4話:手紙
最近は忙しいのですよ
♢葉とタイヨウは体を洗い、湯船に浸かる。シンドバットが言ってるわりにそこが広くタイヨウはイマイチな顔をする。
「うーん…結構大きいような気がしますね」
「そうかな?」
「先輩はお金がいっぱいあるから…」
「でもタイヨウには私に無いものがあるじゃん!おっぱい!!」
♢葉はタイヨウの胸を叩く。胸囲の格差は悲しいもの、Fのタイヨウに対し葉はAAだ。
「先輩っ…叩かないでくださいっ……っ痛、ほんと痛いですよ」
♢タイヨウは痛みを感じながらも勝ち誇ったと自信に溢れた顔をしている。葉は無表情に柔らかウォーターメロンを叩いていると何か思い出したのかハッとする。
「そういえば裸の付き合いついでに教えてもらいたいことが」
♢急な表情の転換に戸惑いながらもタイヨウは「はい?」と答える。
「…どうしてそんな笑顔を今出来てるの?」
♢タイヨウはその直球過ぎる言葉の意味を理解していないのか首を傾げ目を凝らす。玃の力を持っているタイヨウ、しかし、賢狼の力により神秘に対し対抗力を持つ葉の心を読むには、結構な集中力がいる。
「悲しみも不安もあります…でも…それと同じくらい幸せです。義父さんも義兄さんもまーくんも私を殴ったりしてました…」
「うーん…これからどうするの?」
「考えてません。父子家庭でしたし父のいなくなった後…」
♢二人はしばらくこれまでとこれからについて話し合った。二人の空気が少しずつ沈み、そろそろ海溝にハマったくらい、別の話題を急に振る。
「そういえば話変わるけどバットはさ、どんな人でも好きになるし受け入れちゃうんだよね…」
「わかります!でも。受け入れるというよりとても他人に甘過ぎて危ういんですよね…きっと周りがいい人ばかりだったから上手くいってるんでしょうね」
♢タイヨウは遠くを見るように目を細める。葉は安らかな顔で答える。
「確かにバットの周りはいい人ばかりだよ、これからもそうなる。私がいる限り、ね。でもバットの人の良さはそれからじゃないんだ…」
♢普段とはかけ離れた顔をする葉、その目はタイヨウが直視を避けるほどに程に冷たい。
「あの子はね。四年前憧れてた子を亡くしちゃったらしくてさ、名前は…風香って子だったかな。その子はなんでも出来て皆から頼りにされてたらしく面白くてバットの憧れだったらしいんだよ。でも最期は誘拐されてレイプされて殺されちゃったみたい…その時から…本当は弱い子なのに、彼…」
♢葉は何かを感じ取ったのか話を急に切り上げ狼耳をたて、立ちあがる。
「ごめん先上がっちゃうね!」
♢葉はドアを明けたままどこかへ走り出す。
「はーい…扉閉めて欲しいしそれに続きも気になるし…ほんと、自由な先輩だなぁ…」
♢タイヨウは葉が去り、一分もしないうちにのぼせたと感じ風呂を上がる。着替えていると恐ろしいことに彼女は気づいてしまった。
「…!!!」
♢彼女の服と下着がそこに置いてあるのだ。タイヨウは手早く着替え、それを持っていきシンドバットの部屋に向かう。滴る水はやはり彼の部屋。
「せ、先輩!」
「あんな無防備に寝てるなら合意だよ!合法!」
「んな無茶な法律あってたまりますか!つか寝息をどうやって判別できた!」
「君の場合だけ特別な力が作動するんだ!」
♢びしょ濡れの小さな裸の少女が大の男に力勝ちして襲おうとしてた。それをタイヨウは死んだ魚のような目で見ていた。
「…ムードさえよければやるんだね」
♢シンドバットはタイヨウの一言で力を一瞬抜いてしまい完全に押さえつけられる。しかし、思い通りにはさせまいと葉の胴に体を巻き付ける。
「着替えてください濡れた体でベッドに上がらないでください。そしてびしょびしょの所吹いてきてください」
「こんな小さくて可愛くてエッチな彼女がいるのに…据え膳食わぬは男の恥だぞ!」
「先輩は人間の恥です」
「いじわる!」
♢タイヨウは何も言わず、文句を言いながら横切る葉とすれ違う。彼女はすれ違いざま、楽しそうに笑う。
「はははっ、そんな写真じゃなくてもいつでも笑顔を見せてあげるのに!しかも特典付きで」
♢シンドバットは何も言わなかったが耳が少しづつ赤に染まっていく、何も言えなかったのだろう。タイヨウは申し訳なさそうにシンドバットのベッドに座る。
「ごめんね、二人の世界に入り込んじゃって」
「気にすることはない、むしろお前がいてくれればあれも少しは落ち着くと思ったんだ…」
♢苦笑を浮かべながらも幸せそうな表情を浮かべる。
「ほんとごめんね…」
「いいのいいの、あんな事件、むしろ一人にさせておく方が怖いし…いいこと思い付いた」
