第十九話 消えたブレスト
カエサルとリアは衛兵に事情を説明する。
西門から爆発が見えた状況もあり、ブレストたちはそのまま牢屋入りとなった。
翌日、仕事を捜すために冒険者ギルドに行く。デボラが冴えない顔で待っていた。
デボラは密談部屋へとカエサルとリアを誘い、扉を閉めてから冴えない表情のまま語る。
「昨日、お二人はブレストと名乗る悪人を捕まえたでしょう」
「間違いない。荷馬車に爆発物を仕掛けてリアに危害を加えようとした」
デボラが不安も露に教えてくれた。
「知り合いの衛兵さんが知らせてくれたんけど、ブレストは深夜に釈放されたわ」
リアが驚いた顔で告げる。
「何ですって! あんな悪人を野放しにするなんて危険だわ!」
「これは、ブレストの背後には更なる悪が潜んでおると見ていいだろう」
デボラが困った顔で教えてくれた。
「知り合いの衛兵さんも、危険だと思ったから、朝一番で知らせてくれたのよ」
「仕事を引き受ける前に、ブレストをとっちめたほうが良さそうよのう」
デボラが心配そうな顔で告げる。
「でも、気を付けて。衛兵所に圧力を掛けられるんだから、何を仕掛けてくるかわからないわよ」
リアは自信たっぷりに保証した。
「大丈夫です。私は勇者です。悪には屈したり、しません」
(大丈夫かのう。リアだと、不安よ。これは、我がブレストを闇に葬ったほうが、良いかもしれんのう)
デボラと別れて冒険者ギルド内に戻ると、リアに頼む。
「すまぬが、今日はちと用事があるので、別行動で頼む」
リアは明るい顔で応じる。
「なら、私がブレストに関する情報を集めておきます」
「理解していると思うが、一人でブレストのアジトに乗り込んだりはするなよ」
「わかっています。カエサルは私の相棒です」
(リアには一人で行くなと命じ、我は一人でブレストを始末するのは、少々気が引ける。じゃが、暗殺のような汚れ仕事に、リアは似合わぬ。あの太陽のような微笑を汚す必要もなしじゃ)
リアと冒険者ギルドで別れると、さっそくブレストの気を察知しようとする。
だが、カエサルに察知できる範囲にブレストの気はなかった。
(深夜に釈放されたのなら、馬を飛ばせば、かなり遠くまで行ける。懲りて遠くに行ったのなら、問題ないのだが)
気は死ねば途絶える。もし、ブレストが既に死んでいたなら、ブレストの気は追えない
(死んでいれば報復の可能性はないか。ただ、気になるのはブレストとリアの関係よのう。ブレストは、リアを知っていた。過去にブレストの悪事を潰したのなら、リアもブレストを知っていそうなもの。じゃが、リアが知らなかったのは、なぜじゃ?)
考えても結論が出ない。リアも捜査に行ってしまったので、聞くわけにもいかない。
一日が経ち、リアと合流する。リアが無念そうに語る。
「残念ですが、ブレスとは釈放されると、すぐに町を出たそうです」
「そうか、なら、時間が経ちすぎているから捜索は無理よのう」
リアは沈んだ顔で提案する。
「そうですね、気にはなりますが、諦めて仕事をしましょう」
三日ほど、荒野での依頼を受ける。
サボテンの採取や増えすぎたコヨーテの駆除をした。
荒野で仕事をこなしていると、リアが明るい顔で話し掛けてくる。
「荒野って、動物がいないようで、けっこういろんな動物がいるんですね」
「我もそう思っていたところよ。コヨーテや野犬の他にも結構いるものよのう」
リアは銀等級だが、下の等級でも受注できる仕事を喜んでやっていた。
リアは感じの良い顔で相槌を打つ。
「そうですね。私たちなら問題なくても、行商さんには大きな脅威ですね」
「そういえば、リアはなぜ、ホーエンハイムのような辺鄙な町に来たのじゃ?」
リアが気苦労の滲む顔で語る。
「パーティ・メンバーの引き抜きとかで、都会での冒険に疲れたんです」
「都会に疲れたか? ならば、人を募って、辺境の遺跡を巡っての冒険とかはしないのか? 冒険といえば、遺跡じゃろう」
リアは苦笑いして教えてくれた。
「カエサルは知らないんですね。もう、街の近くの遺跡郡は調査や盗掘が進んで、冒険者の出番は、ほとんどないんです」
カエサルには、ちょっとショックだった。
「何、真か? 我の望んだ輝かしい冒険はもう存在しないのか」
リアは微笑んで、すらすらと説明する。
「冒険の舞台が残っているとしたら、『死の砂漠』か『氷塊の島』に行く。ないしは、このサバナを北に行くくらいです。あとは、海を渡るしかありません」
(ほう、この、サバナの北が未開の地か、ならば、ここが我が望んだ冒険の舞台か)
「何と、そうであったか、ならば、サバナに慣れて北を目指すのが良いのかのう」
リアは真面目な顔で注意する
「でも、サバナは巨大で危険な生物の住処と聞きます。あの、ドンガレオンですら、怖れる強力なモンスターがいます。サバナの北に行くのなら、銀等級の実力でも油断ならないと聞きます」
「となると、ホーエンハイムの町を田舎とは馬鹿にできんなあ」
冒険者ギルドに帰還すると、暗い表情のデボラにカエサルとリアは呼ばれた。
デボラに従いて密談スペースに行く。デボラが深刻な表情で切り出した
「ブレストがボボンガの巣で、死体で見つかったわ」
リアは、ショックを受けた顔をする。
気を探ろうとして探知できなかったので、カエサルは驚かなかった。
「口封じで消されたか。悪党らしい最期よのう」
デボラが表情を曇らせて、尋ねる。
「それで、聞きたいんだけど、ブレストが釈放された翌日の行動を、教えてもらえるかしら?」
「何じゃ? 我らに容疑が懸ったか? 迷惑な展開よのう」
リアが真剣な顔で答える。
「私はブレストの行方を追って、街中で聞き込みをしていました」
「我は用があった。だが、急遽に取り止めになり、宿屋で休んでいた」
デボラがリアとカエサルを交互に見て言い辛そうな顔で尋ねる。
「リアさん、カエサルくん。証言を裏付けてくれる人は、いる?」
「いません」「おらんのう」とリアとカエサルは即座に答えた。
デボラが困った顔をする。
「別に、いいじゃろう。悪人がこの世から一人、消えたくらい。よくある話であろう」
デボラは「頭が痛い」と言わんばかりの顔をする。
「カエサルくん。今の発言は他では公言しないでね。状況がややこしくなるから」
(別に、良かろう? 事実じゃろうて)
デボラが真面目な顔で立ち上がった。
「とりあえず、二人に聞きたい話は、それだけです。また、聞く事態もあるかもしれないけど、今日は、これでいいわ」
デボラが部屋から出て行くと、リアが弱った顔で声を掛ける。
「おかしな事態にならなければいいんだけど」
「放っておけ。こんな些事を一々気にしていたら、冒険者などできん」