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第1章~第3話~ エリサの決意

前世の記憶を取り戻したエリサ。殺される運命を受け入れるのか、それとも---・・・?

エリサはふかふかのベッドの上で仰向けになっていた。普段はこのベッドに入るとすぐに寝入ってしまうのだが、考え事が尽きない今日は全く睡魔が襲ってこない。


前世の記憶を思い出したエリサは、神鏡の部屋を出た後、神官に未来の出来事をいくつか伝えた。エリサが12歳になる年の夏に、ルイビスは豪雨に襲われ、多数の人的被害・物的被害が発生すること。エリサが14歳になる年の冬に、貨物庫で火薬の不適切な管理に起因する大規模火災が発生し、周囲の住民の家や財産が多数失われること―――・・・。そのほか、神官に伝えておくべきと思われることを、あの本の記憶を手繰り寄せながら、1つ1つ説明した。

ただ、エリサが15歳で殺されてしまうことについては、話さなかった。里彩はあの本を最後まで読む前に亡くなってしまったため、エリサを殺した犯人は分からない。不確定要素の

多い情報を神官に伝えて、周囲を混乱させるのは避けたかった。


(15歳で殺される運命をこのまま受け入れる―――?それとも・・・)

明日はとある侯爵令嬢の誕生日パーティーに招待されており、そろそろ眠らないといけないのだが・・・。このままグルグルと考え事をしていては寝付けそうにない。

大人はまだ起きている時間だろうから、料理長に頼んで温かい飲み物でも貰おうか、と思い、エリサはベッドから起き上がった。

鏡の前に行き、手ぐしで髪をサッと整える。鏡の中の、見慣れたはずの自分の顔をじっと見る。

(前世の私とは全然似てないや・・・。記憶を取り戻す前は特に何も思っていなかったけど、本当に整ったきれいな顔なぁ・・・。)

陶器のような肌に、ゆるいウェーブの長い髪。グリーンがかったブラウンの瞳。パーツが上品におさまった顔は小さく、11歳の幼さを残しつつも理知的な雰囲気を醸し出している。希代の才色兼備令嬢と呼ばれるだけあって、欠点が見当たらない。あと数年たてば、細い手足はさらにスラリと伸びるだろう。


似ているわけではなかったが、小さな顔や長い手足は美晴を連想させた。

(美晴-・・・。無事だったかな?どこも怪我が無かったらいいんだけど。)

美晴のことを思い出し、もう美晴には会えないのかと考えると目がうるうるしてしまった。

いけないいけないとグッと涙をこらえる。明日は人と会うのだから目を腫らしたくない。それに泣いても美晴に会えるようになる訳でもない。


厨房に行こうと廊下に出る。

すると、ある部屋から明かりが漏れていた。弟の、マリオの部屋だ。


*****

マリオがローデンス家にやってきたのは1週間前。遠縁の親戚から引き取られてきたのだ。

お父様に連れられてきたマリオは「初めまして」と小さな声で挨拶してくれたが、前髪が長く、表情がよく見えなかった。とても痩せていて背も低いが、歳はエリサの1つだけ下だそうだ。

貴族が養子を取ることは珍しくないが、何も聞いていなかったエリサは突然弟ができたことに驚いた。驚いたけれど、嬉しかった。一人っ子だったエリサにとって初めて歳の近い家族だ。お父様もお母様も大好きだけれど、親に話せないようなことも共有して、楽しめるんじゃないだろうか、と内心わくわくした。

後日、お父様にこっそり教えてもらった。

「マリオは、仕事で何度か訪れた親戚の家の子だったんだが-・・・。そこは、あまりマリオにとって良い環境じゃなかったんだ。早くそこから連れ出したいと思ってね。突然で驚いたと思うが、エリサならきっとすぐ仲良くなれるだろう。マリオは自分が痛い思いをしているときにも、人の心配ができる、優しい子だよ。」

*****


神殿を訪ねる日に向けてバタバタしていたため、マリオとはまだほとんどしゃべれていなかった。

(こんな時間まで何をしているのかしら。明かりを付けたまま眠ってしまったのかな?)

