第五十三話 言われるがままに
和巳は、宿舎で、隊長業務をこなしている。
だが、喜代姫の事、初瀬姫の事、千年桜の事など、和巳にとって、心苦しい過去が、脳裏をよぎっていく。
それを払拭するかのように、和巳は、業務を黙々とこなしていた。
部屋には、他の隊士がいたのだが、声をかけようとしない。
声をかけられないのだ。
和巳の事を思うと。
千年桜が奪われた後、和巳は、勝吏に報告し、初瀬姫と江堵に謝罪し、喜代姫の葬儀にも参列した。
勝吏も、初瀬姫も、江堵も、和巳を責めることはしなかった。
皆、和巳のせいではないことはわかっていたからだ。
和巳は、できるだけの事をしたのだと。
だが、余計に和巳の心を絞めつける。
お前のせいだと責めてくれれば、どれほど、楽であろうか。
和巳の中で、後悔の念が膨れ上がっていた。
そんな時であった。
「た、隊長」
「ん?どうしたの?」
少女に声をかけられ、和巳は、顔を上げる。
彼の前には、少女が立っていた。
少女も、討伐隊の隊士だ。
和巳を尊敬し慕っている。
そのため、深く、落ち込んでいる和巳を見ていられなかったのであろう。
心配になって部屋に入り、和巳に、声をかけたのだ。
「あ、いえ、その……大丈夫ですか?」
少女は、恐る恐る和巳に尋ねる。
少女に尋ねられたことで、和巳は、周囲が和巳に対して、気を使っている事を悟ったのだ。
本当に情けない隊長だ。
部下に気を使わせてしまうとは。
和巳は、再び、自分を責めそうになるが、部下達に、本心を悟られまいとして、無理に笑みを浮かべて、わざと、少女の頬に振れた。
「そっか。心配してくれてるんだね。大丈夫だよ。君の笑顔で俺は、立ち直れたから」
「そ、そうなんですね。良かった……」
和巳は、いつものように、少女を口説くかのように語りかける。
もちろん、少女に自分の心情を悟られないように、わざと口説いていたのだ。
だが、和巳の笑みを見たからなのか、少女は、安堵した様子を見せる。
和巳も、自分の心情を悟られなかったとわかり、安堵していた。
「俺のことは、心配しないで。今日、任務でしょ?気をつけてね」
「は、はい。ありがとうございます。失礼します」
少女は、頭を下げて、和巳に背中を向けて、部屋を出る。
和巳は、少女を見送るかのように、笑顔で手を振っていた。
だが、そんな彼の様子を、青年が、心配そうに見ていた。
彼の名は、向坂緋鶴。
和巳の同期であり、彼の右腕的存在であった。
「相変わらずだな。お前は」
「まぁ、それが、俺だからね」
和巳が、得意げに肩目を閉じて見せる。
だが、緋鶴は、彼の心情を見抜いていた。
和巳が、今、何を思っているのかを。
「いいんだぞ、無理しなくても」
「何が?」
「……喜代姫様の事」
緋鶴は、喜代姫の話を持ちだす。
今の和巳にとって触れてはならない話なのだろう。
だが、無理をして笑みを作っている和巳を見て、緋鶴は、話すべきことだと、判断したようだ。
それが、和巳の為であると。
笑みを作っていた和巳は、突如、頭をくしゃくしゃにさせ、うつむく。
彼の様子をうかがっていた緋鶴は、彼が相当無理していたのだと、悟った。
「……無理でもしないと、どうにかなりそうなんだよ」
「……」
「俺が、弱かったから、喜代姫様は、死んだんだ。俺のせいで……」
やはり、自分を責めているようだ。
無理もない。
喜代姫は、和巳の目の前で、殺されたのだから。
守るべき相手を守れなかった。
さすがの和巳も堪えたのだろう。
緋鶴は、悲愴な表情を浮かべる和巳を見ていられなかった。
「もう、休んだほうがいいんじゃないか?こっちは、俺が何とかしとくから」
「……助かるよ。そうさせてもらおうかな」
緋鶴は、和巳に休むよう勧める。
もちろん、和巳の事を心配しているからだ。
だが、和巳は、またもや、部下に気を使わせてしまったと内心、嘆いていた。
それでも、本心を悟られまいとして、静かにうなずき、逃げるように部屋から去っていった。
部屋を出た和巳であったが、休む場所などどこにもなかった。
なぜなら、どこへ行っても、隊士達が、いるからだ。
自分が、ここにいたら隊士達に気を使わせてしまうだろう。
それは、和巳にとって何より心苦しい。
和巳は、致し方なしと考え、天城家の屋敷に戻ることにした。
だが、他の部屋から隊士達の話声が聞こえてしまった。
「これから、どうなるんだろうな、俺達」
「巡回とか、増えるかもね」
「それもそうだけど、もし、妖達が侵入してきたらって思うと、心配よね……」
隊士達の会話が聞こえる。
彼らは、今後のことについて話しているようだ。
結界の効力が薄れ、心配しているのだろう。
いつ、妖達が侵入してきてもおかしくはない。
誰にだって不安はあるはずだ。
和巳は、盗み聞きをするものではないと頭の中でわかっていながら、立ち止まってしまった。
彼らが、次にどんな話をするのか、気になるようだ。
だが、その直後、和巳は、盗み聞きをしてしまった事を後悔することとなった。
「あーあ。柚月様が、いてくれたら、こんなことにはならなかっただろうな」
「そういうこと言うのやめなさいよ」
「だって、そうだろ?そりゃあ、和巳様だってすごいけど……」
「柚月様と比べると……ね」
