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聖印×妖の共闘戦記―追憶乃書―  作者: 愛崎 四葉
第四章 嫉妬と衝撃の事実
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第五十三話 言われるがままに

 和巳は、宿舎で、隊長業務をこなしている。

 だが、喜代姫の事、初瀬姫の事、千年桜の事など、和巳にとって、心苦しい過去が、脳裏をよぎっていく。

 それを払拭するかのように、和巳は、業務を黙々とこなしていた。

 部屋には、他の隊士がいたのだが、声をかけようとしない。 

 声をかけられないのだ。

 和巳の事を思うと。

 千年桜が奪われた後、和巳は、勝吏に報告し、初瀬姫と江堵に謝罪し、喜代姫の葬儀にも参列した。

 勝吏も、初瀬姫も、江堵も、和巳を責めることはしなかった。

 皆、和巳のせいではないことはわかっていたからだ。

 和巳は、できるだけの事をしたのだと。

 だが、余計に和巳の心を絞めつける。

 お前のせいだと責めてくれれば、どれほど、楽であろうか。

 和巳の中で、後悔の念が膨れ上がっていた。

 そんな時であった。


「た、隊長」


「ん?どうしたの?」


 少女に声をかけられ、和巳は、顔を上げる。

 彼の前には、少女が立っていた。

 少女も、討伐隊の隊士だ。

 和巳を尊敬し慕っている。

 そのため、深く、落ち込んでいる和巳を見ていられなかったのであろう。

 心配になって部屋に入り、和巳に、声をかけたのだ。


「あ、いえ、その……大丈夫ですか?」


 少女は、恐る恐る和巳に尋ねる。

 少女に尋ねられたことで、和巳は、周囲が和巳に対して、気を使っている事を悟ったのだ。

 本当に情けない隊長だ。

 部下に気を使わせてしまうとは。

 和巳は、再び、自分を責めそうになるが、部下達に、本心を悟られまいとして、無理に笑みを浮かべて、わざと、少女の頬に振れた。


「そっか。心配してくれてるんだね。大丈夫だよ。君の笑顔で俺は、立ち直れたから」


「そ、そうなんですね。良かった……」


 和巳は、いつものように、少女を口説くかのように語りかける。

 もちろん、少女に自分の心情を悟られないように、わざと口説いていたのだ。

 だが、和巳の笑みを見たからなのか、少女は、安堵した様子を見せる。

 和巳も、自分の心情を悟られなかったとわかり、安堵していた。


「俺のことは、心配しないで。今日、任務でしょ?気をつけてね」


「は、はい。ありがとうございます。失礼します」


 少女は、頭を下げて、和巳に背中を向けて、部屋を出る。

 和巳は、少女を見送るかのように、笑顔で手を振っていた。

 だが、そんな彼の様子を、青年が、心配そうに見ていた。

 彼の名は、向坂緋鶴(こうさかひづる)