布団に入らずに寝落ちしたのなら、風邪をひいてしまうかも。少し心配になったエリサはマリオの部屋の扉をトントンと小さくノックした。

「はい。」

すぐにマリオの返事があった。寝落ちしていた訳ではなさそうだ。

「マリオ、エリサよ。入っても大丈夫かしら?」

「はい、大丈夫です。」

部屋に入ると、机に向かっていたマリオがパッと立ち上がってエリサのところに歩み寄る。

「マリオ、もしかして夕食後ずっと勉強していたの?」

エリサは少し驚いていた。マリオは今日、昼も家庭教師が来て数時間勉強していたはずだ。

「はい、家庭教師の先生にいただいた学習書の中で、どうしても解けない問題があって・・・。」

「そうなの、マリオはとても勤勉家なのね。だけれど今日はもう遅いから、明日にしたらどうかしら。」

「でも、今日のテストで満点を取れなくて・・・。僕は要領が悪いから、勉強に時間をかけないと次のテストでも満点は取れないと思うんです。」

机の上をちらりと見ると今日受けたらしいテスト用紙があった。満点を取れなかったと彼は言うが、1問ミスしただけのようである。

(あの先生のテストで1問ミスなら、要領が悪いなんてこと全然ないのになぁ・・・。)

実力はあるが、スパルタで有名な先生である。まだ1週間しか教わっていないのに1問ミスなら、むしろ非常に優秀な部類に入るだろう。

しかし、彼はとても思いつめた顔をしている。エリサはふとあの本に描かれていたマリオの心情を思い出した。


(そうだ、彼はローデンス家の跡継ぎとして引き取られたと思ってるんだ。引き取ってくれたお父様に報いるために、立派な跡継ぎになければと―――。)

エリサが「神の使い」に選出され、未来の王妃になるだろうという噂がますます濃くなったため、マリオが養子になったのは「欠けたローデンス家の跡継ぎを埋めるためだ」というのが周囲の見解だった。お父様の話を聞いていたエリサは、その見解が事実と異なることを知っていたが―――・・・。

あの本の中のマリオは非常に優秀だったが、どうしても姉に勝ることはなかった。周囲の「ローデンス家の跡継ぎがエリサ様だったなら、完璧に安泰だったのに」という嘲笑まじりの声にじわじわとなぶられ続けた結果、マリオは閉鎖的な性格になり、姉への劣等感を徐々に膨らませていくのだ。


「睡眠は健康のためにとらなきゃダメよ。それに睡眠不足の状態じゃきっとテストで実力を発揮できないわ。だから今日は寝ましょう?」

マリオの瞳にゆらりと戸惑いの色が浮かぶ。

「でも・・・。」

(あ、初めて目が合った。)

前髪に隠れていた瞳が、ようやく少し見えた。エメラルドグリーンの涼しげで綺麗な目だ。

マリオは迷っているようだった。満点を取るために睡眠時間を割いてでも勉強しなければと思っているが、姉の助言を無下にするのも失礼かもしれないと考えているようだ。

(なんだか、寂しいなぁ・・・。)

お父様のためにこんなに一生懸命勉強しているマリオは、たぶんとても良い子だ。お父様も彼のことを「優しい子だよ」と言っていた。きっと彼のそういうところが好きだから、お父様は彼と家族になりたいと思ったのだ。だけど、マリオはお父様のそういう思いを知らず、「跡継ぎとしてこうあら“ねば”」「恩返しするためにああしなけ“れば”」と考えている。勉強が全然できなくても、お父様も私もあなたを嫌ったりしない。「満点を取れなければここにいる意味が無い、好いてもらえない」と信頼されていないようで、少し悔しいような、もどかしいような。寂しい。


しかし、お父様はともかく、ほとんどしゃべったことのない私が信頼されていないのは当然なのだ。だから、マリオに上手に伝えられないかもしれない。だけど、やはり寝ずに勉強し続けてしまうのは心配なので、一生懸命言葉を探す。

「マリオ、私は―――・・・、あなたのこと、とても優しい人だと思う。さっき、私が部屋に入ったとき、すぐに歩み寄ってくれたわよね。お父様も、あなたのことを『優しい子だ』とおっしゃっていたわ。」

マリオがぱちくりとまばたきする。

「私たちは1週間前から家族になったの。テストが満点でも、0点でも、それは変わらないわ。あ、もちろん一生懸命勉学に励むことは素晴らしいことだと思うわ、でも今は寝ることを優先してほしいというか―――。」

