ゲーム開始②
「ただいま」
薄暗い家の中、返事が返ってこないのはいつものことだ。テーブルに置かれたメモ用紙と冷えたコロッケ。丁寧に切り取られた1枚のメモ用紙には母親の字でメッセージが書き留められている。
¨仕事で遅くなるから夕飯は適当に食べてください¨
ボールペンでの走り書きだが均等な大きさで等間隔に書かれた文字からは几帳面な性格が窺える。ほぼ毎日がこうだ。同じ家に住んでいるのに両親と顔を合わせない日は珍しくない。見飽きたメモ用紙を丸めてゴミ箱へ捨てるとコップに麦茶を注ぎ一気に飲み干す。渇いた喉を潤すと自分の部屋に入った。
白で統一されている以外特徴のない陽一の部屋。制服を脱ぎ机の上にある¨片谷陽一様¨と書かれた小包を開封する。包装紙の中から出てきたモダンなデザインの箱。中にはイヤリング型の受信機と手の平サイズのデバイスが丁寧に入れられていた。どちらも広樹から見せてもらったことがある。取り扱い説明書を読み、イヤリング型の受信機を装着するとデバイスの電源を入れた。
《ようこそ!クロスアンリアルへ!》
音声を受信機が発するのではなく、電気信号が直接脳に送られる。そのため工事現場の中心にいたとしても鮮明に聞き取れるし、まるで耳元で囁かれているかのような感覚を味わうことができる。これが本物の女性の声なら嬉しいが残念なのは人工的に造られた音声だということ。滑舌は抜群によく、イントネーションも良い。聞き取りやすい作られているのだが感情のない無機質なその声はどこか恐ろしくもある。