65話
「改めて考えてみたんだけどね……」
深刻な風に切り出しているが、その話し相手はポチ。
進化すれば『真狼フェンリル』に至る可能性を秘めた千春のペット。
話しかけられているポチは、お座りして尻尾をフリフリしつつ、あざと可愛い感じに小首を傾げていた。
そんなポチを前に千春は話を続ける。
「私に露店商人は向いてないと思うの、致命的に」
誰にともなく、ポチこそ前にいるが、千春は言い訳を口にした。
しかし彼女にも彼女なりに『致命的に向いてない』と考えさせられた理由はある。
それは今から一週間ほど前の出来事。
ここ半年ほど、千春は古狼との戦闘に明け暮れていた事もあり商人の真似事をしていなかった。
だから久しぶりに露店を開こうと決意したのだ。
ただ久しぶりの露店に加え、千春の露店を頻繁に覗いてくれていたお客たちは新大陸の方へ行っている。
今でこそ新大陸も一応の落ち着きを取り戻したそうではあるが、それでも半年たった今でも新大陸を活動の中心にしているプレイヤーは多い。
つまりだ。
簡単に言えば来店してくれるプレイヤーは少なかった。
お店を開いている以上はお客には来てほしい気はするのだが、いっぱいは来てほしくないという千春のワガママな心情を叶えてくれているような状況である。
彼が来店したのは、そんな時だった。
「ヘイ、そこのキュートなプリンセス。少しいいかな?」
そんな軽薄な声とセリフは人通りのまばらな路地に届いた。
(うわぁ……。すっごい恥ずかしい呼ばれ方をしてる人がいる)
可哀想に、と思いつつ、全力で関わりたくない一心で千春は声の方には目を向けない。
「おや? 僕の声が届いていないのかな? それともプリンセスがお気に召さなかったのかな、愛しのマイレディ」
うわぁうわぁ、と自分事ではないにも関わらず千春は表情を引き攣らせた。
そして声の方には絶対に顔を向けないまま、その声が誰を呼んでいるのか、聞こえてくる声とは反対の方向へ視線を向ける。
(…………あれ?)
まばらな通行人はいる。
全てNPCらしく、彼の声に反応している様子は見受けられない。
それに千春の目にもプレイヤー名を頭上に付けている人は見つけられないので、全員NPCである事は確定している。
(まだ私の前を通り過ぎていないのかな?)
そう思ったのだが、否、思い込もうとした。
しかし現実は無常だと思い知らされた。
「こっちを向いておくれよ、ハニー」
ぽんっ、と千春は肩を叩かれ、そして怖気を呼び起こす声は間近から届く。
脳内に冷水を注入されたかのように、芯から冷えていくのがわかった。
寒くないのに自然と体が震え始める。
体が固まって動かなかった。
その状態に焦れたのだろう。
彼は自ら回り込んで千春の前に立つ。
「うん、近くで見るとよりいっそうラブリーだね、千春たん」
たん!? とか呼ばれて驚愕する千春だが、それ以上に何かキラキラしたエフェクトを全身から放出している、全身を白いタイツで包み、その上に御伽噺に出てきそうな王子様の衣装を着用し、頭上に小さな王冠を装備した変な人に驚いた。
三秒フリーズ。
のち。
「いやああああああっっ!!!」
まさかの本当に呼ばれていたのは自分だったと理解して、悲鳴を上げて全力で逃げだした。
街中ではステータスが一定値以下になるように制限されるのだが、その全速力全スタミナを使う勢いで走った。
ポチも一緒に。
彼は追っては来なかった。
▼
それから三日後。
前回露店を開いた場所に商品にしていた装備品などなどを置いてきてしまった事には、わりと早くから気付いていた千春。
もうないだろうし、いないだろうとも思うが、そこに再び向かうには勇気が必要だった。
一応、それでも警戒しつつ路地裏の様子を隠れて覗う。
今回もポチは一緒だ。
「いませんようにいませんようにいませんように」
呪文のように口の中で繰り返し呟き、まぶたを開く。
めまいがした。
彼が、前回、千春が露店を開いた場所にいたからだ。
何でどうして、と色々な疑問が浮かんでは、答えも出ないまま消えていく。
千春に正気を取り戻させたのは、
「やあ! 待っていたよ、僕のエンジェル!」
「ひぃっ!?」
すごい笑顔で手を振り、駆け寄ってくる仮称王子様だった。




