砂漠の戦士
アルビンとミールは、森を歩き続ける。
ミール「そろそろ…着くわよ。」
森を抜け、辺りは少し明るくなる。
しかし、アルビンの目の前に広がるアビスの海は、
アルビンがアリューシアで毎日見ていたものとはまるで違っていた。
アルビン「これが海…?いや…壁…?」
グリーンランドの大地の端に沿って青い壁のようなものが反り立つ。
いや、よく見ると表面がゆらゆらと波立っているようにも見える。
水でできているのだろうか…?
ミール「どうかしたの?」
彼女は不思議そうに尋ねた。
アルビン「いや…アリューシアの海とは随分違っているようなんで驚いたんだ。」
アルビン「アリューシアの海はこう…もっと平坦で…」
アルビンが上手く説明できないでいるのを遮ってミールが話す。
ミール「外界の海…それがどうなっているのかは知らないけど、
アビスは島ごとに世界が独立していて…
その周囲は全て海で囲われているから
普通は島と島を移動することはできないの。」
そう言うとミールはまた歩き出す。
ミール「この船がこのアビスで唯一、島と島を移動する手段よ。」
アルビンはミールについていく。
すると、海の中に何やら金属の…
丁度、アルビンがベージェで毎日食べていたパンのような形をした、
流線型の物体が浮かんでいる。
ミールは、その物体の海から突き出た部分にある扉の、
取っ手のようなものに手をかけるとアルビンにこう言った。
ミール「そこの木に結んであるロープを解いて。」
ミール「解いたら中に入って。」
そう言うと扉を開け中に入っていってしまった。
アルビンは置いていかれないよう慌てて木からロープを解くと、
すぐに船の中に乗り込んだ。
海も違うが、船もアリューシアのものとは随分と違った。
船内は密封されており、なるほど確かにこれならば海の中を進んでいけるのだろう。
アルビンはその狭い船内で居心地が悪そうに立ち尽くす。
ミールは船体後方で何やら作業に勤しんでいる。
先ほど入手したアリュート石を燃料窯に焚べていたのだ。
キョロキョロと落ち着かない様子のアルビンにミールは言い放った。
ミール「その辺りの機械にさわらないでね。」
アルビンは椅子に座りじっとしておくことにした。
作業を終え、船体前部の操縦席のような場所に向かうミールにアルビンは言う。
アルビン「君が操縦するの?」
ミール「ええ、そうよ。それともあなたが操縦する?」
彼女はそっけない。
アルビンが嫌われてしまったのか、はたまた彼女の元来の性格だろうか…。
ミール「これからあなたの故郷マナリアのあるマナリアランドに向かうけど…。」
ミール「ここからだと結構な距離があるから、少し時間がかかるわ。」
アルビン「わかった。」
「ウィィンウィィンウィィンウィンウィンウィン…」
船内に推進装置の駆動音が鳴り響く。
船が動き出したようだ…。
水中を進む船。
船内は船の駆動音以外いたって静かで、
アルビンとミールは押し黙っていた。
アルビンは丸く小さくとられた窓から外を眺めていた。
進めど、進めど同じ風景…生き物の姿も見当たらない。
アルビンはミールに質問しようとも考えたが、
彼女のそっけない対応を予想して躊躇していた。
どれくらい進んだだろうか…。
沈黙と、窓から映る変わらぬ景色、
まるで時間が止まってしまったような船内が突然、大きく揺れた!
「ガシャンッ!」
アルビン「なんだ!?」
ミールが慌てて操縦席から立ち上がると、
アルビンの座る席とは反対側の窓を覗いた。
ミール「そんな…アビスウォーカー!」
アルビン「逃げられないのか!?」
ミール「ダメよ…噛みつかれているみたい…!」
船の外では、まるで巨大なサメのようなアビスウォーカーが、
船にかじりつき、まさに今船を噛み砕かんとしていた。
ギシギシと金属の軋む音が船内に響く…。
アルビン「なんなんだ!アビスウォーカーって!」
ミール「わからない!ただ目の前にいる生き物を襲う化物ってことしか!」
アルビン「倒す方法は…ないのかっ!?」
ミール「無理よ!体を千切られても…頭を潰されても怯みすらしない!」
絶対絶命、しかし海の中とあってもはやアルビンとミールになす術はなかった。
アルビン「クソっ…!こんなことろで…!」
そのとき、ついに船体をアビスウォーカーの牙が貫き、
船内に水が侵入してきた!
