが使い方の一つだが、今のように、部分的に破損させることで、魔力を大量に放出し、魔物を誘き寄せることもできる。


 あまり大量に放出すると、大気中で起爆する恐れがあるため注意が必要だ。



 莫大な魔力が放出されたことによってジゼルの方へ魔物が集まってくる。


 (このまま拠点まで…)


 ジゼルは頃合いでうまく引きつけるように速度を調整しながら、寮の方へ向かった。


 「戻った。」


 ジゼルは入り口から堂々と戻った。


 あまり時間は経っていなかったため、ランバートは眠りこけ、アリスは同じ部屋の天井を磨いていた。


 「ジゼルさん、早かったですね。そ、その、狩りは、もう終わったんですか…?」


 「まだ。でも、食料は()()()()()。今晩は飢えない。」


 アリスに食料の問題はないと伝えた。


 「それは嬉しいですけど、ランバートさまはお休みになっているので、その、すみませんが、ご飯は後になると思います、すみません。」


 「寝てる…。」


 ジゼルはランバートを横目で見た。


 「薬草を探してくる。」


 「そ、そうですか。」



 ジゼルはくるりと振り返り外へ出ていった。


 外に出なかったアリスは幸運だったと言えるだろう。

 外に出れば、結界の周りに群がる数多の魔物を目にすることになっていたのだから。


 たくさんの魔物、とはいうが、20もいない。


 ジゼルは結界の機能を見せてやろうとうまく、魔物を倒してしまわないように上空を通過して外に出た。


 (薬草)


