第七十九話 凶器を捕らえて
朧達の前に突如、餡里が現れる。
瑠璃を人質にするかのように、瑠璃の行動を奪ってしまう。
なぜ、餡里が、ここにいるのか、朧達には、理解できない。
なぜ、ここで、餡里を封印しようとしている事を、彼は、知ってしまったのであろうか。
いや、今は、そのような事を考えている場合ではないかもしれない。
瑠璃が、捕らえられてしまったのだから。
瑠璃は、抵抗できず、体が、硬直してしまった。
恐怖が瑠璃を支配する。
これほど、恐れたのは、瑠璃も初めてだ。
心の底から、死を恐れているのであろう。
「動かないでよ。動いたら、瑠璃を殺すから……」
「……っ」
餡里は、朧達を脅す。
朧達も、悟り、動くことさえ許されなかった。
これは、単なる脅しではない。
一歩でも動こうものなら、瑠璃を即座に殺すであろう。
餡里と言う男は、それほど、恐ろしい狂気を目に宿している。
何をするか、朧達も、予測不能だが。
だが、あきらめたわけではない。
各々が、術を使って、瑠璃を解放しようと試みる。
今度こそ、己の意思に従って。
だが、それすらも、許されなかった。
なぜなら、餡里に続いて、あの面をつけた三人の妖人達が、餡里を囲むように現れたからだ。
「妖人達まで……」
「これじゃあ、手が出せないっす……」
千里も真登も愕然としている。
妖人達が、餡里を守っている以上、うかつに手は出せない。
まさに、絶体絶命、お手上げ状態であった。
「何が、目的なんだ?瑠璃を離せ!」
「嫌だ」
柘榴が、我を忘れて、餡里に解放を懇願する。
だが、餡里が、それを承諾するわけがない。
柘榴の懇願をことごとく拒否してみせた。
目を大きく開け、口をひきつらせて、まさに妖のような笑みを浮かべてながら。
「安城家の娘は、僕にとっては、凶器だ。こうやって、僕を殺そうとするんだから」
安城家の娘は、その命を犠牲にして、地獄の門を封印し続け、挙句の果てには、自分を殺そうとまでしている。
それも、自分の命を犠牲にして。
まさに、瑠璃は、餡里にとって、驚異的であり、凶器であろう。
生かしておくわけがない。
瑠璃は、悟ってしまった。
今度こそ、自分は、死ぬのだと。
やはり、生きていいはずなどないのだと。
だが、餡里は、意外な言葉を口にした。
「でも、殺さないから、安心して。君は、利用価値がある」
餡里は、瑠璃を殺すつもりはないようだ。
瑠璃を利用するために。
何が、目的なのだろうか。
何をするつもりなのか。
朧達は、見当もつかなかった。
その事に気付いているかのように、餡里は、嘲笑う。
瑠璃を助けることすらできない無能な朧達を見下すかのように。
「じゃあね、この子は、もらっていくよ」
「待て!」
餡里は、瑠璃を捕らえたまま、跳躍し、妖人達と共にその場から逃げ去った。
朧は、瑠璃を助けようとするが、手につかむことすらできなかった。
遠ざかっていく餡里達。
だが、ここで、あきらめるつもりはない。
「瑠璃を追いかけるぞ!」
「へい!」
陸丸、空蘭、海親は、すぐに巨大化させ、朧は、陸丸の背に乗る。
陸丸は、地面をけって跳躍し、空蘭と海親は、飛びあがっていく。
朧達は、即座に、餡里達を追いかけていった。
瑠璃を救出するために。
だが、助けたいと願っているのは、朧だけではなかった。
九十九も、朧の後を追うように、地面をけり、跳躍した。
「九十九!」
柘榴は、九十九が、追いかけた事に気付くが、時すでに遅し。
九十九は、柘榴から遠ざかっていく。
柘榴は、状況を飲みこめないまま、呆然と立ち尽くしていた。
「柘榴、私達も追いかけましょう!」
「……」
美鬼は、柘榴に追いかけるよう促すが、柘榴は、反応がない。
ただ、呆然と見上げていたのだ。
柘榴の元から離れてしまった瑠璃のことについて、思考を巡らせて。