ミール「きゃあああああっ!」
あっという間に狭い船内は水で満たされ、
船はバラバラになってしまった。
アルビン「(こうなったら一か八か…これしかない…っ!)」
アルビンはミールを引き寄せると、剣を引き抜き水中を切り裂いた。
二人の目の前が真っ白になる…。
アルビン「…っ!」
アルビンは目を覚ました。
アルビン「あの世か…いや…砂…?」
アルビンの頬や手や服にさらさらとした砂がまとわりつく。
アルビンはハッとして周囲を見渡した。
アルビン「ミール!」
アルビンは近くに倒れていたミールを見つけると、
駆け寄って彼女を抱き起こした。
アルビン「大丈夫か?しっかりしろ!ミール!」
ミールすぐに目を覚ました。
アルビン「よかった…怪我はないか?」
ミール「ここは…?」
そうだ、船内でアリューシアへの出口をつくったのだから、
ここはアリューシアのどこかのはず、とアルビンは思った、
しかし、アルビンのはるか頭上で静かに光を放つそれは、
紛れもなくアビスの青白い太陽だった。
アルビンは立ち上がると周囲を見渡す。
辺り一面が砂、砂しか見えない。
ミールも立ち上がってこう言った。
ミール「おそらく…だけど…。」
ミール「ここはデザートランドというアビスの中でも辺境の島…だと思う。」
やはりここはアビスの中…何故アリューシアに出られなかったのだろうか?
ミール「ねえ…あなた一体何をしたの…?私たちはアビスウォーカーに襲われて…
海中に投げ出されたはず…どうしてこんなところに…?」
アルビンは彼女に話した。
アビスを外側から斬り裂いて侵入することができること、
その逆にアビスを内側から斬り裂いて外に出ることができること、
外に出るためにアビスを斬り裂いたのに
今アビスの中にいる理由がわからないこと…。
ミール「”権能”ね。」
彼女の口から耳慣れない言葉が発せられる。
ミール「時々いるの…アビスには…そういう力を使える人が。」
ミール「突発的な進化…という表現がぴったりかしら。」
ミール「命の危機に瀕したとき…その局面を切り抜ける力に目覚めることがある。」
アルビンは子供のころ、あの雨の日マナリアで起きた出来事を思い出した。
アルビン「(あの時…おれは空間を斬り裂いて助かっていたのか…)」
ミール「ともかく、あなたのおかげで私は今こうして生きているってことね。」
ミール「感謝しておくわ、ありがとう。」
アルビンはミールからお礼を言われ少しだけ気をよくした。
が、すぐ現実に戻される。
ミール「でも…これからどうするか…。」
そう、辺り一面の砂漠、このままでは奇跡の脱出劇も
ほんの数日、寿命を伸ばしただけということになる。
ミール「さっきも言ったとおりここはアビスの中でも辺境にあって…。」
ミール「助けなんて、まず望めないわ。」
アルビン「じっとしていても事態は好転しない、か…。」
二人は当てもなく砂漠を歩き始めた。
どれだけ歩いても変わらぬ景色…二人の体と心に、疲労が溜まっていく。
アルビン「ともかく、どこか…休めるところを見つけないと…。」
ミール「…。」
そんなとき、二人は背後に殺気を感じほぼ同時に振り向いた!
「ズサァッ!」
突然砂が吹き上がり、何者かが二人に飛びかかってきた!
二人はすんでのところでそれをかわす!
よく見ると、砂の中から飛び出してきた生き物は、
まるでトカゲのような姿をしていた。
そして、手には槍のようなものを持っている。
ミール「アルビン!」
ミールは目の前のトカゲとは違う別の方向を向いて叫ぶ。
アルビンもそちらに目をやると、
別のトカゲがやはり槍を持ち立っていた。
周囲を見渡せば他にも一体、二体…弓のようなものを持ったトカゲがいる。
アルビン「囲まれていたか…っ!」
アルビンたちは計四体のトカゲに包囲されていた。
ミール「アルビン!」
一体のトカゲから放たれた矢がまっすぐアルビンにせまる!
アルビンは走り、それをかわす。
今度は槍を持ったトカゲが飛びかかってくる。
アルビンは剣を引き抜きトカゲを斬りつけた!
トカゲ「グギャアアッ!」
トカゲは悲鳴を上げ砂の上に叩きつけられる。
アルビンはすかさずハンドガンを引き抜き、
先ほどアルビンに矢を放ったトカゲに向け発砲した!
「ドンッ!ドンッ!ドンッ!」
向こうで、弓を持ったトカゲが倒れるのが見えた。
槍を持ったもう一体のトカゲがミールに襲いかかる。
しかし、ミールはいとも身軽にその攻撃をかわす。
そして、懐に忍ばせていたハンドガンで、
トカゲの頭を至近距離から撃ち抜いた!
がそのとき、もう一体の弓を持ったトカゲがミールに向かい弓を引き絞っていた!
