6聖地
「えっ? どうしてですか?」
誠は美鳥の顔を見すぎないよう、注意しながら、聞く。
「だって、今は、もう流行っていないんでしょ? 五万円って…」
「それはそうですけど、お洒落な洋服だって、小学生の服なんて着ないでしょ?」
「それはそうだけど…、一枚のカードで、箱買いとか五万円とか…」
「まだ、やってるマニアックな人もいますよ。
そういえば、浅草橋にあるKCジャパン本社では、カードもまだ売っているし、遊ぶスペースもあって、七期、千五六二枚全てのカードとその原画が展示してあるみたいですよ」
「千五百枚もあるの?
それは手に入らないわね」
「ヨシオドールは、第一期のスペシャルレアカードですよ。
全三五十枚。
でも、あの当時は、日本、というか日本だけだったので、逆に世界で、二百枚しかなかったんですよ。
見るだけでも見てみたいなぁ…」
「浅草橋に行きたいって言っているの?」
呆れて誠を見る。
「人形町から銀座線で二駅ですよ。
当時は浅草橋のKCジャパン本社は聖地で、小中学生が何万人も押し寄せたんですよ。
フェスティバルで特別に売られるカードが、実は本社でも売られたんです」
誠は夢中で喋って、急に息を飲んだ。
「もし兄弟で聖地に行ったんだとしたら、どういうルートだと思います?
山手線で、秋葉原で、総武線に乗り換えて浅草橋にも行けますが、銀座線で日本橋で乗り換えて、三駅で浅草橋です。
ヨシオドールを持っているほどだったら聖地に行ってもおかしくない。
ヨシオドールの抽選に応募するには、スターターパックの応募券が十枚必要だったんですから。
人形町は通過駅だけど、実際はKCジャパンは東日本橋からの方が近い。
知っている子共は東日本橋から歩きました。
浅草橋駅は大行列になってましたからね。
すると、間の駅は人形町だけになる。
二人に何か、特別な思い出があってもおかしくない!」
美鳥は、眉をひそめた。
「興奮しないで。
要約するとどういう事?」
「小学生で、まだ仲の良かったころ、二人は聖地に足を運んだんです。
たぶん、日本橋乗り換えで、KCジャパン本社へ。
当時の男子はみんな夢中でしたし、美鳥さんも二人が夢中だったって言ってましたよね。
人形町に何か思い出があるのか、どうかは判りませんが、レディさんは人形町と聞けばKCジャパンだと気が付きました。
そこには今もデュエルスペースがある。
ダンサーチームが向かったのは、おそらく聖地KCジャパンです!」
永田は、今日十本目の煙草を吸い終えて、頭を描いた。
アクトレスが来てから、永田の役回りは現場統括のようになっている。
そしてこれが、ストレスの溜まる仕事なのだ。
今日になって何十本目かの電話が鳴って、即座に永田は取り上げた。
「ん、美鳥か?
なに? 聖地?
ヨシオドール?
なんだそりゃ?
浅草橋? 人形町はどうした?
えっ、スペシャルレアカード?
詳しいことは青山に聞け?」
混乱したまま、青山一郎の班に無線をまわす。
「あー、青山を出してくれ。
あー、なんだ? ヨシオドールって?」
青山が叫び出したので、永田は無線のボリュームを、思わず絞った。
「えっ、聖地? KCジャパン?
間違いない?
本当かよ?
人形町って言ったらそれしかないのか?
判った。
アクトレスを向かわせる」
永田の息子はまだ赤ん坊なので、小学生男子の熱狂の洗礼を、まだ受けていなかった。