―3―
戦闘開始。
ゴブリン共からしたら、不意打ちだったろう。
だがこちらも、扉の近くでファイター2人がもちゃもちゃしている。
甲冑やら盾やら剣やらで武装しているファイターは、基本的に動きが遅い。
入り口がふさがれた形になった後衛は、一旦何もできずため息をついた。
先制攻撃って、何?
「ゴブリンなら閃光を使っても効果は無いな」
残念そうにラヴフェイムが言う。
「私は持ってません。あ、たいまつ投げ入れますね」
どこかのほほんとエファも言い、火がファイターの頭上を追い越して飛ぶ。
冒険者仕様のたいまつは、こんな扱いを受けても消えることなく律儀に部屋の中を照らし出した。
前衛の隙間から見えた部屋は意外と広く、この洞窟を使っていただろう人たちが残していったテーブルとイスが見えた。
そして、どこで見たのかそれらをゴブリン共は人が使うように使い、果実を食っていた。
そいつらがガタガタと動き出す。
「逃げんな」
ゴブゴブと騒ぎながら、ゴブリン共が扉の一つに向かう。
「すばしっこいな。追い付かんぞ」
憎々しげにグリッドが言う。
咄嗟にゴブリンがかじりかけの果実をこちらに投げつける。
さすがにそれに当たるような間抜けはいなかったが……正直、このメンツ、次はどうか判らない。
「攻撃魔法」
突然、後ろから、光が走った。
ひゅるん。ぽしゅん。
といった感じで、右側のドアから逃げ出そうとしていたゴブリンの一匹に命中する。
「「「しょぼっ!」」」
アタシ、エファ、ジャギが合唱した。
みんな思ったことだろう。
『それ、自分の知ってるマジックミサイルと違う』
アタシの知ってるのは、なんかこう、もっとずばばばんって感じだったのに……。
だが幸いにも命中したゴブリンは、扉に到達することなくぱたりと倒れた。
コントを見ているようだった。
「今使うかぁ?」
ジャギが呆れたように言う。
「はっはっは」
後ろからはラヴフェイムの笑い声。あれは誤魔化してるやつだ。
「逃げられるよりマシだ」
どこか説明口調でグリッドが呟く。
突然の攻撃、仲間がやられた、と、ゴブリンが恐慌に陥る。
そこにグリッドが追い付いた。
「ゴブ――――!」
半ばパニックに陥っていたのだろう、ゴブリンはグリッドにとびかかり、
「獲った!」
そしてあっさり倒された。
真っ二つ、なんて言葉が生易しくなるほどの粉砕っぷりだった。
グリッドの剣はゴブリンに命中し、というか、勢い余ってゴブリンをミンチにした。
明らかにオーバーキルだった。
振り切った剣と共に、ゴブリンの血肉がまき散らされる。
戦士って、怖い。
「脆い」
「真っ赤なトマトがひーとーつ♪」
なんでそんなに嬉しそうに言うのか。エファの心の闇がもっと怖い。
「ゴブ――ゴブ――!」
「まだいたか」
突然の攻撃に恐慌をきたしたのか、影に隠れていたゴブリンが飛び出してくる。
「逃げられる前に」
エファが右側の扉に先回りするべく走り出す。
アタシも援護するべく弓を番え、放つ。
が、あっさり外した。
ち。やっぱり練習しておきゃ良かった。
後悔役に立たず。
全速移動でジャギが追撃する。
グリッドが転進してゴブリンに向き直る。
シーラが追い付き剣を振るう。
囲まれた形になったゴブリンは、めちゃくちゃに棒を振り回す。
こちらの攻撃は、動き回るゴブリンを取らえきれず空を切った。
ついでにアタシの矢も外れた。くそぅ。
「それではダイスの神に祈りましょうか」
なんの躊躇もなく振り下ろされたエファのメイスが、ゴブリンを叩き潰した。
「うふふ」「ふふふ」
シーラとエファが
「「潰れたトマトが2つになりました♪」」
嬉しそうに言った。
怖いよ。ゴブリンより怖いのが身内にいるよ。
潰れた果実、潰れたゴブリン。
部屋を照らす柔らかなたいまつの明かり。
「連中の楽しい楽しいごはん時を蹂躙したってことかなぁ」
なんとなく呟いたアタシの言葉に、皆がその場で崩折れた。
部屋の中はおよそ12メートル四方。扉は各壁に1つずつ。
