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2-2 王子

All you've got to do is own up to your ignorance honestly, and you'll find people who are eager to fill your head with information.

 しばらくして、寮のある安全地帯に4人が戻ってくるのがルツィには見えた。


 「…もう、終わったんですか?」


 やっとのことで体を起こしたアリスが座って遠くを見ているルツィに尋ねる。


 「そうだね…。ジゼルの勝ちだよ。」


 視線は森から外さずにアリスの問いに答えた。


 「マジかよ…ジゼルのやつ。…"ウォッカ"より強ぇのかよ。」


 続いて起き上がったランバートが呻きながら言うが、それはルツィが否定する。


 「いや、私たちがパーティとして本気でジゼルと殺し合ったら、こっちが勝つと思うよ。」


 ふざけているときとは一線を画した真剣な話し方だ。


 「勿論、無傷というわけにはいかないけどね。私は痛いの嫌いだし、敵対なんてしたくないんだけど。…この環境、森の中はジゼルにとって有利な状況なんだよ。彼女の能力があれば、大抵の攻撃は見切れるし、相手の死角から攻撃を当てられる。でもね、前も言ったと思うけど、正面から相手をしたら、彼女の利点の多くは無意味になる。だからね、本気で戦うなら…」


 ルツィはそこで一息おいてからさらに冷ややかな声でこう言った。


 「燃やしてしまえばいいんだよ。森ごと。」


 ルツィの目は冷たく、表情筋は仕事をしていない。


 魔物の殺気に慣れ始めていたアリスやランバートですらゾッとした。

 第二王子ジェラルドが感じた悪寒は恐ろしいものだった。


 ルツィはその様子に気づいたのかふと雰囲気を和らげていつものふざけたような口調で話した。


 「アドバンテージが地理的条件にあるときは、それそのものを改変しちゃう、っていうのも戦術のひとつ。相手の得意を避けるか、自分の得意にするか、それは各々で考えたらいいよ。天才☆ルツィたん、いいこと言ったよ!!テストに出ちゃうよ!!これで間違えたら、ただじゃおかないよ☆かわいそーにねっ♪」


 ルツィの情緒は常に不安定である。


 おふざけのウザキャラがデフォルトかと思えば、戦闘中には泣き喚く、そして、稀に静かで聡明な顔をする。

 どれが本物の彼女なのか、それは誰も知らない。


 あるいは、全てが彼女なのだろう。




 「やっぱ、森じゃ勝てないっすね〜。そのための訓練すけど。」


 ジークは笑いながらそう言う。


 「…今日は危なかった。いつもだけど、油断できない。」


 満足いかなそうなのはジゼルだ。

 全ての攻撃を対処したものの、余裕があったわけじゃない。

 その場その場で土壇場で対処したのが気に入らないらしい。


 「まぁ、森の中での気配の殺し方、というか、暗殺者的な技術を磨くのが目的ですからね…。当たり前のように見つかったら私たちの技術がどうか、って問題になりますよ。」


 リラが笑いながら言った。


 「役職からして仕方ないことだが…もうちっとでも戦いたいもんだ。…実は心の中でルツィみたく俺のことを馬鹿にしてんじゃ…。」


 リーダーのグレンはルツィの発言を気にしているようだ。



 安全地帯に辿り着いた彼らは席につき、ゆっくりと休みをとる。



 「情けないなぁ、揃いも揃って負けちゃってさぁ?ジゼルが不動の1位だよ?そのジゼルが私を天才と呼ぶのだから、みんなも私のことを天才って呼んでもいいんだよ?呼んじゃってもいいんだよ?ねぇ?」


 パーティーのメンバーをルツィが煽る煽る。


 「…最初にルツィを見て泣き叫んでいたのは誰だ?」


 グレンが静かにキレている。


 「…そりゃ私だよ。だって、怖いもん。後衛だし?支援だし?仕方ないじゃん?プスって刺されたらピチョンって死んじゃうんだよ?天才なルツィたんは脳筋じゃないから繊細なんだよ?」


