第九十三話 内に秘めた憎しみ
陸丸達は、ある異変に気付いていた。
それは、朧が、寺院のどこにもいないという事だ。
くまなく探したのだが、朧の姿は見当たらない。
いつの間にか、外に出たようだ。
焦燥に駆られた陸丸達は、地下牢から出てきた九十九にこの事を告げた。
「朧がいない?本当か?」
「ほ、本当でごぜぇやす……」
陸丸達は、何度も探したのだ。
だが、どこを探しても、本当に朧は、見つからなかった。
九十九も、朧が、外に出てしまった事に気付いたのであった。
「すまぬ、わしらが、もっと早く気付いていたら……」
「朧殿が、いなくなる事はなかったでござるよ……」
陸丸達は、自分達を責める。
もし、朧の側にいたら、もっと早く、朧がいない事に気付いていたら、このような事にはならなかったであろう。
そう思うと、自分達が、情けない。
こう言う時にこそ、寄り添うべきだったのだと。
落ち込む陸丸達に対して、九十九は、頭を撫でた。
「お前らのせいじゃねぇ。こうなったのは、俺に責任がある」
朧がいなくなった事を聞かされた九十九も、自分を責めていたのだ。
朧の側にいてやるべきだったと。
「お前らは、瑠璃達にこの事を伝えてこい。俺は、朧を探してみる」
「わ、わかったでごぜぇやす!」
九十九は、瑠璃達に朧がいなくなった事を告げるようにと陸丸達に頼み、陸丸達は、慌てて、瑠璃達の元へと走っていく。
九十九も、走りだし、峰藍寺を出て、朧の元へと急いだ。
――どこへ行きやがったんだ!朧、頼むから、無事でいろよ!
九十九は、不安に駆られていた。
朧は、千里の元へ向かったのではないかと。
真相を確かめに。
九十九は、気付いていたのだ。
朧が、未だ、千里が柚月に呪いをかけた事を信じられずにいた事を。
当然だ。
朧は、千里の相棒だ。
受け入れられるはずがない。
やはり、朧に告げるべきではなかったと後悔し、焦燥に駆られた。
朧の気配を探りながら、朧の元へと急いだ。
ついに、千里が、本性を明かしたのだ。
自分が、柚月に呪いをかけたと、明かして。
もはや、朧は、否定することさえできなくなっていた。
「なぜだ……なぜこんなことを……」
朧は、千里を問い詰める。
こぶしを握り、体を震わせながら。
怒りがふつふつとこみ上げてくるのが朧には感じられる。
それほど、許せないのだ。
千里の事を。
「信じてたのに……俺は、信じてたんだぞ!」
朧の怒号が響き渡る。
朧は、千里に裏切られた感覚に陥っていた。
ずっと、仲間だと思っていた千里。
それなのに、なぜ、このような事をしたのか。
朧は、未だ理解できなかった。
責められ、追い詰められた千里は、瞳に憎悪を宿し、朧をにらんだ。
「信じてた?なぜ、信じられる」
「え?」
今度は、千里が、朧に問いただす。
なぜ、こんな自分を受け入れ、信じられたのか。
千里も、理解できなかったからだ。
だからこそ、朧に問いかけた。
だが、朧は、動揺したのか、答える事はできなかった。
「知ってるんだろ?餡里が、どんな目に合ったのか」
千里は、さらに、疑問を朧にぶつける。
餡里に、どのような過去があったのかを。
朧も餡里について調べ、知ってしまった。
聖印一族が、餡里にどんな仕打ちをしてきたのか。
それゆえに、餡里の気持ち、餡里が聖印一族を憎んでいる理由を理解したのだ。
それゆえに、千里は問いただした。
これでもまだ、千里がしてきたことを理解できないのかと言うかのように。
朧は、言葉を失った。
だが、千里は、続けた。
今まで、溜め込んできた怒りを朧にぶつけるかのように。
「五百年前、俺は、元々人の姿をした妖じゃない。龍の姿をした妖だった。餡里は、混血人として生まれたんだ。けど、そのころは、混血人は、受け入れられない存在だった。そのせいで、餡里は忌み嫌われてたんだ。見てて辛かった……」
五百年前、妖であった千里は、安城家に憑依する妖として、聖印京にいた。
道具のように使役されていた千里は、聖印一族を受け入れる事はできなかったが、一部の人間を受け入れていた。
それは、千里の主であり、餡里だ。
彼らは、千里を忌み嫌うことはなかったからだ。
道具ではなく、相棒として、仲間として、千里を迎え入れてくれた。
だからこそ、千里は、彼らの優しさを受け入れた。
それ以来、ずっと、千里は、見てきたのだろう。
混血人として生まれたせいで、周囲から蔑まれ、疎まれてきた幼い餡里を。
その度、涙を餡里は、流していた。
何もしてあげられず、千里は、悔やんでいたのであった。
「それに、餡里は、真城家の聖印能力しか発動できなかったんだ。それも、変化で来たのは、妖刀だ」
「妖刀……。そうか、あれは、千里が、妖刀に変化できたのは……」
「餡里の真城家の聖印能力を吸収したからだ」
妖である千里が、妖刀に変化できる理由は、餡里の聖印能力を吸収したからだ。
つまり、元々は、餡里の能力だった。
「妖刀なんか、誰一人扱えやしない。役立たずだって、あいつは、罵倒された。あいつが、悪いわけじゃないのに」
