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0-2 魔女

"Ever has it been that love not known its own depth until the hour of separation."

 ジゼルは育ての親である魔女と山の中で二人暮らしをしていた。


 魔女と呼ばれているのは、昔に街から追放されただけのただの人間である。

 卓越した薬草などの知識と、魔法の技術、それらを恐れた人間たちによって追放されたのである。

 最も、生来人嫌いなところがあったため、当人は気にしていないが。


 あるとき、魔女は偶然にも赤子を見つけた。

 山の入り口に捨てられた赤子を。


 人嫌いの魔女はなんの気まぐれかそれを拾って家に持ち帰った。

 その赤子を"ジゼル"と名付けて育てることにしたのだ。


 運命だったのかもしれない。


 その赤子の魔力は膨大だったのだ。


 「この魔力をどうにかするには…ヒッヒッヒ。腕がなるねぇ。」


 魔力が膨大すぎて溢れ出しているのが魔女の目には見えていた。


 魔力が膨大すぎるが故に、制御しきれずに赤子は暫くすれば死を迎えるところだった。

 それも、周囲を巻き込む大爆発を起こしながら。


 しかし、そうはならなかった。


 魔女のつくった指輪をはめると、数十分としないうちに魔力は抑えられていった。

 魔女だからこそ、なし得た技だった。


 指輪はもう一つの魔力の器のようなもので、溢れかえっている魔力を貯めていった。

 同時に、創り出した9つの腕輪によって9割の魔力を封印した。



 それから数年が経ち、その赤子は3歳の少女になっていた。


 「今日も山を走るよ。」


 「あいっ!」


 魔女はほぼ自給自足の生活をしていたため、ご飯を食べるにも、何をするにも、山中を駆け回らなければならなかった。そして、魔女はジゼルにもそれを強いた。狩りへ連れていっては狩りの様子を見せつつ、山を走らせていた。


 魔女が意図したわけではなかったが、ジゼルの脚力はその年頃の子どもと比べたらとんでもないものになっていた。



 そして、さらに数年が経ち、8歳になった少女は、薬草と魔法の知識をつけながら、隠密行動の技術を使いながら獲物を狩っていた。


 髪は邪魔だとバッサリと切ったせいで不恰好だが、獲物の狩り方は美しく、達人のそれだった。


 子どもらしい情緒のカケラもない。

 大人びて無機質に育ったのは環境だろう。

 魔女と2人きりで育てば無理もない。


  魔女は研究をしながら、狩り・家事をジゼルに任せて生活していた。


 「狩ってきた。今日は鹿。」

 

 ぶっきらぼうに話すジゼルは魔女の名を呼んだことはない。

 呼びかけたこともない。

 何故なら、2人しかいないから。


 「そうかい。なら、そこに入ってる薬草を使いな。」


 魔女は研究をしながら、指示を出す。


 それに従ってジゼルは淡々と鹿を切り分けていく。



 ジゼルは魔力量こそ膨大だが、膨大なゆえに暴走を起こしてしまうため使い物にならない。

 筋肉量は多くないため、一回の打撃に対してダメージが入らない。

 持久力はあるが、瞬発力はない。


 だからこそ、頭を使う。

 相手の認識の外から襲い、気がつく前に仕留める。

 道具を使って威力を出す、罠を張る。


 魔女はジゼルに教え込んだ。

 引き際を心得ろ。

 頭を使え。

 切り札は見せるな。

 実力は相手に低く見積らせろ。


 ジゼルはその教えを愚直に守り、毎日狩りをした。


 そうしているうちに、狩は上達していった。



 そして、頃合いと思った魔女はジゼルをある場所へ連れていくことにした。


 「ここは…入るなと言っていた場所。」


 ジゼルは呆然とした。

 幼い頃、ジゼルはこの場所にだけは入るなと魔女に言い聞かせられていた。


 「ここは迷宮という不思議な場所さ。奥へ潜るほど強い魔物が出てくる。たまに狩っていた魔物はここから出てきたやつらさね。ヒッヒッヒ…。」


 魔物…動物に混じって狩っていた魔物は魔法の良い道具となるため、狩ったときは食べなかった。尚、食べれば人体に影響を及ぼす。


 「ここには材料が腐るほどにある。適当に潜って採ってきな。」


 それだけ言って魔女は踵を返した。


 「取り返しがつかなくなる前に引く。何度も教えたことを忘れないことさ。ヒッヒッヒ…」


 魔女の高笑いが響く中、残されたジゼルは息を呑んだ。


 そして、その迷宮に足を踏み入れた。



 1階層目から予断を許さない状況が続いていた。


 なんとか倒しても、たくさんの魔物が襲いかかってくる。

 気配を消しても、何故か気取られる。


 素材を集めるどころではなく、流されるように2階層目に突入した。


 (素材…素材を持ち帰る…。)


