第百二十三話 心の傷
戦いは、終結した。
餡里は、大量の妖を操り、瑠璃と戦いを繰り広げ、一時期、劣勢を強いられたが、和泉と時雨が瑠璃と合流し、彼女達の連携によって、餡里を追い詰める事に成功した。
しかも、千里が、重傷を負い、戦闘を離脱したと知り、餡里も、楼達ともに、逃げ去ったのだ。
その後、朧から、聞かされた話は、瑠璃達にも衝撃が走った
柚月の呪いは、解けたが、九十九を失ってしまった。
喪失感と悲しみは大きい。
朧達は、眠った柚月を抱えて、峰藍寺に戻る。
初瀬姫と和巳は、勝吏に報告するため、早朝、聖印京へと旅立った。
あの忌まわしき戦いから一日たった。
九十九を失った心の傷は深い。
癒すことができないほどに。
朧は、柚月が眠っている部屋に閉じこもっている。
当然であろう。
親友である九十九を失ったのだ。
朧の心の傷が、一番深い。
瑠璃は、隣の部屋にいたが、彼に言葉がかけられず、ただ、呆然としていたのであった。
「瑠璃」
「美鬼……」
朧の様子を見に行っていた美鬼が、瑠璃がいる部屋に戻る。
美鬼は、瑠璃のそばに歩み寄り、姉のように、優しく、瑠璃の様子をうかがっていた。
「大丈夫ですか?」
「うん……」
美鬼は、瑠璃を案じて声をかける。
瑠璃も、悔やんでいるのだ。
仲間である九十九を守れなかったことに。
全ては、自分のせいだと、責任を感じて。
大丈夫だとうなずいているが、表情は、暗い。
美鬼は、瑠璃の心が、壊れてしまうのではないかと、不安に駆られていた。
「朧は?」
「柚月の事を見ています。ですが……」
朧の様子を尋ねる瑠璃。
朧は、依然として、柚月の様子をうかがっているようだ。
だが、平気ではないだろう。
そうすぐに、心の傷が癒えるはずがない。
朧の様子を見ていた美鬼は、なんと瑠璃に応えればいいのか、わからず、ためらってしまった。
その時であった。
「瑠璃、美鬼」
「綾姫」
綾姫が、瑠璃と美鬼の元を訪れた。
「初瀬姫と和巳が来ているわ。貴方に会いたがってる」
「了解した……」
聖印京に戻っていた初瀬姫と和巳が、再び、ここを訪れたようだ。
しかも、瑠璃に会いたがっているらしい。
何か、話があるのでろう。
瑠璃は、彼らに会いに行くため、うなずき、立ち上がった。
すると、美鬼も続けて立ち上がった。
「わたくしも、行きましょう」
「……ありがとう」
瑠璃は、綾姫、美鬼と共に初瀬姫と和巳の元へと向かった。
瑠璃達は、峰藍寺入り口付近に到着する。
すると、そこには、夏乃、景時、透馬、そして、初瀬姫と和巳が、瑠璃達を待っていた。
初瀬姫と和巳は、以前のように、瑠璃達を敵視していない。
仲間として、ここを訪れたのだ。
綾姫達も、それを知っている為、招き入れ、瑠璃と美鬼を呼んだ。
彼らの話を聞いてもらうために。
「大丈夫?瑠璃ちゃん」
「私なら、大丈夫……」
和巳は、瑠璃を案じて、尋ねる。
彼らも、やはり、心配しているようだ。
瑠璃が、責任を感じてしまうのではないかと。
瑠璃は、大丈夫だと答えるが、気丈に振る舞っているようにしか見えない。
彼女の様子を見た初瀬姫は、心が痛んだ。
「勝吏様には、この事は、報告してきた」
「そう……」
「それで、提案があるんだけど」
「提案?」
和巳は、勝吏に今回の事を報告した瑠璃達に告げる。
勝吏や月読は、朧と柚月の事を心配していたが、その事を口にしてしまうと、瑠璃は、心を痛めてしまうだろう。
それゆえに、それ以上の事は和巳は、答えなかった。
瑠璃も、薄々は、気付いており、それ以上問うことはしなかった。
だが、代わりに、和巳は、提案があると瑠璃達に告げる。
提案とは、何なのだろうか。
瑠璃達には、想像がつかなかった。
「少し離れた場所に矢代様の別邸があるんだよ。そこに移ったほうがいいんじゃないかって。もちろん、矢代様の許可も下りてる」
「母ちゃんが?」
和巳の提案は、場所移動だ。
ここは、すでに、餡里達に気付かれてしまっている。
また、襲撃に来る可能性もある。
そうなる前に、隠れ家を移したほうがいいと和巳は、思ったようだ。
勝吏に、相談した所、矢代の別邸が、適任ではないかと答えた。
聖印一族の別邸に、移っているなどとは、餡里達も、想定しがたいであろう。
彼らは、瑠璃達に協力的であった。
勝吏は、矢代に報告し、矢代から許可をもらったのだ。
矢代も、安城家と真城家の事は、聞かされている。
それゆえに、彼らを敵とは、思えなくなったのだ。
それに、峰藍寺には、透馬がいる。
大事な息子を守るために、矢代は、許可をしたのだ。
透馬も、その事を感じ取っていた。
「けど、私達は……」
