第三十五話 千年桜の秘密
「千年桜が……結界の……」
なんと、勝吏から出た言葉は、衝撃の事実であった。
千年桜が、結界の核であるというのだ。
つまり、この千年桜が、奪われてしまうと、結界が解かれることになる。
そうなれば、妖が侵入し、混乱の世となってしまうであろう。
これには、千里ですらも、驚いている。
聖印京の秘匿を知ったのだから、当然であろう。
「これを知っているのは、ごく少数と言う事なのか?」
「そうだ。軍師様と我々、大将と武官、各家の当主と次期当主、側近のみが知っている」
「じゃあ、兄さんも……」
千里が訪ね、勝吏は、答える。
やはり、知っているのは、ごく少数のみのようだ。
そして、「次期当主」と言う言葉を耳にした朧は、柚月も知っていたのではと、勘ぐる。
彼は、次期当主であり、周囲に期待されていたのだから。
「知っていた。月読が、勉強させていたからな」
予想通りだ。
柚月も、千年桜について知っていたようだ。
月読が、この事についても、勉強させていたようだ。
「今まで、千年桜の存在は、知られてはいなかったし、危険性もなかった。妖は、聖印京には入れぬしな。用意に近づくことは不可能と言われている。だが……」
「今回は、烙印一族と面の男が狙っている。どちらも、妖を引き連れていくことができる。結界をすり抜けて……ですね」
今までの敵は、妖のみ。
妖は、結界をすり抜ける事は不可能である。
赤い月の日のみ、すり抜ける事はできるが、千年桜については、知らなかったのであろう。
知っていたのなら、真っ先に狙われていたはずだ。
だが、今回は、面の男と烙印一族が、狙っている。
どちらも、妖ではなく人間だ。
侵入することなど、至極たやすい。
千年桜が奪われてしまう危険性は、十分にある。
おそらく、千年桜の本質を知っての事であろう。
だからこそ、瑠璃は、聖印一族を滅ぼすために、千年桜を奪うと宣言したのだ。
しかも、彼らは、妖を率いれる事が可能だ。
どうやってかは、未だ不明。
それゆえに、危惧しなければならない問題であった。
「千年桜だけは、なんとしても、守りきらなければならない。そのための作戦は、すでに立ててある」
「どんな作戦だ?」
事件が終息した後、勝吏達は、緊急会議を開いたようで、作戦も立ててあった。
千里は、勝吏に尋ねる。
おそらく、自分達も、関わりのあることだと感じたからなのだろう。
勝吏は、千里の問いに答えた。
「千城家の分家の護衛につくことだ」
「千城家の分家の護衛?」
「そうだ。江堵様に、千年桜のことについて聞いてな。千城家の分家は、千年桜の結界を張っているそうだ。どうやって張ってあるかは、教えてはもらえなかった。おそらく、重要機密事項なのであろう。」
千城家の護衛と聞いて、首を傾げた朧。
護衛と千年桜を守る事と何の関係があるのか、思いつかなかったからだ。
だが、勝吏は、説明する。
江堵曰く、千年桜は、千城家の分家が、結界を張って、守ってきたそうだ。
詳細は、詳しくは江堵も語れなかったらしい。
当然であろう。
千年桜は、結界の核。
そう簡単に、知られてはならない。
聖印一族、ひいては、聖印京の今後を左右する情報なのだから。
そのため、千城家は、長らくの間、千年桜について、語ることはなかったようだ。
だが、瑠璃達も、面の男達も、千城家が、千年桜を守るために、結界を張っているという事を知っている可能性が高い。
だからこそ、あえて、奪うと宣言したのであろう。
「分家のみなさんを護衛するという事でしょうか?」
「いや、初瀬姫の護衛だ」
「は、初瀬姫!?」
勝吏の口から、「初瀬姫」の名が、飛び出て、朧は、思わず目を開け、驚愕してしまう。
なんと、護衛の対象は、朧の婚約者である初瀬姫であった。
正直、あの初瀬姫が、そんな重要な任務についているとは、思ってもみなかったのであろう。
もちろん、そんな事を考えていたとなると、失礼に値し、初瀬姫が激怒しかねないので、口が裂けても言えないのだが。
「うむ、初瀬姫が結界を張っているそうだ。江堵様も彼女の護衛をしてほしいと、依頼があってな。お前に任せようと思っていたところだ」
「そうでしたか」
初瀬姫の護衛となると、朧が、護衛の任務につくのは、と予感していたようだ。
「初瀬姫」の名が出た瞬間に。
婚約者なのだから当然であろう。
いや、初瀬姫が、朧を指名したのではないかと思うほどだ。
なぜなら、初瀬姫は、朧を慕っている。
朧が、驚くほどに。
当初、勝吏は、朧を呼ぶつもりなのであったが、朧達が、ここを訪れた事により、事情を説明し、任務を告げたのであろう。
「他に誰が、護衛する予定なんだ?」
「朧と千里、陸丸、空蘭、海親だ」
「少人数で、ですか?」
「あちらのご意向なんだ。お前達で、初瀬姫を護衛してほしいとな。何か知ら理由があるのであろう。聖印一族とは、そういうものだ」
千年桜は、千城家にとっては、重要機密事項。
あまり、外部に知られたくないのであろう。
そのため、婚約者である朧と彼の仲間である千里達が、今回の任務に適していると江堵は、判断したようだ。
