齧りたい2
第四章 またまた転 『過ぎたるは猶及ばざるが如し』後。置いていかれた八島視点になります。
「変態」
主が走り去っていくのを見送りながら、主が口にした言葉を、自分も口にしてみる。主の口の動き、舌の動きを追体験し、うっそりと笑う。
主の好む表情、声音、仕草、態度。生気を通して知れるそれらを総動員して、常に主の歓心を買うよう働きかける。それによって、さらに心地よい生気を得んがために。
その積み重ねで最近また一つ知れたのは、主にさり気なく触れると、生気の揺れが非常に大きくなるということ。
腕の中に閉じ込めるように抱きしめた時の、潮が満ちてひたひたと揺れるかのような感覚も良いが、指だけで肌を辿る時の、不規則に跳ねる波紋にくすぐられる感覚も、また、至極良い。
主の肌に朱が散る様も、どうしてよいかわからずに彷徨う視線も、そうであるにもかかわらず、全神経をこちらに向けて、我が行動の一つ一つに反応して目まぐるしく変わる表情も。すべてが我が存在を惹きつけ、夢中にさせる。
齧ってみたい、その肌を舐め上げ、口いっぱいにあの方を頬張ってみたいと、強烈な欲求が突き上げる。
だとしても、がつがつと、ただ食ってしまうなどもったいない。あの肌に指で触れ、掌をはしらせ、胸に押し付けて抱きしめて、我が体を構成するすべてであの方を思う存分感じながらだ。外皮の内も外も存在を重ね合わせ、あの方で満たされたいのだ。そうして、あの方をすみずみまで味わいたい。指の一本一本から、目玉の裏側までしゃぶって、せめて、味見だけでもしてみたいという衝動で、思考が塗りつぶされる。
けれど、舐めるのすら許してくださりはしないから、一言、恨み言を申し上げてみたのだが。
……まさか、怒ってくださるとは。
含み笑いが漏れる。
抑制しきれず、剥き出しになった感情は、ことさら大きくうねって、我が内に流れ込む。それがどれほど甘美であるか。
もっともっともっと追いつめ、強い感情の発露をうながしたら、いったいどんな感覚を与えてくださるのだろう。
いっそ今すぐ、誰の干渉も受けぬ次元のはざまで、直接主に触れるのを拒む服など全部脱がせて、腕の中に閉じ込めて、あの方が損なわれぬ程度に齧り、味わって、永遠の時を過ごそうかという、強い誘惑に駆られる。
……しかし、まだ、早い。そうするには、今のこの関係を味わい尽くしてはいない。
永遠の時を約束したのだ。どのようなことも、時間をかけて、かけすぎということはない。
少しずつ。何一つ取りこぼさぬように、念入りに味わう。あの方のすべてを。
「千世様。我が主よ」
おさまらぬ欲望のままに、せめて舌の上で主の名を転がし、その響きを味わった。