「君達は、烙印一族だけど、被害者だ。みんなわかってる」
和巳の提案は正直嬉しい。
今後、どうするべきか、瑠璃達も、話し合っていたところだ。
場所を移すにしろ、適した場所がない。
自分達は、どこへ行っても追われる身、街に移り住むなどもってのほかだ。
それゆえに、和巳の提案を受け入れたいのであるが、先祖達がしてきた罪、そして、自分の罪は、あまりにも大きい。
そのため、瑠璃は、躊躇したのであった。
だが、瑠璃達は、被害者だ。
和巳も、そして、勝吏達も、それを知っている。
だからこそ、協力したいと願い、彼らを援助しようと決意したのだ。
もちろん、静居に見つからないように。
「ありがとう、柘榴と話してみる」
「うん」
瑠璃は、和巳達の温かさを受け入れ、柘榴に相談することにした。
初瀬姫も和巳も、どこか、安堵した様子でうなずいていた。
「ありがとうございます。もしよかったら、お泊りになりませんか?もう、夜ですし」
美鬼が、前に出て、宿泊したらどうかと二人を誘う。
美鬼も感謝しているのであろう。
二人の優しさに。
初瀬姫と和巳は、場所を移すことを提案するために、ここを訪れに来てくれたのだ。
そのまま、帰すにも失礼に当たる。
それに、もう、夜だ。
暗い夜道の中、妖に遭遇する危険性もある。
彼らの身を案じて、美鬼は、宿泊を提案したのであった。
「ありがとう。そうさせてもらおうかな。どう?初瀬姫ちゃん」
「そうですわね、お言葉に甘えて……」
初瀬姫も和巳も美鬼の誘いを受け入れた。
本当なら、このまま帰還しようと考えていたところだ。
だが、美鬼は、ここに泊まるよう誘ってくれている。
美鬼は、二人のことを仲間として見てくれているのであろう。
確かに、夜は危険だ。
大事な姫君を危険な目に合わせたくはない。
それゆえに、二人は、美鬼の誘いを受け入れ、峰藍寺に泊まることにしたのであった。
瑠璃達が、部屋へと案内する。
すると、初瀬姫が、瑠璃の隣へと駆け寄った。
「瑠璃。朧は……大丈夫ですの?」
「……大丈夫じゃないと思う」
初瀬姫は、瑠璃に問いかける。
瑠璃は、答えるのをためらってしまうが、正直に答えた。
今、朧は、傷ついている。
そう思うと、平気なはずがないし、心配だ。
だが、自分では、どうすることもできない。
瑠璃は、歯がゆさを感じ、うつむいた。
そんな瑠璃を初瀬姫は、彼女の身を案じ、優しく、手に触れる。
瑠璃にとって、予想もしなかったことであり、驚き、初瀬姫を見た。
「何かあったら、朧をお願いしますわね」
「え?なぜ、私に?」
初瀬姫は、朧を瑠璃に託した。
またもや、予想もできなかったことだ。
初瀬姫は、自分を敵視していたはず。
自分のせいで、喜代姫が、死んでしまったというのに。
それに、偶然ではあるが、婚約者である朧と接触してしまった。
許しがたい事であろう。
瑠璃は、なぜ、初瀬姫が、自分に朧を託したのか、理解できなかった。
「あなたにしか頼めませんから。朧の心の傷を癒せるのは、貴方だけですわ」
「分かった……」
初瀬姫は、瑠璃にしか頼めないからと答える。
彼女も、わかっているのだ。
自分では、朧の心の傷を癒すことはできない。
けど、瑠璃なら、朧の心の傷を癒してくれるであろう。
そう確信していたのだ。
だからこそ、瑠璃に託したのだ。
瑠璃は、初瀬姫の心情を理解し、うなずいた。
陸丸は、別の部屋で呆然としている。
九十九が、消滅したと聞かされてから。
「九十九が……消滅した……」
陸丸は、何度も繰り返し呟いていた。
まるで、自分を責めるように。
空蘭も、海親も、何度、違うと話しても、陸丸は、自分を責め続けた。
自分が、あの実験をしなければ、こんなことにはならなかったのだと。
「私のせいだ……」
「高清……」
陸丸は、妖・陸丸としてではなく、妖人・高清として呟く。
それほど、堪えているのだ。
自分がしてきた罪が、いかに重いか、思い知らされて。
「私のせいで、九十九は……。朧に顔向けできません……。なんと、謝罪したらいいのか……」
陸丸は、うつむき、涙を流した。
あの実験の事を後悔して。
空蘭と海親は、陸丸の元へと歩み寄り、寄り添った。
彼もまた、心の傷が、深かった。
朧は、呆然としている。
未だ、眠っており、目覚めない柚月を見守りながら。
「九十九……」
何度目だろうか。
朧は、九十九の名を呟いた。
守りきれなかったことを後悔しているのだ。
自分が、弱かったばかりにと責めて。
朧は、自分は、どうするべきだったのか、苦悩し、さまよっている状態であった。
だが、そんな時であった。
「朧……」
「瑠璃」
瑠璃が、部屋に入り、朧に声をかけた。




