第六十一話 残酷な答え
「あいつが……九十九?」
言葉を失いかける千里。
当然だ。
朧達の前で正体を現した男は、九十九なのだから。
彼の姿を見た陸丸達も、愕然とする。
彼らは、知っているからだ。
九十九が、どういう人物なのかを。
命を削ってまで、朧の呪いを解いた親友であることを。
そして、聖印京を、人々を救ったとたたえられている人物であることを。
その彼が、今、千里に牙をむき、朧の前に立っている。
それも、聖印一族を滅ぼすと宣告した瑠璃達の仲間となって。
「つ、九十九って……朧が、探していた妖狐でごぜぇやすか!?」
「そうだ……。俺の目の前にいるのが……俺が、探していた九十九だ……」
陸丸が、信じられないと言わんばかりの様子で、朧に問いかける。
信じたくないのだ。
目の前にいるのが、朧の親友だと。
だが、朧は、冷静に答える。
彼こそが、朧が、ずっと、探していた九十九である事を。
「な、なぜ、安城家の人間といるのじゃ!?」
「そ、そなたは、聖印京を守ったのでござろう!?それなのになぜ……」
空蘭と海親は、九十九に問いただす。
彼らも、信じたくなかった。
だからこそ、理由があるのではないかと、望みをかけるように問いただしたのだろう。
だが、九十九は、彼らの問いに答えることなく、彼らをにらみつける。
猛獣のごとく。
「てめぇらには、関係ねぇ。言うつもりなんてねぇからな」
「千里を殺そうとしたこともか?」
「……」
九十九は、答えるつもりなどないようで、陸丸達に対して、冷たく言い放つ。
なぜ、瑠璃達の仲間となって、一族を滅ぼそうとしているのか。
続けて朧が、問いかけるが、彼の問いに九十九は、黙る。
答えるつもりは、本当にないようだ。
なぜ、千里を殺そうとしているのかさえも。
九十九は、意を決したように、朧に対して、刃を向けた。
九十九の愛刀である妖刀・明枇を。
「朧、そこを退け。俺はそいつを殺す」
九十九は、朧に命じるように告げる。
本気で、千里を殺そうとしているようだ。
陸丸達は、千里をかばうように、前に出る。
朧も、一歩も動こうとはしなかった。
たとえ、親友に刃を向けられても。
彼によって、斬られたとしても。
「……退くつもりはない。どうしてもって言うんなら……」
朧も、意を決したように、紅椿を九十九につきつける。
千里を守るために、朧は、親友に刃を向ける覚悟を決めたのだ。
「力づくで、来い!」
「ちっ。なんで、そうなるんだよ……」
本当は、九十九と戦いたくない。
こんな形で、会いたくなかった。
朧の心が叫びそうになる。
だが、本心を押し殺して、朧は、叫ぶ。
九十九を威嚇するように。
だが、それは、九十九も同じようだ。
当然であろう。
九十九にとって、朧は、親友だ。
それは、今も変わらない。
親友に刃を向けたくなどないのであろう。
朧とは、反対に、本音が漏れてしまう九十九。
朧と戦わなければならない事を、残念に思っていた。
だが、その時であった。
「きゃあああああっ!」
「っ!」
遠くから悲鳴が聞こえる。
それも、聖印京の方からだ。
朧も九十九も、驚愕し、聖印京の方へと視線を向けた。
「な、なんでごぜぇやすか!?」
「聖印京の方から、聞こえたぞ!?」
陸丸も空蘭も、驚いているようだ。
聖印京で何かが起こっているに違いない。
「まさか、あの面の男か、安城家の人間が……」
「いや、違う。あいつだ……」
悲鳴が起こった原因は、面の男か、瑠璃達のどちらかだと考える海親。
だが、九十九は、それを否定する。
瑠璃達ではないと確信しているようだ。
九十九は、朧達に背を向け、聖印京へと走り始めた。
「九十九!」
朧は、九十九の名を呼び、追いかけようとするが、時すでに遅し。