床にはゴブリンどもが食い散らかしたであろう果実の残骸。
「こいつらが悪さをしていた、でいいのかな?」
なんとも言い難い雰囲気の中、グリッドが口火を切る。
「この果実が領主のところのものか、見てもらわないといけませんね」
ゴブリン共が蹴散らしたテーブルと椅子を、律儀に直しながらエファが言う。
その言葉を聞きながら、アタシは散らばした矢をできるだけ拾い集めていた。
この先何かあっても矢切れなら何もできなくなるし、最悪ゴブリンに拾われたくはないからだ。
ケチなんかじゃないやい。
「確認してもらうにしても、もう少し先まで進めないか? 全員、ケガは?」
グリッドが提案する。
アタシは、拾った矢を見分しながら、
「大丈夫」
と答える。
うーん、使った矢はやっぱり分けておこう。矢羽とか傷んでいたらまっすぐ飛ばないし、なにより弓の腕前が思ったよりお粗末だったし。
そんな事を考えているうちに、皆の意思表示は終わっていた。
「「「「「「行こう」」」」」」
結論。勝利は人の気を高揚させる。
「進むとしても、どの扉に進む?」
グリッドが問う。
「ゴブリンが逃げようとした右側。そこに仲間がいるってことだ。なら、逃げられる前に潰す」
ジャギが決める。
「では、右からだな」
「その前に、私たちはこの洞窟の内部を良く知りません。やつらがぐるっと回って逆の扉から逃げられたら厄介なので、出口に細工をしませんか?」
「何というか、その可能性は少ないと思うんだがな」
エファの不安に対し、戦士のカンと言ったような曖昧な確信の口調で、ジャギが言う。
「はいはい、わかったわかった」
とは言えまだエファが何か言いそうなので、アタシは入ってきた扉にかんぬきを下した。
内側から。
「なん……だと」
エファが絶句する。
「まぁゴブリンにはわからないんじゃないの。こーゆーの」
「いやそうじゃなくて色々こういう仕掛けがあるのがなんだか」
「引き扉だから、こうしておけばすぐには開かないよ。でも、何かに追われてきてもすぐには開かないから、気を付けてね」
「う」
その発想は無かった、と言いたげにエファの口が閉まる。
「では、行くか。……っと、罠は」
「無いだろう。あったらあいつらがその扉を開けるのを躊躇するはずだ」
「念のため、調べるよ」
グリッドの言うとおりに部屋の扉に罠はなかった。
あっさり看破したアタシは調子に乗って、
「ついでにほかの扉も調べてみる?」
と聞いてみる。
「聞き耳だけ頼む」
「うす」
何だか今日は調子が良いな、と思いながら、入り口正面の扉に聞き耳を立てる。
その扉からは何の音も聞こえなかった。
何もいない、というのが判った。
調子が良いときはそういうことも判っちゃうのだ。
「何もいない。ホント何もいない」
だが、アタシは語彙が少なかった。この『判ったぁ!』感が伝わらないのは残念だ。
残った扉に耳を寄せる。
が、何の音も聞こえない。さっきと違う感じを受けるが、それが何だか判らない。
さっきの閃きは訪れない。
「こっちも、何もいない。……ってか、聞こえない」
あやふやな情報を、そのまま伝える。
判らないことは判らないと伝えることも、アタシが生き延びる術だ。
「わかった。では、右から行くぞ」
軋みながら開いた扉の先はまた通路。
「罠は無いみたい」
アタシはそう判断する。油断していたかもしれない。
ゆるやかな下り、そして曲がり角。
曲がった瞬間、ジャギが、消えた。
というか、落ちた。
地面の下からぐしゃっべしゃっぬちゃっごぽっという嫌な音が聞こえた。
反射的にのぞき込むと、結構背の高いジャギの頭が完全に地面の下にあった。
つまり深さ2メートルほどか。伸ばしたジャギの手が、落とし穴の縁にかかる。
その手が泥だらけだった。
「うわっ」
思わず言葉を失う。
見やれば、ジャギの下半身が、穴に溜まった泥の中にぬっぽりとはまっていた。
「大丈夫ですかぁ?」
二次災害を恐れるようにエファが覗き込む。
「ダメージは無い!」
すり潰したような声で、返事が戻ってくる。
