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2話

 

 白峰千冬、改め、千春は『エンドワールド』最初の町『ラグア』に設置してあるゲーム世界への入口であるゲートの前で景色を十分に堪能してから自分の状態を確認する事から始める事にした。


「えっと、確か『ステータス』」


 基本的に『エンドワールド』は音声認識によりシステムが機能する。


 魔法を使う場合も、まず該当する魔法を覚え、覚えた魔法名を声に出す事で発動させられる。


 それは武器スキルにしても同じだ。


 唯一、生産職だけは音声認識を必要としないのだが、それは生産職の習熟するスキルの多くが基本的に自動的に効果を発揮するスキルだからにすぎない。


 千春の声に反応して半透明な青色のボードが浮かび上がる。


 他のプレイヤーからも青色のボードだけは見えているが、そこに書かれている内容は本人の公開許可がなければ見ることはできない。


「千春 レベル1 暗殺者……。字面で自分の職業が暗殺者だって見ると少し微妙な気分になるね」


 千春は正義感に溢れる風紀委員タイプではない。


 けれど悪徳をカッコいいとするアウトロータイプでもない。


 あくまでも可愛いもの、美味しいもの、甘いものが好きな普通の女の子だ。


 少なくとも千春本人は自分をそう思っている。


 青色のボードには自分でさっき作ったキャラのビジュアルも映っている。


 前髪ぱっつんの長い黒髪。


 目元は少し釣り目でではあるけれど目つきが鋭いほどではない。


「やっぱり身長はもう少し高くした方がよかったかな? それに胸も……」


 千春の身長は150センチほどでである。


 胸は限りなくAに近いBだ、とは本人の自己申告によるものだ。


 スタイルは、こちらはどうしようもない。


 現実世界と仮想世界とで体型を大きく変えると、ログアウトした時に現実世界での日常生活に支障をきたす恐れがあるとして運営により注意喚起がされている。


 けれどそこに強制力はなく、プレイヤーの自己責任の上であれば現実世界とは真逆のキャラメイクも可能だ。


 実際にそうしているプレイヤーは少なくない。


 理由は察してもらえると信じている。


 千春は現実世界を犠牲にしてまでゲームをプレイするつもりはないため、身長も体重もスタイルも現実世界と変えていない。


 今となっては少しだけ後悔したりもしているのだが。


 そんな後悔から目を逸らしてステータスの確認に戻る。


『HP:10 MP:10 STR:4 VIT:2 AGI:7 DEX:7 INT:2』


『【装備】武器:見習いの短刀 頭:なし 体:見習いの服 足:見習いの靴 装飾品:なし なし なし』


『【スキル】かくれる』


「装備は最低限って感じね」


 ボードの武器にある見習いの短刀をタッチする。


 そうする事で詳細な説明を見る事ができるようになる。


『見習いの短刀:暗殺者の初期装備【STR+3 耐久値:∞】』


『見習いの服:ただの布の服【VIT+2 耐久値:∞】』


『見習いの靴:ただの革靴【VIT+1 DEX+1 耐久値:∞】』


「初期装備は壊れないんだ!」


 じゃあずっとこの武器で戦えばメンテナンス必要ないじゃない! と千春は喜んでいる。


 けれどそんなはずはない。


 先に進めば当然敵は強くなり、初期装備ではどうあがいても通用しなくなる時が必ずやってくる。


 最初の町である『ラグア』周辺の弱い敵でレベル上げをすればと考えるプレイヤーもいた。


 けれどプレイヤーと敵との間に一定のレベル差が発生した段階で敵を倒しても経験値は入らなくなる仕様になっている。


 それにプレイヤーのレベル次第で敵は逃げ出すようにもなるのだ。


「…………でもなあ」


 自分の姿を見る。


 ただの布の服というだけあって可愛さは皆無だ。


 着心地もよくない。


 いや、着心地に関しては千春の思い込みの問題なのだけれど、そう感じるのだから着心地は良くないのだ。


「女の子としてはオシャレしたい。可愛い服で華麗に戦ってみたい」


 であれば目撃されずに敵を倒す職業の筆頭である暗殺者を選んだ段階で失敗していると思うのだが、それにゲーム初心者である千春は気が付かない。


「スキルはどんな効果なんだろう?」


『かくれる:二人以上での戦闘中に身を隠す事で敵から狙われにくくなる』


「二人以上かあ。じゃあ今は使えないんだね」


 一通り確認して青色のボードを消して千春は背伸びをする。


「じゃあ早速、戦いに行ってみよう!」


 タッと千春は軽快に駆けだした。



  ▼  ▼  ▼



 ラグアの外は平野が広がっていた。


 少し離れた所には森への入口も見える。


 振り返れば背の高いラグアを護るための外壁もある。