九十九の姿は、一瞬のうちに遠ざかり、入り組んだ森の中へと消えてしまった。
朧は、歯噛みし、複雑な心境をのぞかせる。
だが、今は、悲しみに打ちひしがれている場合ではない。
朧は、振り返り、千里の元へ歩み寄った。
「千里、大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
朧は、千里の身を案じるが、どうやら、その心配は必要ないようだ。
九十九によってつけられた千里の傷は、完全に癒えている。
海親の能力で、傷は、治ったようだ。
千里は、万全の状態になったと言っても過言ではないだろう。
千里の無事を安堵した朧は、振り返り、聖印京へと視線を移した。
「俺達も行くぞ!」
「へい!」
陸丸が、巨大化して、朧、千里を乗せて走りだす。
空蘭と海親も、陸丸と同様に巨大化し、上空から移動を始めた。
陸丸は、素早く、森の中を駆け巡った。
――やっぱり、九十九は、いないか……。でも、どうして……。
朧は、九十九の事が頭をよぎっているようだ。
真実を知りたい朧であったが、九十九は、答えてくれそうにない。
おそらく、答えられないのであろう。
何か理由があって。
九十九は、そう言う男だ。
かつて、椿を殺してしまった理由も頑なに話そうとしなかった。
自分の命を代償に朧の呪いを解いていた事も。
自分一人で、背負い込んで。
九十九が、答えられないのは、柚月に関することではないか、朧は、そう、考え、不安に駆られていた。
「朧」
「どうした?陸丸」
「もう少し、速度をあげてみるでごぜぇやすよ」
「え?」
「そうすれば、九十九に追いつけるかもしれねぇでごぜぇやす」
「陸丸……」
陸丸は、朧の心情を読み取ったのか、九十九に追いつこうとしているようだ。
今、陸丸は、最速で森の中を駆け巡っている。
それでも、自分の限界を超えてまで、九十九に追いつき、何がなんでも答えを聞きだすつもりなのだろう。
朧の為に。
彼の気づかいを朧は、感じ取っていた。
「何なら、わしらが、先回りして、足止めしてやろうか?」
「九十九殿とちゃんと話さないといけないでござるからな」
空蘭と海親も、陸丸と同じ気持ちのようだ。
朧と九十九が、ちゃんと向き合えるようにと考えているらしい。
また、陸丸達に支えられた朧。
胸が熱くなりそうだ。
彼らの支えを受け取り、朧は、答えた。
「ありがとう……皆……。でも、このまま、聖印京へ向かう」
朧が、出した答えは、聖印京へと向かう事だ。
今は、何が起こっているのか、知るべきだと考えたようだ。
九十九の事も知りたいという、気持ちを抑え込んで。
「……へい!」
朧の答えを受け取った陸丸は、うなずく。
自分よりも、他の人間を最優先させたいという答え。
朧らしく、優しい答えであり、残酷な答えだ。
自分の気持ちを押し殺しているのが、目に見えて分かるのだから。
それでも、陸丸達は、朧に従う事を決めた。
これも、朧の為だと考えて。
「皆、このまま、突っ切るぞ!」
朧達は、聖印京へと急いで向かった。
朧達は、聖印京へとたどり着き、屋敷の屋根へと飛び移りながら、鳳城家の屋敷の前へと降り立つ。
だが、その時、朧は、信じられない光景を目にしてしまった。
「これは……」
朧が、目にしたのは、倒れている隊士達だ。
それも、一人、二人ではない。
十人以上は、倒れている。
自分達が、いない間に、何があったのであろうか。
「面の男が、やったのか……」
「違う……あいつじゃない……」
「千里、何かわかるのか?」
「あ、ああ。妖の類だ」
「妖が……こんな事……」
どうやら、この状況は面の男が、原因ではないらしい。
妖がやったと、千里は、感じているようだ。
