俺の大好きな千世
第四章 またまた転 『失敗は成功のもと』直後のカイ視点になります。
主が屋敷に上がるまで見送り、その主である人の娘に『執事』と思われ、『八島』と呼ばれているモノは、少し離れてシレッとして座る獣に視線を向けた。
獣は、そっぽを向いて目を合わせない。獣とはそういうものだ。目を合わせるとは威嚇する行為だ。争いに発展する。だから、むやみに目を合わせはしない。
……相手が自分より強いとなれば、なおさら。
そんな獣に向かって、冷えた声で宣告する。
「思い上がったまねは許さん。やったら最後、二度とあの方の足下に侍ることはできないと思え」
獣は反応しなかった。上位のモノが恐ろしいからではない。獣の主は人の娘であり、命名によって娘に存在が握られているかぎり、やはり同じく娘を主と仰ぐモノは、獣に手出しができないのだ。
……たとえ、どんなに気に入らなかろうと。
だから、殺されることだけはない。幼い獣は、全身総毛だつような威圧感に耐えつつ、せめてもの意地で、知らんぷりを通す。
もう少し、もう少し育てば。大きくなれば、こんなやつに負けはしないのに、と思いながら。
「あの方がお呼びになるまで、控えておれ」
こんなやつがいなければ、今だって、傍を離れはしないのに。
だけど、主は主のテリトリーにシマの支配者は入れても、獣はけっして入れてくれない。
……今はまだ。
獣は、獣に対する用が無くなった『八島』が、興味も失って館へと歩み去っていく足音を振り切るように、反対方向へと駆けだした。
はやく成獣になりたい。強くなりたい。何よりも、どんなものよりも。いけ好かないアレより強くなって、主の傍にずっといたい。
千世。千世。千世。俺の主。大好きな千世。
いつか強くなって、アレを追い払って俺が千世の傍に侍るんだ、絶対に!!
幼い獣は、小さな体の中で熱く渦巻く望みに急かされ、小屋に飛び込み、意味もなく底板をガリガリと引っ掻くのだった。