♢シンドバットは彼女自身の安全を考え、一つ彼女に提案をした。
「タイヨウが葉と暮すってのはどうだ」
「いいよ」
「え?…いつの間に!?」
♢いつの間に部屋に戻ってきた葉も同意する。シンドバットも「な?」とタイヨウに対し目を向けるが当の本人は話が飛躍し過ぎていてよく分からなくなっていた。
「あんなのすぐふけるよ、それとこれ、はい」
「先輩また勝手にひとの家のポスト…」
「そのうち家族になるからセーフセーフ」
♢そして葉はシンドバットに抱きつき、離れないようホールドする。
「紅先輩ってほんと凄いですよね…」
「そう?ありがとー」
♢多分褒めてない。シンドバットはそれを内に秘め隙ができたところをするりと軟体生物のように抜け出す。
「…柔らかいんだね」
「こうでもないと彼氏が務まらない…よ」
♢シンドバットはコキっと首と腰を鳴らし笑顔で答えるが、疲れが顔に出ていた。
「あ、お手洗い借りるね」
「おう」
♢タイヨウがトイレに行くタイミングで、彼女が部屋を出て数秒したらシンドバットも服と下着を取り風呂場へと向かった。
「気が抜けんなあ」
♢彼は一息付き、考慮が足りてなかった自分に対しため息をついた。
「まあ明日からタイヨウは葉の家か、よし、今日は頑張るぞ」
♢服を脱ぎ、洗濯機の中に詰め込みシャワーを浴びる。シンドバッドは少し、安らいだ顔をした。
「…」
♢気持ちよさそうな顔を浮かべるシンドバットはあることを思い出した。少し前、葉に自分宛の封筒を渡されたことを、彼は慌てて洗濯機から服を取り出しポケットからそれを取り出し封蝋で閉められたそれを千切る。
「…手紙?」
♢シンドバットはその紙を広げる。中を確認した彼は思考を止めることになる。そこに記されている文字はとても簡潔な、小学生でも読める程度の一文だった。
ーーその皮を頂きます。
♢シンドバットは絶句し、言葉が出ない。それは単なる恐怖からくるものだろう。だが人間を壊すにはその単なる恐怖のみで事足りる。しかし彼はそれを噛み締め耐える。
「………っ」
♢彼は、シンドバットは、この数時間で浮いては沈む疑問が多すぎて自分でも思考の整理ができていなかった。それは例えるのなら全く知らない作品の、説明書のない複雑なプラモデルを急に作れと渡されたような、組み立ては不可能とわかりきっている状態。彼は乾いた感情で笑うしかなかった。
「はは」
♢また考えることを後に回し、体を洗い、髪を乾かし、洗濯機の設定を変更し、開始ボタンを押し、部屋に戻る。ここまでが普段通りの手馴れた作業だったが、普段と違うことは、葉用の下着ネットがいつもより重みを持っていたことだ。
「…」
♢シンドバットは恐怖と焦りに挟まれた。部屋に戻るとこの表情の強張り具合と心象からタイヨウに悟られることを気づき、気分転換にふらつく足でサンダルに履き替え庭に出た。
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My suppose is constructed in my furnace
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♢彼が持っていた紙は小さな炎をぼうっと上げ燃え焦げていく。彼はモアの小学生レベルの魔術すら身につけられていない。両親が魔術を教え、兄弟はそこそこ出来るものの、シンドバットは基礎すら危うい。更に彼の詠唱は特別だった。正規ならば属性を扱う際にはその属性が携わる記号を使用する必要があるものの彼にはそれが見られない。それは彼の空気中に散布されているマナを燃やす炉、即ち魔力炉と呼ばれる焼却炉が特別な性質を有しており、特殊性が「描き写す」ことに特化していることが起因しているからだと本人は考えている。詠唱に関しては本人も無意識な改変、自分の特異性は指摘されるまでなかった。
「初歩でこんなんじゃダメだなあ……」
♢シンドバットは魔術の使用時は必ず頭痛を起こしてしまう。自分だけ何故それが引き起こされるかは分からず。彼は立ち上がろうとするが、足をふらつかせ転んでしまう。
「バット!?」
♢よく響く透き通る可愛らしい女の子の声、シンドバットの恋人が上の窓から舞い降り彼の近くに寄る。
「また使ったの?頭が痛くなるならそんな無理しない方がいいのに…」
♢魔術をやめて、それは葉は決して言えなかった。それは彼の心を彼女は知ってるからだ。彼が魔道を修めようとするのは彼女を大切に想い、守ろうとしているからだと、そんな彼の気持ちを内心複雑ながら嬉しく思う彼女は無理に止めることは出来ない。
