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帰郷

ミール「ここが…アルビンの故郷…マナリア…。」

三人は、遠くに見えるマナリアの都市に向かって歩き始めた。


マナリアはすでに廃墟と化していた。

アルビンは崩れかけた壁に手を当て、ゆっくりと撫でた。

壁からポロポロと破片が溢れる。

長い時間雨風にさらされ人の手が加わっていないことがわかる。

マナリアがトラフィアの侵攻を受けてから10年…。

きっと、あのときに滅ぼされてしまったのだろう。

サイアナ「なんだ、完全に廃墟じゃないか。」

ミール「サイアナ…」

ミールはサイアナのデリカシーのない発言に少し苛立った。

アルビンは黙ったまま、記憶を辿るように廃墟の中を歩いた。

育った家、よく遊んだ広場、母と買い物にきた市場…

いずれも、すでにアルビンの知っているような姿ではなくなっていた。


三人は、まだ屋根が残る建物の中に入った。

三人は椅子にかけ、崩れた外壁の間から、外の景色を静かに見ていた。

アルビンが廃墟に入ってから初めて口を開いた。

アルビン「おれは…ずっとマナリアに戻りたくて…マナリアを探していて…

     今こうやってマナリアにいる…」

アルビン「覚悟はしていたつもりだったけど、今こうやって改めて、

     自分は本当に一人になったんだという実感が湧いたよ…。」

アルビン「マナリアを見つけたら、例えそこがどうなっていようと、

     そこで暮らすつもりだったんだ。」

アルビン「だけど…今は…ここに居続けるのは辛すぎる。」

アルビン「ミール…マナリアを探すのを手伝ってくれてありがとう。」

アルビン「おれは、アリューシアに帰ろうと思う。」

ミール「…!」

アルビン「勝手なことを言ってすまない…だけど…ここには…

     このアビスにはおれの居場所はもうない。」

アリューシアに帰っても、だれかが待っていてくれるわけでもない。

アルビンは、だれの目からも見えない透明人間になったような気がしていた。

ミール「待って、アルビン…」

アルビンの話を黙って聞いていたミールが口を開く。

ミール「あなたが以前話してくれた…権能に目覚めたときの話…」

ミール「このマナリアは黒い装甲の軍隊に襲われたって…」

アルビン「ああ…あの遺跡でもいたあの連中…確かトラフィアとかいったか…」

ミール「マナリアを襲ったのがトラフィアなら、

    まだマナリアの生き残りがいるかも知れない。」

アルビン「どういうことだ?」

ミール「トラフィア帝国はアビスの島々を支配するとき、

    抵抗する人たちには容赦しないけど、

    抵抗しなかった人たちは労働力として本国に連れて行くことがあるの。」

アルビンは立ち上がってこう言った。

アルビン「トラフィアの本国…どこにあるんだ?案内してくれ!」

ミール「トラフィアはセントラルランドという島にあるわ…」

ミール「でもセントラルランドは警備が厳しくて迂闊には近づけない。」

ミールがまだ話している途中、暇そうに外を眺めていたサイアナが突然言った。

サイアナ「待て!なにか聞こえないか?」

三人は耳を澄ませた…

金属のこすれるような音…それに重い足音。

サイアナ「生き残りがいたんじゃないのか?」

アルビンは崩れた外壁からそっと外の様子を覗いた。


パイシーズ「隈なく探せ、外に船が乗り捨ててあった。」

パイシーズ「ネズミはこの島の中にまだいるはずだ。」


トラフィアの軍勢、それもかなりの数が、すでに廃墟の中にまで入り込んでいた。

アルビン「!?」

アルビン「トラフィアの軍隊だ!」

サイアナ「おれたちを追ってきたのか!」

ミールも外を覗く。

ミール「すごい数…逃げないと…」

そのとき、慌てて駆け出そうとしたサイアナが、

建物の中に置かれてた大きな壺にぶつかった。

サイアナ「あっ…」

「ガシャーンッ!」

大きな音が鳴り響く。

アルビン&ミール「!」

音を聞きつけトラフィア兵が駆けつけてきた。

トラフィア兵「いたぞ!」

アルビン「走れ!」

三人は建物の奥へと逃げ込んだ。


トラフィア兵「パイシーズ殿!廃墟内部にて標的を発見しました!」

パイシーズは、停泊しているトラフィア軍の船の中で報告を受けた。

トラフィア兵「現在、廃墟の中で標的らを追っているとのこと。」

