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第二話 運命の勇者セシリア

 冒険者は実力社会と聞いていた。なので、弱くて捨てられる展開はあるとは思った。だが、強くても断られるとは、想いもよらなかった。

 強がって別れたカエサルだが、ちょっぴり寂しくもあった。

 なにせ、パーティを組んでの冒険はカエサルにとって楽しみだったのだから。


「ジョセたちが嫌な奴なら、良かったのにのう。ここでぐちぐちと(こぼ)していても始まらんか。心の切り替えが大事じゃ。今度は、もっと見る目がある奴と組もう」

 カエサルは酒場で甘い乳茶を飲んでいた。

(次は、何しようかのう?)


 依頼掲示板を見る。一人でもできる依頼が貼ってあるが、興味がなかった。

(やっぱり、やるなら、わいわい大勢でやる楽しい冒険が面白いか)


 バン! と依頼受付カウンターを叩く一人の女性がいた。

 女性の年齢は十八くらい。身長は百七十㎝と高め。黒い短めの髪に、薄いオレンジ色の肌をしていた。

 女性は腰に剣を佩いて、厚手の服の上からファーの付いた鎖帷子(くさりかたびら)を着ていた。女性は怒っていた。


「デボラさん、パーティのメンバーが誰も来ないって、どういう状況よ?」

 デボラは困った顔で釈明する。

「ですから、他の四名はパーティを抜けて他の町に旅立ちました」


 男たちが顔を(ひそ)めて囁き合うのが聞こえた。

「セシリアだよ。また、仲間に逃げられたらしいな」

「これで、何度目だよ。三度目か」

(セシリアは他のメンバーに逃げられたのか。不憫(ふびん)よのう。それにしても、解散、脱退、追放、置き去りとか、冒険者の異動とは、頻繁にあるものなのだな)


 囁き声が聞こえたのか、セシリアの険しい視線が、こっちに向いた。セシリアは眉が太く、とても凛々(りり)しい顔立ちの女性だった。

 セシリアが顔を向けると、男たちはそっと顔を背けた。カエサルも、男たちに(なら)って顔を背ける。


 セシリアは悔しそうに歯噛みすると、デボラに向き直る。

「とりあえず、仲間を紹介して。ボボンガの調査依頼は一人では、危険だわ」

 デボラはぎこちない笑みで教えた。

「仕事の件ですけど、元のお仲間さんは、町を去る前にきちんとキャンセル料を払っていきました」

 セシリアの顔が引き()る。


「何ですって? じゃあ、依頼は?」

 デボラが言い辛そうに告げる。

「キャンセル扱いになっています。ちなみに、もう他のパーティが、ボボンガの調査依頼を受任しました。なので、依頼をお受けすることは、できません」


(我より(ひど)い状況よのう、セシリアは仲間だけでなく、仕事も失ったか。まさに落ちぶれるとは、この状況を差す言葉かもしれんのう)

 バン、バン、バンとセシリアは怒った顔でカウンターを両手で叩く。セシリアは怒りの形相で冒険者ギルドから出て行った。


(こういう夜逃げのような別れ方もあるのだな。セシリアに比べれば、まだ我は幸せか)

 武器屋が開く時間になったので武器屋に行く。武器屋の親父さんの名前はトーマス。頭が禿げ上がった四十代の男性で、感じのよい丸顔をしている。簡単な茶のシャツとズボンを穿()き、前掛けをしている。


「トーマスよ。前回に買ったのと同じサイズの剣をくれ。ただ、もう少し丈夫なのを所望する」

 トーマスは渋い顔をした。

「武器を新調してくれるのは嬉しい。だが、失くしたりしたら、駄目だぜ。初めての冒険で舞い上がったのはわかる。だが、武器は大事にな。今度は失くすんじゃないぜ。武器だって高いんだ」


