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1-1 入学試験

Admission Exam

 ジゼルは翌日、馬車に乗せられて王都へ向かった。


 ジゼルは魔女が無口だったことに加えて、長いこと1人で暮らしていたこともあって、基本的には何も話さない。


 (馬車…人の代わりに馬が引いている…。走った方が速いのに。)


 呆然と始めての馬車で馬車そのものに疑問を持っていた。


 魔法を利用することによって身体能力の底上げが可能な上、自前の持久力とスピードもなかなかであるから馬車よりも自分で移動した方が速いと考えるのも当然のことだ。


 ジゼルは平坦な道が続くことに驚きつつも、周りを警戒していた。


 迷宮で得た能力を使わずに警戒するのは自身の力を伸ばすためであり、力を隠すためである。


 恐ろしいほどに敵意も害意も向けられない状況に逆に悪寒を感じながらも大人しく馬車に座っていた。


 馬車に同席している同年代の少年少女はジゼルを避けながら会話をしていた。

 街で生活している者同士ある程度面識があるはずだが、ジゼルを見たことがあるものはいない。

 見るからにボロボロの服、左頬にある大きな傷。

 街で生活している彼らからして受け入れがたいのだろう。


 それとは別に、これから行われる人生を分けるといっても過言ではない入学試験に緊張しているというのが大きな理由の一つであることに違いはない。


 暫くして、馬車を操縦している人間に降りるよう告げられた。


 ジゼルも他の人間も降りて、建物に入った。


 そこは宿だった。


 「持ってきている食べ物があるならそれを食べなさい。それがないならここで買って食べろ。」


 馬車を操縦している人間たちがそういった。


 少年少女たちは、持参した食べ物を食べるか、食べ物を買うかした。


 もっとも、ジゼルは食べ物を持ち合わせていない。

 更に、通貨など持っていない。


 したがって、なにもできなくなったのだ。


 (食事をする時間…)


 ジゼルは食事まで命令されるのかと新鮮な気持ちでいたが、自分の食事がないことに気づくと、徐に建物から出ようとした。


 「おい、君、どこに行くんだい?」


 馬車を操縦していた人間に尋ねられる。


 「食事、とってくる。」


 何を当たり前のことを、と思いながらジゼルは外に出ていった。


 ジゼルは周囲を見回して食事(獲物)を探す。


 宿の周りには森があったので、そこらへんで何かを採ってこようかと思っていたら、馬車を操縦していた人間が出てきた。


 何をしているのか、とそれを見つめると、怒鳴り込んできた。


 「なぜ外に出た。危険じゃないか。君たちを安全に届けるのが私たちの仕事だ。それを見過ごすことはできない。」


 「危険?」


 ジゼルは心底わけが分からないといった様子で尋ね返した。


 「そうだ。ここは森に囲まれている。歴戦の騎士や冒険者なら単独で踏破できるかもしれないが、子どもがうろつくような場所ではない。」


 (危険…?山よりも安全に見える…。)


 ジゼルは疑問を残しながらも馬車を操縦していた人間に従った。


 ジゼルにとってこの森は危険の範疇には入らない。

 ジゼルが魔女と暮らしていた山の方が危険なくらいで、迷宮となんて比べちゃいけない。


 しかし、ジゼルは自分に安全に見えているということは偽装がされている可能性がある、と判断したのだ。

 偽装されていて、自分が見抜けないとなると、危険のレベルが計り知れないと。


 (今度、狩りしよう。)


 ジゼルは今回は諦めつつも、次回来たら腕試しのために入ってみようと考えていた。

 引き際に自信があるため、深部までは入らないつもりだ。


 (…困った。)


 そして、食事を得る機会を失ったジゼルは食事を諦めた。


 ジゼルは1週間程度、食事をしなくても問題はない。

 2日くらいならパフォーマンスにも問題はきたさない。

 ジゼルが狩りに失敗したときは魔女に飯抜きをされていたため、耐性があるのだ。



 ジゼルたちは男女で部屋を分けて眠ることになった。


 「男子はこっち、女子はそっちの部屋で寝てくれ。」


 ジゼルも流石に男と女は理解していた。


 (私には子宮がある…。女。)


 「男はあっちと言っているでしょう?」


 女子の部屋へ向かうと拒否された。


 「女。」


 どうしたら理解してもらえるかと考えて、下の服を脱いだ。

 ジゼルには恥じらいの欠片もなかった。


 「わ、わかったから。早く服を着て。」


 悲鳴が上がったが、ジゼルは疑問に思うだけで、指示にしたがって服を着た。


 (人の顔が赤い?なぜ?)


