強敵を乗り切ろう
放課後を迎えた俺はホームセンターに行った。
もちろん、ペットコーナーの犬っ子を見るため、そろそろ新しい子が入荷する時だし。ペットアイテムを見るのも楽しい時間の1つでもある。
「青春真っ盛りの高校生が1人でペットコーナー……何か間違っていない?」
右横にいる茶柴色の髪にくりっとした目を持つ、柴犬感のある美少女で魔法少女の相方メニはリードを手にしながら言った。
「言っておくが1週間ぶりなんだからな。俺だって放課後のスケジュールはぎっしりなんだ」
「男友達とカラオケかゲーセン巡りが?」
「そうだ。ここから、何か起こるかもしれないじゃないか。ときめく出会いとかがさ」
「…………」
何か言いたげだったが、メニは話題を切り替える。
「それはそうと健斗。犬を飼ってないのに、どうして犬用の商品を見るの?」
「将来、犬を飼うための情報収集だよ。新しい家族はどんなリードにしようかな、と考えるのって楽しいし」
「……。どうして健斗は犬を飼わないの? 健斗の家って一軒屋でしょ」
「…………」
メニはぎょっとしていた、俺が泣きそうな顔をしているから仕方ない。
「それを聞くか、メニ。俺の悲しい悲しい話を」
「じゃあ、やめておく」
「聞いてくれ……じゃなければプライド捨てて泣くからな」
「わかった。心行くまで聞いてあげる」
「ありがとう、メニ。実はな」
「実は?」
「俺以外の家族全員が大の犬嫌いなんだ。親父は小学生の時、野良に噛まれ、お袋は幼稚園製の時に追われ。妹は金持ちん家に遊びに行ったら、ドーベルマンに唸られて以来……トラウマ体験をした。重度の犬嫌い一家なのさ」
「あらら……」
「会話の少ない現代によくある冷めた一家なのに、俺が犬飼いたいというと一致団結して反対する……」
「…………」
メニは返答してくれなかった。それもそのはずである、姿を消していたから。
それからスマホの通話着信が鳴る。
「ご愁傷様って言いたかったけれども、事件よ」
メニは事件が起きると本来の姿であるスマホになり、通話着信を鳴らす。
「もう言っているよ。わかった」
俺は手にしていたリードを置いて出口に向かう。
「場所はここから徒歩で10分ぐらいにある河川敷、変身してから移動した方が早いわね」
スマホを耳に当てながら走る俺はリザードマン戦の記憶を思い出し、灯油売り場のすみに向かう。人がいないことを確認してからスマホの画面に表示された『PUSH 変身』
を押した。
スマホから光が生まれ俺を包む。数秒で男子高校生から黒髪と犬耳、尻尾をもつ魔法少女ココに変身した。
「柴犬を愛する心は誰にも負けられない。柴犬ラブピュアファイター、ココ参上」
誰もいないが魔法少女たるもの決め台詞は言うのがお約束である。
満足したところで、子犬のように軽やかになった体で走り出した。
「メニ、ナビをよろしくね」
変身すれば声が高くなり言葉も変わる。心の中の声は変わらないが。
首輪型チョーカーの飾りに納まった相棒メニは『任せて』と言ったが、次に不安を口にした。
「ココ。今回は強いモンスターのエネルギーを感じるわ。気をつけてね」
「おい。あれ、何だ?」
ホームセンター敷地内を出ようとした辺りで、誰かが声をあげ指を空に向けていた。
俺も足を止め、その指先にある方向を見上げる。
「黒い柱だ?」
黒いまっすぐな線を書いたようなそれが空に向かっていた。
「ココ。あの方向に河川敷があるわ」
「待ち伏せってわけね。急ぎましょう」
メニの発言からして、どうやら待ち伏せの可能性が高い。となれば敵のレベルも高そうだ。
俺は深呼吸をしてから足に力をため、黒い柱と魔法少女の姿に驚く人たちを後にした。
軽やかな足とジャンプを繰り返し目的地の河川敷に到着した。
川原の方から空に向けて黒い線、オーラーを放つそれらしき者が立っていた。黒色で中の者ははっきりと見えないが、1人のようだ。被害者がいないのはせめてもの救い。
「お前か? ここいら一帯のモンスターを追い返している魔法少女は」
黒いオーラが消えて現れたのは人語を話す……キレイなお姉さんだった。
黒い皮のミニスカートに、同色の袖がなくてヘソが見える丈の短い上着。白く美しい脚もさることなら、胸元を大きく開いて、谷間をおがめた……見えてしまったのだから、仕方がない。