「精神的ダメージの方が大きいみたいだな」
後ろからラヴフェイムのフォローと言うかダメ押しが入った。
「やめてあげて」
「誰か手を貸してくれ」
「その手を握るのも勇気がいるな」
「ロープか? このロープが欲しいのか?」
「……アタシより黒い人がいるとは思わなかった」
「自分で上がれませんか?」
「足場が定まらん」
「はっはっは。だがロープはやらん」
「……仕方ない」
泥まみれになったジャギを、グリッドが力任せに穴の中から引っぱり上げる。
見れば粗雑な作りの落とし穴だった。
どうしてこれに気づけなかったのか不思議なほど、わかりやすい罠だった。
「罠がここにあったとはな」
グリッドがゴブリンの行動に合点がいったように呟いた。
そんな罠に気づかなかったことを非難されるとアタシは覚悟したが、
「誰がやったぁ」
泥にまみれながら獰猛に唸るジャギの怒りは全部、敵に向かったようだった。
ラヴフェイムの嫌がらせは総スルーするあたり、付き合い長いんだなぁと変な所に感心しながらアタシは、とりあえず手持ちの布を差し出す。
軽く礼を言われ泥を拭うジャギを見ながらアタシは胸をなでおろす。
引っかかりのない胸だから、なでおろすのは簡単だ。……ちっ。
「ところで、本当にダメージは無い?」
気になったので、聞いてみる。
「ちょっと足をひねったくらいだ」
思ったよりも正直な答えが返り、ちょっとアタシはびっくりする。
「だいじょぶ?」
「これくらいならな」
「私が知っている落とし穴には、油が入っていて、うっかりたいまつを近づけようものなら炎上するというものがありましたよ」
なぜか得意げにエファが話に入ってくる。
「落とし穴と思ったら底なしで、いきなり大ボスの所まで落ちた、というのもある」
したり顔でラヴフェイムも混ざってくる。
「うわ」
「まぁそういうのを察知するのがシーフの仕事なんだが、メイ、お前10フィート棒は持ってないのか?」
「てんふぃーとぼう?」
「……持ってないのか」
「ありますよー」
見ると、エファが長い棒を持ってにこにこしていた。
……どこから出した。
……なんでお前が持ってる。
「10フィート棒、あると便利ですよー。こうやって、天井の罠を探ったり、さっきみたいな落とし穴を作動させちゃうこともできます」
言いながら、実演とばかりに手近な床や天井を棒でつんつんしてみせる。
……詳しいな。クレリック。
「さらにこの10フィート棒には、我らのダイス神のご加護がついてます」
そう言って見せられた棒の先には、ダイスがくっついていた。
……かわいいと思ったら負け。かわいいと思ったら負け。
「今ならご加護もついて、安くしておきますよー」
「いるかーい!」
とりあえず、殴っておいた。
が、シーフのアタシのパンチが通るはずもなく、こちらの拳が痛くなっただけだった。くそぅ。
「……進んでいいか?」
グリッドが静かに告げる。
そして扉が現れる。
「中になにかいる。さっきより多い。扉に罠はないよ。さっきと同じで、押せば開く」
アタシが聞き耳を立てた結果を伝えると、今度は結論が早かった。
「さっきあそこででかい音たてたからな。気づいてないわけはない。速攻勝負だ」
怒りに震えるジャギを見つつ、グリッドが扉を押し開ける。
押し入った扉の向こうには、闇。
放り込まれたたいまつが、部屋の中を照らす。
「ゴブリンですわ。奥にホブゴブリンがいますわ。滅しましょう」
悪を許さぬシーラがどこか嬉しそうに宣言する。
ゴブリン共は突然の光に目を細め、そして目ざとく泥まみれのジャギを見、笑った。
悪意たっぷりの笑いだった。
言葉が喋れたら、きっとこう言っていただろう。
「あいつ、泥だらけだゴブ~~~(笑)」
「引っかかってるゴブ~~~(笑)」
「バカだゴブ~~~(笑)」
「穴を掘ったはうぬらかぁ‼」
背後に世紀末覇者を降臨させたジャギが怒号を発し、そして問答無用の戦いが始まった。
~注釈~
・世紀末覇者については説明不要と思われますので、省略いたします。(察して)