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7話

 

 中世時代を思わせる西洋風の建物に挟まれた路地を千春は歩く。


 道幅は脇道などと比べれば広い方だ。


 けれどメインストリートよりは幾分か狭い。


「えっと、こっちかな?」


 視界端に表示されている地図を頼りに進み、一軒の家屋の前で足を止めた。


 普通の一軒家程度の大きさの家屋。


 入口の扉の上に、路地に突き出る形で看板が下げられていた。


 看板にはフラスコのような絵と『アイテムショップ』の文字。


 目指していた場所で間違いない事を確認して千春は扉を開ける。


 来客を報せるための耳心地のいい鈴の音が千春を迎える第一声だった。


 次に「いらっしゃいませ」という女性の声に迎えられる。


 声の主は店の奥にあるカウンターの向こう側にいた。


 頭上にHPバーが見えない事から彼女はNPCだと断定できる。


 木棚に整然と並べられている見本品を横目に、千春はカウンターへと歩み寄る。


 青色と黄色の液体の入った試験管のような容器。


 HP回復ポーションとMP回復ポーションだ。


 この二種類は千春のストレージにも初期装備品として入れられているから知っている。


 その隣にある紫色の液体は何だろう、と思う。


 見た目的には毒物か劇薬のように千春には見えた。


 それらを眺めつつカウンターの前まで進んだ千春。


「本日は何をお求めでしょうか?」


 NPCのにこやかな声音。


 実際に現実世界にいても不思議ではない営業スマイルだった。


「あの『鍛冶セット初級』が欲しいんですけど、ありますか?」


「ございますよ。すぐにご用意しますね」


 後ろを向き、再び千春の方へと向き直ると彼女の手には木箱があった。


 一辺が四十センチほどの小さな木箱。


「『初心者の金槌』『初心者の金床』『初心者の研石』の三点セットになります」


「え? 入ってるんですか?」


「はい」


「……この中に?」


「はい」


 にこにこスマイルで即答する店員NPC。


 千春としては箱の大きさと内容物量に疑問を覚えるのだが。


 まあゲームだし、ととりあえず納得しておいた。


 お金を支払おうとして『G』が不足している事に気が付いた。


 仕方なく一角兎のドロップアイテムを複数個売却する事で資金を作り、千春は鍛冶セット初級を購入した。



  ▼  ▼  ▼



「これで【修理】が使えるようになるね」


 道端で【修理】を使い始めるのは何となく恥ずかしく感じる千春。


 かといって拠点も持っていない。


 ということで千春はラグアで宿を取った。


 鍛冶セット初級のお釣りで泊れる宿は狭いけれど問題はない。


 千春は炎帝の短刀を腰後ろの鞘から抜く。


 刃が欠けたり歪んだりしているようには見えない。


 けれど鍛冶の職業を持つ千春には耐久値が見えていた。


 炎帝の短刀の最大耐久値は『300』である。


 店売りのロングソードの最大耐久値が『70』である事を考えれば、その数値は非常に高い。


 しかし短刀は暗殺者の専用装備。


 そして暗殺者は攻撃力が低いため、基本的に手数で勝負する。


 そのため『300』という耐久値でもボス戦などでは使い切ってしまう事も少なくない。


 特に鍛冶の職業を持たないプレイヤーには耐久値が目に見えないので壊さないための管理は非常に大変を極める。


「まずは金属の台を置いて」


 木箱から金床を取り出して床に置く。


 一緒に初心者の金槌も取り出してみた。


 両側が円形になっている金属製の金槌は、持ち柄から先端まで一メートルほどと長い。


 どうやってこの木箱に? と疑問が浮かぶけれど、これはゲーム何でもありなのよ、と自分に言い聞かせる。


 次に取り出したのは研ぎ石。


 長方形のザラザラした石のようなもの。


「これで刀身を研磨すればいいの?」


 研ぎ石と炎帝の短刀を見比べる。


 研磨したら耐久値が減ったり傷が付いたりしないかしら、と不安を覚えつつ、それでも千春は左手に持った炎帝の短刀の刀身を金床に置く。


 右手には研ぎ石を持ち、刀身の根元に触れさせる。


「【修理】」


 スキルを発動させつつ研ぎ石を上に、刀身の先端へ向けて滑らせる。


 思いの外、手応えはなかった。


 水の上を滑らせた感覚とでも言えばいいのか。


 けれど変化は劇的だった。


 くすんでいたようには見えなかった炎帝の短刀だが、その刀身がキラキラしらエフェクトを放ち始めたのだ。


 耐久値も最大値の300まで戻っている。


「おお! これ凄い!」


 目に見えて変化があると嬉しくなる。


 感動していた千春の耳に、ピコン、と聞き慣れ始めた電子音が鳴った。


 ステータス情報に何かしらの更新があった報せだ。


 確認するために青色のボードを表示させる。


「あれ? レベル8になってる?」


 猿帝を倒した時にレベルアップして、その時はレベル7だった。


「鍛冶でも経験値が入るの?」


 それは千春にとって嬉しい誤算だった。


 スキルはボスを倒して現れる宝箱に確率で入っているか、店で買うか、レベルアップで覚えるしか入手方法がない。


 そして千春は自分の事を戦闘が苦手だと思っている。


 と鳴ればレベルアップは望みにくい。


 店で購入するにも商品のラインナップに限界はあるだろう。


 ボス戦など考慮にも値しない。


「じゃあ、いっぱい【修理】していればレベルも上げられる?」


 試してみるために炎帝の短刀を再び修理しようとして、千春の眼前に警告が表示された。


『過剰修理をする場合、一定確率で装備品は壊れます。それでも【修理】を実行しますか?』


 というもの。


 警告文の下段に『Yes/No』の選択肢が表示される。


「はあ……。そう上手くはいかないか」


 残念そうに、名残惜しそうに千春は『No』を選択した。


 炎帝の短刀を鞘に戻して考える。


 一角兎ではレベルは上がらない。


 かといって他のモンスターと戦って勝てる自信もあまりない。


「うーん…………あ、そうだ」


 千春はストレージからもう一本の短刀を取り出す。


 初心者の短刀だ。


「耐久値∞だし、これなら壊れないんじゃないかな?」


 金床に初心者の短刀をセットして研ぎ石を構える。


 刀身の根元に研ぎ石を置いても、先程のように警告文は表示される事はなかった。


「【修理】」


 しゃっ、と研ぎ石を滑らせる。


 成功を証明する光り輝くエフェクトが発生した。


 ステータスを確認する。


 経験値も入っていた。


 耐久値も∞のまま。


 そのまま検証を重ねるのも兼ねて千春は修理を繰り返す。


 三十回ほどのトライで一旦手を止める。


 初心者の短刀は今も壊れずに健在だ。


 経験値も微少ではあるがではあるが確実に手に入っている。


 この日の午後。


 千春は明日も学校が休みなのをいい事に初心者の短刀を研磨し続けた。


 精力を使い果たして『エンドワールド』内で寝落ちするその瞬間まで。


 

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