 ジゼルは服を着てから女子の部屋で睡眠をとった。

 布団が与えられた後、普段通りに結界テントを張ろうとしたが杭を打ち込めないため簡易の結界にとどめた。


 眠りを浅くすることで、眠っていても結界を解除してしまわないように維持するのだ。

 これはある種の訓練として行っていることで、成功している深さの眠りならば心配いらないのだ。



 変わった旅が数日続いて、(ついに馬車の旅の間ジゼルが食事にありつけることはなかった)王都にたどり着いた。


 


 「入学が決まった後は寮に入れるが、それまでの一週間は宿をとって過ごすように。」


 (宿…)


 ジゼルは困惑をした。


 (宿は泊まる建物…。)


 これまでの旅路で宿について知ってはいたが、予約や支払いについては何も知らなかった。


 そもそも、一銭も持ち合わせていないジゼルではどこの宿にも泊まることはできない。


 「この一週間のうちに各校で入学試験が行われます。場所を選ばなければ入学できないことはありません。ご存知かと思いますが、資料を配布します。読めない人は申し出てください。以上で解散となります。長期間の移動、ご苦労様でした。」


 ジゼルは文字を読むことができる。


 最低限の読み書きができねば、魔女からの指示書を読むこともできないし、薬草を覚えるのにもより苦労を強いられただろう。また、ジゼルは魔法に使用される古代語を読むことができる。魔女の手伝いをするうちに、ある程度鍛えられたものである。しかし、この時代において古代語が読める人などほとんどいないことなどジゼルには知る余地もなかった。


 (素材を取引してもらえる…)


 the Zweifel School -ツヴァイフェル学園-


 素材の持ち込み取引が認められる資格が取れる学校はいくつか存在する中で、この学校だけが学費が無料であった。


 (誰でも入学可能…)


 無料で誰でも入学可能な学校はいくつか存在するが、そこで素材持ち込み取引が認められるのはここだけ。


 さらに、在学中から取引が可能になるというメリットがあった。


 ジゼルは全く気にしてはいなかったが、ここは国内の戦闘技術を教える学校の中で最もレベルも歴史もあるところだ。

 貴族や王族もここへ入学させるために金と権力を駆使して優秀な家庭教師をつける。

 国立学園であるから、裏口入学はご法度だ。


 (試験日…?これはいつのことだろう?)