 グレンはますます怒りを増している。


 「仕方ないよぉ。だってさ、君たちに守ってもらわなきゃ私、怖くて怖くて。天才を守ろうって気概が足りないよぉ。これじゃ迷宮なんて潜れないもん。泣いちゃうよ?泣いちゃうんだよ?」


 グレンは徐に立ち上がった。


 「まさか、味方に当てちゃうの?魔法を?ついにおかしくなっちゃったの?」


 ルツィは冷や汗を流しながら後ずさる。


 まさか、とは思っていながらも直感が安心できないと言っていたのだろう。


 グレンはルツィに魔法を向ける。


 「やだよ、痛いの嫌いだよぉ。ひどいよ、無理無理、絶対無理だし。殺す気??言いすぎたよ、悪かったですって…だから、打つのはやめてよぉ。」


 半泣きの様相を呈している。


 グレンはその言葉にも耳を傾けずに魔法を放った。


 その魔法はルツィの心臓部に直撃し、ルツィは後ろに倒れて絶叫した。


 「ヤダヤダヤダ。」


 ルツィは必死で回復魔法をかける。


 「効かないっ?!やだよぉ、痛いよぉ。」


 それでもトップクラスの冒険者パーティのルツィだ。

 泣き喚き、叫びながらも、確実に未知の攻撃に対処する。


 それから20秒とかからず、ルツィは復活した。


 「…痛かったんだよ。本当にひどい。まさか、パーティメンバーに手をあげるなんて…、ぐすん、うぅぅ。」


 本気で泣いているが、ディスっているのは再び撃たれても問題ないように対策が済ませてあるからである。自称・天才は伊達ではない。


 「…思ったより対処が速かった。やっぱりウチのエースだ、間違いない。」


 「そうっすね…。使ったのがグレンとはいえ、こうもあっさり解かれてしまうと俺も悲しいっすよ。」


 攻撃を仕掛けたグレンとそれを開発したジークがそう言った。


 「…お二人共、これでもやりすぎなくらいですよ?アリスさんやランバートさんの教材用にと開発したのですから、これ以上の威力や複雑さがあっては困ります。」


 リラは呆れたようにそう言った。

 そう、これはアリスやランバートが実戦練習をするために、身体にダメージを与えないが痛みがあるという特殊魔法なのである。条件によっては結界を通り抜けることができたり、できなかったりするが、教材を目的としている現状では結界が有効な攻撃である。


 「ぐすん、私をひとりぼっちにして…。私が大切じゃないの?もっと労ってよ、褒めてよ、褒め称えてよぉ。やる気出ないもん…。」


 ルツィはまだ納得がいっていないようだ。


 「教材用…。なら、言わないほうがいい?」


 そう質問したのはジゼルである。


 「あぁ、そうしてくれ。この魔法自体は簡単だし、全員に教えるが、対処法やどんなものかについては言わないでおいてくれ。」


 グレンの応答にジゼルは黙って頷いた。

 それ即ち、ジゼルはある程度の情報を先程のやりとりから読み取ったということである。


 具体的には、この魔法の対処に回復魔法が効かないことだ。

 この魔法は身体を害するものではない、ある種の状態異常である。つまり、回復魔法で身体のダメージを回復させても全く意味がないわけで、状態異常に対する対策を行う必要があるのだ。