妖刀を扱える人間は、いなかった。
聖印一族でさえも。
それゆえに、餡里は、さらに疎まれてしまった。
なぜ、妖刀にしか変化できないのか。
餡里は、役立たずだと。
餡里だって、好き好んで混血人として生まれたわけではないし、妖刀に変化する能力を得たわけではない。
全ては、偶然だ。
そのため、千里は、餡里の気持ちが痛いほど伝わり、理解していた。
「けど、あいつは、覚醒した。蓮城家の聖印能力を発動できるようになったんだ。あいつは、二重刻印をその身に宿してたんだ。まぁ、親が、二重刻印のことについて知らなかったから、隠してたらしいけどな」
だが、あることをきっかけに、餡里は、もう一つの能力、連城家の聖印能力を覚醒させ、発動したのだ。
実際は、餡里は、真城家と連城家の二つの聖印、二重刻印をその身に宿していた。
だが、二重刻印の真実を知らない両親は、周囲に気付かれないように、ある術を使って、真城家の聖印だけ見えるようにし、二重刻印を隠していたのであった。
つまり、全ては、身勝手な両親のせいで、餡里は、疎まれることとなった。
だが、餡里にとっては、どうでもよかった。
なぜなら、二重刻印は、強い力を発揮できたためだ。
二つの聖印を駆使することができるのは、餡里のみ。
それゆえに、周囲は、手のひらを返すように、餡里に優しく接するようになった。
「あいつは、幸せそうだった。必要とされ始めたんだ。当然だよな。なのに……それなのに……」
二重刻印を持つ者だと知らされた餡里は、一番幸せそうだった。
必要とされていると感じていたからなのであろう。
餡里の様子をうかがっていた千里も幸せな気分に浸っていた。
本当によかったと。
だが、幸せは、長くは続かなかった。
思い返したのか、千里は怒りが、こみ上げてくる。
聖印一族を許せなくなるほどに。
「あいつらは、力欲しさに、欲望のままに、餡里を三重刻印を持つ者にさせようとしたんだ!」
千里は、今でも覚えている。
嫌がっている餡里を無理やり、実験の被験者にし、強引に聖印渡しの術を発動したことを。
彼らのしたことは、千里は今でも許せなかった。
それゆえに、その怒りを朧にぶつけるように叫んだのであった。
「あいつらのせいで、安城家の聖印を取り込んだ餡里は三重刻印をその身に宿して、暴走した。同じ実験の被験者になった奴らは、全員妖人になったんだ。餡里を除いてな」
身勝手な大人達のせいで、餡里は被験者となり、三重刻印をその身に宿すことになった。
実験は、無事に成功したかに思われた。
だが、悲劇は、起こった。
実験の被験者になった人間は、全員妖人となってしまった。
そして、餡里も、無理やり千里を憑依させることになり、聖印の暴走が起こってしまった。
「俺は、餡里に憑依させられ、暴走した餡里を止めた。けど、完全には止められなかった。俺は、餡里の記憶と真城家の聖印を取り込んだ。それが、今の俺だ」
暴走し始めた餡里を止めたのは、千里だ。
妖気を発動して、餡里の聖印を無理やり引きはがそうと試みた。
そうすることで、餡里を助けようとしたのだ。
千里のおかげで、餡里は、妖人にならずに済んだ。
だが、その結果、千里が、餡里の記憶と真城家の聖印を取り込んでしまい、千里は、人の姿、餡里と瓜二つの顔を持つ特殊な妖人となってしまった。
「餡里は、助かったが、事件を起こしたとみなされて、聖印一族から、隊士から終われる身となったんだ。俺は、許せなかった。なんで、餡里が、こんな目に合わなきゃならない!」
語り始めた千里は、怒りを止める事はできそうにない。
ずっと、溜め込んでいたのだ。
当然だろう。
餡里は、何も悪くないというのに、反逆者扱いされて、処刑される身となって、追われた。
このような事を許せるはずがなかった。
「全部、お前達のせいだろう!」
千里は、全ての怒りを朧に粒けるかのように叫んだ。
これには、さすがの朧も、言葉が出てこなかった。
餡里のことを思えば、反論できるはずがない。
千里は、さらに、話を続けた。
「だから、俺は、妖刀となって、一族を殺してやったんだ。まぁ、結局は捕らえられて、封印されたけどな。餡里は、本堂の地下に。俺は、地獄にな」
「本当に、地獄に封印されていたのか……」
当時、千里は、聖印一族を許すことは、できなかった。
それは、餡里もだ。
それゆえに、二人は、結託して、追いかけてきた聖印一族を、隊士達を皆殺しにした。
そして、大罪者扱いされて、千里と餡里は、捕らえられ、封印され、眠りについた。
五百年もの間。
「そうだ。五百年後、俺は、目覚めた。そして、柚月を刀で刺して、呪いをかけた」
「なぜだ?」
朧は、千里に問いかける。
餡里と千里の怒りは、十分に分かった。
だが、だからと言って、なぜ、柚月が呪いをかけなければならない。
それは、許されることではない。
朧には到底理解できなかった。
「……餡里を取り戻すためだ」
千里は、答えた。
全ては、餡里の為だと。