 しばらく木の上を進んで、めぼしい薬草を探す。

 できれば数株持ち帰って、結界内で育てようと考えているのだ。


 寮からしばらく離れて木から飛び降りる。



 それから数時間後の寮内、1階の掃除された綺麗な部屋でランバートが目覚めた。


 「はぁ…寝ちまったのか。今、何時だ…?」


 時間が分からないためと外の様子でも見ようと入り口を出たところで悲鳴を上げた。


 寮内に轟いたその絶叫にアリスが階段を降りてきた。


 「ランバートさま目覚めたのですかって…ひっ!」


 アリスは声を上げることもできずに腰を抜かした。


 魔物が一定の場所から近づいてこないとはいえ、気絶しなかっただけ優秀といえるだろう。



 それから数分が過ぎた頃、ジゼルが帰ってきた。

 それも、魔物の上を飛び跳ねながら。


 ジゼルは魔物の死角に入るように意識して飛んでいたため、無事だったのだが、そんなことを気にするほど2人に余裕はなかった。


 「おおおおい、どういうことだよ。」


 「魔物が…多すぎます。」


 2人の言葉にシュタッと着地をし、結界の中に入ったジゼルは後ろを指さしていった。


 「結界は丈夫。夜は寝ていい。」


 彼女にしては珍しく少しドヤ顔に近い表情をしていた。

 基本的に無表情なのでわかりにくいが。


 「そーいうことじゃねぇ。いや、結界についてはありがたいが。」

 「どどどどうしてこんなに集まってるんですかっ!」


 興奮気味にジゼルに尋問する、本当にその答えが欲しいわけじゃないだろう。


 「…集めたから。」


 「は?」

 「へ?」


 しかし、ジゼルに言葉の裏を読むスキルなどない。

 アリスの質問に素直に答えた。


 「……ちょっと待ってくれ。今、お前が集めたって言ったな?」


 しばらくしてやっと正気に戻ったランバートが尋ねると、ジゼルは首を縦に振って頷いた。


 「どうやって?いや、それはもういい。なんでこんなことしたんだ?」


 「…結界を理解してなかった。だから見た方が早い。」


 「朝、固まってたからか…。」


 ランバートは朝のやりとりを思い出して後悔する。


 「魔力を出して集めた。…昨日もやっていた。」


 「昨日の魔物を集めたのもお前なのか?」


 嘘だろ、と言いながらランバートは頭を抱えた。


 「昨日は集めていない。」


 「は?昨日お前がやっていないって、だったら誰が?」


 そう言った瞬間にジゼルはランバートを指さした。


 「結界で魔物を誘き寄せた。」


 「嘘だろ。いや、疑ってるわけじゃねぇが。」


 「でででも、確かにランバートさまに襲いかかっていたような気がします…、その、すみません。」


 アリスは気弱ながら昨日の様子を語った。

 案外、図太いのかもしれない。


 「結界が魔物を誘き寄せるっていうなら、この建物を覆う結界も魔物に襲われるんじゃねぇか?」


 「それはない。囮用と違って魔力を隠蔽してある。そもそも、無駄になる魔力も少ない。」


 「囮用って…」


 「そういえば、昨日、ランバートさまに『結界もいい囮だった。役に立った。』って言ってました。」


 グサグサと傷を抉るアリス。

 気弱そうに見えて、やはり、図太いのだろう。


 「はぁ。自信がねぇよ。端っからそんなのねぇけどよ。実際問題、これどうするつもりだったんだ?」


 それでも現状を打破しようと動けるところがランバートの優れたところだろう。


 「食べる。」


 「その、魔物は毒なのに食べるのですか。」


 「毒を取り除くだけ。栄養価はむしろ高い。」


 魔物は毒であるという知識は一般的なものであるが、正しい捌き方で捌けば食べることができる、栄養価が高くとてもおいしい、と知る者は少ないだろう。そう、魔女や魔女に育てられたジゼルのような特殊な者たちだ。


 「そうなんですか…すみません。」


 「いや、普通じゃないんだが、もうジゼルだからで納得しそうだぜ。」


 ちなみに、ここ2日で常識が塗り替えられすぎたアリスとランバートは順応し始めている。否、思考放棄をしているというべきか。


 「で、これを全部倒すのか?お前ならできるのか?」


 「問題ない。けど」


 「けど…?」


 「2人で倒したらいい。私は本が読みたい。」


 ジゼルはそう言い放った。

 自己中心的にも程がある発言。


 「無茶ですよ、そんなの。ジゼルさんならともかく、私なんて…。」


 「そうだ、俺は、昨日初めて魔物を見たんだ。」


 2人は無理だと騒ぐ。


 「これからも魔物を殺すつもりはないのか。」


 静かに言う。


 「この程度で死んだら生きていけない。」


 ジゼルに似合わぬ流暢な言葉遣いに2人はハッとする。


 「この程度もどうにかできないとはその頭は飾りか。」


 見下すような、見放すような目。


 それに触発されたのかランバートは覚悟を決めた。


 「みっともねぇことを言った。いつまでもお前に守ってもらおうと少しでも考えていた俺が情けねぇ。だが、俺には知識も技能もねぇ。だから、少しでいい。教えてくれ。」


 ランバートは地面に座り、頭を床につけて頼んだ。


 「ジゼルさん、毒を使えば私たちでも魔物を倒せると言ってましたよね。私には毒の知識がありません。どうか、それだけでも教えていただけませんか。」


 アリスの目は潤んでいる。

 ただ、声には迫力があり、いつもの気弱な声は鳴りを潜めている。


 ランバートとアリスの雰囲気に過去の自分を見たのか、ジゼルは静かに言った。


 「引き際を心得ろ。ダメだと思ったらすぐに安全地帯まで引く。頭を使え。力押しで勝てなくとも工夫すれば下手な力に勝る。切り札は見せるな。一度見せた攻撃は2回目絶対に当たらない。実力は相手に低く見積らせろ。油断した隙は小さな力でも倒せる。」


 魔女がジゼルに教え込んだことだ。


 「…毒は調合する。その間に1匹は普通に倒して。毒を使うと食事にならない。」


  一息に言った後ため息をついてから建物の中に入った。



 「何か策あんのか?」


 ランバートはアリスに聞いた。


 「正直、俺は考えんのとか得意じゃねぇんだよ。お前はジゼルの言ったことも俺が言ったことも細かく覚えてただろ。」


 「…その、私も分からない、です。けど、危なかったらすぐにこの結界にとびこめばいいんだってわかったから、その、ちょっとは頑張れそう、です。」


 アリスは途切れながらも、そう言った。


 「なるほどな。だが、そもそも、1体だけを相手にすることができんのか?」


 「……」


 アリスは考えこんで、ふと結界で止まっている魔物たちの方へ目を向けた。


 「魔物を相手してるときに、ああやって他のが入ってこなければ…」


 小さな声で呟いたとき、頭の中を昨夜のやりとりが脳裏をよぎった。


 『強力な結界に緻密な魔力制御…』


 『俺は確かに支援系とありえねぇくらい親和性があるけどよぉ…』


 (そうか…!)