 ちなみに、アリスとランバートはなんとか座っている上、怪我は治療されているが、疲労や精神的ダメージは取り除かれていないのでぐったりとしている。

 他の面々は疲れてはいるものの、刹那の攻防(奇襲に特化した練習)に力を尽くしていた上、持久力も当然ながらに高いのでゆったりとくつろいでいるのだ。


 「それで、気になってたんすけど…そこのおーじ殿下はどーするんすか?」


 「困りましたね。しっかりと口止め、しないとですし…。殺しちゃぁダメですよねぇ?」


 「リラちゃんは意外と物騒っすよね。」


 引き攣った笑みでジークは笑った。


 「…とはいえ、仮にも第二王子殿下っす。これでも実家とのしがらみで学園にいるパーティーっすから、王国と揉め事を起こしたいわけじゃぁないんすよ。」


 ジークは王子の考えを探っている。


 「…捨てる?」


 そう尋ねたのはジゼル。

 実は王子という存在も王国という仕組みもよくわかっていない。


 「流石にまずいっすよ。」


 「でも、いらないし、殺せない。毒にも薬にもならない。」


 「それは諺としてじゃなくて、本当に材料としてって話っすよね…。正直、毒でしかないでしょ?」


 ジークとジゼルはいがみあいはするが、実はウマがあっているようだった。

 最も、ジゼルがそれを聞けば否認することは間違いない。


 「お前らの戯れは置いておいて、そいつの意見を聞かなければ何も始まらないだろう。」


 グレンは意外とまともだった。


 「……」


 ジゼルはグレンの話を聞いて、スタスタと第二王子に近づいた。


 「 DEAD(デッド) OR(オア) ALIVE(アライブ) 」 = 生死を問わず


 ジゼルはそう言った。


 「……」


 王子は黙り込んだ。

 そりゃぁ黙り込むだろう。


 「……?」


 ジゼルは間違えたか、と首を傾げてからこう言った。


 「 TRICK OR TREAT 」 = お菓子くれなきゃいたずらするぞ?