 そして、2階層目で魔物の攻撃が左頬を掠めた。


 炎を纏った攻撃に頬を焼かれた瞬間に魔女の言葉が走馬灯のように駆け抜けていった。


 ー取り返しがつかなくなる前に引く。何度も教えたことを忘れないことさ。ヒッヒッヒ…


 ジゼルはハッとして魔物から距離をとった。


 (撤退。引き際を間違えた。もっと早くに引いておくべきだった…。)


 1階層の時点で戻るべきだったのだ。

 予断を許さない状況が続いてしまっている時点で、実践において自分の実力が足りていないということに気づけなかった自分を恥じる。


 急いで1階層に戻って、入り口を目指す。


 (大事なのは素材じゃない。ちゃんと戻ること。)


 そこからの記憶はジゼルの中にはなかった。


 必死に帰り着いた家で夕飯を作っていた魔女は「ちゃんと帰ってこれたかい。ヒッヒッヒ…」と振り向きもせずに言った。

 それがジゼルにとって酷く恐ろしかったのを覚えている。


 それから何を話したのか、ジゼルは覚えていないが気づいたら次の朝日が登っていた。


 それから暫くは今まで通り狩りと家事に勤しんでいた。


 それと同時に迷宮の1階層に潜っては敵と戦って戦闘経験を積んだ。

 決して2階層へ進まなかったのが実力不足を自覚している証拠だろう。


 ジゼルは武器や薬草を大量に持ち込み、何度も魔物の倒し方を研究した。


 魔女は何も言わなかった。


 9歳になった頃、迷宮の5階層まで進めるようになっていた。


 初めて迷宮に潜った日の火傷は消えない傷となって左頬に残っているが、四肢が欠損している様子はない。


 魔女はジゼルを拾ってから初めて人里に下りることにした。


 ジゼルは魔女に従ってフードを顔が見えぬようにかぶり、人気の少ないところを選んで山を降りた。


 魔女は山の中で自給自足の生活を営んでいたが、調味料だけは人里で取引をしていた。

 調味料は十数年分を一度に買い占めて、また山の中にこもっていた。


 ジゼルは黙って魔女についていき、黙ってその取引を見て、黙って山中に帰っていった。


 人里のものは気味が悪いと恐れ、避けた。

 さっさと出ていってもらえるようにと調味料をたんまりと渡して、魔女が持っていた素材をごっそりととっていった。



 ジゼルが10歳になった頃、魔女が死んだ。


 衰えはなかった。

 魔女は魔法で代償に寿命を0.1%ずつ削ることによって、自らが死ぬまで体力や気力、筋肉が衰退しないようにしていたのだ。死ぬそのときまで、ジゼルは魔女に勝つことはできなかった。


 魔女が死んだことに対して悲しみはあったのかもしれないが、表現する方法を何も知らなかったジゼルは、涙を流すことも打ちひしがれることもしなかった。生きている以上、必ず自然に還るのは当然のことだと受け止めていたし、ジゼルにはやることがあったからだ。


 魔女は死期を悟ってか、人里に降りた頃からジゼルと手合わせを行っていた。

 そして、自分が死んだ場合に備えて、手紙を残して、ジゼルに読むように伝えた。


 ジゼルは手紙を読んだ。


 その手紙にはこう書かれていた。


 まずは迷宮を最下層まで攻略すること。

 それまでは人里に降りずに迷宮に挑み続けること。

 調味料はあと数年保つ上、迷宮最下層を攻略するまでにはそれほど時間がかからない見込みであること。

 迷宮を攻略したあとは好きにすること。

 今後の成長に備えて魔力を封印する耳飾りをつけておくこと。

 指輪の作り方は記してあるから自分でつくること。

 Gisele Lemonnier(ジゼル=ルモニエ)と名乗ること。


 たくさんの事柄が事務的に記されていた。


 最後に、魔女の名前が記されていた。


 Hexe Weisheit Lemonnier

 魔女 ヴァイスハイト=ルモニエ


 10年ともに過ごして初めて知った名前。

 それを呼ぶことはついぞなかった。

"Ever has it been that love not known its own depth until the hour of separation."

「別れのときまで愛はその深さを知らない。」

ハリール・ジブラーン

詩人

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