第四十話 変化する者達
初瀬姫の叫び声が今も朧の耳に残っているような感覚がし、朧は、焦燥にかられる。
やはり、自分が行くべきではなかった。
このまま、あの場にとどまっていればと後悔ばかりが、募る朧。
初瀬姫や千里達が無事であることを祈り、急いで部屋へと戻った。
「初瀬!」
御簾を上げ、部屋へ入る朧。
だが、千里達は、部屋にいない。
なぜか、庭にいた。
それも、千里は、右前腕を左手で抑えているように見える。
危害を加えられたようだ。
それだけで、緊張感が、朧にも伝わってくる。
朧の声を聞いた千里達は、振り返り、朧と目が合った。
「朧!」
「戻ってきたか……」
「千里!」
今にも泣きだしそうな表情を浮かべる初瀬姫、苦悶の表情を浮かべる千里、誰かを威嚇するかのような表情を見せる陸丸達。
彼らの多種多様な表情を見ただけで、朧は確信する。
何者かが、初瀬姫の命を狙い、千里が、初瀬姫をかばって怪我を負ったのだと。
朧は、速やかに千里達の元へと駆け寄った。
「大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
「いったい何があった!?」
「朧、あいつらでごぜぇやす!」
朧は、千里の状態を確かめる。
前腕から血が流れているが、かすり傷のようだ。
それ以外の傷は、どこにも見当たらない。
朧は、安堵したいところだが、それどころではない。
何があったのか尋ねると、千里の代わりに陸丸が答え、朧は、視線の先を前へと向ける。
すると、朧達の前には、黒猫と三つ目男が、立っていた。
「猫と三つ目男?」
朧は、警戒し始める。
三つ目男は、妖であることは、間違いない。
とすれば、黒猫も、妖の可能性が高い。
陸丸が言うには、彼らが、初瀬姫に危害を加えようとしたようだ。
黒猫を見つけた初瀬姫は、警戒せず、駆け寄るが、千里が、黒猫の妖気に気付いたようで、駆け付け、制止させようとした。
だが、三つ目男が、千里の前に、現れて暗示をかけようとしたようだ。
千里は、とっさに初瀬姫を押しのけ、目を閉じるも、黒猫が、千里の腕を引っ掻いたらしい。
その現場を見て初瀬姫が、悲鳴を上げたそうだ。
陸丸達も、初瀬姫を守るように、駆け付け、一触即発状態となった。
朧が現れても、なお、黒猫と三つ目男は、朧達をにらみつけたまま、構えていた。
「お前達、妖か?」
「今は、そうだが、本来は違うってところだな」
「どういう意味だ?」
朧は、尋ねるが、三つ目男は、意味深な発言をする。
彼らの今の姿は、妖であることは間違いないが、本来、別の姿があるように言っているようにしか聞こえない。
妖が、別の姿を妖に変化したという事なのであろうか。
状況を把握できず、思考を巡らせる朧達に対して、黒猫が、前に出て語りかけた。
「まぁ、説明するのめんどくさいし、教えてやるしかないね」
「そうだな」
黒猫は、ため息交じりに呟く。
三つ目男も了承したようだ。
黒猫と三つ目男が、目を閉じると、見る見るうちに人の姿へと変わっていく。
それも、布をかぶった人間へと。
「こ、こいつら、瑠璃の仲間!?」
「に、人間でござるか!?」
「どういう事ですの!?」
朧達は、目を見開き、驚愕する。
彼らは、妖ではなく、人間のようだ。
しかも、瑠璃の仲間らしい。
だが、人間が、妖に変化できると聞いたことはない。
いや、変化の術があったとしても、妖気まで発せられることなど不可能に等しい。
つまり、妖の姿に変えられたとしても、妖そのものに変化することは、人間には、できるはずがないのだ。
これは、一体どういう事なのだろうか。
「これが、あたしらの正体って、事だ」
「ぼ、僕らは、妖に変化できるんです……」
黒猫に変化していた人間は、どうやら女性のようだ。
それも、豪快さや勝ち気な様子がうかがえる。
一方、三つ目男に変化していた人間は、少年らしい声が聞こえる。
だが、朧達は、違和感を覚える。
三つ目男に変化していた少年の事だ。
三つ目男は、好戦的な印象を受けたのだが、先ほどとは打って変わって少年は弱弱しく感じる。
いや、何かにおびえた様子だった。
「そこの若造。先ほどとは、態度が違うが、わしらを騙しても無駄じゃぞ?正体を現せい!」
「ひっ」
あまりの豹変ぶりに苛立ったのか空蘭が、少年に対して、威嚇するかのように、吼える。
だが、少年は、あの好戦的な態度を見せる事は一切せず、さらに、怯え、体を震わせる。
これは、演技か?それとも、本性なのか?
