3捜索
浜松町の駅を降り、竹芝桟橋方面に歩くと、古い小さなビルが立ち並んだ一帯がある。そのビルの一つに、誠は入っていった。
一旦、二階に上がると、小さな古本屋に出る。
文庫本しか置いていなく、しかも値段がバカ高いのでお客さんはほとんどいない。
店の奥にいる、頭の薄くなった老人に軽く会釈すると、誠は老人の背中を擦り抜け、奥の部屋に入る。
文庫本だらけの棚が迷路状に並んでいて、道を知らなければ、必ず行き止まりになる倉庫だ。
誠の行く手にも行き止まりの本棚が現れたが、誠はそのまま棚にぶつかって消えた。
影繰りとしての誠の能力は透過だ。
内閣調査室の本部に入るのに、本来はいくつものゲートを通過し、センサーにより本人確認が終了し、扉が開くのを待たなければならないが、誠にその必要は無かった。
透過が出来る影繰りは、誠以外にいないからだ。
本棚の先は、コンクリート剥き出しの廊下で、少し進むと行き止まりになる。
誠は、床を透過し、落ちた。
数十メートル落下した先が更衣室のロッカーの中で、中から扉を開けると、男子更衣室だった。
誠は、ロッカーにカバンを置いて、外に出る。
廊下を進むと、練習場の壁側通路に出、そこを突っ切るとアクトレスや永田が待っているブリーフィングルームだった。
部屋は、学校の教室よりも少し広い程度だ。
折り畳みの机と椅子が並んでいて、壁際にホワイトボードと、ホワイトボードと同じ大きさのモニターがある。
美鳥と、他に数人の影繰りが、椅子や机に座って雑談をしていた。
「よぅ、誠。早かったな」
机に座った永田が片手を上げた。
実際には、中学生は誠一人なので、一番遅いはずだ。
高校生が三人、大学生が二人、後は大人である。
「一大事って、アクトレスさんが言っていましたが…」
誠は、美鳥に近い席に、でも近すぎない席に座った。
「昨夜、人形町の駅のホームで火災があった。
影の気配が残っていて、炎はレディの火と、ほぼ同質のものだった」
永田が、クリップボードに目を落としながら、説明を始めた。
「えっ、レディさんが戦ったんですか?」
「いや、レディは昨日、ここで練習をした後、ミオの運転する車でマンションに帰り、それから外出はしていない。今朝まではな」
「じゃあ、何が起こったんですか?」
「レディには、双子の弟がいるんだ。
コードネームはカブト。
長らく海外で消息不明だったが、帰って来た、と推測している」
「消息不明?」
「カブトは小六、十二歳で影の力に目覚めた。
内調に二年いたんだが、逃げた。
兄を攻撃して、返り討ちにあったんだ」
「兄弟喧嘩、ですか?」
「いや。
襲われた時点では、レディは影繰りでは無かった。
カブトが、レディを殺そうとしたんだ。
だが、君もそうだったように、レディも死に瀕して能力に目覚めた。
不意打ちを喰らって傷を負い、カブトは逃げた。
彼を手助けする何者かがいたんだろう、その日のうちにカブトは日本から姿を消した。
その後のことは、レディのダウンジングでも判らない。
そのカブトが昨夜、人形町のホームに火をつけたようだ。」
「じゃあ、ダンサーの二人は?」
「早朝、マンションを飛び出した。
間違いなく、カブトを追っている」
「連絡はつかないんですか?」
「ああ。
どうやら二人でケリをつけるつもりのようだ」
誠は考えた。
「でも、レディさんのダウンジングなら、すぐカブトさんを見つけますよね」
「それが問題なんだ。
わざわざ、一か月前レディがやったのと同じに、地下鉄のホームに火をつけて、日本に帰って来たことを知らせるなんて、ただ事じゃない。
しかもカブトは、レディを殺そうとした人間だ。
何らかの罠があると考えられる。
だが、ダンサーチームは早朝に飛び出してしまった。
今、アクトレスが、都内を鼻で嗅ぎ回っているところだが、まだ発見に至っていない」
「だとすると、僕たちはどうしたらいいんですか?」
「俺たちは、ローラー作戦で、カブト並びにダンサーチームを探している。
誠は美鳥とチームを組んで、独自に捜索をしてもらいたい。
一応、レディの影に反応するセンサーがあるんで、それを持って行ってくれ。アシは用意する」
美鳥が、急に発言した。
「雲を掴むような話ね」
「そうだな。無論、何か分かり次第、逐一連絡はするがな」
「なんで人形町なのか。
がヒントになるのかもしれませんね」
誠がポツリ、と言った。
「何か意味がある、と思うの?」
「判りません。
ダウンジングで見つかると判っているのなら、ただ狼煙さえ上げればいいのかも。
でも、海外では消息不明っていうのは、不思議ですよね。
確か海外でも、地図さえあれば、大まかな位置は特定できるのがレディさんのダウンジングのはずですよね」
「東京でも、見つからないと…」
美鳥は眉を顰めるが、誠は続ける。
「それなら逆に、ダンサーさんから連絡がありそうなものですが。
でも、兄弟なら、心当たりの場所とか、何かあるのかもしれません」
永田が、考える。
「つまり、例えばカブトの影だと確定した時点で、レディは当然、ダウンジングで見つけようとする。
それが失敗したとして、人形町に心当たりがあれば、レディは間違いなく、そこに行く」
「そんな感じです」
永田は頷いた。
「良いだろう。
じゃあ、二人は、その線で当たってくれ」
誠は、ああ、と言って、
「ご両親に聞いてみていただけますか」
「人形町に、何か思い当たることはないか、か」
「そうです。
子供が聞きに行っても、上手くいかないと思いますし」
「そうだな。
俺たちの方で出来ることがあれば、どんどん言ってくれ」
「当時の友達関係とか、近親者にもお願いします」
「判った」
「兄弟仲とか、事件の時の様子とか…」
「その辺は、美鳥の方が教えられるだろう、そろそろ出かけてくれ」
誠は、美鳥と二人っきりで調査が出来る、と胸をときめかせた。