(普通に斬ったら、ポキリと折れたのじゃがな。親切に剣が粗悪品だと教えても、この手の輩は素直に認めん。トーマスは使える男ゆえ、不必要に波風を立てるのは悪手じゃな)

「わかった。次は、失くさぬ。だが、もっと、よい剣を仕入れて置いてくれ。金をすぐに貯めて、買いにくる」


 トーマスは前回に買ったのと同じような、一般的な剣を売ってくれた。

(これは、武器を壊さないようにする練習が必要じゃな。冒険とは色々と面倒じゃ。でも、そんな中で、あれこれと考え工夫するのが楽しいところよ)


 剣術は基本動作しか習っていなかった。それでも、今までは問題なかった。

 カエサルは手刀で鉄を切れる。鉄の剣を持つくらいなら、正拳突きのほうが、遙かに強い。


 では、何で、剣を使うのか? 理由は「剣士なら剣を使うもの」との思い込みがあるからだった。

 ギルドの練習場で木剣を使う。威力が出ない攻撃の練習をしていた。


 途中で誰かの視線を感じた。

 チラリと視線をやるとセシリアがいた。気付くと、セシリアが真剣な顔で寄って来る。

「貴方がカエサル? そうなら、識別証を見せて」


 よく状況が飲み込めなかった。だけど、セシリアが真剣だったので、首から提げた識別証を見せる。

 セシリアは識別証を確認すると、胸を張って宣言する。

「喜びなさい。カエサル。この。運命の勇者セシリアが、貴方を仲間に加えてあげるわ」


 勇者とは神に選ばれし強き者。その才能と神の加護により、他の冒険者とは一線を画し、羨望の眼差しを集める。

 町に寄れば受けられる各種の特典は、他の冒険者の誰もが羨む。


 だがそれは、人間側の話。魔族サイドにとって勇者は、腕自慢の荒くれ者でしかない。尊敬もなければ畏怖(いふ)もない。

 カエサルにしても、言葉が通じる凶暴な獣程度しかない。

(何か、変なのに絡まれたのう。でも、女子(おなご)だし、殴ってゴミ箱に捨てるのも可哀想よ。我も暇ゆえ、度量の広いところを見せて、話だけでも聞いてやるか)


「セシリアよ、冒険者等級は何じゃ?」

 セシリアは自慢げに発言する。

「青銅級のカエサルは知らないのね。勇者は最低でも銀等級なのよ」


 冒険者には等級がある。下から、青銅、鉄、真珠、銀、金、白金、ダイヤモンドである。白金は実力があってもなれず、多大な功績が必要だった。ダイヤモンドは死者に贈られる名誉称号に近い。

(下から四番目か。勇者なら、名ばかり銀等級ってのも、あるんじゃろうな)


「銀等級なら青銅等級の我と組まず、他の銀等級か真珠級と汲んだほうがいいじゃろう。あまり実力が開きすぎると、パーティは危険って、言いうからのう」

 セシリアの眼が泳ぐ。

「それは、それよ。うちは、うち。よそは、よそよ。私がいいっていえば、いいのよ」


「パーティって言っても、セシリアしかおらぬように見えるが?」

 セシリアの顔が引き攣る。

(何だ、気にしておったのか。顔に似合わず、面倒臭い女子よのう)


 カエサルは慰めた。

「あまり気にするではない。事実は事実。どういい繕っても変わらぬ」

 セシリアはむっとした顔で、半ば脅迫するように訊く。

「なに、その言い方、いいわよ。別に。私は心が広いからね。聞こえなかったことにしてあげる。それで、どうするの? まさか、勇者の私の勧誘を断ったり、しないわよね?」


(我もちょうど独りよ。前例があるから、抜けられないわけでもなかろう。嫌なら抜ければいい。何でもやってみないとわからない情報もある)

「喜べ、セシリアよ。パーティを組んでやる。ありがたく思え」

「これで一人じゃない。仲間を得て冒険の旅への出発じゃ」と、この時は思った。


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