桜の下で貴方を待つ
締切ぎりぎりの投稿……
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私は静かに貴方を待つ―――
そう、 いつまでも―――――
貴方と出会ったのはもうどれほど前だろう。
あの時は、 私も貴方も若かった。
書物を脇に抱えながら、 貴方はよく夢を語っていた。
「軍人になって天皇陛下のために戦うのもいいけれど、 むしろ医者になって苦しむ人たちを救いたいんだ。 」
そう言って私の髪を撫でてくれた。
私にも夢はあった。
なんなんだい? って聞かれても
「ふふっ、 秘密♪」
って言って答えなかった。
でもね……本当は、
貴方の傍にずっといること。
“今”が続くことが夢だった。
ずっと……このままであってほしい……
だけど、 世界はそんな私の夢を嘲笑うかの如く無情で冷酷だった。
独逸の波蘭奇襲により始まった世界大戦。
大日本帝国の亜米利加真珠湾攻撃による太平洋戦争。
やがて、 戦火は広がり、 ついにあの人まで戦争に行く日がやってきてしまった。
本当は行ってほしくない……けど……
「俺の血で未来が作れるのなら……」
そう言って貴方は行ってしまった。
涙がこぼれないように空を見ながら。
同じように私も空を見た。
幾重にも滲んだ空が見えた。
戦地では貴方は元気なのだろうか。
あの時は出兵する人を見送るたびにあの日の出来事がよぎる。
ただ、 それだけを祈りつつ……
貴方から一通の手紙もないまま、 やがて終戦―――――
貴方は死んだかどうか分からない。
だけども帰っては来なかった。
周りの人は「死んだのだろう」と口々に言い、
縁談を進めてくる。
でも……でも……
あの人はまだ死んではいない。 そう信じたい自分がいる。
確かに生きているという保証はない。
けれども、 もう死んだという保証もない。
だから、 私はずっと貴方を待っていた……
そう、 貴方と出会ったこの桜の木の下で―――――
それから、 60年という長い年月が過ぎた。
貴方はついに帰っては来なかった。
そして、 私も今はもういない。
30年ほど前に凍死したらしい。
だけども、 私は幽霊となってここにいる。
知らないうちに私は“愛しき人を待ちながら死んだ女性”となっており、 半ば神格化している。
私はただの人間なのだが。
貴方がもういないことは分かっている。
だけど、 私はここから離れられない。
簡単に言えば自縛霊。
そんなわけで私が死んだこの桜の木には今日も様々な恋の悩みを抱えた人たちが来ている。
別に私には人々の恋の願いなんて叶えることはできないのだが……動けないし。
特に恥さらしにするつもりはないが、 おかしな願い事をいくつか紹介しよう。
「宝くじが当たりますように……」
知りません。
「お見合いが上手くいきますように……」
それはあなたしだいです。
「あいつを、 あいつを殺してえぇえぇぇぇえぇぇえぇぇぇぇぇ!! 」
罰が当たりますよ?
「新しい携帯電話が貰えますように……」
あなた達は神様にさえ頼めばなんでも叶うとでも思っているのですか?
そもそも私はただの自縛霊だし。
まぁ、 そんなこんなで人々の勘違いの願い事に耳を傾けつつ、 日々を過ごしていると、
彼女が現れた。
「彼が行った国で内戦が勃発して……お願い! 彼を守って! 」
まだ若いのに、 黒髪の中には白髪が交じり、 目もやつれている。
相当疲れているのだろう。
しかし、 何度も言わせてもらいますが、 私は神様ではなく一介の自縛霊です。
願いを叶える力なんて欠片も持ってはいない。
だけど彼女の状況に私はデジャヴを感じずにはいられなかった。
私が貴方を待っていたように……
彼女も彼を待っている……
救いたい。 けれども私にはなんの力もない。
せめて、 毎日来る彼女とともに祈りを捧げることしかできない。
そうして、 数週間が過ぎた。
彼が行った国では内乱が激しくなったようで、 彼女も毎日来ては必死に祈りを捧げていた。
私も必死に彼が無事であるように祈っていた。
そんなある日、 とうとう彼女が来なくなった。
なにかあったのだろうか、 もしかして彼は死んでしまったのだろうか。
そんな思いが頭を何度もよぎる。
だが、 答えはすぐに出た。
彼女が再び私がいる木にやってきたからだ。
彼と犬を連れて。
「ありがとう神様。 彼を救ってくれて。 」
彼女が頭を下げる。
私は何もしていない。
もしこれが奇跡じゃないとするならば……
「それは、 貴女の願いが天に通じたから―――――」
2人が驚いたように私を見る。
ふと、 私も自分の手を見つめてみたら、 半透明だった手が今ではくっきりと見える。
どうやら実体化したらしい。
本当に世界は偶然という名の必然を押し付けてくる。
それが幸運でも不運でも。
口を開けたままの2人と1匹に私は居心地が悪くなり、 さらに話し始める。
彼女が毎日毎日祈りに来ていたこと。
私は祈ることしかできなかったこと。
彼が助かったのは偶然か彼女の祈りが通じたかどちらかということ。
結論から言えば私は何もできなかったこと。
だけど、 彼女達はお礼を言った。
「貴女も祈っててくれていたからきっと通じたんだと思います……」
犬は積年の友のように私に懐いている。
なんとなく恥ずかしくて、 私はその犬を抱き上げ、 顔をじっと見た。
舐められた。
それを見た2人は笑っている。
なにか恥の上塗りをしてしまったみたいで犬を地面に下ろした。
犬は私を見つめている。
ふと、 似た眼差しを思い出した。
劣化した記憶の中で今なお輝くその瞳。
貴方を思い出すような瞳―――――
2人と1匹は帰って行った。
あの犬は貴方だったのだろうか?
貴方である確実な証拠はない。
だけど、 もし、 あの犬が貴方なら……
再び来てくれるだろう。
だから、 今日も―――――
私は貴方を待ち続ける。ずっと―――――
「明日、 天変地異が起こって、 学校が休みになりますように……」
怒りますよ?