協力
気持ち悪いぐらい湿った空気に包まれた街を、高速でかける。車の残骸やビルの破片何かを蹴散らして、破壊のかぎりが尽くされた街を更に壊していく。
背中に大きな影を感じて横に避けた。巨大な瓦礫の一部が、先ほど僕が居たところに打ち当たり、砕け散った。それに気を取られた一瞬、横から強烈な蹴りが飛んできて、反応することが出来なかった僕は、蹴られた方向に飛んでいった。
「おいおいおいwあれだけ余裕ぶっこいておいてそれだけかよ。何?自分より下だから楽勝とか思ってた?w」餓鬼が笑う。
地面を蹴り、奴の死角に隠れる。奴は僕を見失い、隙が出来た。拳を硬化させて脇腹を思い切り殴った。“パーン“と音を響かせる。
「ぐおっ?」さほどダメージを食らっていないのは予想外だが、衝撃は食らわせられる。連続パンチを打ち込み、背後に回って蹴り飛ばした。
「オラ!」
「ワオ!」
奴の体制が崩れた。今だ。奴の後頭部目掛けて蹴りを入れた。入る。そう確信したとき僕の視界から奴が消えていた。同時に後頭部に衝撃を受け、目の前が真っ暗になった。
「大丈夫ですか!?声が聞こえますか!?聞こえたら首を縦に振ってください!!」
頭に響く女の声で僕は目覚めた。急に上半身を起こしたため、目の前の女や周囲にいる隊員と思しき人たちは驚いた様子だ。
周りを見渡すが、今まで僕とやり合っていた少年の姿は見えない。
「大丈夫か?」隊員の男が再び聞いてきた。
「あぁ、はい、なんともないです」答えながらすっとその場に立って見せた。周囲には僕の他にも怪我人がいて、それぞれの隊員が助けまわっている。
「しかし驚いたよ。実は君は崩れたビルの破片の下敷きになっていのに、無傷とはなぁ…君…もしかして人間じゃない?」
ビクッとして、僕は彼から目を逸らした。すると彼は笑い出した。
「冗談だよwまあ無事で良かったな。一応手当てするからあっちの車両の中に入って」彼が指差した方向には大きな救護車両が止まっている。
「分かりました」と言ってその場を離れた。救護車両を通り過ぎる。応急処置など受けられるはずもない。
近くに転がっていたコンクリートの破片に腰掛ける。地面を見てから周りの風景を見渡してみる。一面瓦礫の山だった。そこらじゅうで怪我人の呻き声。救助隊の怒号。大混乱だった。
ポケットの中からくしゃくしゃの紙を取り出す。『七海雫を見つけ次第殺せ』雫はまだ生きているのだろうか。あの騒ぎの中で彼女の行方は分からなくなり、今このメモ書きを拾った。
答えはやはり。僕は遠くの空を見つめた。明らかに他の建物とは違う赤く、巨大な塔の先が空を指している。『ソリトンの城』奴らの本部に答えがあるかもしれない。
そうは言ったものの、正面から突っ込めば一瞬で蜂の巣にされてしまうだろう。作戦をしっかり練る必要がありそうだ。塔を囲っている広大な壁の中も外も、ソリトンだらけだ
一人で行くのは無理か。携帯をバッグから取り出しかけて止まった。淳太とはもう終わったんだから。携帯の電源ボタンを押そうとした時、画面に電話通信の表示が入った。全く知らない番号からの着信に戸惑いつつ、出てみた。出ると開口一番相手が喋り出した。
「おっす、さっきぶりー。まさか出てくれるとは思ってなかったよー。あれだけ暴れたのに携帯無事だったんだー」この相手を常に煽ってくる生意気な話し方と声はさっきの餓鬼で間違いない。
「よお、ついさっき会ったような気がするな?俺を殺そうとして来た奴が、一体何のご用件かな?」
「あんた、もしかしてソリトンの本部に乗り込もうとか考えてるだろ」
少年の発言にはっとした。
「お前、今近くにいるのか?」
「うん!はっきりと見えてるよ。チェック柄のシャツはちょっとオタクっぽいんじゃ無い?」確かに僕は今チェック柄のシャツを着ているが。オタク…奴は続ける。
「あそこに一人で乗り込むのは賛成できないなぁ。俺でも厳しいよ。俺だったら最低でも5人は集めるね」
「俺にそんな仲間がいると思うか?」
暫く相手は沈黙して、
「まぁ、確かにいなさそうだわ」
それを聞いて少し悲しくなる僕。用がないなら切るぞ、と言い掛けるとヤツは慌てて引き止めて来た。
「まてまてまて!!一人で行っても無駄死にだって!よし、俺と組まないか?」
こいつと組むだと?
「何だよ急に?さっきお前に殺されかけたんだぞ!」
「さっきのはお互いの力確認みたいなものだよ。殺そうとはしてないし、それに、楽しそうだからね」
しばらく考えた。未だこいつの名前も真意も分かっていない。この狂人が何かをしでかす可能性も高い。しかし、先ほど繰り広げた戦いでこいつの力が生半可なものではないのは分かっている。味方につくとなれば大きな戦力になるだろう。
それに、僕にはあまり時間がない。早く七海を助け出さなくてはいけない。手遅れになる前に。心の中野会議は終了した。
「分かった。お前の事は好きじゃないが僕の目的のため、お前と組もう。変な真似はするなよ」
「よし!決まりだ。たださっきも言ったようにあそこに攻め入るなら最低でも5人は能力者が欲しい。そうだなぁ、来週の金曜日にソリトン本拠地前の駅で集合。しっかり人員を確保してこいよ?」
「ああ、分かった。えと、お前の名前は?」
「そう言えば、今の今まで言ってなかったな。俺の名前はー、あーと、山田太平だ。太いに平行の平で太平。あんたは?」
「僕は…佐藤哲也だ。何とでも呼べ。じゃあ一週間後」そう言って電話を切った。太平には偽名を教えた。何となくまだ信用は出来ないからだ。
来週までに3人以上の超人を集めなければならない。やるとは言ったが、自分が酷い人見知りだと言うことを思い出してしまった。そんな簡単に見つかるとも思えない。
今多くの超人達は堂々と外出はしない。ソリトンの連中に捕まれば、どのような目に合うのか、みんな知っているから。
午後5時を知らせる鐘が鳴る。どこか悲しげな金属音が空に響く。その中にまるで地獄から聞こえてくるような大勢の呻き声が混ざる。
先の死闘で跡形もなく消しとんだビルの残骸の向こうから、黒い影がモゾモゾとこちらに迫って来ていた。