 ジゼルが困惑したのは試験日である。


 ジゼルも魔女も日付とは無縁な生活を送っていたため、ジゼル自身も自分の正確な年齢を知らない。

 暦も見たことがない。


 幸い?にも、願書の届出や事前の申し込みを必要としなかったため(ジゼルはそんなことを考えていない)、ジゼルはその学園の近くで暮らし、目の前で待つことにした。


 ツヴァイフェル学園の近くにはジゼルにとって都合の良いことに森があった。


 森にはたくさんの生き物の気配がする。

 食料には事欠かないのであった。


 ジゼルはテント式の結界をはり、毎日適度な運動をしながら、過ごしていた。


 それから3日後のこと、学園の門が大々的に開き、試験だと大声で喚起していた。


 ジゼルはそれを聞いて門に歩いていき、指示に従って受験番号(406番)を受け取った。


 周囲の目は風変わりな受験者であるジゼルに向けられていた。

 ツヴァイフェル学園は国立の最高学府である。

 とある世界の地球にある日本という国でいう東大、アメリカでいうハーバード大、のような超エリートの学園である。

 表向き、誰も蹴落とさない学園と名乗ってはいるが、受験者は殆どが貴族、力のある商人、それらにバックアップを受けている子どもたちである。

 彼らは、それまでの努力に対する自負と誇りと、選民意識をもっている。

 故に、そこに異物が紛れ込むことに極端な反応を示す。


 ボロボロの衣服に、左頬の大きな傷跡、千切れたように短い髪、煤けた肌。


 そんな人間が自分と同じようにツヴァイフェル学園の試験に望むことすら許し難い、いじめるどころか、近づくことすらしたくない、そんなアレルギーに近い反応が見て取れる。


 ジゼルはそんな視線に気づいていた。

 感情は理解できずとも、自分に対して向けられている視線(感情)に敏感でないと迷宮では殺されていただろう。

 最初はたくさんの視線に警戒をしていたが、迷宮で得た"第3の目"のような能力によって、それらが直接自分を害するものでないと気づいてからは放置していた。(食欲や直接的な殺意ではなかった。)




 「この試験は入学時のクラス分けのために行うものだ。我々は君たちの実力が知りたい。是非、存分に力を振るって欲しい。」


 ジゼルは説明書にも書かれていた試験の目的を聞き、黙って頷く。


 しかし、ジゼルは後半の言葉に対して少し反応を見せた。


 ("実力が知りたい"…いや、実力は低く見積らせるべき。)


 ジゼルは心の中で魔女の教えを反芻した。


 ジゼル(魔女の教え)の中で、相手の実力を知ることは戦闘において重視される。

 それを知ることによって、ときに、簡単に相手を殺してしまうことができる。


 つまり、逆に相手に実力を知られてしまったら、簡単に殺されてしまう可能性がある。

 だから、油断させるために実力を低く見積らせるべきである。


 ジゼルは魔女になぜそのようなことをする必要があるかまで教えられていた。


 故に、


 (この人は私を殺したいのだろうか。)


 試験官に対して強い猜疑心を抱いたのだ。


 ジゼルが見るに、試験官の実力は自分より劣っているように見えた。

 しかし、筋力は当然自分を上回っており、魔力量も封印している状態では自分の方が劣っている。

 さらに、思考力を加えて戦術や駆け引きになれば、どんなに弱い相手でも勝敗はわからない。


 ジゼルは恐ろしいほどに注意深かった。

 過剰な自信も過剰な謙虚さもなく、ただ、あるがままに現実を認識していた。

 これほど怖い人間はいないだろう。


 (飾り(封印)は外さない。弱点を見せる。)



 「まずは魔力量を測定する。この魔道具に手を乗せると、ここに数値が出る。それをそれぞれ担当の試験官が測定する。終わったら、順路にしたがって次へ進んでくれ。」



 ジゼルは指示の通りに魔道具に手を置いて数値を出した。


 ジゼルの使った魔道具の列だけ異様に人がいなくて、ジゼルを周りが避けていても、ジゼルは全く気にしなかった。



 「406番 魔力量測定値 4 です。」



 この世界では常識だが、先天的に魔力量が決まっていると言われるのは魔力を入れる器である。

 コップのサイズが小さければ、どうあっても中に入る水に当たる魔力の量は小さくなるだろう。

 中に入る魔力は後天的に変わってくるもので、産まれてから成長するに従って増加し、老化と共に減少する。


 この試験で使われる魔道具で測ると、赤子の魔力量は大体10以下。

 そこから徐々に増加し、試験を受けるような年齢(12歳から18歳)となると、50くらいが平均である。

 このことをジゼルは知らないが、周りの人間は理解していた。


 声にこそ出さないが、赤子レベルの魔力しか持たないジゼルに対して軽蔑、侮蔑、同情、さまざまな感情を向けていた。

 それは受験生だけでなく、試験官も…


 ジゼルは試験官が言った言葉にも何も反応を示さず、周りが嘲笑をしていようとも、その意味を理解することすらなかった。


 ジゼルにとって自分に向けられる感情は自分を殺す(傷つける)意思があるものか否かの2種類だけなのだから。



 ジゼルは順路に従って次へ進んだ。



 「ここでは魔法の威力を測定します。好きな魔法をこの魔道具に最大火力で撃ち込んでください。魔力消費については、この試験の後に魔力回復ポーションを支給するので、気にせず、思いっきりやっちゃってください。」



 次の試験官は優しい童顔の女の人だったが、ジゼルには興味なかった。



 (弱点…魔力弾以外全て。)