トラフィア兵「パイシーズ殿、来られますか?」

パイシーズは兵の言葉などまるで聞こえていないかのように、

一人でぶつぶつと呟いた。

パイシーズ「追い詰められた袋のネズミ…やつらに逃げ場はない。」

パイシーズ「やつらが次にとる行動とは…」


「ドンッ!ドンッ!」

三人に向け銃撃が浴びせられる。

トラフィア兵「追え!追え!」

サイアナ「逃げるって言ったって…もう船はないんだろう!?」

サイアナ「どこへ逃げればいいんだよ!」

走りながらサイアナが叫ぶ。

アルビン「確かに…逃げ場なんてなかったな…」

アルビンは建物の陰に入り込み、

振り返るとトラフィア兵に向けハンドガンの引き金を引いた。

「ドンッ!ドンッ!」

「ガキィン!キィン!」

銃弾は装甲に弾かれた。

アルビン「くそっ…!」

アルビンは再び建物の陰に体を引っ込めた。

トラフィア兵が発砲し、銃弾がアルビンたちの隠れる建物をえぐる。

アルビン「逃げられない…戦っても勝てない…」

サイアナ「やられるしかないのかよ…っ!」

アルビン「水…水があれば…」

アルビンは水を斬り異空間に逃げることを考える。

かつてそうしたように…

だが肝心の水がどこにも見当たらなかった。

ミール「こっちよ!」

ミールが建物の壁に開いた穴に入る。

二人もそれに続く。

「ズズズ…」

ミールは自身の権能の力を使い、穴の横にあった瓦礫を動かす。

そして瓦礫で穴を塞いだ。

サイアナ「なんだ今のは!?」

ミール「シッ…」

瓦礫で塞がれた壁の向こうでトラフィア兵の声がする。

トラフィア兵「どこへいった!?この辺りに逃げ込んだはずだが…」

トラフィア兵の足音が遠のく。

アルビン「ひとまずやり過ごしたか。」

アルビン「でも、このままではいずれ…」

ミール「トラフィア軍の船を奪うしかないわね。」

アルビン「危険だが…それしかないな。」

アルビンたちはトラフィア兵の目を逃れ、

廃墟から抜け出すとトラフィア軍の船が見える場所へ向かった。


島の端に何隻ものトラフィアの軍艦が停まっていた。

トラフィアの軍艦はアルビンたちが乗っていた船よりずっと大きく、

砲身のようなものも備え武装しているようだ。

アルビンたちは岩陰から様子を伺う。

多くの兵はアルビンたちを捜索するため出払っているのか、

警備は手薄なように見える。

アルビン「思ったより警備の人数も少ないな…

     これなら船を奪えるかもしれないぞ…」

「ザッ」

そのとき、背後で土を蹴る音がなる。

アルビンたちが振り返ると、そこには黒い装甲に身を包み、

大きな剣を腰から下げるトラフィア兵がいた。

アルビン&ミール&サイアナ「!!!」

そのトラフィア兵は肩を揺らし笑った。

パイシーズ「ふっふっふ…愉快…

      敵が自分の思い通りに動き策に嵌ったとき…

      これほど愉快な瞬間はない…」

アルビン「待ち伏せ…」

パイシーズ「この島から出る術のないお前たちが、

      我々の船を奪いにくることは予想できた。」

アルビンたちは、そのトラフィア兵の放つ威圧感から、

彼がただの一兵卒ではないことを感じていた。

パイシーズ「名前くらいは教えておいてやる…私はパイシーズ。」

パイシーズ「お前たちが何者なのか…それはこれからじっくり聞くとしよう。」

パイシーズ「大人しくすれば命は助けてやる…抵抗すれば…」

そう言うとパイシーズは腰の鞘から剣を引き抜いた。

アルビンも剣を引き抜く。

抵抗するつもりも、もちろんあったかも知れない。

自分の母の命を奪い故郷を滅ぼした黒い装甲の軍勢…

それを目の前にし抑えが効かなくなったということもあるだろう。

ミール「アルビン!」

パイシーズ「若いな…その若さが命とりになる…」

アルビンが勢いよくパイシーズに斬りかかった!

「ガチィン!」

剣と剣のぶつかる音が響く。

アルビン「…っ!」

パイシーズ「…っ!」

剣と剣の間から、アルビンとパイシーズが睨み合う。

二人は剣を合わせ押し合う…

パイシーズが足でアルビンを蹴り飛ばした!

アルビン「うわっ!」

アルビンは横に大きく吹き飛ばされる。

ミール「アルビン!」

アルビンの元へ駆け寄るミール。

サイアナ「おれは砂漠の戦士サイアナ!」

今度はサイアナが、自身を鼓舞するような掛け声とともに、

小さな剣を構えパイシーズに飛びかかった!