この緊迫した中、少年の本心が見抜けず、朧達も頭を悩ませるばかりだ。
そんな状況を察してなのか、女性は、怯え続ける少年の頭に手を置いた。
心を落ち着かせるかのように。
「すまないねぇ。この子、二重人格ってやつでさ。妖になるとああいう性格になっちゃうんだ。勘弁してやってよ」
「ふん、そういう事にしてやるわい」
女性が、少年の代わりに説明する。
どうやら、この少年は、二重人格のようだ。
にわかに信じがたい話ではあるが、あり得ない話でもない。
いや、それ以上本当かと追及したところで答えてくれそうにはないだろう。
半信半疑ではあるが、空蘭は、無理やり自分を納得させるかのように、答えてやった。
「お前達は、何者だ?……瑠璃の仲間か?」
「そうだよ」
朧は、彼らを問い詰める。
布をかぶっているという事は、瑠璃の仲間なのであろう。
つまり、千年桜を狙っている自分達の敵なのだと。
女性は、否定することなく、うなずく。
そして、事もあろうか、女性も少年も自ら、布を外す。
朧の目に映ったのは、灰色の短髪に橙の瞳を持つ女性と彼女と同じ灰色の髪が鎖骨まで伸びており、水色の瞳を持つ少年であった。
二人の服は、山賊のような衣装を身にまとい、その衣装もあちこち敗れかかっている。
明らかに、街で潜んで生きてきたという形跡は見当たらないほどであった。
「自己紹介が遅れちまったね。あたしは、和泉。こっちは、時雨だ」
女性、和泉は、名を名乗る。
時雨は、何度も静かにこくりとうなずくだけであった。
「ご丁寧に名乗るのでござるな」
「一応」
「お主らは、安城家のものではないのでござるか?」
海親は、和泉達に尋ねる。
名を名乗った時点で、引っかかっていたのだ。
姓を名乗らなかったことに。
安城家の者ではないようだ。
まるで、まだ、何か隠しているかのように思えた。
「ち、違いますけど。そこまでは、教えられません」
時雨は、怯えながらも自分達は、安城家の人間ではないと答える。
だが、自分達が、何者であるかは、答えるつもりはないようだ。
「なんででごぜぇやす!?」
「ひっ」
陸丸が、圧力をかけるかのように、時雨に問いただす。
時雨は、再び、体を跳ね上がらせ、怯えるが、時雨をかばうかのように和泉が、前に出た。
「教える義理はないってことだよ。敵なんだから、情報をほいほい渡すわけないだろ?」
確かにその通りだ。
敵が、自分の情報を開け渡すはずがない。
いや、今までの情報も疑わしいほどだ。
彼らが、本当のことを語っているとも限らない。
なぜなら、彼らは、敵なのだから。
だが、朧は、一つ確かめたいことがあった。
「目的は、千年桜だったな」
「そうさ」
朧は、和泉達に尋ねる。
彼女達の目的を。
和泉は、隠すことなく、あっさり答えた。
「ここに、侵入したってことは……」
「し、知ってます。千城家が、千年桜の結界を張ってるから、居場所がわからないってこと」
「だから、あたしらが来たのさ。というわけで……」
続いて、千里が、二人に尋ねる。
千城家の分家の屋敷に侵入してきたという事は、千年桜について知っているという事だ。
千城家が、結界を張って、守っているという事を。
だが、彼らは、居場所を知らないようだ。
結界を解かせ、千年桜を出現させるつもりなのだろう。
そのために、瑠璃達は、ここに侵入してきたのだ。
「その小娘、あたしらに頂戴」
和泉が、初瀬姫に向かって掌を上に向けて手を伸ばす。
初瀬姫が、千年桜の結界を張っている事を知っているようだ。
「じょ、冗談じゃありませんわ!それに、わたくしを小娘呼ばわりしないでくださいまし!」
もちろん、初瀬姫は、拒否する。
和泉達に対して、嫌悪感を表わしながら。
小娘と呼ばれ、見下されたような気がしたのだろう。
初瀬姫の態度を見た和泉は、手を下した。
「じゃあ、交渉決裂って事で」
初瀬姫を奪う事はできないと悟った和泉は細い糸を、時雨は鎖鎌を取り出し構えた。
朧も椿を鞘から抜きだし、千里も隊士から返してもらった短刀を取り出す。
初瀬姫も宝器である笛を取り出して、陸丸達は、唸らせながら構えた。
「力づくで奪うから、覚悟しな!」
全てをかけた戦いの幕が上がろうとしていた。