秘密を抱えていきるというのは、聖印一族には、よくある事。
それも、他の家でさえも、知らせていない事もある。
これもまた、人々を守るためだ。
聞こえはいいが、内容によっては、単に隠蔽と捉えられる事もある。
何せ、聖印一族は、高貴ではあるが、欲深い思慮を持っている者もいるのだから。
だが、今回の場合は、純粋に、人々を守るために外部漏れを防いだと言っても過言ではなかった。
重要任務を任された朧ではあるが、どこか、不安げだ。
おそらく、自分が指揮を執らなければならないのではないかと、思っているのであろう。
いや、自分が指揮を執るしかないと考えているようで、顔がこわばり始める。
それもそのはず、これは、初瀬姫の命だけでなく、聖印京に住む全ての人々の命がかかっているのだから。
「不安であるなら、天城和巳にも加わってもらおう。それでよいか?」
「良いのですか?」
「うむ」
朧の心情を察してか勝吏は、朧に助け船を出すかのように、尋ねる。
朧は、尋ねると、勝吏は、うなずいた。
朧には、期待しているが、朧だけでは、荷が重い任務でもあるだろうと察していたようだ。
もちろん、千里達も、朧の味方だ。
彼らも、支えてくれるであろう。
と言っても、状況を把握しているのは、朧のみだ。
となれば、朧が中心となって、作戦を立てるしかない。
しかし、朧の事をよく知る和巳が、加わってくれるのであれば、朧も心強いであろう。
何より、彼は、討伐隊の隊長だ。
行方不明となってしまった柚月に代わって、隊を引っ張ってきてくれたのは、間違いなく和巳である。
その功績も考え、勝吏は、和巳にも加わってもらう事を提案したのであろう。
「では、お願いいたします」
朧は、頭を下げる。
拒む理由などない。
和巳が、いてくれるとなるとどんなに心強いか、朧も知っているからだ。
「わかった。では、あちらには伝えておこう。明日、任務を開始してほしい」
「わかりました」
「ああ」
「頼んだぞ。朧、千里」
こうして、朧達は、勝吏から重要な任務を与えられることとなった。
勝吏と話し終えた朧は、和巳の元へ行き、任務について報告する。
その後、朧は、鳳城家の離れへ戻り、烙印一族、妖人、そして、千年桜の事と初瀬姫の護衛の件を陸丸達に伝えたのであった。
「そうでごぜぇやしたか。重要な任務を与えられたでごぜぇやすなぁ」
「そうだな」
護衛の任務を与えられた陸丸達も、いささか、緊張しているようだ。
聖印京の今後を左右する重要任務であるため、当然と言えば当然なのだが。
「で、和巳は、なんと申しておったんじゃ?」
「……」
「どうしたでござるか?朧殿」
この任務について聞かされた和巳が、どんな反応をしたのか気になったのか、空欄は、朧に尋ねてみる。
だが、朧は、黙ったままだ。
苦い顔を浮かべながら。
不思議に思ったのか、海親は、朧に尋ねてみた。
何か、あったのではないかと。
「それが……和巳の奴、初瀬姫に会えるって聞いて、嬉しそうでさ。重要性をわかってるとは思うんだけど……あいつなりに……」
「相変わらずでごぜぇやすな」
「うん」
朧曰く、和巳は、任務よりも、初瀬姫に会うことを待ち望んでいるようだ。
和巳らしい反応なのだが、もう少し、この任務がどれほど重要であるか、考えてほしいものだと、朧は、半ばあきれていたのであった。
もちろん、軽率な行動が目立つ和巳ではあるが、この任務がいかに重要であるかは、承知しているだろうと思っている。
和巳は、本心をはぐらかしてしまう事があるため、朧は察しているようだ。
「絶対、初瀬姫も千年桜を守りやしょうね!」
「わしらは、協力するぞ!」
「どこまでも、朧殿についていくでござる!」
陸丸達は、気合を入れるかのように、朧を支えるかのように、朧に伝える。
本当に彼らは、頼もしい。
不安を取り除いてくれるかのようだ。
朧は、彼らに感謝していた。
「ありがとう」
朧は、微笑む。
それも、満面の笑みで。
陸丸達や千里がいてくれるから、朧は、太陽のような笑みを浮かべられることができるのであろう。
この先、何があっても。
夜になり、朧は、庭に出て月を眺めている。
闇夜に浮かぶ月は、朧を照らし続けている。
いよいよ、明日だ。
必ず、守り通さなければならない。
朧は、強い想いを胸に秘め、決意していた。
その時だった。
「朧」
「千里」
千里が、朧に歩み寄り、声をかける。
朧は、振り返り、千里の名を呼んだ。
「緊張してるのか?」
「うん。でも、やるよ。絶対に、守ってみせる」
やはり、重要任務だ。
緊張しないわけがない。
だが、朧の決意は固かった。
千里は、朧の決意をくみ取った。
「……俺も協力する」
「ありがとう」
千里も、朧を支えると誓い、朧に伝える。
朧は、微笑み、懐から、小袋を取り出して、さらに、その小袋から、白い貝殻を取り出し、眺めた。
――たとえ、君が相手でも。……瑠璃。
朧は、密かに覚悟を決めていた。
たとえ、相手が瑠璃であっても、彼女と刃を交え、傷つけあうことになっても、千年桜を守り抜くと。
だが、朧も千里も、この時は、まだ知る由もなかった。
自分達に、異変が訪れるなどとと。




