再会
アビスには平和な時間が流れていた。
トラフィア帝国が崩壊して半年ほどが過ぎただろうか…
アルビンの故郷マナリアも少しずつではあるが、活気を取り戻しつつあった。
新しい建物が建ち、住民の間に子供が生まれ…
アルビンもマナリア人としての新たな生活にすっかり馴染んでいた。
マナリアランドの小さな森にアルビンの姿があった。
森に果物を採りに訪れていたのである。
自給自足で暮らすアルビンにとっては日課のようなものだった。
アルビンは森を歩きながら、ミールと初めて出会ったときのことを思い出していた。
ミールと出会ったのは半年ほど前だが、アルビンには随分昔のことのように思えた。
ミールやサイアナやトリエステとの冒険…それが少しずつ思い出に
変わりつつあった。
そんなことを考えつつ、アルビンは思わずつぶやいてしまう。
アルビン「またミールの声を聞きたいな…」
ミール「アルビン!」
アルビン「ミール!?」
アルビンは度肝を抜かれる。
アルビン「今の聞いてたか?」
ミール「何のこと?とにかく探したのよ…」
アルビン「一体どうしたんだ?寂しくなったのか?」
ミール「ふざけてる場合じゃないの。どこから話せばいいやら…」
ミール「反乱軍が…フランクリンが…アビスを破壊してしまおうとしていて…」
アルビン「どういうことだ?随分突拍子のない話で…」
ミール「フランクリンが…私たちアリューン人はアビスの本当の住民ではないと…
かつてアビスの外界の”無限の大地”と呼ばれる場所に暮らしていて…
今こそ無限の大地に帰るべきときだって…」
ミール「アビスから脱出するためにはアビスを破壊してしまう必要があるって…
自分たちだけ巨大な船に乗って逃げようとしているの…」
アルビン「…それでミールは?」
ミール「私はフランクリンの方針に納得できなくて逃げてきたの。
他にも何人か反乱軍を脱退するメンバーもいて…」
ミール「どうすればいいか分からなくて…アルビンのところへ…」
正直なところ、アルビンにはこの話をすぐに信じることはできなかったが、
同時に、ミールが嘘をついているとも思えなかった。
アルビン「アビスを破壊する…一体フランクリンが何をしでかそうとしている
のか、想像もつかないが…それが本当ならアビスのどこに逃げても
助からないってことか。」
アルビン「ミール…フランクリン…反乱軍は今どこにいるんだ?」
ミール「それが…分からないの…」
アルビン「例の基地にはいないのか?」
ミール「あの基地はもう放棄されていて…なんでもトラフィアに滅ぼされる前に
アリューン人が暮らしていた島があって、そこに戻るとか…
でもそこがどこだか分からなくて…」
ミール「ごめんなさい…助けてもらいにきたのに分からないばかりで…」
アルビン「いや、いいんだ…他になにか当てはないのか?」
ミール「リリアンって子を…覚えてる?」
アルビンは反乱軍の基地にいたときのことを思い出す…
そういえば、アルビンに外界について熱心に聞いてくる女性がいたのを思い出した。
アルビン「ああ、今思い出した…」
ミール「実は、彼女もフランクリンの方針に反対して反乱軍を抜けて…
今、セントラルランドの旧トラフィア市街地に身を隠しているの。」
ミール「彼女には情報収集を頼んでいるから…何か分かったかもしれないわ。」
アルビン「そこにいってみるしかないか。」
ミール「私の乗ってきた船があるから…」
ミールの乗ってきた船に向かう二人…
アルビンは不謹慎だと思いつつも、ミールと再び旅ができることを内心嬉しく
思っていた。
そして、そんな気持ちを押し殺すように口を固く真一文字に結んだ。
船を停めている場所に着き…乗り込む二人。
操縦席に座ったミールがふと口を開く。
ミール「サイアナとトリエステは…」
アルビン「…」
しばらく考え込むアルビン。
アルビン「きっとまた危ない旅になる…以前は死にかけたわけだしな…」
アルビン「おれたちだけでなんとかしよう。」
ミール「…分かったわ。」
二人を乗せた船がセントラルランドへ出発した。
セントラルランドはすでに帝国から開放されており、
以前その周辺を警戒していた大量のトラフィアの軍艦は姿を消していた。
半年ぶりにセントラルランドへ上陸する二人…
トラフィアの都市は開放され住民による自治制へと移行していた。
都市は半年前戦争が起こった、あるいはこれからアビスが滅びようとしている、
そんなことを全く感じさせないほど賑やかだった。
そんなトラフィアの都市を歩く二人…
