雨の帰路
帰る際呟いた『雨の帰路』と天候具合から思いつき、駐車場に着いた車内ですぐ書きました。
昼頃から時折ぐずついていた天候は、十八時をまわった頃から本降りになり、十分に一回は雷が降る荒れ模様と化した。
私はそんな時間に終業し、今帰路の途中だ。
フロントガラスを雨がノックして視界を歪め、ビビり気味なワイパーが猛然と往復し、雨を払いのけ仕事を果たす。
車内は雨独特のロードノイズ、腹下直管のお世辞にも静かとは言えない排気音、それに負けないようにボリュームを上げたスマートフォンから流す音楽、時折の闖入者雷。なんとも素晴らしい仕上がりである。
国道裏の川沿い道を、居ないはずのネズミ取りに怯えながら法定速度。
今思うと、あの車検を通過できるか怪しい光量でよく気付いたと思うが、道の端に人がヒッチハイカーがよくするポーズで立っていた。
私は『雨の日なのに大変だな』とゆう同情と、『ヒッチハイカーを乗せてみたい』とゆう小さな夢と好奇心から車を止めることにした。そして、それを後悔した。
私が止まった事に気付いて近づいて来て、丁度助手席の窓を開ける最中に覗き込んできたそれは、創作物から飛び出してきたような美しい少女で、制服と思わしき格好であった。
喜びがなかっと言えば嘘だが、どちらかと言うと『未成年者略取』『美人局』『後日虚偽によって貼られる性犯罪者のレッテル』これが頭を占めていた。
「こ、こんな本降りにどうしたんですか?」
年下の少女相手に震えた声で尋ねるとはなんとも笑い種だが、あの時の私は努めて冷静でいようとして、その実緊張の塊だった。
「帰るあてをなくした。出来れば乗せて欲しい」
少女は言葉遣いこそぶっきらぼうだが、ふわりとした柔らかい不思議な声音に込めた感情が、努めて誠実にお願いしているのを理解させた。
私は実に簡単な男で、あんなに不吉な予感でおののいていたクセに、いざお願いされると二つ返事で了承した。
車内に親以外の女性が乗るのは始めてでは無いかと、阿呆な感慨を持ちながら走り出す。
幸い私の帰路と方向が同じだったので、多生の縁がもたらした多少の寄り道になるだろう。
「これ、いい曲だね」
ポツリと少女が言う。
帰路の初めからリピートで流し続けていた曲は、私個人が『日本一有名な音声合成ソフト』と思っているソフトの、姉妹品がデビューしてから二年ほど後の曲である。
曲自体に雨は全く関係ないが、何故か雨に合うと思った気まぐれでリピートしていた。
そして、私は少女への返答が対して紡げず、なんともお粗末な会話力を晒した。
「ここでいいよ」
またポツリと少女が言う。
そこは少女拾った川沿いから国道に出て、東側に進み、二つ目の市町村境界線辺りだった。
はて、この辺りに民家なぞ有っただろうかと思っていた私は気が付かなかった。雨が止んでいたいたことに。
「ありがとう。礼はなにがいい?」
少女は聞く。一瞬邪な考えがよぎったが、それこそ創作物の中だけと振り払い、私は何も要らない事を伝えた。
「そう。ならこれだけ貰って」
少女は制服の胸ポケットから石のような物を取り出して、私の手のひらに握らせた。
少女の手の感触に動揺して固まった私は何も言えずただ、渡されるがままだった。
そして少女は降りた。
数秒経ってから動揺から回復した私は渡された物を見た。光っている石のような物。中で雷が断続して多数降っているように光っている。
私に宝飾品の価値は分からなかったが、なにか尋常ならざるものな気がして少女に返そうと思い泡を食ったように降りた。
歩道を行く後ろ姿の少女に話し掛ける私。この時やっと雨が止み、風だけが吹いていることに気付いた。
少女が振り返り一言。
「いい曲が聞けていいドライブだった、ありがとう」
雷が降った。目の前で降ったのではと思うほど眩しく、視界と意識が塗り潰された。
あれから私は、運転席で目覚めた。しかもなぜか自宅の駐車場だった。
てっきり夢でも見たのかと思ったが、手にあの石のような物を握りしめていた。
そしてその時気付いたのだが、助手席は濡れて居なかった。
これが私に訪れた、不思議話の顛末だ。