パイシーズ「ふっ…」

パイシーズはあざ笑うかのように鼻から息を吐くと、

剣を頭の上に掲げ、そのままサイアナめがけ振り下ろした。

しかしその瞬間、剣の軌道からサイアナの姿が消える。

パイシーズ「…っ!」

サイアナは糸で引っ張られたようにミールの元まで引き寄せられると、

勢いあまり地面に叩きつけられた。

サイアナ「うぎゃっ!」

パイシーズ「小娘…お前の権能か…」

パイシーズはそう言うと、三人に向かって一歩踏み出した。

ミール「来ないで!」

ミールはパイシーズに向け手の平をかざすと、念じた。

パイシーズ「ぐっ…これは…」

パイシーズの前に進もうという意思に反し、

その体はじりじりと後ろに下がる。

パイシーズ「小娘風情が…こしゃくな…」

パイシーズの左腕の装甲が外れ、地面に転がる。

そこに本来あるはずの左手はなく、代わりにハンドガンの銃身が姿を現した。

パイシーズ「死ね。」

パイシーズの左腕から、ミールに向け銃弾が放たれた。

銃弾はミールの脇腹をかすめた。

ミール「うっ!」

地面に倒れ込むミール。

アルビン「ミール!」

アルビンが駆け寄る。

ミールの脇腹からは血がにじみ出ていた。

パイシーズ「小娘の力で銃弾が少しそれたか…」

もはやパイシーズの体を拘束していたミールの力は解かれた。

ゆっくりと三人の元へ向かうパイシーズ。

アルビン&サイアナ「くっ…!」

もはやこれまでか、と思われたそのとき…

「ザザーッ!」

突然大粒の雨が振り始めた。

アルビンはミールを肩で抱えるようにして立ち上がると、剣を構えた。

パイシーズ「小娘を抱えて戦うつもりか…?なめられたものだ。」

アルビンは大粒の雨の降りしきる目の前の空間を斬り裂いた!

突然、パイシーズの目の前にまばゆい光がさす。

パイシーズ「ぐおっ!」

パイシーズの目が光に眩む。

アルビンは目の前に現れた亀裂にミールを抱えて体の半分まで入ると、

何が起こったのか把握できず混乱しているサイアナの腕を掴み、

亀裂に引っ張り込んだ。


パイシーズの視力が戻ったとき、すでに三人の姿はなかった。

パイシーズ「一体何が起こった…あの小僧の力…?」


アルビンとミール、それにサイアナの三人は、茶色い土の上に倒れていた。

その土の冷たさで、アルビンは目を覚ました。

アルビン「…ミール、ミール!」

アルビンは近くで倒れるミールを見つけ駆け寄る。

脇腹の出血は止まっているようだが、ミールに意識はなかった。

アルビンは頭上を見上げた。

そこにはやはり、アビスの青白い太陽が静かに光を放っていた。

アルビン「またアビスの中に…もうアリューシアには戻れないのか…」

アルビンは辺りを見回すと、街を見つける。

アルビン「あそこなら、ミールを治療できるかもしれない…」

アルビンはミールを抱きかかえると、街に向かい歩き出した。

少し歩いてから、何かを思い出し先ほどの場所に戻る。

サイアナが大の字になって倒れていた。

アルビン「サイアナ…起きろ!起きるんだ!」

サイアナ「うぅ…はっ!」

サイアナは勢いよく起き上がると辺りを見回した。

サイアナ「敵は!?やつはどこだ!?」

サイアナはまだ混乱しているようだ。

アルビン「もう敵はいないよ。」

サイアナ「何!?何が起こった…

     そう言えばお前に腕を掴まれ穴の中に引きずり込まれて…」

アルビン「詳しい説明は後だ。ミールを治療したい。」

サイアナはアルビンに抱きかかえられるミールの、

脇腹の血の染みを見て事態を理解した。


アルビンとサイアナは街につくと、早速医者を探し始めた。

街は中々の大きさで、静かな落ち着いた雰囲気であった。

待ちゆく人々はみな…人間と犬の間の子のような姿をしている。

それ以外の種族は見当たらない。

血のついた少女を抱きかかえているからなのか、

自分たちとは違う種族だからなのか、

街の人々からの視線は冷たいものだった。

サイアナ「なあ、こいつらおれのことを食い物みたいな目で見てないか?」

アルビン「気のせいだ、それより医者を探さないと…」

アルビンが住民の一人に話しかけた。

アルビン「あの、この辺りに医者は…」

住民は、迷惑だ、と言わんばかりアルビンを睨むと、

何も言わず足早に立ち去る。

サイアナ「言葉が通じないんじゃないのか?」

アルビンは住民の態度に、

サイアナの言うこととは別の可能性を感じ、焦っていた。

アルビン「(この街の住民からは、明確な敵意を感じる…)」

アルビン「(もし医者が見つかっても、治療を受けられるのか…)」

そのときだった。

路地からその様子を伺っていた住民が声をかけてきた。

住民「こっちです…」


アルビンとサイアナは、その声に導かれ路地へ進んでいった…。

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