アルビン「ミール!後ろだ!」
ミールが後ろに振り向いたときには、トカゲの弓から矢は離れていた。
ミールの目前に矢がせまる。
アルビン「(ダメだ…っ!かわせない!)」
しかし、そのときである。
ミールの近くに落ちていた岩が、まるでミールをかばうかのように
ミールの目前に移動し、代わりに矢を受けた。
そしてその岩が地面に落ちると、ハンドガンを構えたミールが姿を現す。
「ドンッ!ドンッ!」
最後に残っていたトカゲも倒れた。
アルビンはただ、あっけにとられていた。
アルビン「今のは…。」
ミールは自分の顔についた、少量のトカゲの返り血を袖で拭き取ると、こう答えた。
ミール「私も権能が使えるの。」
ミール「ものを動かせるの…これくらいの岩なら…今みたいにね…。」
そう言って、ミールは矢の刺さった岩に目をやった。
ミールは話を続けた。
ミール「小さいころ…私と両親の住んでいた国が戦争に巻き込まれて…。」
ミール「両親は殺されて…私の頭上にも崩れた建物の残骸が落ちてきて…
そのとき権能に…。」
ミールは顔をそらし、そう語った。
アルビンは、自身と似た境遇の彼女に同情すると共に、
ますます彼女の正体を怪しんだ。
権能はともかくあの身のこなし…そして銃の扱いにも手慣れている。
彼女は環境調査を行っていると言っていたが、
アビスの研究者は戦闘の訓練でも受けているというのか?
しかし、今はそんなことが重要なのではない。
砂漠、そしてトカゲの化物まで襲ってくるとなると、
もはや生き残る方法以外のことを考える余裕などない。
二人が再び砂漠を進もうとしたそのとき、アルビンとミールは視線を感じた。
岩の陰からトカゲ…いやカエルのような生き物がこちらを伺っている。
アルビンとミールは身構える。
カエル「ま、待って…おらぁ…何も…あんたたちの敵じゃない!」
カエルは岩の陰から姿を現すと、自身が丸腰であることをアピールしてみせた。
二人は、カエルに敵意がないことを汲み取ると構えを解いた。
それを見てカエルは言う。
カエル「おらぁフローギ族のもんで…
あんたたちがリゼル族と戦っているのを見てただ。」
アルビン「リゼル族?さっきのトカゲのことか…。」
フローギ族「実はおらたちもリゼル族には苦しめられていて…。」
フローギ族「でもおらたちは戦いが得意じゃないから奴らには勝てなくて…。」
フローギ族「あんたたち、二人で四人のリゼル族を倒してたな。」
フローギ族「あんたたちが何者かは知らねえが、
腕を見込んで頼みがある!おらたちを助けてくれ!」
アルビンとミールは顔を見合わせる。
ミール「確か…フローギ”族”って…
つまり種族として集まって暮らす集落があるということ?」
フローギ族「この近くに村があるだ、さっ、おらについてきてくれ。」
アルビンとミールはこのフローギ族についていくことにした。
二人にとってもこの目の前のフローギ族との出会いは助け舟のようなものだからだ。
しばらく砂漠を進むと、道案内のフローギ族の言うとおり、村が見えた。
村に入ると、道案内のフローギ族が大声を出しながら村の中へ消えていく。
フローギ族「おーい!族長!リゼル族と戦える戦士を連れてきただ!」
置いていかれた二人はどうしていいかわからず村の入口で立ちすくんだ。
他のフローギ族もゾロゾロと集まってきた。
しばらくすると、先ほどの道案内のフローギ族が、
別のフローギ族数体を連れて現れた。
他のフローギ族よりも、いくぶんか派手な布を体に巻いたフローギ族が口を開く。
派手なフローギ族「私がこのフローギ族の族長です。」
族長を名乗るフローギ族はしげしげと二人のことを眺めた。
族長「よくぞ参られました、戦士様、ささっ、こちらへ。」
随分、あっさりと受け入れられた。
二人は村の奥の大きめな屋敷にとおされ、
水と、虫のような生き物を調理した料理でもてなされた。
二人は空腹だったが、料理には手を付けす水だけを飲み族長に聞いた。
アルビン「フローギ族がリゼル族に苦しめられているという話は聞きました。」
アルビン「もう少し詳しく事情を教えていただけますか?」
族長「ええ、少し長くなりますがお話しましょう…実は…」
族長が語りかけた途端、屋敷の扉が乱暴に開けられた。
「バンッ!」
一体のフローギ族が、ズカズカと屋敷に上がり込んできた。
族長「サイアナ!」
族長が叫ぶ。
そのフローギ族の名前だろうか?
サイアナ「リゼルの連中とまともに戦える戦士を連れてきたそうだな。」
サイアナ「顔を拝みに来た。こいつらがそうなのか?」
サイアナは二人をじーっと見つめる。
二人も、そのカエルを見つめた。
他のフローギ族とは異なり、剣を腰につけている。
族長「これ!サイアナ!戦士様たちに失礼だ!」
これにサイアナは怒ったような口調で言い返した。
サイアナ「戦士?おれも戦士だ!砂漠最高の戦士だ!」
これがこの奇妙なカエルとの出会い、
そして長い付き合いの始まりだった。