私の娘は声優
幼い頃より彼女は父の背中を見て育った。
父の職業は声優。アニメのキャラクターに声を吹き込む仕事。それ以外にも海外ドラマの吹き替えやテレビ番組のナレーターの仕事もやっている。その業界では有名人で彼の名前を知らない者は居ない。そう言われる程に有名な声優だった。そんな父の背中を見て育った少女は、父親と同じく声優という職業に就きたいと幼い頃より決意した。
声優は声が命。幼い頃からボイストレーニングや演技の訓練に明け暮れていた。学校での交友関係よりも声を出す訓練の方が何倍も楽しかったし、熱中出来た。ある日、少女は脇役の声を当てる仕事を貰った。幼い彼女は彼女は両手を上げて大喜びするのだった。自分が今までやってきた努力が無駄ではなかったと実感した。目に見える形でのご褒美を貰ったからだ。
当日、彼女はとある学校の小学生を演じる声を録音することになった。
セリフは「またねー」と一言。彼女はそんなつまらない一言だけなのかと落ち込みながらも録音ブースへと足を運ぶのだった。録音ブースには大人用の丸椅子とマイクが複数用意されている空間が広がって居た。
そんな中でポツンと背の低いマイクが一つ目に付いた。きっとコレは自分の為に用意されたマイクなのだろうと思い、そのマイクの前へと立つ。
「よし、準備は良いかい?」
彼女がマイクの前に立つと同時に何処から共なく男の声が部屋に響く。さっき挨拶した音響監督の声に似ていると思いながら彼女は首を縦に振った。
「じゃあ、始めよう。好きなタイミングでセリフを言ってね」
収録が終わった。その時間は三十分程だろう。
たった一言、録音するだけだなのに何回もやり直してその分時間が掛かってしまった。
そして録音ブースを出るとすぐに休憩所へと案内され、少し待つと父が缶ジュースを手にやって来た。
「お疲れさん」
「うん」
「どうだった?」
「中々、オーケー貰えなかった……どうして?」
「アカリはどうしてオーケーを貰えなかったと思う?」
「わからないから聞いてるのに」
そりゃあそうだと言わんばかりの顔をしながらも父親は少し考えてから彼女にこう答える。
「アカリが役とちゃんと向き合ってないからさ」
「役と向き合う? アレって脇役でしょ?」
「脇役でも、役は役だ。どんな役でも真剣に演じなきゃ誰だってオーケーなんて言わないさ」
「脇役でも?」
「そう、脇役でも」
「じゃあお父さんも脇役の時は真剣に演じてるの?」
「ああ、もちろんさ」
「じゃあ……お手本みせてよ。またねーってやってみて」
彼女にそう言われると父親は苦笑いを一つ浮かべた。だが娘にそんな言葉を言ってしまった手間、ここで出来ないなど口が裂けても言えなかった。だから彼は別の言葉でお手本を見せることにした。
「流石に中年オヤジが小学生の役をやるのが無理が在るから……別の役にしてくれ」
「え~……じゃあ、これは?」
少女は手に持った台本を数ページ捲り、悪役がやられるセリフを指差して父親に見せる。それを見た父親は「ああ、それなら大丈夫だ」と頷き、自分の持つ台本を開き、一つ咳ばらいをして声を出す。
「ぐあああぁ!! やられ……た……」
たった一言。その言葉だけでも自分と父親の差が歴然だということをその瞬間に思い知った。
自分が全然上手くないことを理解し、父親がどれほど凄い存在だと認識してしまった。
昔までの自分なら「お父さん凄い!!」の一言で済ませていたかもしれない。でも、ボイストレーニングや演技の訓練を経験しているからよく理解できる。父親の様になるまでには自分は一体どれくらいの歳月がかかるのだろうか? そもそも追いつけるのだろうか? そんな疑問が彼女の胸を鳴らす。
「おい、どうした? アカリ?」
彼女はボーっとしていた。圧倒的な差を見せられて驚愕して、絶望して、嫉妬した。けどそれはほんの一瞬の感情で、表に出たのは漢書は尊敬だった。心配そうに見つめる父親に対して「なんでもない」と首を横に振り、何事も無かった様に「帰ろう」ということしか彼女には出来なかった。
幼い頃、彼女は父親の背中に憧れ声優という職業になろうと心に決めていた。
小学校、中学校、高校と、その夢は今も変わらない。
今では高校に通いながら声優の養成所に通い、事務所に所属して、オーディションに参加する日々。
でも、主演やレギュラーを取るのはいつだって別の人だった。別のアニメで主役を演じる人や昔から居る大御所と呼ばれる人達、そんな人達が合格してしまう。そんな現実は理解していた。でも、いつか自分が何処かのアニメの主役を演じれると信じて彼女はこれからも頑張り続けていくことだろう。そして……。
「お父さん……」
「どうした? アカリ?」
「私に事務所から直接仕事が来たんだ……」
「どんな仕事なんだ?」
「なんかキャラクターに声を当てて、ゲームする番組? らしい……」
「何処かのソーシャルゲームのゲーム番組か? よかったじゃないか」
「うん。でも二次元アイドルみたいな活動もするらしいんだよね?」
「ああ、あれじゃないのか? アイドルなんちゃらシンデレラガールズの……知り合いの声優さんも沢山起用してるし、新人も沢山起用してるらしいからよかったじゃないか」
「あっ、えっ、うん。そ、そうだよね」
「どうかしたのか?」
「えっと、なんでもないよ。じゃあ、わたし行くから……今日からその仕事なんだ」
「しっかりやれよ」
「うん……」
最初は父親に今回の仕事についてちゃんと相談しようとした。でも、売れない声優の初めての仕事を否定されるのも嫌だった。別に悪い事では無いし、如何わしい仕事内容では無い。やることは声優と変わらないのだが、声優とは別の仕事内容だった。それは身体にモーションキャプチャーの機械を取り付け、モニターの中の美少女キャラクターを操作しながら、ゲームプレイ動画配信するという仕事だった。
ここまで見て頂きありがとうございます。
色々と落ち着きましたのでリハビリがてらに書き始めた結果、酷いオチになってしまったと思います。
何も考えず楽しめて頂けたら幸いです。