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いろんな意味での新しい生活が始まりすでに数日が立ち、
言葉もはじめよりはうまく使えると分かってきた。
なのでこの目に注意を向ける余裕ができた。
少し父に訊いたところ、どうやら目を閉じていても見えるというのは
魔眼としての能力であり、固有のものではないという。
つまり魔眼を持つものは誰でもつ力らしい。
魔眼を持つ者はその力を目に奪われることも多く、せっかくの強大な
力も持て余すらしい。
逆に言えば、この眼の力をコントロールできればそれだけで、それこそ
歴史に名を残すほどの成功者としての未来を約束される。
その前に死ななければ。
どうやら、魔眼持ちは早くして死ぬことも多ければ殺されることも
多いという。父は子供にも躊躇いなくこういう話をしてくれる。
元々、そういう世界なのだろう。悪魔の世界というものは。
子供だからと目をそらすことができるほど甘くはない。
元より、この眼を逸らして生きるつもりもない。俺は悪魔の子なのだ。
大人になれば悪魔になる。
そしてこの魔眼が持つ固有の能力。実際のところまだ分かっていない。
まさに計り知れないというにふさわしいのではないか。
過ぎたる力は身を滅ぼすという。いくらなんでもそれほどの力は
望んではいない。かといって目を抉り出す気にもならん。
コントロールというものを身につけねばならぬのだろう。
そう思っていたが案外簡単にできた。本当にできているかは分からないが
どんどん目に送られていく力を弱めることもできた。目を閉じても映る
視界を遮断することもできた。それによって余分な力の消費を抑えられる
ことも分かった。
今は成長期だ。目に栄養を与えるのも大事だろうから、普段吸い取られる
分はあまり抑えないようにしている。
この世界では個人の力が全てらしい。
弱い者は食い物にされ、強いものはより強いものに喰われる。
それが嫌なら強くなるしかない。
父の話がどこまで本気かなどたかだか数日で分かるわけではないが
この身に余る力に振り回されぬように生きる。それが生き残る道だ。
目標は人の成長を大きく助ける。
人でなくなった今もそれは変わらない。だが、死なないように生きる。
それだけに徹するのもまたつまらないものだ。死ぬときは死ぬ。
生は死の隣にある。死んでからわかったこともある。
そうだ、この力を自分のものにできたその日は旅に出よう。
人間に会おう。メイドではなく対等の立場としての人間だ。
そして、今の自分。悪魔としての自分を見つけ出そう。
今の自分は宙ぶらりんだ。それはここにいるだけでは解決しない。
世界の広さを見る。人間と決別する。あるいは共存か。
そうしてはじめて、第二の人生を歩みだせる。
まだ歩き始めていない。準備段階だ。気長にいこう。
「メイドさん…地図って…ありますか?」
「はい。今すぐ…お持ちします」
メイドさんは部屋でずっと考え事をしたり目を閉じたりしている自分の傍で
いつも控えている。出て行けと言えば出ていくが別に
出て行っても控える場所が部屋の外になるだけなのでそのままにしている。
話も今までよりもさらにスムーズになってきている。
これは自分が慣れてきたのもあるがこの体の才能が一番大きいと思っている。
「おまたせいたしました。こちらです」
「ありがとう」
渡された地図は丸めてあり広げても手を広げたサイズであり、
その割に、地方や管理者などが軽く書き込まれている。
そして海がなくずっと大陸続きなのが気になった。
「これは…、世界地図?」
「いいえ…これは、魔…の地図です」
魔しかわからなかったがおそらく魔法の国とかそのようなことであろう。
なるほど、ここですぐに世界地図を持ってこようとしないということは
恐らくこの家にはないのであろう。
そしてうちはそこそこの暮らしをしていることから
うちにないということはたいていの家ではないと
いうことだろう。ということはだ、他の国との関わりが軽視されているの
ではないか。家が民族主義、いや国が民族主義ということも考えられる。
闘い、奪い、支配する。その上で余計な策略はいらない。
ただ力を持って障害を取り除く。それがこの国の大原則らしい。
しかし発想が飛躍しすぎたか。
「有名な…都市…どこ?」
「…都ですか。一番はここです」
そういうと地図ではなくこちらを見るメイド。
これは今住んでいるところという意味のここか。
なるほどそれなら逆に田舎の方に行くのもいいかもしれない。
「それ以外は?」
「それなら…こちらは……?」
今度は地図を指し示して見せた。地図で見ると西の方だ。
なるほど確かに周りにいくつかの町のようなものも集まっている。
初めはこの国へと行き、準備を整えつつも田舎を回るという形で行こう。
「ありがとう」
今日はいつもより目が冴えているような気がした。