言葉の結びが見つからず、開いた唇が行き場を失う。

マリオはしばらくきょとんとしていたが、あうあうとした姉の様子にぷっと少し笑い、ふわっと微笑みながら答えた。

「はい、エリサ様、ありがとうございます。今日は寝ることにします。」

エリサはほっとした。言いたいことが上手く伝わったかは分からないが、初めて見るマリオの笑顔はとてもかわいらしかった。


「じゃあさっそくベッドに・・・」

エリサがマリオの手を取ると、長い時間机に向かっていたからか、マリオの手はとても冷たかった。二人の体温差を明瞭に感じる。

「マリオ、とても手が冷えているわね。マリオが寝入るまで、手を握っていてもよいかしら?」

え、とマリオは戸惑うような恥じらうような表情を見せる。

「僕はかまいませんが・・・、それではエリサ様が寝るのが遅くなってしまいます。」

「大丈夫よ、今夜はいろいろ考え事していたら目がさえてしまったの。マリオと手を握っている間に眠くなったらラッキーね。」

マリオの手を握ったまま、ベッドに導いた。エリサはベッドの傍らで膝をつく姿勢を取った。

「エ、エリサ様!エリサ様にそんな格好させられません!」

「平気よ、立ったままだとマリオの手を引っ張る形になってしまうし・・・。」

確かに、室内とはいえ床に膝をつくのは、行儀が良いとは言えないが・・・。

数秒の沈黙のあと、マリオが切り出した。

「あの、無礼な提案だとは思いますが・・・。よければベッドに横になられますか?」

「いいの?マリオが嫌じゃないのなら、そうさせてもらえると楽だわ。」

「はい、嫌じゃありません。大丈夫です。」


エリサもマリオの布団の中に入る。二人は手を握りながら向き合う姿勢になった。

少し赤くなったマリオがおずおずと言葉を発する。

「あの・・・。エリサ様はとても優秀だとお聞きしています。今度解けない問題があったら、エリサ様にお尋ねしてもよいでしょうか?」

「もちろん。いつでも歓迎よ。」

「ありがとうございます。」

二度目の笑顔。前髪が重力に従って流れ、先ほどより表情がよく見える。

青みがかった黒髪は天使の輪を描いており、撫でてみたいという気持ちにさせられる。エメラルドグリーンの涼しげな瞳はどちらかと言うとつり目で、少し黒猫に似ているかも、とエリサは思った。

「マリオ、私たち姉弟なのだし、歳も近いのだから、敬語じゃなくてもよいのよ。呼び方も、エリサって呼び捨てにしてくれてかまわないわ。」

「そう、ですか・・・?では・・・少しずつ、敬語はやめますね。呼び捨ては少しハードルが高いので、姉さんとお呼びしますね。・・・エリサ、姉さん・・・。」

マリオは照れながら柔らかい笑みを浮かべた。

(可愛い・・・!前世でも一人っ子だったから、兄弟ができたのほんとに嬉しいなぁ・・・。)


前世では、美晴は幼なじみでもあり、親友でもあり、姉や妹のような存在でもあったが―――。

(美晴も、寂しかった?)

美晴の台詞がリフレインする。

『みくびらないでよ。源治さんも、清子さんも、あたしも、里彩の-・・・』

(私から、信頼されていないような気持ちになった?悔しいような、もどかしいような―――・・・。寂しい思いをさせてしまった?)


*****

里彩の祖父・源治は大きな病院を経営しており、里彩の父はその跡継ぎとして育てられた。しかし、里彩の父は教師になるという夢を選び、高校時代の同級生だった里彩の母と結婚した。

病院を継げという源治の意向を無視したことと、母に対して源治が何らかの侮辱の言葉を投げたことにより、里彩の両親と祖父母は絶縁状態になったらしい。

そのような事情で、中学3年生の時両親が事故で亡くなるまで、里彩は祖父母に会ったことが無かった。絶縁状態になった経緯を、母方の叔母からぼんやり聞いていただけであった。

両親が亡くなり、里彩は初対面の祖父母に引き取られることになった。源治は現役バリバリの仕事人間で、食事マナー等には厳しかったが、両親のことを悪く言ったり、里彩の進路に口出ししたりすることは無かった。祖母・清子はとても可愛がってくれ、着せ甲斐があるわと洋服を仕立てたり、成長期だからといろいろなおかずを作ったりしてくれた。

