4 消失
その後、父はなんとか一命を取り留めた。学校ではなんともないように振舞っていたが、やはり心の何処かでは不安が渦巻いていた。そして同級生らをどこか軽蔑していた。
彼らは「死」というものを知らない。誰もがその存在を知っており、誰もがその存在に怯えるのにもかかわらず誰もその存在に関わっていないからだ。
それは彼女も同じだ。
「ねえね! 涼介~」
甘える猫のような声を出して擦り寄ってくる彼女。私は彼女の頭を撫でた。いつの間にか季節は移ろいで秋になっていた。コートの脇に立っていたクヌギはすっかり秋色に染まっていた。
「えへへ。そうやって撫でるの好き」
彼女は照れながらそう笑う。私はその細く艷やかな黒色の髪の毛を撫でた。太陽に温められたそれは撫でていて気持ちのよいものであった。
「……涼介?」
「ん?」
彼女は不安げな目でこちらを見つめていた。
「どうしたの? 何か最近様子が変」
「……いや別になにもないよ」
「ふぅん、私には話せないことなんだー」
「…………そういうのじゃないよ」
「まぁいいよ、そういうこともあるもんね」
私は彼女の頭をぐしぐしと撫でてリュックを背負った。テニスコートを施錠する。私は部長ということもあって鍵の管理を任されていたので結構好き勝手にやることができたのだ。彼女はそれを利用して私との二人の時間を過ごそうとしていたが。
「そうそう、この前あそこの駄菓子屋さん行ったじゃん」
「うん」
「あそこ、潰れたんだってさ」
「へぇ……」
「なんか寂しいよね」
そんな風に他愛もない話を私と彼女は繰り返しながら家路に就く。すっかり日が落ちるのは早くなってしまっていた。見上げると、紫色の空がテニスコートをうっすらと照らしていた。私は目を瞑ってため息をついた。
そして目を開けると、そこにいるはずの彼女がいなくなっていた。
「え、ちょ、っと」
どこかに隠れたのであろう。私はそう思って辺りを見渡すも、どこにもそれらしき姿は見当たらない。
「和美! どこにいる?」
私は彼女を求めた。辺りを探しまわった。だけど全くその姿は見当たらない。
「どういうことだよ……誘拐か? いや、もしかすると」
私は近くの公衆電話に駆け寄って彼女の家の電話にかける。
「はい、もしもし佐渡ですが」
「えと、和美さんは」
「和美……? ええと、どちら様でしょうか」
「本川です! 和美さんの――」
「うちには和美なんていませんよ。電話番号をもう一度お確かめになってください」
そう言って電話は切れた。
私はもう一度よく電話番号を確かめてかけた。
だけど同じ返答だった。
私は呆然とし、悄然とした。
「嘘だろ……」
私は緑色の受話器をおいて、外にでる。既に日はどっぷり暮れて真っ暗であった。街灯が等間隔に並び、不気味に夜の道を照らしてる。
蟋蟀の声に背中を押され、私は駆ける。一体全体、何が起きているのだ。
駆け込んだ先はいつもの病院。五階、あの病室。
「父さん――!」
ガラリと開けた部屋は、誰もいないただの空室だった。
「ああ」
あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
私はその場にへなへなと座り込んだ。
この世がおかしくなったのか、はたまた私がおかしくなったのか。
「だ、大丈夫ですか!」
ナースの声も私の脳には届かない。
私はひどく混乱していた。
『――涼介もな、何かこの世に残すんだぞ』
私はその言葉を思い出して、一気に駆けて病院を出る。
「嘘だ」
「嘘だ嘘だ嘘だ」
信じたくない気持ちでいっぱいだった。
家について、鍵を開ける。何かに躓きそうになったが、体制を立て直し二階の自室へと駆け上がる。そして引き出しを開けると、それは確かにあった。
父の書きかけの本。
ひとまず安堵のため息をついてベッドに倒れこむ。
でも、父は一体どこへ行ったのか。そして鷲田和美はどこへ消えたのか。
私はどうしていいのかわからなかった。
そしてそのまま深い眠りについてしまった。