第六十話 彼の妖気をたどった先に
朧達は、千里を探すために、裏門を通って、外に出ている。
どうやら、朧達は、千里が外に出たと踏んだらしい。
外に出て、森へと入った朧達は、分かれて探すこととなる。
朧は、千里を探すが、千里の姿は、どこにも見当たらなかった。
「いない……。どこに行ったんだ?」
朧は、周囲を見回すが、千里の姿はない。
妖気を探り当てようとするが、わずかに感じられるだけで、どこにいるのかは、特定できず、千里の妖気とも確定することもできない為、千里を探す手掛かりとは、なっていない。
朧は、焦燥に駆られ始めた。
「朧!」
「陸丸!」
陸丸が、朧の元へと戻ってくる。
朧も、陸丸の元へと駆け寄った。
「どうでごぜぇやしたか!?」
陸丸が、朧に尋ねるが、朧は、残念そうに首を横に振った。
「見つからない。陸丸の方は?」
「あっしもでごぜぇやす」
朧も陸丸に尋ねるが、陸丸も、残念そうに答える。
どうやら、陸丸も、見つけられなかったようだ。
空蘭と海親が、空から探している為、彼らが見つけてくれることを祈るしかなさそうであった。
「まだ、遠くには行ってないと思うんだけど……」
妖気を近くに感じるという事は、遠くにはいないようだ。
だが、近くというわけでもないらしい。
早くしなければ、千里は、遠ざかってしまうが、この入り組んだ森の中で探そうにも見つける事は至難の業だ。
かといって、慎重になって探してなどいられない。
朧は、ますます、焦燥に駆られていた。
「聖印門から、出たってことはないでごぜぇやしょうか?」
「それはない。あいつは、目立つから、見つからないように、裏門から外に出たと思うんだ」
陸丸は、聖印門から出た可能性があるのではと尋ねるは、朧は、それはないと断定する。
千里は、妖だ。
あの恰好では、どう考えても目立ってしまう。
誰にも知られないように外に出るには、裏門から出た方が得策だ。
それに、もし、本当に聖印門から出たというならば、目撃情報が出るはずだ。
屋敷では、そのような情報はなかった。
だとすれば、裏門から出たであろうと朧は、推測していた。
「しかし、なぜ、外にいると思ったんですかい?」
陸丸は、もう一つ気になっていたことがある。
なぜ、千里は、屋敷にはいないとわかったのか。
なぜ、外に出たと推測したのか。
そう推測した理由を朧は、陸丸に説明した。
「……屋敷の中に妖気を感じられなかったからだ」
「千里の、ですかい?」
「うん」
朧が推測した理由は、千里の妖気を感じられなかったからだ。
最初に目覚めた時は、千里の妖気は感じられた。
眠っていた為、少し弱弱しく感じられたのだが。
だが、勝吏と月読と別れ、千里に会おうとした時、すでに、千里の妖気は、感じられなかった。
とすれば、離れに千里はいないことになる。
だが、外に出たと推測した理由は、これだけではなかった。
「それに、千里が離れにいないってことは、屋敷にもいないって思うんだ。聖印京にいるとは思えない。騒ぎになりそうだからな」
もう一つの理由は、やはり、目撃情報がないという事だ。
もし、千里が、屋敷から出たのであれば、奉公人や女房が、自分や陸丸達に、知らせるであろう。
もしくは、勝吏や月読にだ。
だが、その情報はないと言える。
なぜなら、あの時の勝吏と月読は、冷静だったからだ。
もし、千里がいないと知らされていれば、困惑し、自分の元に来ることもなかったであろう。
と考えると、千里は、誰にも気付かれないように、聖印京の外に出たことになる。
これを踏まえて、朧は、千里は、裏門から聖印京の外に出たのだと確信したのであった。
と言っても、肝心の千里の姿は見当たらない。
森にいると、推測はしているが、確信は、得られなかった。
そんな時であった。
「朧!」
「空蘭!海親!」
空蘭と海親が、朧の元へ戻ってきた。
「どうだった?」
「さっぱりじゃ」
「どこへ行ったんでござろうか……」
朧は、空蘭と海親に尋ねるが、二人とも見つけていないらしい。
やはり、この入り組んだ森の中では、見つけるのは困難を極めるようだ。
手掛かりは、得られなかった。
「もう一度、妖気を探ってみる……」
朧は、目を閉じて、意識を集中させる。
妖気を探り当てるしかない。
焦る心を抑え、朧は、千里の妖気を探した。
――集中しろ。千里の妖気を探すんだ。どこかにいるはずだ。
朧は、集中して、千里の妖気を探し続ける。
千里が、この森にいると信じて。
陸丸達も、他の妖と遭遇しても、朧を守れるように、朧に背を向けて警戒している。
その時だった。
「っ!」
朧は、何かを感じ取ったのか、目を見開き、体が硬直している。
その表情は、何かを信じたくないと否定しているかのようだ。
朧の反応に気付いた陸丸達は、振り返り朧の元へ駆け寄った。
「お、朧?」
「どうしたでござるか?」
陸丸達は、朧の様子をうかがうように、上を見上げる。
だが、朧は、目を見開いたまま、動こうとも、話そうともしない。
一体、何があったのだろうか。