 「……」


 王子はますます困惑した。


 尚、このやりとりから何かを察したグレンは躊躇いもなくルツィに魔法を当てた。

 2回目だったため、瞬時に無効化され、苦労も泡となって消えた。


 「はぁ。ダメっすね〜。これだから世間知らずは…。」


 ジークの言葉にイラっとするジゼル。

 ただでさえジゼルはジークに良い感情を抱いていない。それも、喧嘩するほどなんとやら、という部類だろうが、本人からしたら甚だ不本意だろう。


 ジゼルは魔力弾でダメージを狙うが、ジークは軽々と防ぐ。

 ジゼルも一応は急所を外すようにしていたが、ジゼルの攻撃の原因をつくった張本人に抜かりはなかった。


 実はジークはそれを待ち侘びているのではないか、とすらパーティーメンバーは考えている。


 「話が進まなくて困ります。これだから我の強い集団は…。」


 リラが困った人を非難するようにわざとらしく言うが、その非常識な人の中に彼女はリストアップされるべきだろう。


 「いいですか、腹芸はジーク意外に期待しても無駄です。あなたは死ぬか、このことを黙っているか、その二択以外に残されていません。」


 そう、リラはかなり強烈なのだ。

 前衛で魔法ではなく暴力でゴリ押ししていくパワータイプ、小さくて童顔で小動物的だけれど、パーティー1の力持ちである。


 「おい、ルツィ。記憶を消す魔法はないのか。もしくは洗脳系統。」


 「…残念賞。未だ開発段階。」


 「開発はしてたのかよっ!」


 「当然。この天才☆ルツィたんに抜かりはないよっ☆」


 ☆が結構ウザイ。

 ルツィはMADなサイエンティストに違いない。


 そして、洗脳を真っ先に考えるグレンもどうかしちゃってると思うべきだろう。

 少なくとも口を挟めないランバートとアリスの見解は一致している。


 ジゼルと"ウォッカ"の超人たちは変人であり、我が強く、どうしようもない個性をもっている。


 「今、開発中なのは、『眠って目覚めたら別人の記憶があるッ!なにこーれ!珍…』という魔法だよ。」


 「そのネーミングセンスはどこから来たんだ…。もっと普通に記憶消すのとか開発しないのかよ。」


 「エンターテイメンツ性が足りないよっ!独自性が足りんっ!!企画戻されちゃうぜぃ!」


 「そのよくわかんない言葉の意味を教えろ。」


 ルツィはついでに電波系だった。

 神託、とも捉えられるが、突然変わったことを話す人物でもある。


 「『俺こそヒーロー!正義の名の下にっ!!』も開発中。」


 「黙って何を開発しているかと思えば…」


 グレンは問題児に悩んでいる。


 「『フリコーメサギ』は魔法いらずの魔法。この世界なら合法。」


 「何を言っているんだ?もう魔法よりも俺が魔道具つくったほうがいいのか?」


 グレンは自身も問題児であることに気づいていない。


 「魔道具にも元となる魔法は必要。」


 「そうだ。だからお前に頼んでたってのに…。」


 「頼まれた覚えはないが、つくってはいた。さすがは天才☆ルツィたん!」


 「単純に記憶を消してちょっと洗脳して意識をここから逸らしてくれればいいってのに…。」


 洗脳をちょっとしたことだと認識している時点でぶっ飛んでいることに早くグレンは気がづくべきだろう。


 「芸がない。」


 そしてルツィはグレンの案を却下した。



 「いいですか、死にたくないなら口封じをしなくてはいけません。死にたくないでしょう?だから、ちょっと私の練習相手になってください。」


 リラはトラウマを植え付ける作戦に移行するようだ。


 「リラさんの相手じゃ死んじゃうっすよ。真正面から相対して魔法使えなかったらもう無理っす。」


 「…見つかったら終わり。」


 「そーやって嫌がるから私の相手がいないんじゃないですかっ!」


 ジークとジゼルですら恐る所業を強いようとしていた。


 「…でも、楽に死んだほうがましです?」


 「リラちゃん、人殺したことあったっけ?」


 「未経験…ですね。賊は殺したことあると思いますけど。」


 「ノーカンっすね。抵抗もできない相手をいたぶるのは趣味じゃないっすよね?」


 「…そうですが。仕方ないものは仕方ないというか…。他に解決策あります?」


 リラは脳筋である。

 ぶっとばせば全て解決派である。


 「あっ!殴ったら記憶消えますかね?」


 「流石に無理筋っす。」


 「そっか…。」


 すでに第二王子は空気と化していた。



 「ランバートさま、収集つかなくなってるんですけど…。」

 「あぁ、まともな奴が1人としていねぇ。ジゼルほどじゃないが、常識がズレていやがる。」


 ランバートとアリスがコソコソと話している。


 すでに魔物をホイホイ倒す常識外の人間になりつつあることを自覚しているのだろうか。



 「……」


 話が進まないことにどうしようもなくなった第二王子はランバートとアリスに縋るような目を向ける。


 (どうすればいいんだ?)


 (すみません、すみません、わかりません…)

 (……)


 まともな人間なんているはずもなかった。



 「あ゛ー、ゴホン。」


 ランバートが勇気を出して話を進めようとする。


 「あーまだ元気だったんすね。もっと絞ればよかったっすか?」


 笑顔でジークに睨まれ、ランバートは冷や汗がダラダラだ。


 「ちょうどいい。ジークもろともボコボコにする。」


 「そうですね。こうなったら戦ってキメるしかなさそうです。」


 ジゼルとリラもそれにのっかった。


 今度は森の中ではなく、開拓した広場で戦闘を行うらしい。

 安全装置も忘れることなく設置した後で、ランバートは連行された。


 (どうしようどうしよう…)


 残されたアリスは狼狽えるのみ。



 グレンとルツィは洗脳系統の魔法の開発を始め、ジークとリラ、そしてジゼルはランバートを連行して戦闘訓練を始め、オロオロするアリスと放置された第二王子が残された。



 「……名前は。」


 「はひ?」


 「お前の名前はなんだ?」


 「…アリス、と申します。」



 王族と話したことなどないアリスは動揺しながらもこれ以上何もしなければカオスな状況に終わりはないとわかった故の覚悟を決めた会話だった。



 「アリス、か。貴族ではないのか?」


 「は、はい。」


 「そうか。」


 (このクラスにいる以上、貴族関連には違いないだろうが。言えないのか…。)


