4話
翌日。
学校から帰ると千冬はすぐに『エンドワールド』へとログインする。
前回中断した場所から再開するか。
始まりの町ラグアの転移ゲートから再開するか選ぶ事ができる。
千冬、否、千春の今日の目的は一角兎狩りなので前回中断した場所から再開する。
補足しておくと。
前回中断した場所からの再開を選べるのは町中、フィールド、ダンジョン内にある中間フラグ範囲に限定されており、その他の場所でログアウトした場合は強制的に転移ゲートからの再開となる。
「もう兎さんなんかに負けてあげないんだから!」
一角兎に負ける事の方が勝つよりも遥かに難しい事を知らない千春の発言だった。
それはともかく。
千春はログイン早々、スキルの気配遮断・Ⅰを使用する。
これで奇襲される心配は格段に低下した。
絶対にないわけではないので警戒はするに越したことはないのだが。
「あ、そういえばレベルが上がったんだよね、わたし」
一角兎を倒した時にレベル2になった事を思い出したのだ。
軽くステータスが上がっている事だけ確認して、その日はすぐにログアウトしてしまったので細部まで確認できていない。
だからとりあえず自分のステータスを確認しようと千春は青色のボードを呼び出した。
記載されているのは自分の情報。
そこのスキルの文字に「!」が付いている。
何か変化があったサインだ。
少しだけワクワクして千春はスキルをタッチして一覧を表示する。
『かくれる』と『気配遮断・Ⅰ』があるだけだったそこに『スラッシュ』と『修理』というスキルが増えていた。
「二つも増えてる!」
まずはスキル名からでも効果が分かりやすそうなスラッシュをタッチ。
『スラッシュ:通常攻撃よりも少しだけ大きなダメージを与えられる 消費MP2』
「わあ! これで兎さんを相手にしても安心だね!」
それはとても嬉しそうな笑顔だった。
笑顔のまま千春はもう一つのスキルを確認する。
『修理:武器の耐久値を回復する 鍛冶セット初級必須』
「鍛冶師の方のスキルだ! ……でも鍛冶セットなんて持ってないよ、わたし」
一応、もしかしたら初級くらいならサービスで配布されたりしていないかしら、とストレージを確認するが、あるはずはない。
「じゃあ使えないじゃない……」
がっくり肩を落とす千春。
だけれど、これはつまり鍛冶セット初級さえ手に入れられれば鍛冶も試せるという事だ。
ポジティブに考える事にして、とりあえず今は初志貫徹。
今日は一角兎狩りに精を出す事に決めた。
▼ ▼ ▼
昨日の初戦は何だったのか。
そう思わずにはいられないほど一角兎はサクサクと千春に狩られてゆく。
一角兎発見→気配遮断・Ⅰ→奇襲ボーナス攻撃→一撃死。
この流れ作業だった。
一角兎を二十匹ほど狩った頃に千春のレベルが上がった。
MPが尽きるまでスラッシュを使った結果、ダブルスラッシュという新しいスキルも習得した。
MPの自然回復は三分で1。
ただし枯渇するまで使うと一時間の間はMP0のまま回復は始まらない。
枯渇状態から回復するアイテムを使えばMP1の状態になるが、しかし、これは課金アイテムである。
つまり自然回復の場合、枯渇状態からだと満タンになるまでに6時間かかる。
千春の現在の最大MPは15。
なので枯渇しないように注意しつつ六分に一回、欠かさず千春はスラッシュで一角兎を倒し続けた。
その結果がダブルスラッシュという新しいスキルに繋がったと言える。
「あ、アイテム落とした!」
一角兎のドロップアイテムは三種類。
一角兎の角。
一角兎の毛皮。
そして今回の一角兎の肉。
ちなみに当たりは毛皮。
白い毛皮で作る装備品、装飾品は人気で、高値で取引されている。
価格が高騰する理由は、一角兎はゲーム内最弱の魔物で、レベル4になると一目散に逃げ出してしまい、倒すのに手間がかかるからだ。
それに高レベルプレイヤーになると、今さら一角兎を狩ろうとも思わない。
他の狩場に行けば、経験値もドロップアイテムも美味しい魔物が多いのだから。
「ふふ、あとで焼いて食べよ」
腰に装着しているポシェットに千春は肉を無造作に仕舞いこむ。