 ジゼルは魔力を使えないように封印をした上で、苦手な魔法を全力で撃ち込むことで実力を隠すという方針を立てていた。



 今や、ジゼルは現在の魔力封印状態でも迷宮を踏破できる。

 あの迷宮内の魔物は意識の外からの適切な攻撃ならば、かなり少ない力でも倒すことができる。それこそ、赤ちゃんや幼児の魔法でも倒すことができてしまう。(赤子や幼児が魔法を扱えるかはまた別の話。)

 あの迷宮は殺意や害意に敏感になることが可能であるというものだから、逆に意識の外でない攻撃ならば、どんなに強いものでも軽々と防がれてしまう。

 故に、ジゼルにとって魔法の威力はそこまで大事なことではないのだ。



 よって、ジゼルの攻撃は必要最低限の威力を低コスト(必要魔力, 発動時間, etc...)でというのが主。

 その最低限の威力で撃たれる魔力弾がジゼルの中での最大火力、対する苦手な魔法だと…。



 「406番 攻撃最大火力測定値 0です。」



 どうやら、小数点以下切り捨てらしかった。

 これは知るよしもないことだが、ジゼルが迷宮で使用している最低威力の魔力弾の威力が 1 である。

 つまり、魔力弾を下回る威力の魔法を使ったなら、当然 1 を下回る。

 小数点以下を表示しない切り捨ての魔道具では、当然の如く 0 と表示されたのだ。



 (…もっと強くてもよかった、かも。)



 これには流石のジゼルもやりすぎたか(セーブしすぎたか)と思った。



 (実力詐称バレる、かも…)



 最も、気にしているのは実力を隠そうとしていることが試験官(敵)にバレるかどうかということ。

 魔法が発動しているのに火力0では逆に怪しまれてしまう可能性があるからだ。


 ジゼルの中で実力を隠すことは当たり前であるから、(程度は兎も角)誰もがしているのだろうと思って気にしないことにした。



 「この先順路がふたつに分かれるッス。男の子はこっち、女の子はそっちに行ってくださいッス。」



 (なぜ男と女で分ける?)



 ジゼルは王都への旅の最中からずっと男女で分けることに疑問を持っていたが、特に指摘することもなく、女の順路へ進もうとする。



 「君、ちょっと待って。」



 看板を持ちながら順路を案内している試験官に腕を掴まれた。



 「?」


 

 (…そうか。)



 「私は女。証拠、見せたほうが…」



 ジゼルは学習していた。

 自分は性別を間違われやすいと、証拠を見せると(なぜか悲鳴をあげるが)納得してくれると。 



 服をめくろうとしていた手をまた掴まれる。



 「わざわざ見せなくても君が女の子なのは分かってるッスよ。」



 焦ったようにジゼルの手を止めて、ジゼルにだけ聞こえるように小声で言った。



 (なら、なぜ?)



 視線が集中する中でジゼルは最大限、能力も少し利用しながら警戒をした。


 試験官に害意は全くと言って良いほどない。それどころか、敵意すら向けられていない。



 「今の試験、全力じゃなかったッスよね?いや、全力は全力だけど、苦手なんスかね火魔法は。」



 ねっとりとしたような声で耳の側で囁かれた瞬間、ジゼルの毛が逆立った。


 ジゼルの目の瞳孔が完全に開き、その試験官を睨みつける。



 (苦手がバレた…)



 ジゼルは火魔法を使った。

 目的は最大威力を弱く見せること、得意魔法が火魔法であると錯覚させること。



 火魔法が苦手とバレれば、火魔法でないと対処できない状態をつくりだすことで有利を取られる可能性がある。少なくとも、自分(ジゼル)相手()ならばそういう戦略で相手を殺す。



 最も、今の封印状態のジゼルでは魔力弾のような魔力をそのまま扱う魔法以外は概ね同じくらい苦手であるが。



 極限状態のような実戦にずっと身を置いてきたジゼルは、生存本能から試験官をどうにかしようと考える。



 (殺される…、でも切り札はまだ…)



 「大丈夫。そんな心配しなくてもなにもしないッスよ。誰にも言ったりしないッス。」



 だから、ジゼルはその言葉の意味が分からない。



 確かに、ジゼルとて殺せる相手なら全て殺すような殺人鬼ではない。



 (もう少し能力を使っておこう…)