 「ランバートさま、結界魔法で1体だけを囲えますか。それをこの結界にくっつけてです。」


 「できるが…」


 「他の魔物が入ってこない空間ができるはずです。それをここの結界に接続すれば、退避も自由になるはずです。」


 「…なるほど。そうだな。」


 ランバートは周りを見回してどの魔物なら倒せそうか探す。


 「昨日ジゼルが倒してたのはアイツか?」


 「問題はどうやって倒すかですね…」


 「ジゼルはナイフで倒してたな、2回くらいで。」


 「ナイフなんて持ってないですよ…。」


 「剣ならある。いいもんじゃねぇけどな。」


 ランバートが持っているロングソードは刺し貫くのに適したもので、長さは1m弱である。


 「…試してみるか。」


 ランバートは結界を張り、1体だけを囲った中に入った瞬間に足に噛みつかれた。


 「うっ…」


 それでも、そのまま剣を振ろうとする。


 「ランバートさま、戻ってください!」


 アリスの言葉に正気に戻ったランバートはなんとか自分だけ戻ろうとするが、噛みついた魔物が離れない。

 無理に戻ろうとするが、魔物も一緒に結界の中に入ってきてしまう。


 これでは、安全地帯すら消えてしまう。


 アリスはどうにかランバートの足に噛みついた魔物をどうにかしたいが、今にも食いちぎられそうだ。


 (やっぱり毒以外には思いつかない…。私の魔法が威力が足りないし、力もない。毒を使ったら食事にならないし…。)


 手元にあるのは、掃除中に持ってきてしまった埃を落とすはたきと、何故か見つけた胡椒だけ。


 一方のランバートは逃げられないとわかった瞬間からとにかく魔物を切ろうとする。


 「クッソ。昨日と同じ奴だよな。ジゼルは2回で切ってたのに、よっ!」


 怒りに身を任せて剣を振りまわすが、装甲に傷をつけるだけで切れない。


 昨日ジゼルは1回目と全く同じ場所を切ることで切り落としていた。

 そう、2回全く同じ場所に剣を下ろすのは至難の技なのだ。


 そんな中ジゼルが現れた。


 毒の調合が終わったのだ。


 「…」


 (なぜ引かない。いや、逃げられない?)


 ジゼルはランバートが噛みつかれているのを見て、引こうにも弾けないことを悟った。


 仕方ないとばかりにため息をついてから、アリスの元へ歩き、彼女の手元から胡椒を奪取すると、それを持ってランバートの元に移動した。


 ジゼルは胡椒を魔物の鼻付近に散布しまくった。


 そして数秒後、魔物は大きなくしゃみをしてランバートは建物の方へ弾き飛ばされた。

 なお、ボロボロだった建物は壊れ壁に穴が空いてしまった。


 (…胡椒でくしゃみをしてしまえば噛み付いているものを離すしかない。ジゼルさんは何も特別な技術を使ってない。すみません、ちゃんと頭を使えないから…。)


 アリスはそれを見て自責の念に駆られた。


 「痛っ!死ぬかと思った…。」


 なんとか気絶せずに済んでいたランバートは自分の治癒魔法で傷を治療していく。

 治癒魔法・回復魔法と云われる魔法は自己免疫や自分の中の回復を助けるもので、傷跡を消したりするものではない。あくまで、自然の力で治った状態に早くもっていくものだ。故に、ランバートの脚の傷は残るだろう。


 魔法で痛みがマシになっているとはいえ、ダメージはダメージだ。


 片脚を引きずりながらアリスのところへ戻ってくる。


 「結局、外側をどうすることも出来ねぇ。何度も剣で切ろうとしたんだが、ダメだった。」


 苦悶の表情でランバートは言う。

 その言葉にアリスは目を丸くする。


 (()()をどうすることも出来ない…なら、()()なら?)


 アリスはゆっくりと立ち上がった。


 「おい、アリスどこへいくんだ。」


 自分の予想のまま、導かれるように魔物の前に立ち、結界の内側から魔法を発動する。


 それは小さな小さな火種。


 それを魔物の中へゆっくりと運ぶ。


 火種のみ、魔物の口に入るような火種をつくるには緻密な魔力制御が必要だ。

 大きな火は力任せにつくれるが、小さな火は繊細に操る必要があるのだ。


 そして、十分中に入ったら、アリスは火を燃え上がらせた。


 外側からは何をしたのか分からないが、魔物は悶絶している。


 アリスはそこから火力をまた上げる。

 一般的な魔法使いにしては小さな火だが、内側から焼かれるには十分だった。


 魔物はしばらくして倒れた。

 口からは黒い煙が吐き出されている。


 (できた…?)


