3話
千春はリベンジのために再びラグアの外で一角兎を探し始めた。
もちろん気配遮断・Ⅰはラグアを出た直後から発動させている。
今回は周囲の警戒も怠っていない。
とはいえ何をどう警戒すればいいのか千春としては不明瞭で、いまいち何が正しいのか分かりかねているのが現状なのだが。
「気配なんて分かんないし。まあでも気配遮断のおかげでモンスターからの奇襲はないと思うし。……まあ絶対じゃないのが不安要素ではあるけど」
もう少しスキルレベルが高ければ奇襲を絶対に受けない事も可能にできた可能性はある。
リベンジマッチはその後にした方がよかったかな、と思わなくもない。
けれどだ。
その場合『エンドワールド』での千春の冒険はエンディングを迎えるような気がする。
だからリベンジするなら今しかない。
千春は腰の後ろに取り付けた見習いの短刀の柄を握りながら慎重に歩を進める。
他のプレイヤーから、こんな序盤で何であんな緊張感で歩いてんの? 的な視線を向けられている事にも気付いていないほど、今、千春は真剣だった。
まだ気配遮断のスキルレベルが低いため見破られる場合も多いのだ。
ラグアを出て十分ほど。
「……見つけた」
一方的に因縁ある一角兎を発見した。
白い毛並みに薄茶色の一角。
一角兎は呑気に草を食んでいる。
その姿は隙だらけで、二十メートルほど離れた体を隠すための遮蔽物も何もない場所から様子を窺う千春に気付いた様子もない。
「ゆっくり……足音を立てないように……」
そろーりと千春は一角兎に接近してゆく。
緊張で心臓が早鐘を打っていた。
約半分。
およそ十メートルほどの距離まで接近した所で千春は鞘から短剣を抜く。
思えば短剣を抜くのは初めてだ。
最初の戦闘ではすり抜ける時に抜刀して斬るつもりでいたから。
だから初めて見た見習いの短剣、その刀身が黒く塗り潰されていることを今、初めて知った。
暗殺者という職業上、刃物が光を反射して居場所を、対象に存在を気取られないようにということなのだろう。
意外と芸が細かいわね、と内心で感想を漏らし、千春は短剣を構える。
「………………」
順手で構えていた千春。
構えに違和感を覚える。
いろいろと構え方を試行錯誤した結果、逆手で持つ構えが一番しっくりきた。
「よし」
小声で言って視線を一角兎に向ける。
食事は終わったらしく今は毛繕いをしていた。
ちょっと可愛くて倒すのが躊躇われる光景だ。
可愛いものが好きな千春も、その光景に少し怯んだ。
けれどすぐに頭を振って変な思考を追い出す。
接近を再開して、すぐに距離は残り五メートルとなる。
この距離であれば一秒も必要としないで詰められる。
けれど相手は一度敗北を喫している一角兎だ。
油断はしない。
「最後まで気配遮断状態のままでいくよ」
そう自分に言い聞かせた。
はたと。
もしかしたら途中で気配遮断の効果が切れる可能性に思い至った。
なので千春はスキルの発動を意識する。
黒いエフェクトが千春の体を包み込み、すぐに吸収された。
万全を期してから千春は確実に距離を詰め、そうしてようやく一角兎の背後を獲った。
無防備な背中を見下ろし、
(これはゲームだから大丈夫これはゲームだから大丈夫これはゲームだから大丈夫これは……)
呪文のように繰り返し、覚悟を決めて目を開くと、それからの行動は迅速だった。
短刀で一角兎の喉を引き裂いた。
奇襲によるボーナスも加わり、一角兎のHPバーが一気に緑から黄へ、そして赤へと色を変え、バーが尽きた。
倒した事で一角兎の体は光と砕け、後には一本の角を残して消滅した。
リベンジ成功である。
「やったー!」
一人できゃーきゃーと喜ぶ姿は異常者のようだけれど、それを見ていた者はいない。
と、ここで「ピコン」と音が鳴る。
ステータスを開くと、
「あ! レベル2になってる!」
ステータスが少し上がっていた。
STR+2 VIT+1 AGI+3 DEX+2 INT+0。
HP+5 MP+2。
結局、紙装甲の欠点は改善されていない。
最弱の一角兎に負けるような事はなくなったと思いたい所である。
「そういえばドロップアイテム!」
ステータスにあるアイテムストレージの一覧を表示する。
アイテムが少ないため見つけるのは容易だった。
『一角兎の角:薬・鍛冶の素材になる』
「鍛冶か。そういえばわたし、鍛冶師でもあったね」
思い出して、いつか使える時が来るかもしれないと思い、売らずに残しておく事に決めた。
ただ『エンドワールド』ではモンスターを倒すだけではお金は手に入らない。
倒したモンスターのドロップアイテムを売ったり、それを別のアイテムに加工して販売する事でお金は得られる。
あとは町のNPCから請けられるクエストの攻略報酬。
もちろんプレイヤーとも依頼を出したり請けたりは自由にできる。
詐欺行為防止のためにゲーム内でも契約書を交わす事が推奨されている。
違反すればアカウントの停止もあり得る。
リアルでの友人同士の場合は契約を交わさない場合もあるが、その場合でもゲーム内通貨のやり取りは認証される。
RMTは厳禁ではあるけれど。
「今日はこれで終わろう」
ステータスを開いて時間を見れば、そろそろ夕食の時間だ。
千春はログアウトを選択、実行する。
視界は闇に包まれ、その闇の中に『お疲れさまでした』の文字が流れた。