 ジゼルは自分の力を成長させるために能力の使用は最低限に抑えていたが、そうも言ってられまいと、目立たない程度で能力をフルに使う。



 そんなジゼルを見て試験官は他の人にも聞こえるように大きな声で言った。



 「ダメっすねぇ…ポーション飲むようにって言ってたじゃないッスか。ほら、ちゃんと飲んでもらわないと試験官として監督責任問われちゃうんスよ。君は試験官が自分のせいでのたれ死んだって聞いて罪悪感とか覚えないッスか?」



 試験官はポーションを無理矢理ジゼルに受け取らせて、飲むようにとプレッシャーをかけた。


 ジゼルは匂いを嗅いで、皮膚につけて、舌で舐めてから、ポーションを飲んだ。


 ジゼルのその反応に試験官は内心、とても感心していたが、態度には出さなかった。



 ジゼルは次の順路へと進んだ。



 「チッ、手前ェ、本当に女か?終わってんじゃん。はぁ。そっちで治癒・回復魔法の試験だ。草に魔法をかけて治癒、次に魔道具に同じように魔法をかけろ。もう良いだろ。どうせ、使えねぇんだ。さっさと行け。」



 ジロジロと体を舐めるように見られても、適当に扱われても、ジゼルにとってはどうでも良いこと。



 鉢に植えられた元気のない植物、鉢には番号が振られていて、受験番号に従ってそこに魔法をかける。


 (406…)



 ジゼルには治癒や回復の適性はない。

 ジゼルは最低限の応急処置として簡易的な外科手術を自分に対して行うことがあるし、薬草に関する知識も豊富であるから、怪我に対する処置ができずに死亡することは完全に動けなくなるような怪我でなければありえない。

 魔法を利用した処置として、止血や回復促進、異常察知が存在するが、一般的な治癒や回復とは異なる。



 (ラヴェンタ…)


 元気のないラヴェンタがそこに植えられていた。


 ラヴェンタというのは植物の名前で、ジゼルは魔女に教えられていたこともあってすぐに分かった。


 ここに植えられているラヴェンタを元気にすることが課題である。


 周りの女子受験生は植物に魔法をかけて次へ進む。

 適性がなくとも、取り敢えず魔法をかけるのだ。(ほんの気持ち効果があるかもしれない。)



 ジゼルは植物をよく観察して()に魔法をかけた。


 目の前のラヴェンタだが、生育が悪い理由がいくつかあった。

 栄養不足や日照不足、それとは別に土の相性が悪すぎた。


 ジゼルは魔法使って土の水分を奪った。

 乾燥に関わる魔法は薬草を乾かすときに稀に使用することがあった。(素早く乾くが、デメリットもあり、緊急時以外には用いることがなかった。)


 ラヴェンタは水はけの良い土と相性がいい。

 故に、水はけの悪い土で育てられて元気に育つはずがないのだ。


 異常察知と"第3の目"を応用して植木鉢の中の様子を観察する。

 根詰まりを起こしていることを素早く見つけ、掘り起こして改善。

 植木鉢が置かれている付近の土を拝借しブレンド。


 これならば、今後は改善が見られるだろうとジゼルは満足して次の行程へ進んだ。



 次の行程は問題なく進む。



 「406番 治癒・回復系統親和性 5%」



 ジゼルもその親和性が低いことなど分かりきっていたためスルー。



 「魔力回復ポーションはここだ。終わった奴らは順次飲むように。」



 ジゼルはポーションを受け取ってそれを飲む。

 パッチングテストほかも忘れない。



 「ここでは物理的な攻撃力と結界魔法の試験を行います。武器はここにあるものなら好きに利用して構いませんが、それ以外のものを利用すると失格になります。物理攻撃力試験においても魔法の使用は認められています。自己強化や武器強化など好きな魔法を使用して下さい。実技試験はここまでになります。終了後は建物に入って筆記試験を行って下さい。」



 無機質な試験官の指示を聞いてジゼルは武器を選ぶ。



 (あんまり良くない…)