千里の身に何かあったのであろうかと、不安に駆られた陸丸達であったが、冷静さを取り戻そうと、朧が、震えながらも、話し始めた。
「いた……けど……」
「けど?どうしたんじゃ?何かあったのか?」
千里はいたようだ。
だが、朧の様子はおかしい。
何かを否定したいと感じているように。
空蘭は、朧を心配し、尋ねる。
朧は、息を吐き、心を落ち着かせて、話を続けた。
「誰かと戦ってる。それも、妖と……」
「え!?」
なんと、千里は、妖と戦っているらしいようだ。
陸丸達は、驚愕する。
おそらく、強大な妖と見て間違いないであろう。
千里ならば、妖に囲まれても、一瞬で倒してしまうだろうから。
――それに、この妖気は……。
朧は、千里と戦っている妖の事を考えようとしている。
だが、考えている暇はない。
千里が、窮地に立たされている可能性も高いのだから。
「行くぞ!」
「へい!」
朧は、千里を助ける為に、走り始め、陸丸達も、慌てて朧の後を追った。
不安と焦燥が、朧の中で混ざり合っているかのような感覚を認識しながら。
千里は、赤い瞳の男と死闘を繰り広げていた。
短刀を握りしめ、抵抗するかのように。
だが、千里は、腕や足を切られ、血が流れている。
それでも、赤い瞳の男は、猛獣のごとく、容赦なく、千里に向けて刀を振り下ろす。
今度こそ、千里を殺さんとするために。
千里は、またもや、ギリギリのところで回避した。
「ちっ!」
赤い瞳の男は、舌打ちをする。
相当、苛立っているようだ。
布で、表情は見えないが、殺気と妖気が増している。
膨れ上がっていくかのように。
千里は、構え、赤い瞳の男は、刀を肩に担いだ。
「いつまでも、逃げてんじゃねぇよ。さっさと、殺されろ」
「……断る」
「なんでだよ」
「……」
なぜ、殺されるのを拒否したのか尋ねる赤い瞳の男。
だが、千里は、答えようとしない。
答えられなかったのだ。
何のために、生きているのか、今の千里には、答えが出なかった。
「答えるつもりはねぇか。まぁ、いい。どうせ……」
千里は、自分の問いに答えないと考え、赤い瞳の男は、構える。
千里が、答えたところで、状況は変わるわけではない。
なぜなら、赤い瞳の男は、千里を殺そうとしているのだから。
千里の答えなど、赤い瞳の男にとって無意味であった。
「てめぇは、死ぬんだからな!」
赤い瞳の男は、千里に向けて、刀を振り下ろす。
容赦なく、感情任せに。
千里は、防御態勢に入る。
ここで、回避することは難しいと判断したようだ。
だが、その時であった。
「っ!」
赤い瞳の男と千里は、驚愕していた。
なぜなら、朧が、千里の前に立ち、紅椿で、赤い瞳の男の刀を受け止めていたからだ。
間一髪で、朧は、間に合った。
「朧!」
千里は、朧が駆け付けに来た事に驚愕しているようだが、来たのは、朧だけではない。
陸丸達は、千里を守るように、前に出て、赤い瞳の男を威嚇した。
だが、赤い瞳の男は、目を見開いたまま、硬直している。
赤い瞳の男の目に映ったのは、朧が手にしている紅椿であった。
「それは……紅椿!」
「やっぱり、わかるんだな。これが、紅椿だって。姉さんの宝刀だって」
「……」
朧が、今、手にしている刀は、妖刀・千里ではなく、姉である椿が愛用していた宝刀・紅椿だ。
それを、知っている妖などたった一人しかいない。
紅椿だと気付いた彼を見て、朧は、確信した。
彼が、何者なのかを。
「……ずっと、ずっと、考えてたんだ。お前の事。誰なのかって。お前が、俺を助けてくれた時から……」
朧が、赤い瞳の男の正体について考えるようになったのは、朧が暴走し、それを止めた時の事だ。
懐かしい声で、自分の名を呼んだ。
やはり、そんな妖は、たった一人しかいない。
だが、朧は、それを否定した。
もし、朧の予想が当たっているなら、信じたくなかったからだ。
彼が、瑠璃達の側について、聖印一族を滅ぼそうとしているなどと。
「なんでだよ……なんで……こんなことしたんだ?」
「……」
朧は、赤い瞳の男に問いかける。
だが、赤い瞳の男は、答えようとしない。
ただ、黙って、朧に視線を向けているだけであった。
「答えろよ……」
朧は、赤い瞳の男に懇願するかのように話す。
それでも、赤い瞳の男は、答えようとしない。
正体を明かそうとも……。
だが、朧は、声を震わせ、叫んだ。
「答えろ!九十九!」
朧の声が、森に響き渡る。
千里も、陸丸達も、驚愕し、目を見開いていた。
信じられないと言わんばかりの表情を浮かべたまま。
確かに、朧は、彼の名を呼んだのだ。
「九十九」と。
彼は、朧の親友であり、ずっと、ずっと、朧が、探し求めていた人物であった。
「ちっ。お前にだけは、知られたくなかったんだがな」
赤い瞳の男は、舌打ちをし、布を外す。
彼の姿を見た朧は、衝撃を受けたような表情をしていた。
彼だとわかっていながら。
彼は、銀髪の長い髪と血のような真っ赤な瞳を持ち、髪と同じ頭に耳が生えている妖狐だ。
その姿は、間違いなく、朧の探していた人物。
朧が、会いたがっていた九十九であった。