腰に曲刀を携えているものの、そのラインも美しい。ポニーテールの黒髪が左右に揺れればうなじも見えるかもしれない。
「……」
犬っ子は大好きだけれども、高校生はキレイでセクシーなお姉さんも大好きなのです。
となれば話は早い。
俺は敵に背を向けて逃げ出した。
「ちょっとココ。何で逃げ出すのよ」
「バカモン。あんなセクシーな敵さん、2度見たらピュアパワーがなくなる、のよ」
魔法少女はピュアな心が動力源?今も『バカモン』と言った時だけ、体が重くなった。
「こうなったらメニ、待て状態の犬っ子作戦よ。犬っ子は飼い主さんにご飯やおやつの前に『待て』と言われたら、食べてはいけない。でも、ものすごく食べたいけれども、我慢しなくてはならないので食べ物から視線をそらす」
「つまり、見ないで戦うってこと?」
「メニの視力ってどうなっている? 見えるならナビしてくれれば」
「見えるけれども、難しいと思うよ。第一……」
「第一?」
「敵さんが怒って強風攻撃しかけてきた」
「それを早く……うわわっ」
メニに抗議するよりも早く体が浮いた。というより、飛ばされた。
敵は予想もつかない行動にぽかんとしたが、我に返れば攻撃するのは当然だろう。
息を吹きかけた木の葉のように飛び上がり、ぽてんと落ちた。もちろん、痛い。
「それでも逃げる」
魔法少女は起き上がり走り出すしかなかった。
「ちょっと、ココ。いつもの犬っ子大好きパワーで邪ま(よこしま)な考えを消し去るのよ」
「邪まな考えは逃れられない。これが男の本能なの。私だって犬っ子のために世界を戦いたいわよ」
「じゃあ、右から可愛い犬が助けを求めて、左からキレイなお姉さんが君を呼んだら。どっちを向く?」
「ううう……」
「悩んでどうするの」
「そんな事いったっ……うわっ」
返答に困ったところで敵が再び強風攻撃をしかけた。怒っているらしく今度は倍以上とばされた。もちろん、落ちて痛い。
「ココ、前方30メートル先にシェットランドシープドックと人の反応あり」
「…………」
川原を散歩する犬っ子を巻き込むわけにはいかない。
犬っ子反応があった方に背を向けて、目を閉じたまま前方をむいた。
「さっきから、何、逃げてんだ。さっさと戦えっ」
怒り狂った敵の声がする。確実に向かって大攻撃をしかけてくるだろう。
落ち着け、俺。
後方のシェットランドシープドックのためにも……敵を倒したらその子に会うためにも……どちらかといえば、先に犬っ子を見たい。
「一撃で倒してやるっ」
風が前方から吹いてきた。自然と腕が動く。
金属が擦れる音が響き、差し出した両手に重さを感じた。リザードマンの攻撃を受け止めた時よりも重さ異常の圧力を感じた。
「急に戦う気が出たようだな。だが、遅い」
しゅううと音がして不安を感じ取った俺は目を開けてしまった。
しまったと思った時には、もう遅い。自分の肉球つきグローブとその先にいるお姉さんを……
「驚いたか、魔法少女」
「もちろん」
でも、俺はニコっと笑っていた。
「我が名は妖剣部隊長ガルハンワー。後ろの人間はただの幻だ」
オプションのなくなったモンスターならば、恐れる気はない。それどころか、後方のシェットランドシープドックのために戦うのみ。
「ココ、感じる?」
みなぎるピュアパワーを感じたところでメニが言った。
「ええ。もちろん」
新しい技が使える気がする。なんとなくだが、とりあえず心の中に光るそれに触れてみた。
右手に光が生まれ、肉球付きグローブが3倍にふくれあがった。
俺は受け止めていた妖剣を右手で跳ね上げる。
妖剣は空中でバランスを崩すことなく、浮いたまま刃を水平にする。刃をこちらに向けて。
それよりも速く、ジャンプして上をとった俺は3倍に膨れた右手グローブで叩き落した。
「暗黒の地で反省しなさいっ」
妖剣は地面に触れた途端、妖剣は消えた。
「勝利」
勝利のポーズを決めてから。ふうと息をついた。
「それにしても今回の戦いはなかなかの強敵だったわね。でも犬っ子の平和のために私、負けない」
「一番の強敵が妖剣の幻って、何か違うような気がするな」
メニの言葉が痛いシメの言葉となった。