妻隠みに八重垣作るその八重垣を
「なんじゃ」
日の光を体現したかのような華やかで美しい女神が眉を顰めた。虚空へと視線を上げ、どこか遠くを凝視する。
「何事じゃ。界が軋んでおる。あやつはいったい何をやっているのじゃ。管理不行き届きじゃ」
きしぃ、ぎしぃ、と空間が不気味に唸っている。パシン、ピシ、という破砕音もし、あまりの不吉さに女神の御付きの者たちは頭を抱えて床にひれ伏した。
女神は厳しい表情で神気を放った。部屋の中は柔らかな光に満たされ、不吉な物音から遮断される。御付きの者たちは恐る恐る体を起こし、微動だにしない女神のまわりに、もそもそと這い寄ってきた。
しばらくして女神がぶつぶつと呟きはじめた。
「……これは国津神の呪術か。八重垣……、そうか、妻隠みか! とうとう主を連れてきたのだな」
女神は、にやぁっとした。至高神にありうべからざる悪い表情だった。この頃この女神は、突然小うるさくなった神域の支配者の小言に苛々させられて、だんだんとガラが悪くなってきているのだった。
「くくく。これは楽しみ。あの下郎が選んだ主がどんなものか見ものだな。我の物した下着を着けるに相応しい女かどうか、とくと見定めてやろうぞ。……もっとも、そんな女は、我以外に居ようがないだろうがな!!」
はーっはっはっはっはっと高笑いをしだす。
「たかが人間の小娘、我が神威にひれ伏すがよいぞ! 我は慈悲深いからな、衣の裾に触れるぐらい許してやろう! 我の前で跪く小娘を見て、あやつがどんな顔をするか! ああ、楽しみじゃ、楽しみでたまらぬ!!」
恍惚として身もだえして一人で悦に入って笑っている。
そんな女神を見て、御付の者たちはふるふると震えて、これ以上女神を刺激せぬようにと、そろそろと部屋の隅へ移動していった。
とある女神の機織部屋でのお話である。
参考文献 「新訂 古事記」 角川文庫