美鬼の声に気付かないまま。
「柘榴!」
「もう無理だよ……だって……僕は、どうしたらいいのか……」
美鬼が、叱咤するように叫ぶと、柘榴は、反応した。
だが、柘榴は、混乱しているようだ。
瑠璃が願ったから、ここへ連れてきたというのに、本心は、生きたいと願っていた。
その本心すら、気付くことができなかった柘榴。
さらには、餡里まで、ここへ現れ、瑠璃をさらってしまった。
自分が、気付けば、瑠璃は、さらわれることはなかっただろう。
柘榴は、自分を責めているのだ。
それゆえに、柘榴は、混乱していた。
どうすれば、正しいのかと。
だが、苛立ちを隠せない和泉は、柘榴を頬を思いっきりひっぱたいた。
「しっかりしな!あの子の兄なんだろ!」
「瑠璃は、生きたいって言ってた!だから、助けてあげたい!」
和泉は、姉のように柘榴を叱咤し、時雨は、懇願する。
和泉も時雨も、本心を隠すことなどできなかった。
瑠璃は、生きたいと願っている。
ならば、やるべきことは、ただ一つ。
助けに行くだけだと。
それでも、柘榴は、未だ、混乱していた。
すると、真登が、柘榴の前に出た。
「皆、先に行ってほしいっす。柘榴は、おいらが、説得するから」
「……わかりました」
真登は、ここに残って、柘榴を説得すると美鬼達に伝えた。
柘榴の相棒として、自分が、説得すべきだと考えたのだろう。
真登の心情を読み解いた美鬼は、すぐさま跳躍し、和泉と時雨は、黒猫と三つ目男となって、跳躍し始めた。
真登を柘榴に託して。
朧達と九十九は、餡里を追いかけた。
陸丸と九十九は、木の枝を伝いながら。
空蘭と海親は、上空を飛びながら。
だが、餡里は、見る見るうちに朧達から遠ざかっていく。
人間離れした速さで。
「引き離されるでごぜぇやす!」
「たぶん、妖を操ってるんだ。どうやってかは、わからないけど……」
朧の推測だと、餡里は、妖を操って跳躍しているのであろう。
餡里は、妖を憑依させている様子は見受けられない。
いや、ここで、妖を憑依させるとは思えない。
自分達を迎え撃つために、力は、温存しておくはずだから。
だとしたら、餡里は、妖を操っているに違いない。
そう思うと、本当に、餡里は、驚異的で厄介な人物だと朧は、舌を巻いた。
「このままだと、見失うな……」
「けど、場所ならわかるぜ」
「え?」
このままだと引き離され、見失ってしまう。
そうなれば、餡里達の居場所を特定することなどできないだろう。
千里は、歯噛みする。
だが、九十九だけは、余裕の笑みを浮かべて、わかると告げた。
「九十九、どうやってわかるのじゃ?」
「野生の勘って奴だ」
「野生の勘でござるか?」
餡里がたどり着く場所をどうやって特定したのか、尋ねた空蘭。
九十九曰く、野生の勘だという。
海親は、驚きつつも、あきれていた。
そんな事で、わかるものなのかと。
だが、あり得ないことはない。
九十九なら、野生の勘で、特定することは、可能であろう。
長年共にしてきた朧だからこそ、九十九を信じていた。
「あの先にあるのは、楼霊塔だ。安城家の奴らが、根城にしてたらしいぜ」
九十九が言うには、直進すれば、楼霊塔と言う塔が、あるらしい。
その塔は、かつて、安城家が根城にしていた場所だ。
だが、それも、今は、昔の話。
柘榴が、安城家を根絶やしにして、瑠璃達を連れて、逃亡したあとは、廃墟も同然と言ったところだ。
「そうか、自分達の根城に連れ行けば、場所を特定されてしまうからな。楼霊塔なら、今の瑠璃の精神を揺さぶることだって簡単なはずだ」
「ちっ。まじ、悪趣味な野郎だぜ」
九十九の説明を聞いた朧は、察知する。
餡里は、自分達が、追いかけてくることは、予想しているはずだ。
だとしたら、自分達の根城へ向かうはずがない。