 和巳の同期であり、彼の右腕的存在であった。


「相変わらずだな。お前は」


「まぁ、それが、俺だからね」


 和巳が、得意げに肩目を閉じて見せる。

 だが、緋鶴は、彼の心情を見抜いていた。

 和巳が、今、何を思っているのかを。


「いいんだぞ、無理しなくても」


「何が?」


「……喜代姫様の事」


 緋鶴は、喜代姫の話を持ちだす。

 今の和巳にとって触れてはならない話なのだろう。

 だが、無理をして笑みを作っている和巳を見て、緋鶴は、話すべきことだと、判断したようだ。

 それが、和巳の為であると。

 笑みを作っていた和巳は、突如、頭をくしゃくしゃにさせ、うつむく。

 彼の様子をうかがっていた緋鶴は、彼が相当無理していたのだと、悟った。


「……無理でもしないと、どうにかなりそうなんだよ」


「……」


「俺が、弱かったから、喜代姫様は、死んだんだ。俺のせいで……」


 やはり、自分を責めているようだ。

 無理もない。

 喜代姫は、和巳の目の前で、殺されたのだから。

 守るべき相手を守れなかった。

 さすがの和巳も堪えたのだろう。

 緋鶴は、悲愴な表情を浮かべる和巳を見ていられなかった。


「もう、休んだほうがいいんじゃないか?こっちは、俺が何とかしとくから」


「……助かるよ。そうさせてもらおうかな」


 緋鶴は、和巳に休むよう勧める。

 もちろん、和巳の事を心配しているからだ。

 だが、和巳は、またもや、部下に気を使わせてしまったと内心、嘆いていた。

 それでも、本心を悟られまいとして、静かにうなずき、逃げるように部屋から去っていった。



 部屋を出た和巳であったが、休む場所などどこにもなかった。

 なぜなら、どこへ行っても、隊士達が、いるからだ。

 自分が、ここにいたら隊士達に気を使わせてしまうだろう。

 それは、和巳にとって何より心苦しい。

 和巳は、致し方なしと考え、天城家の屋敷に戻ることにした。

 だが、他の部屋から隊士達の話声が聞こえてしまった。


「これから、どうなるんだろうな、俺達」


「巡回とか、増えるかもね」


「それもそうだけど、もし、妖達が侵入してきたらって思うと、心配よね……」


 隊士達の会話が聞こえる。

 彼らは、今後のことについて話しているようだ。

 結界の効力が薄れ、心配しているのだろう。

 いつ、妖達が侵入してきてもおかしくはない。 

 誰にだって不安はあるはずだ。

 和巳は、盗み聞きをするものではないと頭の中でわかっていながら、立ち止まってしまった。 

 彼らが、次にどんな話をするのか、気になるようだ。

 だが、その直後、和巳は、盗み聞きをしてしまった事を後悔することとなった。


「あーあ。柚月様が、いてくれたら、こんなことにはならなかっただろうな」


「そういうこと言うのやめなさいよ」


「だって、そうだろ?そりゃあ、和巳様だってすごいけど……」


「柚月様と比べると……ね」


 一人の青年隊士が、突如、柚月がいてくれたらと話し始めたのだ。

 女性の隊士が、叱咤するように制止するが、少年もその話に加わる。

 和巳が、会話を聞いているとも知らないで。

 彼らは、和巳に期待していたのだ。

 和巳なら、任務を果たしてくれるであろうと。

 だが、任務は失敗し、聖印京の安全面は、薄れてしまった。

 それゆえに、このような会話が出てきてしまったのであろう。


「朧様が、隊長だったら、変わってたのかな……」


「かもしれないな」


「もう、だから、やめなさいってば!」


 彼らは、続いて朧が隊長であったらと語り始めた。

 女性は、再び、制止させるが、時すでに遅し。

 なぜなら、和巳に、全て筒抜けであったのだから。


――わかってるよ。そんな事……。


 和巳は、隊士達に気付かれないように足音を立てず、ひっそりと歩き始める。

 先ほど、隊士達の鋭く容赦ない言葉が、和巳の耳に残っている。

 忘れようとしても、忘れられないほどに。

 和巳だってわかっていたのだ。

 自分は、柚月や朧よりも、優れているわけではないと。

 そんな自分が、隊長を務めているのは、違和感でしかないと。


――俺だって、好きで隊長やってるわけじゃないし。今回だって、朧に頼まれたから……。


 隊長も、今回の任務も、和巳の意志で務めたわけではない。

