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5話

 

 千春は今日も『エンドワールド』にログインしていた。


 これで三日連続のログインになる。


 VRを使い始めて、三日も連続で何かにログインするのは初めての事だった。


 おかげで自分でも少しばかり戸惑っていた。


「でも気になるもんね」


 それは昨日ログアウト前に発生したイベントの事。


 一角兎の肉を味見をかねて食べてみようという所でNPCのおじいさんと女の子が現れたのである。


 食料を譲ってほしい、と。


 その代金代わりに得たのがダンジョンの情報。


 実はこのイベント、知っていれば派生条件はいくつかあるが、それほど難しくない。


 けれど実際にこのイベント発生条件を満たしたのは千春が初めてだった。


 条件は四つ。


 ・一角兎の肉を30個以上集める事。


 ・累計戦闘時間が五時間以上、十時間以内である事。


 ・経験値が得られない戦闘で経験値を350分稼ぐ事。


 ・ラグアの外すぐの場所で一角兎の肉を焼いて食べる事。


 基本的にプレイヤーは一角兎を狩らない。


 フィールドには一角兎以上に経験値、ドロップアイテム共に美味しいモンスターは多い。


 その中で、レベル4になると気配を察知されるだけで逃げられる一角兎を追ってまで狩る旨味は無に等しい。


 そんな一角兎を狩るくらいなら他のモンスターを狩るのは、プレイヤーであれば当然の選択だった。


 だからこそ、この場所で一角兎を狩り続けるプレイヤーはいないし、何よりもラグアと目と鼻の先で肉を焼いて食べようとするプレイヤーもいない。


 ラグアに持ち帰り、然るべき場所に売ればNPCが美味しく調理してくれ、さらに食事によるステータスアップの効果も高まる。


 千春の場合、ラグアに持ち帰り、肉を売ればおまけとして『美味しい兎肉の串焼き』が貰えるとは知らなかっただけなのだが。


 けれど、そんな千春だからこそ発生させられたイベントでもあった。


「おじいさんの話だと北西だったよね」


 ステータスを開くと見る事のできるラグア周辺の地図で方角を確認しながら千春はてくてくと歩きだす。


 寄り道は多かった。


 歩きながら踏み固められた道の端に咲く小さな花を愛でたり。


 モンスターではない小動物を追いかけてみたり。


 小さな丘を見つけて登ってみたり。


 モンスターに見つかって戦闘になりかけたり。


 慌ててモンスターから逃げて目的地とは逆方向に走ったり。


 とにかく時間がかかった。


 普通のゲームに慣れたプレイヤーであればモンスターを倒しながらでも四十分で踏破できる道程を、千春は九十分もかけて目的地にたどり着いた。


「ここがダンジョン……。けっこう遠かった」


 自業自得である。


 千春はステータスを開いて時間を確認する。


 いつもであれば、そろそろログアウトする時間。


 今日は学校の用事で帰るのが少し遅くなった事が悔やまれる。


 そうして名残惜しそうに時間とダンジョンを見比べて、千春は一つ首肯する。


「明日は休みだし」


 そう決めて千春はダンジョンの入口である亀裂の中へと入っていく。


 体を横にして滑り込ませる。


(胸が小さくてよかった……)