引き離して、見失ったとしても、朧達は、何らかの方法を使って、たどり着く可能性もある。
と考えれば、この先にある楼霊塔へ向かっているはずだ。
楼霊塔は、瑠璃にとって、悲しい思い出しかない。
思いだしたく無い過去が残っているはずだ。
瑠璃の精神を揺さぶって、逃さないようにすることなど、安易というわけだ。
本当に、餡里は、恐ろしい男だ。
九十九は、餡里に対して、嫌悪感を抱いた。
餡里が向かっている場所が楼霊塔だと確信した朧は、二つの札を取り出し、陰陽術を発動すると、二つの札は、光を纏って、空を駆け巡った。
「柘榴と、和巳達に伝えておいた。これで、皆、追跡できるはずだ」
「お、おう」
朧の即座の対応に九十九は、動揺しているようで、朧をじっと見ていた。
「何?」
「い、いや、たくましくなったなって……」
九十九の視線が気になったのか、朧は、尋ねる。
九十九は、感じていたのだ。
見ない間に朧は、たくましくなったと。
九十九は、幼い頃から朧と共に過ごしてきた。
弱弱しかった朧が、これほど、強く成長したことに、驚きを隠せないのであろう。
「そりゃあ、鍛えたからな。二人に会いたくて……」
「……」
朧はついつい、本音をこぼしてしまう。
朧が、鍛えたのは、二人に会うためであった。
九十九は、言葉を詰まらせる。
朧が、強くなった事に、喜びを感じつつも、複雑な感情を抱きながら。
「皆、行くぞ!」
「へい!」
朧達は、急いだ。
楼霊塔を目指しながら。
餡里達は、瑠璃をさらってとある場所に来ていた。
そこは、九十九の読み通り、楼霊塔であった。
無人になった塔は、あちこちが、ボロボロになっている。
本当に廃墟のようであった。
「ここは……楼霊……塔……?」
そんな廃墟の塔であっても、瑠璃は、わかったようだ。
目に映っている塔は、楼霊塔であり、かつて、幼い頃に幽閉されていた忌々しい場所であることに。
「へぇ、覚えてるんだ。君がかつていた場所で、君の一族が、皆殺しにされた場所だって……」
瑠璃は、背筋に悪寒が走り、体を震え上がらせてしまう。
まるで、過去の記憶がよみがえったかのように。
だが、瑠璃が、体を震え上がらせたのは、餡里に心の傷をえぐられたからではない。
その塔の最上階の中に入った瞬間、見てしまったからだ。
無数の朽ちた白骨と血の跡を。
まだ、異臭が漂っているようにも感じる。
瑠璃の過去を思いださせるかのように。
楼霊塔は、柘榴が、一族を皆殺しにして、置き去りにしたままだ。
時が止まったかのように思える。
餡里は、瑠璃を放り投げ、手首を縄で縛る。
だが、瑠璃は、精神を揺さぶられ、逃げることすら、忘れてしまっていた。
「下で待機してろ。朧達を殺せ。けど、千里は、殺すな」
「了解した」
餡里に、命じられた妖人達は、すぐさま、下へと降下する。
これから、ここに来るであろう朧達を迎えうち、殺すために。
「さて、どうして、僕が、君を生かしてさらったのかって顔してるね。答えは、簡単だよ」
倒れ込む瑠璃に対して、餡里は、覗き込み、瑠璃に、殺さず、ここへ連れてきた理由を明かした。
狂気を笑みを浮かべながら。
「朧達をおびき寄せて、殺すためさ。そして、千里を奪う。この手でね!」
餡里は、千里を奪う事をあきらめてなどいなかった。
千里を洗脳している朧を殺し、千里を元に戻すためだ。
「君は、そのための餌だ。でも、安心して、朧を殺せたら、殺してあげる。二人一緒にあの世行きだ!」
瑠璃は、体を震え上がらせる。
声を出そうにも、恐怖で出ない。
自分のせいで、朧達は、殺されてしまうのだと絶望しているためだ。
瑠璃は、涙をこぼし始める。
無力な自分を呪いながら。
「さあ、来い。朧……」
餡里は、狂気を宿しながら笑みを浮かべていた。
朧が千里を連れて、来ることを待ち遠しく思いながら。