*****


里彩が桃が好きだと言った次の日、廊下に3箱の桃が積まれていた。

この人ったら、里彩ちゃんが若いからって、老人2人と里彩ちゃん1人じゃ食べきる前に傷んじゃうわよぉ。馬鹿ねぇ。

呆れたと言いながら、清子はニコニコとしていた。買ってきたぞ、という報告は無かったが、源治が近所の八百屋で買ってきてくれたのだ。

桃はとても甘かった。生で食べたり、ジュースにして飲んだり、清子がいろいろと調理してくれたが、すべて美味しかった。傷む前に、3人で全てたいらげた。


『里彩は、医者になりたいんじゃなくて、ならなきゃって思ってるんでしょ?S大を目指すのは、金銭面で源治さん達に遠慮してるからじゃないの?ずっと続けてたバスケをやめたのも-・・・。みくびらないでよ。源治さんも、清子さんも、あたしも、里彩の-・・・』

源治と清子が、自分を大切に思ってくれていることは分かっていた。たとえ、病院を継がなくても―――・・・。

勝手に「二人の希望を叶えなきゃ」「二人の迷惑にならないようにしなきゃ」と無意識に先走っていたのだ。

―――成績を上げて、医学部に行こう―――

―――なるべくお金のかからないところにしよう―――

―――変なことをして悪目立ちしないようにしよう―――

美晴に言われたことは当たっている。1点を除いては。

バスケをやめたのは、スポーツを続けるのにはお金がかかるという部分もあるが、一番の理由は美晴と対等でいたかったからだ。


里彩がミニバスチームや中学のバスケ部に入ったのは、美晴がいたからだ。

美晴は瞬発力や体力、足の速さ、どれを取っても人並み外れた才能があった。美晴の放つシュートは、ゴールに吸い込まれるように綺麗な弧を描いた。そしてズバズバと物を言うのに、チームメイトからもコーチからも好かれていた。有名なバスケの名門高校から推薦も来ていたそうだが、「遠くて朝練に間に合う時間に起きれる気がしない」という理由で地元の高校に進学した。

一方、里彩は美晴に憧れてバスケを続けてきたが、バスケにおける才能は平凡だった。中学2年生の頃にはそれをすっかり自覚していたし、バスケは好きだったがずっと続けたいという熱意は無かった。

バスケプレーヤーとしてめきめき成長する美晴を見て、負けたくない、親友として美晴と対等でいたいと思うようになった。バスケで上手(うわて)なのは美晴、勉強で上手(うわて)なのは里彩。その構図を崩さないために、里彩は高校でバスケ部に入部せず勉強に集中することにしたのだ。


(私がそんな風に考えてたってこと、美晴が知らないまま、誤解したまま、お別れしちゃったんだな・・・。)

「エリサ姉さん・・・?」

エリサの目から涙がこぼれた。自分の部屋では泣くまいと涙を堪えられたのに、隣に人がいるからか涙腺がゆるんでしまったらしい。

「ごめんなさい、泣いたりして・・・。みっともないわよね。すぐ止めるから・・・。」

「エリサ姉さん、謝らないでください・・・!何か悲しいことがあったんですか?」

エリサの涙に対し、マリオは動揺しているようだ。

「・・・友達とお別れしたことを思い出してしまって・・・。でも泣いてもどうしようもないから・・・。」

「エリサ姉さん、泣きたい時は泣いてください。泣いてもお友達とはもう会えないかもしれませんが、姉さんの悲しい気持ちはましになるかもしれません。姉さん、さっき言ってくれましたよね。僕のテストが満点でも0点でも家族だって。それと同じで、みっともない部分を見ても姉さんは姉さんです。そもそも僕は姉さんが泣く姿をみっともないなんて思っていません。」

エリサの悲しみを溶かそうと、マリオが懸命に語りかけてくれる。その優しさが、エリサの心にじんわりとしみた。

「そっか・・・。泣いてもいいのね・・・。マリオ、ありがとう・・・。・・・ふふっ、明日はパーティーに出席するのに、目が腫れちゃうわね。」

「大丈夫です、泣いていたって、目が腫れたって、エリサ姉さんは美しいです。」

じっとエリサの目をみながら、耳が真っ赤になりつつもマリオは真剣な声音で答えた。


(―――大切にしたい。お父様もお母様も、この新しくできた弟のことも。)

正義感が強く少し潔癖なこところがあるお父様。明るくおおらかなお母様。優しくて可愛い弟。15歳でエリサが亡くなれば、家族はきっと悲しむ。

いつの間にかマリオの手は温かさを取り戻していた。その体温を感じながらエリサは、どうにか殺される運命を回避し、幸せな未来をつかもうと静かに決意した。

周りの人を大切にしながら、自分のことを大切に思ってくれる人のために自分を大切にしながら、悔いの無いように―――。


楽しんでいただければ嬉しいです(_ _)♪

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