 ジェラルドはそれについて問いただすことはしなかった。


 「アリス、状況が全く理解できない。最初から説明してくれないか。」


 「はい?」


 「あぁ。この状況についてだ。」


 「その、えぇっと…。どう説明したらいいのか、分からなくて…すみません。」


 アリスは申し訳なさそうに頭を下げて謝る。

 それを見て少し考えてからジェラルドは言った。


 「…なら、普段は何をやっている?あの"ウォッカ"はここのクラスの担任ってことで間違いないな?」


 「"ウォッカ"の人たちが私たちの担任で間違いない、です。普段、授業は魔物に私やランバートさまを襲わせて条件に合わせてそれらを討伐すること、"ウォッカ"の人たちやジゼルさんを相手にした戦闘練習が基本、です。あとは座学を少し。」


 「危険じゃないのか?魔物に襲わせるというのは、お前が、アリスが学園の門まで来たときの状況だろう?」


 「あ、はい。そうです。"ウォッカ"の人たちやジゼルさんは取り返しのつかない怪我や命の危険があるまで手を出しません。でも、そうなったときは必ず守ってくれます。だから、危険、ではありません。」


 「…ジゼル、という者は別枠なんだな。"ウォッカ"のメンバーではないあいつだろう?」


 「はい…。ジゼルさんは強いですから。私やランバートさまとは別の内容を勉強しています。」


  ジゼルについてアリスが話すとき、憧れのようなものが少し混じる。


 「初めて魔物を倒したのは学園に入ってどのくらいだ?」


 ジェラルドのこの質問の意図は、どれだけ彼らの元で鍛錬すれば魔物を倒せるようになるのか、という意味だった。


 「初めては、学園に入学する前、です。」


 そして、アリスの答えに驚愕した。

 ジェラルドは"ウォッカ"の指導が素晴らしいものであるから、優れているから、その授業を長い時間受けている彼らが魔物を倒せたと思っていたのだ。


 「その、クラスが決まった日に寮に辿り着くまでに魔物に襲われて、それはジゼルさんが倒したんですけど、そのあと、数日以内には私もランバートさまも初めての討伐はしています。」


 「ジゼル、その人に教わったのか?」


 「教えてくれた、というよりは、魔物を倒すことが身近なものになった、と思います。」


 アリスは言葉を選びながら、ゆっくりと話した。


 「魔物を倒すことは特別難しいことじゃなくて、同じくらいの女の子ができてしまうんだって、知って、だったら自分にもできるかもしれないって思えたんだと思います。最初はジゼルさんが特別だ、とも思いましたが、それは違いました。ジゼルさんとの違いは頭を使っていたか、そうじゃないかってだけでした。だから、できたんです。」


 アリスは少しずつ自分に自信が持てるようになっていた。

 大きな成長なのだ。


 「…魔物を倒すことは難しいことじゃない、か。座学は何を?」


 「…薬草学、戦術論、魔法理論、魔道具工学、魔道具付与学、魔物生態学が主です。加えて、数学、物理学、自然科学、化学、天文学、魔法体系学、新魔法研究、戦術研究、は浅く広く学んでいます。」


 実は実践が主のように見えて、座学の科目数も多かったのだ。

 実戦で疲れて体が使い物にならなくなってからの時間は座学をしている。


 前者の主要6科目は冒険者などとして生きていく上で、実戦の基礎となる考え方や知識を学ぶものである。


 薬草学の講師はジゼルで、かなり詳しいことから"ウォッカ"の面々も嬉々として勉強している。

 戦術論や魔法理論はジークの担当で、魔道具工学(付与する素材の加工などについて)や魔道具付与学(付与する魔法について)はグレンの担当。魔物生態学は"ウォッカ"の面々とジゼルで交互に受け持ち、情報交換の一環として利用している。