 「アリス、やったのか…?」


 アリスは自覚なく呆然とし、気が抜けたのか、腰が抜けてストンと座った。


 ランバートは立ち上がれないアリスの様子を見ると、脚を引きずりながらも結界の中に入り、魔物を引きずって安全地帯に入れた。


 ランバート、実は影の功労者でアリスに発想を与え、噛まれても、吹っ飛ばされても、結界を維持し続けた。

 アリスの魔法なら、結界がなくても変わらなかったが、魔物を回収する前に周りの魔物に食べられていただろう。

 夕食を確保できたのは彼のお陰なのだ。


 一匹が死亡したことを確認して逃げていく魔物もいればそうでない魔物もいる。


 ジゼルは魔物を見渡してその内の数匹を見てから水魔法を起動する。

 水球がいくつか現れて、狙いを定めた魔物に飛んでいく。


 水球は形を崩さずに魔物の顔を覆った。


 そして数分が経って魔物は崩れ落ちた。


 窒息死したのだ。


 (そうか…ただの水魔法でも魔物は殺せるのか。)


 ランバートは唖然とした。


 アリスが行った魔法は高度なものだった。

 否、高度な魔力操作が必要なものだった。

 魔物とて、全開に口を開けているわけではない。アリスは隙間から火種を入れたのだ。


 しかし、ジゼルの水魔法に必要な魔力操作は高度なものではない。

 威力も、水の量も、多くはない。


 これが工夫というものなのだ、そうランバートは思った。



 ジゼルは倒した魔物を安全地帯へ全て運んでから、アリスに毒の粉末を手渡した。


 「実験。全部やっていい。」


 ジゼルとしては魔物の肉があれほどあっても食べ切れない。

 ならば、毒の調合をしたものの実験台になってもらおうと考えたのだ。


 ジゼルは知っている薬草も多かったが、植生が違う以上、威力の差は見極めておきたかった。


 アリスはなんとか立ち上がって、風魔法を利用して毒の粉末を彼らに服用させた。


 魔物を一度倒して吹っ切れたのだろう。


 緻密な魔法制御かつ無詠唱の魔法はジゼルから見ても素晴らしいものだった。


 (効きも予想通り。)


