6話
ダンジョンを攻略した翌日。
今日も千春は『エンドワールド』にログインしていた。
完全にはまりつつある事を自覚して苦笑する。
前回ログアウトした場所はボス部屋。
おかげで今回のログイン場所は選択の余地なくラグアの転移ゲート前になる。
多くのプレイヤーが行き来する中に千春も溶け込む。
彼女自身は溶け込めているつもりなのだが、実際は全然まったく溶け込めていない。
プレイヤーである彼ら彼女らは見た目重視のプレイヤーと性能重視のプレイヤーとに分別できる。
見た目重視のプレイヤーは上衣下衣装飾を同じシリーズで統一している。
けれど性能重視のプレイヤーは基本的にちぐはぐだ。
上衣は黒い鎧で下衣は赤、頭は紫という奇抜な恰好の冒険者もいる。
そんな中にあって千春の恰好は些か目立つ。
炎が揺らめくエフェクトの紅蓮のロングコートに紅い軽鎧。
明らかに特殊装備である。
それも初めて見られる系統の。
しかも、その装備品を身につけているのは可愛い女の子。
ゲーム内ではある程度は容姿も弄れるため、その見た目がリアルに忠実かは疑われるべき部分ではあるけれど、今そこにいる千春は確かに美少女だった。
「【気配遮断】」
そんな視線に気付いているのか、いないのか。
確実に気付いていないであろう千春は、けれど当たり前のように気配遮断・Ⅲを使って存在感を消す。
注目していたプレイヤーの目にも唐突に消えたように映った事で何らかのイベントか? と詳細情報を得ようと一時騒然とするのだが、そこに関しては千春の与り知らぬ所であった。
機嫌よくラグアを出てモンスターを探す。
探しているのは当たり前のように一角兎だ。
「いた!」
千春の喜声で気付いた一角兎。
兎よろしく脱兎の如く千春の前から逃げ出した。
「え!? ちょっ!? 何で!!?」
逃げて、適当な草むらの中に姿を消す一角兎。
しばし呆然と一角兎の消えた先を眺めていた千春は、ある事を思い出した。
青色のボードを開く。
そこに映るのは千春自身のステータスだ。
そのレベル表示を見る。
「…………レベル7」
レベル4以上になると一角兎は逃げるのだ。
それも自慢できるほどの逃げ足で。
追いつくには最低でもAGI100は必須。
そこから戦闘に持ち込み、逃げ続ける一角兎に攻撃したいのであればAGI100では足りない。
レベル7に上がった事で千春の素のAGIは25になっている。
そして炎帝シリーズの装備品による累計AGIは+90。
合計AGIは115に到達している。
逃げる一角兎に追いつくだけであれば可能だ。
けれど攻撃するには固定モーションが必要になる。
その固定モーションのためには一旦行動を停止する必要があるのだ。
当然、追われている一角兎は律儀に止まって攻撃モーションの間、待っていてくれる事はない。
回り込んで先回りしたとしても小回りの利く矮躯で方向転換をされるだけだろう。
しかも一角兎の出現場所は追い詰められる場所のない広すぎる草原のど真ん中。
故に普通のプレイヤーは一角兎を倒す事を諦めるのだ。
しかし千春は普通のプレイヤー的思考ではなかった。
「ぐぬぬぬっ! 絶対に倒してみせるんだから!」
変な所にある千春のやる気スイッチに火がついた瞬間だった。
▼ ▼ ▼
「【気配遮断】」
ボスの目も誤魔化せるスキルを使って接近を試みる。
こっそりと。
しかし。
「あ! あぁ……」
逃げられた。
何度もリトライするも今の所百発百中で逃げられている。
ダメ元で追いかけて攻撃もしてみた。
追いつく事はできた。
けれど走りながら攻撃はできない。
不可能というわけではなく、どうしても一瞬の硬直があるのだ。
その一瞬の硬直の間に一角兎は千春の攻撃範囲から逃れてしまう。
暗殺者である千春の武器は短刀で、攻撃範囲は狭い。
確かにそれも逃げられる理由だろう。
けれど他の広い攻撃範囲を持つ職業では一角兎の逃げ足に追いつけない。
とはいえ千春の職業で装備可能なのは短刀だけである。
「あ、そうだ」
短刀でも上手く攻撃範囲を広げられないかと考えていて思いついた。
一角兎を見つけて、気配遮断はしていたもののやはり気付かれて逃げられ、そして追いかける。
そして千春の攻撃範囲に一角兎が入る。
「【陽炎】!」
武器に宿るスキルを発動する。
一日に五回だけ使える回数制限ありのスキルは、それだけ強力な証拠だ。
駆ける千春の体がぶれ、それは次第に大きくなり、千春が二人に増えた。
パッと見では本物がどちらか見分けはつきそうにない。
それほど酷似していた。
「わたしの方に誘導しながら追い込んで!」
わざわざ声に出して指示する必要はない。
頭で考えるだけでそのように行動してくれる。
ともかく二手に分かれ、一角兎の側面に回り込んだ陽炎の方の千春。
それに気付いた一角兎は進行方向を急転換する。
その先には千春が待ち構えていて、
「【ダブルスラッシュ】!!」
血桜による二連撃。
一角兎の矮躯にダメージエフェクトが刻まれる。
そしてパキィンとガラスが砕けるような音を立てて一角兎は散る。
ドロップアイテムは何もなかった。
レベル差のせいで経験値もない。
「やったーーっ!!」
けれど、それでも千春は満足だった。
一角兎を倒す目的を達成し、忘れかけていたけれど本来の目的でもある炎帝シリーズでの戦闘も行えた。
「うわあ。わたし五時間も兎さんを追いかけてたんだ……」
それに気付いて若干、自分でも引いてしまう。
そしてそうと気付くと一気に疲労感が押し寄せてきた気がした。
VRMMOの体力消費は比較的に軽微だ。
ただ疲れないかといえば、そうでもない。
体ではなく脳が疲れる。
VR装置は頭に装着し、直接脳に電子パルスを送り込んでいるのだから、集中したらしただけ疲労が脳に蓄積するのは当たり前の話でもある。
「はあ……。このくらいで疲れるなんて、やっぱりわたし戦闘に向いてないのね」
この上なく戦闘向けのスキル・装備構成なのだが。
けれど千春は本気で自分は戦闘に向いてないと思い込み始めた。
そうして思い出すのだ。
暗殺者ではない自分の可能性を。