 後者の科目は主要科目に繋がる知識や新しい魔法を開発したり、戦い方を研究するための知識をつける学問である。


 魔法体系学や新魔法研究ほか、半分くらいの科目はルツィの担当である。自称・天才の面目躍如である。

 ジークやジゼルも授業はするが、やはりルツィの授業が圧倒的に多い。


 ちなみに、座学においてリラは一切役に立たない。強いて言うなら、体の使い方についてよく知っているくらいだ。


 「そ、そうか…」


 ジェラルドは動揺した。

 科目数が多い上、ほとんどの科目の内容を推測できなかったからである。


 一般的なクラス(S, A~H)では半分くらいが実技科目で、闘技場や魔法訓練場などでの安全が確保された練習である。

 そして、座学は選択科目が多い上、難易度はそれほど高くはない。もちろん、順位が出る程度には難易度があるが、あくまでオマケ、そして、貴族社会や国のトップで生きていくための知識である。


 したがって、魔法理論、王国史、最近のトレンド、社交学、帝王学、王国政治学、心得などの教科が用意されている。


 「その、殿下はどうなさるのですか。」


 今度はおずおずとアリスが質問した。


 「どうするもなにも動けんのだが。」


 アリスは露骨に目を逸らした。


 「その、すみません…。私ではどうすることもできないので、本当にすみません。命だけは、その、拷問もある程度なら受けますので、お金はありませんが…。」


 そして、土下座した。

 命乞いをするのに拷問をOKとするところが理解できないとジェラルドは思っていた。


 「…正直、俺もここの授業を受けさせて欲しいくらいだ。」


 「はへ?」


 アリスは変な声を漏らした。


 「適当に放置してあるクラスの授業が最先端とは皮肉なもんだ。もっとも、それらを不要と切り捨てる貴族も山ほどいるだろうが…。」


 アリスは思った。


 (怒られてない?)


 「ここのことを他言するつもりはないし、アリスを何かの罪に問うこともない。他の面々もだ。そもそも、そんなことをしたら命が危ないのは俺の方だ。」



 「彼も実力を見極める程度の目はあったってことですか。」


 ボコボコにされたランバートを背負って戻ってきたリラが言った。


 「ただの王子が俺の称賛に文句をつけるわけないっすよ。最初からっすよ、この王子が変わっていたのは。」


 ジークも体を伸ばしながら戻ってくる。


 「結局"おーじでんか"どうするの?殺したら色々と面倒、なんでしょ?」


 ジゼルはやはり"おーじでんか"を理解していないらしい。



 「リーダー。」


 ジークが判断を求めるようにグレンに目を向けた。


 「いや、やはり迷宮攻略をしてそれ系統の魔法や能力を手に入れるべきか…?」


 「それをどう探すのさ。必要なのは今でしょっ!」


 グレンとルツィは気づいていない。


 「リーダー。」


 リラが小石を弾き飛ばしてやっと気づいた。


 「痛っ!…でなんの話だ。」


 「この王子とかいうガキが誰にも言わないから授業を受けたいと言ってるっすよ。」


 ジークは簡潔にそういった。


 「……いーよ。」


 そう言ったのは尋ねられたグレンではなく、ルツィだった。


 「丁度いいでしょ。ジゼルたちをうちのパーティーに入れるわけにはいかないでしょ?人数的に。そうすると自然とそこの3人で組むことになる。卒業後は置いておいても、とりあえずはそうするだろうね。3人とも優秀だけど、圧倒的に火力が足りない。少なくとも学園の迷宮攻略には丁度いいんじゃないかな。」


