3 病院
その頃、私は父の入院する病院に毎日お見舞いに通っていた。学校の帰り道にその病院はあり、市内でも有数の大型の病院であった。私は透明な自動ドアを抜け、涼しい院内の空気で部活後のやや火照った体を冷やす。学校指定のリュックサックを背負い直すとエレベーターに乗り込んだ。
「あ、すいません」
声がして慌てて「開」のボタンを押す。高校生と思わしき女子であった。髪を銀色に染め、耳からはペカペカと大きなピアスをぶら下げている。プンプンと不快なまでの濃い香水の臭いが鼻を突き、私は顔をしかめた。
彼女は八階のボタンを押す。私は五階のボタンを押す。
『ドアが閉まります』
頭上から女性の声がしてドアは閉まる。ガタガタと微かに揺れるエレベーター以外の音、そして走ってきたためかやや乱れている目の前の人の息遣い以外何もない。
やがて五階につき、私は息苦しいエレベーターから開放された。そして父のいる病室へと足を運んだ。番号のみが表に掲げられている。私はそれを確かめてドアを開けた。
「おう、涼介」
父はすっかり白いシーツに埋もれ、弱々しく私に笑いかけてきた。彼は糖尿病だ。もうそう長くはないらしい。病的なまでに白いはずの病室に彼の存在はすっかり溶け込んでいた。
「よく来たな。座りなよ」
私は言われるがままに隣にあるパイプ椅子に腰を掛けた。
「父さんな、最近本を書き始めたんだ」
「本?」
「そうだ、本」
彼は少し顔を綻ばせると、ベッドの脇の小机から原稿用紙を手にとって私に渡した。
「父さんな、何かこの世に残しておきたいと思ってな」
「…………」
私は原稿用紙に汚い字で綴られた彼の文章を読み、沈思黙考した。
「……まぁ、俺もそう長くはないからな」
「やめろよ」
「ん?」
「やめろよそういうこと言うのは」
「ああ、すまないすまない。父さん、こうしてずっと部屋にいるとどうしても後ろ向きになっちゃうんだよなぁ。だから書き始めたんだが――」
父の話す調子は悠々閑々としていた。いつもにも増して、まるで自分の言葉を自分自身で噛み締めているように私には思えた。
「涼介もな、何かこの世に残すんだぞ。父さんは人望の薄い人間だったからこうして文字で、何か形として後世に残す他ない。だけどお前の話を聞く限りは、お前は委員長まで務めて人望が厚いようじゃないか。だったらそれでいい、それでいいから周りの人間を大事にしなさい」
私はコクリと頷いた。そして手に持った原稿用紙を元の机に戻そうと立ち上がった時――
――ピピピピピ――
けたたましく枕元の機械が音を立てる。私ははっと息を飲んだ。先ほどまでの表情とは一変した父の顔がそこにあった。
ばっと背中のドアが開くと医者とナースが入ってきた。私は慌ててその場をどいた。何やら診察などをしていたが、父はベッドに乗せられたまま病室を出た。私は呆然とその様子を眺めていた。手に持ったままの原稿用紙は、ひしゃげていた。