『サイレン』
『サイレン』エーゲ海のある小島。
一人も人間の住んでいない小さな島に、
三人の娘が住んでいました。
人のいない島に三人の娘?と驚きのみなさん。
それは三人のサイレンの事です。
毎日黄金色の朝日に目覚め、
茜色の夕日の沈むを眺めては、仲良く暮していました。
しかし、こんな退屈な日々を八十年も過ごすと、
いくらサイレンでも、
いいかげんにうんざりして参ります。
ある嵐の晩、
島の近くを通り過ぎようとしていた一隻の帆掛け船が、
波を避けて入り江に錨を下ろしました。
この様子を三人はじっと見ておりました。
外海は大変な嵐ですが、
島の入り江は至って静かでした。
船の上では見張りの男が
「おーい、この分だと明日の朝は出られるぞ。」
若い逞しい男が
「そうだな。早く丘に帰りたいよ。」
そんな会話も三人には聞こえていました。
三人の娘達は気晴らしに、
あの若者を虜にしようと相談がまとまりました。
やがて、嵐が去り、
月がでました。若者がデッキで月を眺めていると。
何処からともなく、麗しい歌声が聞こえて参りました。
若もはうっとりして思わず、
甲板から海の上に落ちそうになりました。
しかしすんでの処で、見張りの男が助けてくれました。
そうです、サイレンの歌声を聞いた者は、
海に落ちて死ぬと云います。
まもなく船室にはいった若者は寝静まりました。
すると深夜また麗しい歌声が聞こえて参りました。
その美しい歌声に若者は、絶え切れず外の甲板に出てしまいました。
その若者の顔を月の光が照らし出しました。
余りにも素敵な若者の魅力に八十年間孤島に住み着いたサイレンは
心を惹かれ思わず恋をしてしまいました。
その瞬間三人のサイレンの心と身体は
三色の美しい泡になって消えてしまいました。
泡は静かに天に向かって流れ月の光の中へ消えて行きました。