一人の青年隊士が、突如、柚月がいてくれたらと話し始めたのだ。
女性の隊士が、叱咤するように制止するが、少年もその話に加わる。
和巳が、会話を聞いているとも知らないで。
彼らは、和巳に期待していたのだ。
和巳なら、任務を果たしてくれるであろうと。
だが、任務は失敗し、聖印京の安全面は、薄れてしまった。
それゆえに、このような会話が出てきてしまったのであろう。
「朧様が、隊長だったら、変わってたのかな……」
「かもしれないな」
「もう、だから、やめなさいってば!」
彼らは、続いて朧が隊長であったらと語り始めた。
女性は、再び、制止させるが、時すでに遅し。
なぜなら、和巳に、全て筒抜けであったのだから。
――わかってるよ。そんな事……。
和巳は、隊士達に気付かれないように足音を立てず、ひっそりと歩き始める。
先ほど、隊士達の鋭く容赦ない言葉が、和巳の耳に残っている。
忘れようとしても、忘れられないほどに。
和巳だってわかっていたのだ。
自分は、柚月や朧よりも、優れているわけではないと。
そんな自分が、隊長を務めているのは、違和感でしかないと。
――俺だって、好きで隊長やってるわけじゃないし。今回だって、朧に頼まれたから……。
隊長も、今回の任務も、和巳の意志で務めたわけではない。
任命されたからだ。
和巳は、逃げるように、そう自分に言い聞かせていた。
柚月が行方不明になった後、他の隊士が後がまとして、隊長を務めてきたのだが、その隊士が、警護隊に昇格したことにより、和巳が、隊長を引き継ぐことになったのだ。
和巳は、自分なりに隊をまとめていたつもりであったが、柚月のようにはいかない。
しかも、話によると、朧も隊長候補に挙がっていたらしい。
もし、朧が、旅立っていなければ、隊長になっていたのかもしれない。
そう思うと、和巳は、今まで、隊長として勤めてきたのだ。
だが、あの二人のようにはうまくいかなかった。
結局、あの二人には、敵わないと思い知らされたのであった。
――なんで、あいつ、俺のこと信用できるんだろうね。俺なんか、あいつに比べたら、全然だって言うのに……。
和巳は、なぜ、朧が、そんな自分を信用できるのか、不思議でならなかった。
実力は、朧の方が上だというのに。
千年桜の任務も、なぜ、自分を指名したのか、理解できなかった。
――俺、なんで、隊長なんかやってるんだっけ……。
和巳は、なぜ、自分が隊長を務めているのかも、理解できなくなり始めていた。
屋敷に戻った和巳は、黙って、部屋へ戻ろうとする。
だが、その時であった。
「和巳」
「何?」
部屋へ行く和巳を呼び止める男がいた。
彼の名は、天城博滋。
和巳の父親だ。
呼び止められた和巳は、この時ばかりは、嫌悪感を隠そうとはせず、博滋に対して、冷たい表情を浮かべている。
だが、博滋は、気にも留めることなく、和巳の元へ歩み寄った。
「戻ってきたのか」
「うん。ちょっと、休まさせてもらうことにしたんだ」
「そうか」
「話は、それだけ?俺、もう、部屋に戻るから」
「待ちなさい」
「何?まだ、用があるの?」
部屋へ行こうとする和巳に対して、再び呼び止める博滋。
和巳は、まだ、話すのかと、苛立ちを隠せず、冷たく問いただした。
「今回の件は、残念だったな。だが、落ち込むことはない。お前は、討伐隊の隊長だ。お前なら、次こそは、守れるはずだ。期待しているぞ」
「……ああ」
博滋は、そう言って、和巳の肩に手を置く。
和巳が、うなずくと博滋が去っていった。
彼なりに慰めているのであろう。
だが、それでも、和巳は、博滋の言葉を素直に受け止められず、怒りを抑え込めなくなり、こぶしを握りしめた。
――残念?そんな言葉で片づけるなよ。喜代姫様を守れなかったって言うのに……。それに、期待なんかしたって、無意味なんだよ。俺は、もう……。
和巳は、喜代姫を守りきれず、死なせてしまった自分を責めることなく、期待する博滋に対して、嫌気がさしていた。
だが、博滋が和巳に期待するのには、理由があった。
実のところ、和巳の博滋とは血がつながっていない。
母親ともだ。
和巳の実の両親は、和巳が幼い頃に妖に殺されてしまった。
身寄りのない和巳を今の両親が引き取ったのだ。
なぜなら、子供がいなかったから。
博滋達は、和巳を立派な聖印隊士として育て上げ、地位を確立させようと野心をのぞかせていた。
そのため、彼らは、和巳に期待した。
そこに、本物の愛情はない。
仮初にすぎなかった。
和巳も、その事にわかっていながらも、両親に見捨てられないようにと彼らの言うことを聞いて、過ごしてきたのだ。
だが、和巳は、そんな自分にも嫌気がさしていた。
その反動ゆえに、軽率な行動をとってきたのだ。
現実から逃げるように。
――なんで、俺、言いなりになってるんだろう……。
今でも、博滋の言いなりになっている自分が、腹立たしい。
なぜ、自分の意思を伝えられないのかと思うほどに。
「お前が、羨ましいよ。朧。お前は、いつも、自分の意思で動けるんだから。あの時も、そうだったよね」
和巳は、自分の意思で、いつも行動する朧に嫉妬していた。
それは、昔から、変わらなかった。
初めて、会った時と同じだと、感じるほどに。
和巳は、朧と会った時の事を思い返し始めた。