このポシェットは千春のストレージに繋がっている。
なので本当にポシェットに生肉を仕舞っているわけではない。
そういうアクションが必要なだけだ。
この後も順調に千春の一角兎狩りは続き、そろそろログアウトしようかなと思う頃。
ある意味レア素材の一角兎の毛皮は32個という成果を叩きだしていた。
ちなみに一角兎の角は88個。
一角兎の肉は53個。
「あ、そうだ! お肉食べてみないと!」
ふんふん~♪ とご機嫌に鼻歌を奏でつつ、千春は肉を焼くための準備を進める。
準備といっても適当な枯木を集めてストレージに初期から用意されていた『火種石』というのを使うだけなのだが。
この火種石は火打石のようなもので、そこまでの苦労や技術がなくても、誰でも簡単に火がつけられるという魔法のアイテムだ。
実際、ただの火の魔石なのだが。
ストレージには飲み水用に水の魔石も用意されている。
魔石は既定階数を使い切るとただの石に変化する。
その後は魔力を込めようが何をしようが石から魔石に戻ることはない。
ようは使い捨てだ。
けれど簡単に、それも大量に手に入れられるため、この程度の品質の魔石は安価で市場に出回っている。
パチパチッ、と木の爆ぜる音を聞きながら、千春はストレージから一角兎の肉を取り出す。
そして包丁はないので短刀を使って一口大にカット。
それを木に突き刺して焚火で焼いていく。
味付けは塩のみのシンプルなものだ。
「美味しそうな匂い……」
これが『エンドワールド』の醍醐味でもある。
他のVRMMORPGの場合、嗅覚や味覚は遮断される事が多い。
その分、他の処理にリソースを回すのだ。
けれど『エンドワールド』は、むしろ嗅覚と味覚に拘った。
つまりゲーム内で食べても味はあるのだ。
もちろん食事という行為により一時的なステータスアップも得られる。
千春の場合、そういう効果は二の次三の次で、ただ食事を楽しみたいだけだったりする。
「そろそろいいかな」
表面はカリッと焼けている。
これなら中までしっかりと火は通っている事だろう。
ゲーム内とはいえ、さすがにレアやミディアムで食べる勇気はなかった。
「じゃあ、いただきまー」
「そ、そこの御方……」
「まー、あ?」
お口を大きく開けたまま声のした方に顔を向ける。
そこには老人と子供がいた。
HPバーが見えないのでプレイヤーではなくNPCだろう。
「三日ほど前から水しか口にしておりませんで……。どうかこの子にだけでもその食事を分けて頂けないでしょうか」
言い終わると同時に子供の方からお腹のなく音が聞こえた。
子供は五歳ほどの女の子。
指を咥えて千春のお肉を凝視している。
「…………この状況で拒否なんてしたら、わたしが悪者みたいじゃない?」
はあ、と千春は諦めてお肉を女の子に差し出す。
「食べていいわよ。それとおじいさんもどうぞ。まだ焼いてないけどお肉ならいっぱいあるから」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
女の子は無心で、けれど涙をポロポロとこぼしながらお肉に食いついている。
確かに『エンドワールド』はゲームだ。
けれどゲームに登場するNPCは限りなく人に近い。
HPバーがなければプレイヤーと区別がつかないほどに。
何が言いたいかというとだ。
「子供の涙は卑怯だと思うの」
▼ ▼ ▼
「ありがとうございました」
「気にしないでください」
千春は引き攣った笑みで応じる。
というのも53個もあった一角兎の肉のほぼ全てを老人と女の子に食べ尽されたからだ。
肉の一塊が大体500グラム前後。
20キロ以上の肉を食べ尽した計算になる。
どこのフードファイターだ、と内心でツッコむに留めた。
「お礼と言っては何ですが……」
と老人が話して聞かせてくれたのはダンジョンの情報だった。
ラグアを北西に進んだ先にある森の奥地。
そこにある切り立った崖の下の亀裂がダンジョンの入口になっているのだとか。
(あ、これイベントだ)
そう千春が気付いたのはログアウトしてからの事だった。