 大きかったらつっかえて入れなかったかもしれない。


 と、そこまで考えて、


「今から大きくなるんだよ!」


 自分の思考にツッコミを入れていた。



  ▼  ▼  ▼



 ダンジョンの中は崖にある亀裂の中とは思えない様相を呈していた。


 ゴツゴツとした壁の所々に生息している苔。


 その苔が不思議な色合いの光を放っていた。


 眩しいほどではない、どちらかといえば儚い感じの光源。


 月明かりほどだろうか。


 しかし、おかげで足元はしっかりと見る事ができる。


「綺麗……」


 仄暗い洞窟。


 けれど月光のような光が洞窟を神秘的な場所のように見せていた。


 その光景に目を奪われつつ千春は歩き続けた。


 幸いにもダンジョンはほぼ一本道で、道中にモンスターはいるものの千春の気配遮断・Ⅱのおかげで気付かれることなくやり過ごせている。


 ダンジョンに入ってから十分ほどで明らかに自然物ではない扉を発見した。


 あからさまに『この奥に何かいますよー』と訴えかけてくるような重厚感に溢れた青い鉄製の扉だ。


「ボスの部屋って所かしら?」


 それはゲーム初心者の千春にも伝わっていたようだ。


 千春はグッと力を込めて扉を押し開ける。


 ギゴゴゴゴ……ッ、と音を立てて扉は開く。


 人一人が通れるだけの隙間を開けて千春は中に入る。


 直後、ゴンッ!!! と激しい音を立てて扉が独りでに閉まった。


「きゃっ!!?」


 驚き振り返る。


 赤い扉。


 悪魔が怒っているような模様が扉には彫り込まれていた。


 千春は扉を引いてみる。


 ビクともしなかった。


「ボスを倒すまで開かないんだね、きっと」


 であれば倒すしかないだろう。


 もしくは自分が倒されるか。


 倒されればラグアの町の転移ゲートで復活する。


 そう考えて部屋の中央に進み出れば、


『ウオオオオオオオオオオオッ!!!!』


 天井から巨体が降ってきた。


 体は紅蓮の毛皮を纏うゴリラ。


 両腕は大蛇の形をしたモンスター。


 強そうだった。


 気配遮断・Ⅱも効いていないみたいで、そのモンスターはしっかりと千春をねめつけてくる。


『ウオオオオオオオッ!!!』


 再び吼えたモンスターは、自身の厚い胸板を力任せに叩きまくる。


 ビリビリと千春の鼓膜を打つほど強く、そのドラミングの音は部屋に響いた。


 そして駆けだしてくるモンスター。


 巨躯のくせに走る速度は速かった。


 少なくとも現実世界であれば千春よりも十分に速い。


 けれどここはゲームの世界で、そして千春はAGIに優れた職業の暗殺者。


 動きは見えている。


 躱す事はきっと容易い。


 そう判断してモンスターの突進を回避。


 カウンターを合わせる。


 しっかりとその姿をイメージして動いて、そして一歩目で転んだ。


「痛ッ!?」


 ゲーム内での痛覚は現実世界よりも弱くしてある。


 転んだ程度で痛みは発生しない。


 けれど『転んだら痛い』という記憶が「痛ッ」と千春に口にさせた。


 転んだのは幸運ではあったのだが。


 その直後、千春の頭上、先程まで千春の頭があった辺りを風を切る轟音を立ててモンスターの剛腕が通過する。


 暴力的な風圧を伴い、その風圧で軽い千春は転がされる。


「…………え?」


 少し黙考。


「いやいやいや…………え!?」



  ▼  ▼  ▼



 戦闘開始から五分。


 千春は奇跡的にまだ生き残っていた。


 レベル3の千春がレベル15の猿帝えんてい相手にだ。


 事実、これは偶然に偶然が重なり、奇跡の上に乗っかったような状況である。


 何度目かの猿帝の大蛇の剛腕が振るわれる。


 喰らえば、文字通りの意味で腕となっている大蛇に喰われるパンチだ。


「きゃあああっ!!?」


 紙一重で、どう見てもお世辞でも華麗とは言えない動作で回避する。


 回避できていた。


 一撃でも当てられれば倒せる攻撃を何十回も躱され続けたおかげで、猿帝のヘイト値はすでに限界を突破していると思う。


『ガアアアアアアアアアッ!!!!!』


 その証拠になるのか、猿帝の紅蓮の毛皮は紅色が鮮やかさを増している。