ミール「リリアンと待ち合わせた宿があるから…」
ミールの案内で小さな宿の一室へと向かった。
部屋の中ではリリアンが本を読んでいた。
ミール「リリアン…アルビンを連れてきたわ。」
リリアン「まあ!お久しぶりですアルビンさん、私のこと覚えていますか?」
アルビン「ああ…もちろんだとも…」
ミール「それでリリアン…反乱軍の居場所…分かった?」
リリアン「すみません…色々古い文献を調べていたんですが…」
リリアン「トラフィアは、自分たちがアリューン文明の正統後継であると
するために、旧アリューンの記録を抹消していて…」
リリアン「…トラフィア軍の末端の人々にも話を聞きましたが…」
ミール「そう…困ったわね…」
リリアン「一つだけ…反乱軍の居場所の情報じゃないんですけど…」
ミール「?」
リリアン「トラフィア宮殿にトラフィア帝国の元高官が捕らえられている
という話が…」
ミール「なるほど、末端の人間は知らなくても高い地位にあった人間なら
何か知っているかも知れないわね。」
リリアン「でも…トラフィア宮殿は今反乱軍の指揮下に入った元トラフィア軍
が警戒しているんです…」
アルビン「なら、おれとミールで調べてこよう。
リリアンさんはここで待っていてくれ。」
リリアン「わ、分かりました…」
リリアンは、内心自分も連れて行かれるのではないかと考えていたので、
安堵の表情を浮かべた。
二人はトラフィアの元高官が捕らえられているというトラフィア宮殿
の近くまできた。
宮殿は反乱軍との戦いでかなり損傷したはずだが、
少なくとも外観はかなり補修が進んでいた。
アルビン「見張りの兵が多いな…どこからか忍び込めないだろうか…」
アルビンとミールは二人して宮殿の周辺を探った。
ミール「アルビン、あれを見て。」
ミールの指差す先には、蔦の絡まった壁と、大きな窓があった。
アルビン「あの蔦を登れば窓から入れそうだな…」
ミール「ここなら見張りもいないみたいだし…」
二人は蔦の元へ駆け寄る。
ミールが蔦を掴むと、何度が引っ張ってみせる。
ミール「大丈夫かしら…二人いっぺんに登ったら蔦が外れそう…」
アルビン「なら、まずおれが登ろう。」
そう言うと、アルビンは壁に絡まった蔦をゆっくり登り始めた…
「ギシ…ギシ…」
半分ほど登ったところだろうか…
「ブチィ!」
突然、アルビンの掴んでいた蔦が壁から剥がれた。
「ドスンッ!」
そして大きな音とともにアルビンごと地面に落ちる。
アルビン「いてて…」
ミール「アルビン、大丈夫!?」
アルビンは尻をさすりながら気恥ずかしそうに話す。
アルビン「しばらく運動していなかったから太ったみたいだ…」
見張り「何者だ!」
アルビンの立てた大きな音に反応し、様子を見に来た見張りの兵に見つかる二人。
ミール「アルビン、ふざけてる場合じゃないわ!」
アルビンが起き上がると、二人は走って逃げ出した。
トラフィア兵「不審者だ!追え!追え!」
アルビン「はあ…はあ…どんどん追っ手が増えてないか!?」
ミール「はあ…はあ…前にも!」
いつの間にか、アルビンたちはトラフィア兵に囲まれていた。
トラフィア兵「もう逃げられんぞ!」
アルビン「くっ…」
じりじりとアルビンと距離を詰めるトラフィア兵たち…
そのときだった。
トラフィア兵「ぐわああああ!!!」
突然、アルビンたちを包囲していたトラフィア兵たちの、
外側にいた兵が叫びながら倒れる。
???「お前たちはトラフィアの兵ではなかったのか…」
???「何故トラフィアを滅ぼした反乱軍の指示に従っている…」
トラフィア兵たちが一斉に声の方を向く。
トラフィア兵たちの視線の先には、見覚えある黒い装甲をまとった男が立っていた。
アルビン「パイシーズ!生きていたのか…」
その手には血の滴る剣が握られている。
動揺するトラフィア兵たち…
パイシーズ「お前たちはトラフィア帝国に忠誠を誓ったのではなかったのか?」
一人のトラフィア兵が叫ぶ。
トラフィア兵「構わん!こいつも捕らえろ!」
一瞬の間があった後、一斉にトラフィア兵たちがパイシーズに飛びかかる。
パイシーズ「愚か者どもめ!」
トラフィア兵「ぐわああああああ!!!」
次々とトラフィア兵を斬って捨てるパイシーズ。
アルビンたちは、圧倒されながらその様子を見ていた。
トラフィア兵「ぐふっ…!」
最後の一人となったトラフィア兵がパイシーズの前に倒れた。
辺りは一瞬にして血の海と化した。
パイシーズがアルビンに目をやる。
ふと我に返ったかのようなアルビンが、腰に下げた鞘から剣を引き抜いた!