 ジゼルは武器を自ら作る。

 鉱石を自分で削って形を整える。


 短い刀を数本隠し持つのがジゼルのスタイル。

 遠距離の場合は弓矢か魔法を利用する。


 現在も実は武器をいくつか(むしろ当面の生活に必要なもの全て)隠し持っているのだが、スルーされている。



 そのジゼルとしては力の伝わり方が弱いような気がしていた。


 (…好都合。)



 しかし、弱く伝わるなら好都合と考えた上で、わざと普段使わないようなロングソードを選び両手で持った。


 (お、重い…)


 華奢なジゼルの筋肉には負担が重すぎた。


 重い武器は重さというだけで大きな威力になるが、使いこなせなければ足枷にしかならない。

 ジゼルの剣先は震えていて、到底いいポイントを狙い打ちなどできない。

 軽い力で的確にダメージを与える本来のジゼルのスタイルとは真逆だ。


 それでも流石というべきか、すぐに重心を掴んでヨレヨレではない。



 狙いは外したが、質量エネルギーと位置エネルギーによってある程度の威力を出すことができた。


 (悪くない…でも連打は無理。)


 初めての経験に発見をしながら試験は終了。

 ちなみに、身体強化も武器強化も行っていない。


 「406番、物理攻撃威力測定値 73。」



 次の結界魔法の試験は結界が破れるまでに何度攻撃を受けたかという試験だ。


 一定の威力の攻撃魔法が放たれる魔道具の前で結界魔法を構築する。


 ジゼルは指示通りに構築して攻撃魔法を受ける。


 1回目、攻撃を受けた箇所にヒビが入る。


 2回目、攻撃を受けた瞬間に完全に割れて消滅した。


 「406番、結界耐久試験 1。」


 耐えられた回数なので破壊された回数のひとつ手前が結果となる。



 ジゼルは結界が得意ではない。


 ジゼルは攻撃を1回防ぐために使い捨てとして結界を利用する。

 つまり、1回目の攻撃を緩和したらそれで役割を達成しているのだ。

 2回目を撃ち込まれる前に移動して避ける、もしくは、別の結界を発動するなどの対応をとるためだ。


 しかし、ジゼルとて時間をかけて編みあげれば強固で複雑な結界をつくることができる。

 道具を利用することによって迷宮の深部でも浅い睡眠をとれていたくらいなのだ。



 しかし、今回の場合はそれに当たらない。


 故に、物理攻撃試験、結界耐久試験、共に最悪ともいえる成績を残したのだった。




 「こちら、筆記試験会場です。筆記用具はこちらで用意していますので身一つで進んでください。魔力が尽きている人は回復ポーションも配布しています。」



 ジゼルは回復ポーションを必要とするほど魔力を消費していなかったためそのまま次へ進む。



 (これ…)



 ジゼルは開始早々にハードルにぶつかった。


 なかなか文字を書くことができないのだ。


 羽付きのペンとガラスに入ったインクが支給されていた。


 ジゼルが名前を書こうとインクにペンを浸して紙に書くと掠れて字にならない。

 ならばと、インクを多めにつけた途端、ボタボタとインクが垂れて模様がつく。


 ジゼルは暮らしている中で文字を書く機会は存在したが、木炭を利用して木の板や石板に書いていることが多かったため、ペンを使うのは初めてなのだ。

 紙やインクを魔女との二人暮らしでどうにかするのは難しかったため、魔女が文字を書く姿を見たことはあっても、紙製の本を大量に読んでいても、使ったことはなかったのだ。


 (……)


 実は密かに憧れていたペンとインクで文字を書くという行為にジゼルは絶望した。


 仕方なく、ちょっとずつ何度も何度もペンにインクをつけながら文字をかいた。



 そして、問題はほとんど理解できなかった。



 魔法知識の問題は僅かで、とても基礎的なものだったため解くことはできたが、それ以外は全く分からなかったのだ。


 というのも、国王の名前、国の名前、全国王の名前、地理、政治情勢、騎士団と魔法師団の組織図…このようにある種引きこもりだった、社会と断絶されていたジゼルが知るよしもない内容だったのだ。



 ペンで字を書くことにイライラを感じていたのも相まって、ほぼ空白で提出したのだった。

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