 激怒するあまり周りが見えなくなっているようにも思える。


 千春は必死に逃げ続けながら、何度も何度も気配遮断・Ⅱを発動させ続けていた。


 今までは全く効果は得られていなかったが、しかし。


『……オ? オオ?』


 猿帝は唐突にキョロキョロし始める。


 目の前にいる千春を見失ったかのように。


 そして見失った千春を探すように。


「効果、あり……?」


 直後、ピコン、と千春にだけ聞こえる電子音が鳴る。


 確認すれば、それはスキルレベルアップの通知だった。


「気配遮断・Ⅲ……」


 何度も何度も死にもの狂いで馬鹿みたいに繰り返したスキル連打にも意味があったのだ。


 そして気配遮断・Ⅲは猿帝の索敵能力を凌駕した。


 となれば千春の行動は決まっている。


 こっそりと、けれど足早に猿帝の背後を取り、


「【ダブルスラッシュ】!!」


 通常攻撃よりも少しだけ強力な斬撃を二回連続で放つ刀剣初級スキル。


 そこに奇襲ボーナスも加わる事でステータス差を突き破って猿帝へダメージを通す。


 といってもダメージはほんのわずかなもの。


 そして攻撃した事で気配遮断・Ⅲは効力を失う。


 効果がなくなれば当然、猿帝の索敵に引っかかる。


「【気配遮断】」


 けれど気配遮断を再使用すれば、再び猿帝は千春の姿を見失う。


 見失った千春を猿帝が探しているのを横目に背後へ移動。


「【ダブルスラッシュ】!!」


 後はこれを繰り返すだけでいい。


 時間はかかるだろう。


 けれど確実に倒す事ができる。


 堅実に、安全圏からチクチクと。


 千春は当たり前のように行っているが、これは異常な事である。


 通常、他のプレイヤーが気配遮断スキルを再使用するにはクールタイムを挟む必要がある。


 間違っても連打など不可能だ。


 そもそもモンスターに、それもボス相手にロックオンされている状態で気配遮断を使用しても普通に無効化される。


 けれど千春の気配遮断にクールタイムは必要ない。


 しかもボス相手に効果もある。


 これこそ運営の救済措置スキルの特性である。


 注意点は一つ。


 PvPの場合、千春の特別性は失われる。


 連打も、ロックオンされている状態からの気配遮断は不可能になる。


 あくまでも相手がモンスターの場合に限り特別な効果が得られるにすぎない。


 PvPという状況でなければプレイヤーにも効果は得られるが。



  ▼  ▼  ▼



 猿帝との戦闘開始から四時間。


「【気配遮断】【ダブルスラッシュ】」


『ガ……オオオオォォォォ……』


 えんてい猿帝の巨躯が倒れ、パキィン、とガラスの割れるような音を立てて猿帝の体は光りとなった。


「倒せた……」


 ぺたん、と千春は座り込む。


 喜びよりも、達成感よりも、今は疲労感の方が大きい。


 けれど歓喜や達成感がないわけではない。


「あ、宝箱だ」


 猿帝が倒れた場所に残された宝箱。


 疲労している体で千春は宝箱に這い寄る。


 何が入っているのか気になるのだから仕方ない。


 グッと力を込めて蓋を押し開ける。


 中には装備品がいくつか。


 紅蓮の軽装鎧とフレアスカート。


 ロングコートは実際に燃えているかのように見える。


 けれど触れても熱くなかった。


 刀身が紅く染められた短刀。


『炎帝の軽装具:炎に耐性 VIT+25 AGI+15』


『炎帝のスカート:炎に耐性 VIT+10 AGI+20』


『炎帝のロングコート:炎に高い耐性 HP+100 VIT+35 AGI+15』


『血桜:炎の力を宿した短刀 装備スキル【陽炎】 AGI+40 STRはAGIに依存』


『陽炎:自分の幻影を敵に見せる。幻影は攻撃を受けると消える』


 一通り効果を見て、それを装備して千春は地面に寝転がる。


 宝箱には12000Gも一緒に入っていた。


「疲れた……。ボス戦ってこんなに疲れるんだ」


 そう呟いてから千春はログアウトした。


 

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