 任命されたからだ。

 和巳は、逃げるように、そう自分に言い聞かせていた。

 柚月が行方不明になった後、他の隊士が後がまとして、隊長を務めてきたのだが、その隊士が、警護隊に昇格したことにより、和巳が、隊長を引き継ぐことになったのだ。

 和巳は、自分なりに隊をまとめていたつもりであったが、柚月のようにはいかない。

 しかも、話によると、朧も隊長候補に挙がっていたらしい。

 もし、朧が、旅立っていなければ、隊長になっていたのかもしれない。

 そう思うと、和巳は、今まで、隊長として勤めてきたのだ。

 だが、あの二人のようにはうまくいかなかった。

 結局、あの二人には、敵わないと思い知らされたのであった。


――なんで、あいつ、俺のこと信用できるんだろうね。俺なんか、あいつに比べたら、全然だって言うのに……。


 和巳は、なぜ、朧が、そんな自分を信用できるのか、不思議でならなかった。

 実力は、朧の方が上だというのに。

 千年桜の任務も、なぜ、自分を指名したのか、理解できなかった。


――俺、なんで、隊長なんかやってるんだっけ……。


 和巳は、なぜ、自分が隊長を務めているのかも、理解できなくなり始めていた。



 屋敷に戻った和巳は、黙って、部屋へ戻ろうとする。

 だが、その時であった。


「和巳」


「何?」


 部屋へ行く和巳を呼び止める男がいた。

 彼の名は、天城博滋(てんじょうひろしげ)

 和巳の父親だ。

 呼び止められた和巳は、この時ばかりは、嫌悪感を隠そうとはせず、博滋に対して、冷たい表情を浮かべている。

 だが、博滋は、気にも留めることなく、和巳の元へ歩み寄った。


「戻ってきたのか」


「うん。ちょっと、休まさせてもらうことにしたんだ」


「そうか」


「話は、それだけ?俺、もう、部屋に戻るから」


「待ちなさい」


「何?まだ、用があるの?」


 部屋へ行こうとする和巳に対して、再び呼び止める博滋。

 和巳は、まだ、話すのかと、苛立ちを隠せず、冷たく問いただした。


「今回の件は、残念だったな。だが、落ち込むことはない。お前は、討伐隊の隊長だ。お前なら、次こそは、守れるはずだ。期待しているぞ」


「……ああ」


 博滋は、そう言って、和巳の肩に手を置く。

 和巳が、うなずくと博滋が去っていった。

 彼なりに慰めているのであろう。

 だが、それでも、和巳は、博滋の言葉を素直に受け止められず、怒りを抑え込めなくなり、こぶしを握りしめた。


――残念?そんな言葉で片づけるなよ。喜代姫様を守れなかったって言うのに……。それに、期待なんかしたって、無意味なんだよ。俺は、もう……。


 和巳は、喜代姫を守りきれず、死なせてしまった自分を責めることなく、期待する博滋に対して、嫌気がさしていた。

 だが、博滋が和巳に期待するのには、理由があった。

 実のところ、和巳の博滋とは血がつながっていない。

 母親ともだ。

 和巳の実の両親は、和巳が幼い頃に妖に殺されてしまった。

 身寄りのない和巳を今の両親が引き取ったのだ。

 なぜなら、子供がいなかったから。

 博滋達は、和巳を立派な聖印隊士として育て上げ、地位を確立させようと野心をのぞかせていた。

 そのため、彼らは、和巳に期待した。

 そこに、本物の愛情はない。

 仮初にすぎなかった。

 和巳も、その事にわかっていながらも、両親に見捨てられないようにと彼らの言うことを聞いて、過ごしてきたのだ。

 だが、和巳は、そんな自分にも嫌気がさしていた。

 その反動ゆえに、軽率な行動をとってきたのだ。

 現実から逃げるように。


――なんで、俺、言いなりになってるんだろう……。


 今でも、博滋の言いなりになっている自分が、腹立たしい。

 なぜ、自分の意思を伝えられないのかと思うほどに。


「お前が、羨ましいよ。朧。お前は、いつも、自分の意思で動けるんだから。あの時も、そうだったよね」


 和巳は、自分の意思で、いつも行動する朧に嫉妬していた。

 それは、昔から、変わらなかった。

 初めて、会った時と同じだと、感じるほどに。

 和巳は、朧と会った時の事を思い返し始めた。


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