 ジゼルは全ての魔物が倒れてから、それらを安全地帯に運び込んだ。

 ランバートもそれを手伝った。

 アリスは家事ができる程度には筋力があったが、魔物を運ぶには不足していた。


 「手伝えなくてすみません…。」


 「いや、俺こそ、俺は魔物を倒せなかった…。」


 ランバートはそこそこ落ち込んでいた。

 自分以外は魔物を倒してしまったのだから。


 「…」


 ジゼルはそちらに目もくれず、全てを安全地帯に運んだあと、片っ端から捌いていった。


 「せめて、だが、捌けるようにはしておかねぇと。」


 「わ、私も…。」


 ジゼルの手捌きをじっとよく見て目に焼き付ける2人。

 魔物はたくさんいたから真似をしながら何度も練習をした。


 「ジゼル、ここ、教えてもらえるか。」


 ジゼルが捌き終わってからは、質問しながら捌いていく。


 「これは服にする。これは…薬になる。」


 ジゼルは言葉少なに使用目的まで話していく。

 これもまた、魔女の受け売りである。


 全てを捌いた時には日も暮れていた。


 「灯りがないのが不便だな…」


 ランバートはひとりごちた。


 「なぜ?」


 「なぜってそりゃ、壊れてるからに決まってんだろ。」


 ランバートは壊れた魔道具を見せた。


 ジゼルは壊れた魔道具を手に取って、じっと見つめた。


 「燃料切れ…。」


 「は?」


 「壊れていない。」


 ジゼルはそう断言した。


 「どういうことだ?」


 「旧式の魔道具。魔力消費量がとても多いから使えてなかった。」


 ジゼルは観察しながらそう言った。


 「どういうことだ?」


 ランバートの質問に静かに答える。


 「魔道具は使用者の魔力を使って魔法を使う道具。」


 わかる?という目線でランバートとアリスに視線を向けると2人は頷いた。


 「昔、旧式の魔道具は限られた者にしか使えなかった。なぜか。魔力の消費量が激しかったから。」


 魔女が昔説明してくれた言葉をなぞるように説明をした。


 「旧式の魔道具には特別な素材は使用されていない。だから魔法を起動する以上の魔力が必要だった。」


 ジゼルの目はどこか遠いところを見ていた。


 「魔道具の意義が問われ衰退したあと、それを解決する方法が考案された。」


 ランバートは眉間に皺を寄せ厳しい顔をしている。


 「魔物から採取できる魔石や迷宮から取れるような魔石を利用すること。」


 そう言って、ジゼルは魔物から回収していた小さな石を見せる。


 「魔石には大量の魔力がある。だから、自分の魔力を使わなくても…」


 ジゼルは魔道具に魔石を慣れた手つきでセットした。


 「魔道具が使える。」


 ジゼルの手元の魔道具に灯が灯った。


 「現在の魔道具は、魔道具自体に魔物からとれる皮などを使うことで、魔力の消費量が少なくなった。つくれる魔道具が増えて便利になった。けど、複雑な魔法は魔道具にできなくなった。」


 静かに言いながら、灯りを机の真ん中においた。


 「…魔物を倒してたくさんの素材が手に入ったけど、魔石はこれだけ…だから今の魔道具は普及したんですね。」


 「確かに、使っているのはかなり少量だったはずだ。だが、わざわざ旧式なんてものを置いたのは嫌がらせかなんかか?魔物を倒さねぇと使えねぇってことじゃねぇか。」


 ランバートは学校側の意図を想像して舌打ちをした。


 「…ででも、もし使わせたくないなら、何もおかなければいいじゃないですか。あの、すみません。」


 「確かにな…。水道みたいなのがついてるのは冷遇してねぇ証拠かなんかだったはず…。この場合は、ゴミだと思って適当に置いておいたか、古代の遺跡から採掘した、みてぇなことで置いたか、だな。こいつは置いておいて、使い方分からなかったんじゃねぇか?」


 アリスとランバートは支給品の中からノートと筆記用具を取り出して、色々書き込み始めた。


 書いてある内容は今日知った、魔物の倒し方や捌き方、魔道具に関する知識だ。


 「そういや、俺は昼まで寝てたから問題ねぇが、朝飯も昼飯も食ってなくて平気なのか?」


 ランバートはふと気づいて尋ねた。


 「…?」


 「食事は1日1回で十分です。昨日は贅沢にたくさん食べましたから。なんか、贅沢しすぎて悪い気がしてきました…。あの、すみません…。」


 ジゼルは訳がわからないという表情をし、アリスは当然のように答えた。


 「まさか、お前ら、1日1回の食事が当たり前なのか?」


 「その、貴族のかたとかなら…」


 「お前も貴族の出だったよな?」


 アリスは1日3回の食事は贅沢と感じているようだった。


 「あのな、ジゼルは置いといて、平民だって普通に生活してりゃ1日3回飯を食うわ。そりゃ、貴族みたいな豪華な食事じゃねぇだろうけど、少なくても3回くらいは食べるわ。」


 ランバートは呆れたように言った。


 「俺が少数派なのか…?むしろ、俺が異常なのか…?」


 逆に、自分の常識に不安を覚え始めたようだ。


 ジゼルはアリスやランバートが文字を書くのをじっと見ていた。


 そして、徐にノートとペンを取り出すと、意味もなく線を書いた。


 「ジゼルさん…、なにを?」


 アリスが流石に気になって質問する。


 ジゼルは3回に2回はかすれさせている。


 「これがうまく使えない。」


 困ったという表情が無表情の中に若干見ることができる。


 「ペン…ですよね?」


 「2回目。思ったよりも書きにくい。」


 ジゼルは何度も練習をする。


 「文字は読めるのに、か?」


 ランバートも疑問を呈するが、ジゼルは真剣にペンを練習する。


 「…誰しもできないことはある。できないならできるようになるまで努力するだけ…か。」

 「ジゼルさんが何もせずにこんなに強いはず、ありませんよね。」


 改めて気合を入れ直した2人だった。

題名はマーガレット・サッチャーの言葉より。

"I do not know anyone who has got to the top without hard work."

訳 : 「懸命に働かず(努力せず)してトップに立った人など、私はひとりも知りません。」


今回からは英語の格言を副題にしようかなと考えています。


今回、魔物をなんなく倒すジゼルにもできないことがあり、努力を重ねていることを見たランバートとアリスはこの当たり前のことに改めて気付かされたんじゃないかと思います。

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スピンオフ短篇


「帰省」
ある日ジェラルドは何気なく尋ねた…
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