 外壁に囲まれた町というだけで千春にとってはファンタジー世界を意識できる。


「~~♪ ~~~~♪」


 鼻歌を奏でながら遠足感覚で歩く千春に警戒心は全くない。


 少ないゲーム経験により序盤の敵に負ける事はないと考えているからだ。


 事実、序盤の敵に初めての戦闘で負ける者は未だいないのだが。


「あ! 発見!」


 五分ほど歩いた所で初めて敵、モンスターを発見した。


 手のひらよりも少し大きな白い兎。


 ただ額から一本の角が伸びている。


 千春の声でモンスターも千春に気付いた。


 そしてなかなかに好戦的らしい一角兎は一目散に千春へ角を向けて駆けだしてきた。


 腐っても、レベル1でも暗殺者な千春の動体視力には多少なり補整がかけられている。


 だからこそ一角兎の動きが千春にはよく見えた。


「遅い! 遅いよ兎さん!」


 くるっとターンして前進しながら一角兎の攻撃を回避し、反撃カウンター


 華麗に一角兎を倒す姿を夢想し、けれど。


「…………あ」


 自分の足で千春は躓いた。


 そして転んだ。


 それも一角兎の目の前で。


「あ、待って! タイム! ちょっとタイムで!」


 千春の要求を低レベルプレイヤーを攻撃するようにプログラミングされている一角兎が聞き入れてくれるはずもなく、さくっと千春のおでこに角がクリーンヒット。


 暗殺者は回避を主軸に手数で勝負する職業である。


 回避前提なのだから耐久力は皆無。


 そのためのAGI優遇でもある。


 ゆえに装備補整も合わせてVIT値5という紙装甲の千春は序盤最弱の一角兎の一撃でも簡単に力尽きた。



  ▼  ▼  ▼



「え?」


 千春はラグアに設置されたゲート前にいた。


 目の前には噴水広場がある。


「敵にやられたらここに戻されるんだ」


 なるほど、と考えていると「ピコン」と頭の中で音が鳴った。


 何か通達が届いたらしい。


 ステータスを開くとスキルの所に「!」が付いている。


 スキルをタッチして一覧を表示する。


『【スキル】かくれる 気配遮断Ⅰ』


「何か増えてる……」


 首を傾げつつ千春は詳細を表示する。


『気配遮断Ⅰ:発動中、プレイヤーやモンスターに気付かれにくくなる』


「何でいきなり新しいスキルを……? わたし、何かした?」


 これ運営からの救済処置である。


 初めての戦闘で、しかも最弱に設定されている一角兎に負けた場合にのみ発動する。


 贈られるスキルは特に珍しいものではない。


 けれどゲームが苦手なプレイヤーに対して特別な配慮がなされた、特別なスキルでもある。


 一部のスキルには使う事で熟練度を積み、レベルを上げる事ができる仕様になっている。


 スキル名の後の『Ⅰ』がレベルだ。


 高レベルになるほど一つ上げるためにかなりの熟練度を積む必要がある。


 その熟練度が配慮の効果により最大で半減される。


 これはゲームを始めたばかりの人が一度の敗北で離れていくのを防ぐために運営が用意したもの。


 運営としても、まさか本当に発動する日がくるとは思ってもいなかった、どちらかといえば遊び心で用意したものである。


 事実、ゲーム発売から三ヵ月間、延べ二十万人のプレイヤーがいて発動したのは初めてのことであった。


「ま、いいか。使ってればスキルレベルも上がるんだよね、確か」


 千春は考えるのを止めた。


 考えても分からない事は深く考えない。


 さっそく気配遮断を使ってみる。


 あまり変わった気はしない。


「っと!?」


「きゃっ!?」


 そこに背中を押される衝撃。


 振り返ればプレイヤーらしい女性がいた。


 銀色の鎧姿の。


 彼女は驚いた表情で千春を何度も見直し、はたと我に返ると謝罪の言葉を口にした。


「ご、ごめん! キミがいる事に気が付かなくて! ダメージはないと思うけど大丈夫だった?」


 PvPを申し込み、それが受領されない限りフレンドリーファイアはない。


 なので千春の紙装甲でも今の衝突でHPの減少はない。


 それよりも、これで気配遮断スキルの効果が実証された。


 むしろ被害者である彼女には悪い事をしたと千春の心が少し痛んだけれど。


「あ、大丈夫です! 私こそ少しボーっとしていたので気付けなくて、ごめんなさい」


「いや、無事ならいいんだ」


 あからさまにホッと胸を撫でおろしているあたり、いい人っぽいと千春は判断する。


 これからはお互いに気を付けるという事にして彼女とは別れた。


 悪いのは人通りも、ゲートから転移してくるプレイヤーも多い中で気配遮断スキルを使用した千春なのだが。


 気配遮断は慣れるまで町中で使うのを止める事にした。


 

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