『木馬』
昔、秦のと或町に央女と云う女が居た。
央女はとても美貌の持ち主で、
その為いつも求婚者が絶えなかった。
央女は日々街の高台にある高楼に登っては、
夕日の沈むのを飽かずに眺めて居た。
其の日も夕暮れに浮かぶ万灯の輝きに魅せられて、
時の経つのも忘れていた。
すると突然ごうっと風が吹いて来た。
央女は一時気を失っていた。ふと醒めて気が付くと、
大きな木馬に乗って、
紺色の空を飛んで居た。
木馬を操って居るのは背の高い金色の眼をした青年であった。
「あっはっはっは。央女と云ったな。」
自分の名を云い当てられてても、
空高く飛び回る木馬の上に跨がって居る心細さに
気が動転するばかりであった。
「儂は竜王じゃ。」
央女は只驚いていた。
「儂と結婚したならば、お前に無限の富を与えよう。」
央女は只只頭を振るだけだった。
すると竜王は、きっと恐い眼をして
「儂と所帯を持つなら、永遠の命を手にする事が出来る。」
央女は
「早く帰して下さい。両親が気掛かりです。」
「親の事が気掛かりな者が、毎日夕刻に物見三昧か。はっはっは。」
「この木馬は“時”じゃ。この木馬に乗っての一日は一年じゃ。」
央女は、はっとして取り乱し、
思わず木馬の上からまっ逆さまに落ちてしまった。
央女は遥か高い空の上から落ち続けた何処迄落ちるのであろうか。
どすんと央女は床に倒れた。
「ああっ、此処は。」
此処は街の高台にある高楼であった。
央女は気が付くと家路を急いだ。