「ーーーっ才能が無いなら、修行です」
「…(あの手紙が真偽がどうぜあれ葉に見られなかっただけこの頭痛に価値はあるよな?)」
♢シンドバットはふらっとする足で立ち上がり、家の中に入る。通りすがりにタイヨウが彼の目を見る。核心を突かれたと理解した彼はタイヨウに対して誤魔化しは効かない。彼は諦め半分で苦笑し口を開く。
「…(何かあったときは…頼りにさせてもらうよ)」
♢葉が戻ってくるので口には出せなかったがタイヨウは口角を上げる。これは「まかせて」との返事。シンドバットが部屋に戻ろうとすると、葉は後ろからシンドバットをお姫様抱っこをし、部屋に戻る。
「先輩はすごいよ…」
♢タイヨウが遅れて部屋に入る頃にはシンドバットは布団を敷いていた。既にベッドには葉が寝る体勢を取っていた。そこには、ちょうど1人分の隙間が空いており、軽くシンドバットを引っ張る。それを無視するかのようにタイヨウにベッドを譲る。
「ベッドで寝る?」
「普段から布団だしこれでいいかな?」
「それがいいなら別に…っ!!!」
♢葉は愉快な顔をしてシンドバットの裾を可愛げに引っ張るがその力はシンドバットが逃げきれないほどだ。
「逃れられぬ運命か…」
♢シンドバットは体の力を極限に保ちベッドに座る。引っ張る葉に全力で抵抗していた。しかし、耐えきれず結局彼はベッドの中に引きずり込まれてしまった。
「っ……!」
♢二人はパッと見て添い寝しているだけのように見えるが、しっかりと葉に体をがっつりとホールドされており抜けられない。苦笑し諦め力を抜く。すると葉も力を弱めた。
「あのさ…」
「ん?どうした」
♢タイヨウは声をかける。疲れきっているのか声はか細く力が入っていなかった。シンドバットはどうしてそう冷静に居られるのか、少し彼女を心配しているが決してそれを口には出さない。例えそのその気持ちが筒抜けであったとしても。
「優しいよね…」
「辞めてくれよ、恥ずかしい」
「バットはめっちゃ優しいよ」
♢葉もそれに同感している。それ以降タイヨウは口を開けず、葉は鼾をかく。シンドバットも眠ろうとしたが頭痛と鼾と手紙のことが頭から離れずなかなかに寝れそうにもなかった。普段は疲れきって眠ってるせいか大して気にならなかった葉の鼾もここまで来ると爆音兵器と言わざるを得ない。「明日はどうしようかね」軽く一言漏らし、意識を保ったまま体は朽ちていく。
♢……。
ーーガタッーー
♢何かが転がるような音に肩が跳ねる。手紙の期日は2週間後、来たとは思えない。今現在家の中には全員揃っているので手紙の送り主が候補に挙がる。シンドバットは冷や汗を流し木刀を握る。
♢心拍数が格段に跳ね上がり恐怖が脳を焦がす。だが覚悟を決め下の階へ駆け、音のする方へ向かう。しかしそこには誰もいない、確認のため各部屋を調べていると両親の寝室に違和感を感じ闇を必死に覗こうと目を細める。
「何してんだ?」
♢シンドバットは鋭くそちらを見つめ睨む。すると奥の影が小さく動く。彼は瞬時に木刀を強く握り締め詠唱を始める。
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My suppose is constructed in my furnace
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♢木刀は強化され真っ黒に染まる。シンドバットは強化ですらも周りの魔術師とはまた異質なものを持っていた。通常、強化では目に見える変化は起こりえないのだが彼の強化は万物を一時的に黒く変色させる。しかし他の強化と効力自体はさほど変わりなく特別強いという訳でもない。
「兄貴ちょっと待て」
「!?」
♢聞き慣れた声、それによりシンドバットは安堵の息を漏らす。その暗がりから出てくるのは末っ子である三男の中学一年、レイブラットだ。彼は強化魔術に秀でており木の枝を鉄柱並の硬度に上げることができケンドーというムサシの独自の戦闘技術を習っている。
「レイか…」
♢なんでそんな警戒をしているのかすら分からないレイブラットは返し忘れた交通系ICカードを返しに来たという理由で親の寝室に来たらしく臨戦態勢の兄に「さっきの事件の犯人と勘違い?俺の趣味はもっといいよ」と言い笑った後部屋に戻る。シンドバット安心したのか自室に戻り葉の隣で眠りにつく、一先ずの安心感で彼は眠りにつくことができた。♢
すこしこっちは遅れますね