だが、妖だけで、隊士達を気絶させられるとは、到底思えない。
誰かが、裏で糸を引いているのではないか。
朧は、そう、予想していた時であった。
「あ、朧様……」
「どうされたんですか?」
女房が、怯えながら、朧の元へと駆け付ける。
彼に助けを求めるように。
朧も、彼女の元へ、駆け付け、尋ねた。
すると、誰もが予想できない残酷な答えが、朧達を待っていた。
「か、和巳様が……ご乱心を……」
「え?」
女房が言うには、和巳が、乱心したと言っているのだ。
それを聞いた朧は、悟ってしまう。
この状況は、乱心した和巳がやったのではないかと。
朧は、否定したいところであろう。
和巳は、そんな事をする人間ではないと。
だが、現実と言うのは、時に残酷だ。
否定したくても、否定できない事実が待っている。
九十九と再会した時のように。
朧の悪い予感は、当たっていた。
和巳は、四季で、隊士達に襲い掛かり、気絶させていたのだから。
目的もわかっていないが、これだけは、はっきりとわかる。
和巳の目は、生気を失っている。
妖に憑りつかれているようだ。
そんな和巳を食い止めるべく、黒猫に変化していた和泉と三つ目男に変化委していた時雨が、和巳と交戦状態に入っていた。
和泉は、元に戻っているが、時雨は、三つ目男に変化したままだ。
和巳と戦うには、その方がいいと判断したのであろう。
と言っても、相手は、妖ではなく和巳。
和泉と時雨は、彼を傷つけてはならないと考えているらしく、本気を出すことができず、苦戦を強いられていた。
「手ごわいねぇ」
「本当にな」
妖に憑りつかれている和巳は、最大限の力を発揮して、彼女達に襲い掛かっているようだ。
容赦なく、襲い掛かる和巳に対して、和泉と時雨は、舌を巻いた。
「こいつは、厄介だね……」
「邪眼も、効果がない。さて、どうするか……」
時雨は、邪眼・暗示を発動して、和巳を動きを止めようとした。
だが、効果は、不発に終わってしまう。
邪眼では、和巳を解放できなかったようだ。
和泉も、麗線を駆使して、和巳を拘束しようとするが、和巳は、いとも簡単に麗線を切り裂いてしまう。
それも、妖気を発動して。
このままでは、和巳は、完全に妖へと変わってしまう。
なんとしてでもそれは、止めなければならない。
だが、和巳は、容赦なく、和泉に襲い掛かってきた。
「和泉!」
和巳は、四季と妖気を駆使して、和泉に襲い掛かったため、二人の反応がわずかに遅れてしまう。
妖気を纏った四季が和泉を捕らえた。
だが、和泉は、傷を負うことはなかった。
なぜなら、間一髪で、九十九が駆け付け、妖刀・明枇で、四季をはじいたからであった。
「つ、九十九!」
九十九が、姿を現し、和泉と時雨は、驚愕する。
だが、驚いているのは、九十九が、駆け付けたことではない。
九十九が、布を外して、正体を現したことであった。
「なんで、あんた、布を……」
「……知られちまったからだ。朧に」
和泉は、九十九に尋ね、九十九は、答える。
一番、知られたくない人物に気付かれてしまったからだ。
自分の正体を。
瑠璃達が、正体を現していく中、自分だけは、このまま正体を隠し通すつもりであった九十九。
それは、朧を傷つけまいとしての行動だ。
朧が、正体を知らずに、敵として、自分と対峙してくれるようにと。
だが、朧は、気付いてしまった。
自分が、九十九であることを。
それにより、悔しさを感じる九十九。
だが、感傷に浸っている場合ではない。
今は、和巳を食い止めなければならなかった。
「和泉、時雨、下がってろ。こいつは、俺がやる!」
九十九は、和巳に対して、明枇を向けた。
まるで、何か覚悟を決めたかのように吼えながら。




