5ヨシオドール
「たぶん、カブトを日本から脱出させたのは、カブトと交際のあった、当時の大学生、蒼井聡らしいわ。
彼は内調の訓練生を務めながら、他に別の影繰りグループと繋がっていたのね。
で、問題発覚と同時に内調は除籍になったけど、カブトと交流は続いていた。
カブトは、性的な意味でレディを襲ったのは確かなんだけど、ダウンジング能力を持つ、影繰りの資質もある手駒としてレディを鹵獲して、聡のところに行くつもりだったらしい、と言われているわ。
レディが更衣室のシャワールームで裸で襲われたこと、カブトは当時訓練生だったから桜庭学園の地下トレーニングルームに立ち入る理由がなかったこと、そして、その日のうちに海外へ脱出してしまったことを考えると、全て、計画された行動で、大学四年だった聡が裏で手を回していた、と推測するのは、多分間違っていないと思う。
私個人の予想では、今回も蒼井聡はカブトの傍にいるはずよ。
ただ、なぜ今か、は判らないけど…」
なぜ今なのか、というのも重要な問題なのか、と誠は気がついた。
蒼井聡という人は、念入りに計画を立てる人らしい。
カブト日本脱出の手際の良さ、からも伺える。
レディさんが襲われた事件で言えば、当時レディさんは、まだ影繰りでは無かったため、カブトが本気で襲えば鹵獲して、そのまま海外脱出させられる公算が高かった。
そういう計算だったのだろう。
なら今回も、何か、今でなければならない理由があるはず?
例えば、レディさんに今なら勝てると思っている、が、一年、二年後には判らない、とか?
「最近のダンサーチームの戦いと言うと、僕を助けてくれた、あの事件ぐらいですか?」
「小さな仕事はポツポツしていると思うわ。
何度か学校を休んでいたから。
ただ、一日だけで帰ってきていたはずだから、大きな事件と言うと、誠の事件ぐらいかしらね」
「あの時の二人組から何らかの情報が洩れて、という可能性がありますか?」
「あるでしょうね。
誠を手に入れられなかった訳だから、せめて情報ぐらいは売り裁くのは営利組織なら当たり前だわ。
たぶん、ダンサーチームに限らず、皆の情報を売っているはずよ」
それが計画発動の引き金なのだろうか?
誠が考え込んだ、その時、無線が入った。
「永田だ。
両親や親戚にもあたったが、人形町の場所すら知らなかった。
他の人間関係も当たらせているが、今のところ、何も出てこないな」
一方的に言って、無線は切れた。
「レディさんの実家、どこなんだろう?」
「確か、世田谷の方だったはずよ」
「じゃあ人形町は、方角違いですね」
「私も人形町と言われても、場所は判らないわ」
「殆どオフィス街なんですけど、有名な洋食屋さんとか親子丼発祥の地とか、あと、安産の神様、水天宮があるぐらいですね。
駅は日比谷線と浅草線が交差していて…、
あれ、どっちが爆破されたんでしょう?」
「下の方、とは聞いたけど…」
「じゃあ、浅草線だ!」
確信を持つ誠に、美鳥は少々げんなりしながら、
「それに意味があるの?」
「今のところ、何も言えません。
人形町に意味がないとしたら、駅に行く意味もないかもしれない」
「とにかく、永田さんの指令は、人形町に行くことだから…」
誠は、ふと顔を上げた。
「もしかしたら、人形、と言う言葉がキーワードかもしれない」
「人形?」
「そう言われて、二四時間一緒に育った二人なら、ピンとくるような何かがあるかもしれない」
「ひな人形? 男の子だから五月人形?」
「そういったものかもしれないし、何か思い出があるかもしれない。
僕なら、すぐ思いつくのは、ヨシオドール、かな」
「それって、男の子に人気のあったカードゲームよね」
「ええ。
漫画もアニメもヒットしましたが、カードゲームが当時の子供たちには熱かったですね。
クラスの男子は皆やっていたし、あれで漫画雑誌を買うようになって!」
「そういえば、クラスでレディだけがレアな人形のカードを持っていて、大騒ぎになっていたわ」
誠は飛び上がった。
「ええっ!
もしかしてレディさん、ヨシオドールを持ってるんですか! 凄いなぁ!」
「何が凄いの?」
「ほとんど無敵なんです。
安くて、すぐ場に出るし、全てのアーティファクトを装備できる上、アーティファクトを装備したヨシオドールは絶対に破壊できないんです。
対応策はリセットボタンぐらいしかなくて…」
「待って…。
専門用語ばっかりね。アーティファクト?」
「カードの種類でアイテムの事です。
ヨシオドールの世界には、妖怪と魔法とアーティファクトがあるんです」
「それで、ヨシオドールは何なの?」
「妖怪であると同時にアーティファクトなんです。
だから通常装備できないアイテムも、ヨシオドールは装備できます。
それも凄いところで、ヨシオドールがタップすると、アーティファクトの効果を止められるんです。
例えば、全てのプレイヤーと妖怪に一ダメージ与えるアーティファクトを自分のターンにタップすれば、自分はダメージを受けないんです」
「タップ?」
「カードを横に倒すことです。
普通は戦闘をするとき、タップするんですが、タップすることで特殊な能力を発揮する妖怪もいます。
ヨシオドールもそうなんです」
「とにかく、私たちのクラスでも男子ではやっていたわ。
しかもレディだけが、そのカードを持っていた」
「凄くレアなカードなんです。
元々、漫画雑誌の抽選でしか当たらないカードで、後に第三弾セットに入ったんですが単品売りで五万円の価値が付きました」
「たった一枚のカードで?」
「皆が欲しいカードは、高値が付くんです。
箱買いとかしても手に入らないんですから、五万円でも安いんですよ。
一箱買うと、一万五千円ぐらいですから」
「誠って、小学生で、そんなにお金を持っていたの?」
「お年玉とか、お誕生日とかクリスマスとか、ですよ。
親を拝み倒して、他に何もいらないから、って」
「男の子って馬鹿よねぇ…」
美鳥は、首を振った。