ミールもハンドガンを構える。
パイシーズ「…」
パイシーズは剣を構えようとしない。
パイシーズ「一つ、聞きたい。」
アルビンはじっとパイシーズを見据える。
パイシーズ「お前たちは反乱軍の人間ではなかったか…?」
パイシーズ「それが何故、反乱軍に寝返ったトラフィア兵たちと対峙していた?」
ミール「そっちこそ、こんなところで何を…」
パイシーズ「先にこちらの質問に答えろ。」
ミールのハンドガンを握る手にぐっと力が入った。
アルビン「待て、ミール!」
それを察知したアルビンが大きな声を出す。
怪訝そうにアルビンを見つめるミール。
アルビン「分かった。質問に答えよう…」
アルビンは、トラフィア帝国が崩壊した後起こったことを話した…
反乱軍がアビスを破壊しようとしていること、
自分たちがそれを止めるために反乱軍の居場所を探っていること…
アルビン「さあ、質問に答えたぞ。今度はそっちの番だ。」
パイシーズ「…私は…帝国崩壊後、反乱軍に復讐しトラフィア帝国
を復興させるため、決起の機会を待っていた…」
パイシーズ「最近、反乱軍の様子がやけに静かなのでな…
宮殿の様子を伺っていたら、お前たちの姿が見えたので
つけていたのだ。」
アルビン「もう一つ、質問がある。」
パイシーズ「…」
アルビン「お前はトラフィア帝国でもそれなりの地位にいたようだが…
もしかして旧アリューン人の住んでいた場所を
知っているんじゃないのか?」
アルビンは剣を構えたまま、まっすぐパイシーズを見据えた。
パイシーズ「…私も旧アリューン人のことについてはほとんど知らぬ。」
パイシーズ「だが…旧アリューン人について知っているかもしれない連中
のことなら心当たりがある。」
アルビン「!」
アルビン「…詳しく教えてくれ…」
パイシーズ「お前たちは反乱軍の野望を止めるため、旅を再会したと
言っていたな。」
アルビン「ああ、そうだ。」
パイシーズ「…いいだろう。」
アルビン「ここじゃまた見つかるかもしれない。おれたちに着いてきてくれ。」
アルビンは剣を収めると、街へ向かって歩き始める。
パイシーズも剣を収めるとそれに着いていく。
ミール「ちょ、ちょっと待ってアルビン!…正気なの?」
アルビン「他に手がかりはないだろう?アビスの運命には代えられない。」
ミール「…」
ミールも、アルビンとともに歩き始める。
ミールはパイシーズを鋭く睨みつけていた。
パイシーズ「ふっ…」
リリアンの泊まる宿に着く三人。
リリアン「この方が宮殿に捕らえられていたトラフィアの元高官の方なんですか?」
アルビン「いや…まあそんなところだ…」
パイシーズ「…」
アルビン「さあ、話してくれ。」
椅子に腰掛けるアルビン。
ミールは立ち上がったままパイシーズへの警戒を解こうとしない。
パイシーズ「随分嫌われているな…まだその胸の傷が痛むか?」
ミールは苦々しい表情を浮かべると、胸元の傷跡を手で抑えた。
アルビンも腹の傷跡を抑える。
パイシーズ「…トラフィアの支配地域の一つにトタルランドという島があってな。」
パイシーズ「その島には非常に長寿で知られるトタル族という種族が住んでいる。」
パイシーズ「中には旧アリューン人と交流の経験を持つほど長く生きている者も
いると…」
アルビン「そこなら何か情報を得られるかもしれないな。」
アルビン「よし、そこに向かおう。」
アルビン「場所を教えてくれ。」
パイシーズ「いいだろう…ただし私も同行するのが条件だ。」
ミール「!?」
アルビン「…どういうつもりだ?」
パイシーズ「…単純な話だ…このアビスを反乱軍の連中の好きにされるのは
癪に障る。」
パイシーズ「それに私もアビスの住民の一人…アビス破壊計画とやら、
見過ごすことは出来ん。」
ミール「アルビン?まさか連れて行くつもりじゃ…」
アルビン「大丈夫さ、もし妙な真似をしたら…」
パイシーズ「ふっ…好きにしろ。」
リリアン「楽しみです!きっと長寿のトタル族は様々な知識を
持っているんでしょうね…」
リリアンが目を輝かせている。
アルビン「ちょっと待て、君は留守番だ。」
リリアン「ええっ!どうして!?」
アルビン「危険な旅になるかもしれない…君はここに残って
情報収集を続けてくれ。」
リリアン「そんなぁ…」
ミール「ちゃんと土産話は持って帰るから。」
リリアンを残し、アルビンとミール、そしてパイシーズの三人は船へ向かった…