 ルツィの意見は意外なことに真っ当だった。


 「嘘、ですよね…」

 「おいおいマジかよ。」

 「明日は天変地異が…?」


 ちなみに"ウォッカ"の面々の反応はノリである。

 ルツィが言うことが的を射ていることはそれなりにある。つまり、からかっているだけである。


 「こうなったら褒め称えよ。私こそ天才☆ルツィたん!」


 ジゼルだけは律儀に拍手をしている。


 「…たしかに。ジゼルの目的にも沿っている。あとはこいつの信頼性だが、最悪、裏切っていたとして、どうとでもできるだろう。監視下におく意味でも悪くない選択だ。よし、お前の条件を呑もう。ルツィ解放しろ。」


 ルツィは瞬時に王子を解放した。


 「さて、お前は選択授業の時間にここに来たと言ったな。」


 グレンは王子、ジェラルドにそう問う。


 「あぁ。」


 「ならば、抜け出せる時間はここまで来い。その時間は鍛えてやる。だが、それだけで実力はあがらねぇ。そもそもお前の問題点は力押しの魔法のせいで理論も基礎もブッ飛ばしてるところだ。理論と基礎はジークにでも教えさせるとして、これだ。」


 グレンはアイテムボックスから一つの腕輪を取り出して、ジェラルドに渡した。


 「それはお前を捕らえていた魔法発動阻害の魔道具の下位互換だ。お前を捕らえていた拘束具の目的が魔法使いの身柄の拘束だが、その腕輪の使用目的は負荷をかけることによる魔法の上達だ。高地トレーニングのようなもの、と言っても通じないか。より負荷のかかる状態で現在と同じように魔法が扱えれば、それを外した状態での威力や技術も上達している、ということだ。」


 高地トレーニング、酸素の薄い標高の高い場所でトレーニングを積むことで、負荷の高い練習ができ、地上でのパフォーマンスを高めることができるトレーニングである。


 「そもそも、お前を捕まえていた拘束具も最上級のものじゃない。うちのメンバーだったら全員、ジゼルも、アリスもできるかもしれんな。あの状態で魔法を扱える。ついでにいえば、ルツィやジークなら完全にそれを破壊して脱出も可能だ。それが魔法の技術を高めるということだ。」


 グレンはそれを説明した。


 ちなみに、その腕輪の魔道具は古代式の魔石を利用したものではなく、自動的に被拘束者の魔力を使用して魔法を維持し続ける代物である。


 ジェラルドは腕輪を身につけ、少しの時間考えをめぐらせた。



 「正直、わからないことだらけだ。教えてくれ、頼む。お願いします。」


 ジェラルドは頭を下げた。


 それを見て、アリスはビビリ、"ウォッカ"の面々は感心し、ジゼルは疑問符を浮かべ、ランバートは未だ意識が戻っていなかった。



 第二王子 ジェラルド   I 組に特殊在籍。

All you've got to do is own up to your ignorance honestly, and you'll find people who are eager to fill your head with information.

Walt Disney

正直に自分の無知を認めることが大切だ。そうすれば、必ず熱心に教えてくれる人が現れる。

ウォルト・ディズニー


 最初からパーティーメンバー構想にいたジェラルドですが、サクッと仲間になるかと思いきや、"ウォッカ" の面々のぶっ飛び具合が異常すぎてなかなか話が進みませんでした…。作者にとっても驚きでしかありません。

 アリスとランバート以外にまともにジェラルドと話してくれる人がいなかったのです…。そして、彼らの権利はあまりに小さかった…。


 当面は冒険者パーティー"ウォッカ"の師匠組4名+1年生組の4名でわいわいやっていく予定です。


 あとは…学園の行事があったり、長期休みにジゼルの帰省があったり…となります。


 学園は3年制なのでとりあえずそこが節目かな、と。


 本編では紹介できませんでしたが、ジゼルの座学の科目には"一般常識"があります。挨拶や人との関わり方、国での生き方まで多岐に渡り、教える方はとても苦労しているようです。

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スピンオフ短篇


「帰省」
ある日ジェラルドは何気なく尋ねた…
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