先輩を助けよう
朝、近所の犬っこあいさつ巡りを終え、あとは面倒くさい学校までの道のりを歩く中、俺は愚痴をこぼした。魔法少女についてではなく、通信機器についてだ。
「携帯とスマホ使い分け面倒くさい……」
「なら携帯のアドレス、こっちに移動できるわよ」
茶柴色の髪にくりっとした目を持つ、柴犬感のある美少女で魔法少女の相方ことメニは得意げに言った。
「その前に、メニ。その格好……」
「へへっ。さっき通り過ぎた制服を作り上げたの、似合う?」
メニはくるりと周る。赤いプリーツのスカートが持ち主の動きに合わせて揺れた。スマートフォンでもあるメニならば画像処理して自分の服を簡単に変えられるらしい。
でも、それを着ているのは小学生ぐらいの姿。ちょっと違和感がある。
「アドレスどころか携帯機能をスマホ1つで使えるようにしてあげるよ」
「そんな便利な機能があるのか?」
「イエス。健斗、携帯を渡して」
「おう」
ポケットから携帯をメニに渡したら、メニは携帯を自分の頭上まで持ち上げた。
そして
「おい……まさか、待て、メニっ」
「いただきます」
携帯を離し、そのまま口中へ。一口で飲み込んでしまったのだ。
「ごちそうさま」
「え……あああ、俺の携帯が」
「大丈夫だって。吸収しちゃっただけだから。そのお蔭でアドレスはもちろん。健斗の携帯宛に送ったメールも通話も私1つで使えるようになったわ」
「吸収って……俺が苦労して集めた、かわいい犬っ子の画像集は? どうやって見るんだ?」
「……えへ」
「えへじゃねぇ」
絶叫してメニを掴もうとしがた、声がしたので慌てて振り向いた。
「おはよう、柴沼君」
「おおはようございます、華川先輩」
振り向くと同じ学校の制服を着た、憧れの人。華川先輩がいた。年上の3年生でさらりと揺れる長い髪に長いまつげ、大人の色気を漂わせるその雰囲気はアフガンハウンドみたいな高貴なイメージがあった。
「今、誰かいなかった?」
「うううん。いない、いません」
右の視界にいたはずのメニがいなくなりポケットに違和感を感じたのでスマホに戻ったのだろう。つくづく器用な相方だ。
「だんだん、寒くなるね」
「そうですね」
憧れの人に話しかけられて、会話を弾ませる能力なんてなく。というより、隣にいられるだけで鼓動の音が聞こえてしまう。
「あ、友達がいる。じゃあね」
華川先輩、早々に去ってしまった。
「華川先輩の後にハートの記号付きで登録されてあるね」
人がいなくなったのを確認して、ニヤニヤ顔のメニが現れた。さきほど携帯を飲み込んで情報も収集したからばっちり知っているようだ。
「しかも、登録してても肝心の番号が入っていないし」
「聞けるわけがないだろうが」
「当然とばかり言っているけれども……」
「きゃぁぁ」
悲鳴とメルの姿が消えてスマホの通話着信が鳴るのが同時だった。
「健斗、事件発生」
今まで横にいた奴がスマホで会話するっているのは妙な感覚があるが、それどころではなかった。
「今の声、華川先輩だ。急いでくれ」
俺は周りを見回し、目の前の角を曲がった。
人がいない事を確認し、スマホ画面にある『PUSH 変身』ボタンを指に触れる。
光が俺を包み込んだ。高校生から魔法少女へと変わってゆく。
今来た道路を駆け抜けて声のした空間、月極制の駐車場のど真ん中へ降りれるようジャンプした。
「お待ちなさい、邪悪な心に身を染めたモンスター。この柴犬ラブピュアファイター、ココがお相手よ」
前方のモンスターが襲い掛かってくる様子がないので、後方にいる被害者に振り返る。
「今のうちに逃げて」
「でも、あなたは……」
「大丈夫、私は魔法少女だから」
「そう、でも、気をつけてね」
被害者、やっぱり華川先輩だった。こんな状態でなんだが、いや、こんな状態だから普通に話せた。ちょっと幸せ。
華川先輩は友達と安全なところにいけたことを確認してから、モンスターに振り戻った。
「……ケルベロス」
3つの頭とドラゴンの尻尾を持つ犬系のモンスター。ゲーム世界でもお馴染みな厄介な奴。俺の記憶によれば、3回攻撃を受けてパーティが殲滅状態になった覚えがある。(某RPG)
危機感を感じた俺の両手に犬の肉球付きグローブが出現していた。
「さて、どうしよう」
3つ頭のモンスター。駐車場には何台か車があって、大きな動きはできない。
そう考えている間に右側のケルベロスが口を開いた。考えている暇はない。とっさにグローブ付きの右手を奴の口に当てる。
右側のケルベロスがアガアガとしている間に左側のケルベロスが口を開き左手を押し込む。
「…………」
そうすれば真ん中のケルベロスが口を開けようとする。
どうする? 両手が塞がっている今、蹴りをいれれば『光の輪』を発生できる時間ができるのだが。
モンスターとはいえ、こいつは犬系の生物……あんまり直接攻撃をしたくないし、この状態を見守る華川先輩がいる。あんまり魔法少女的じゃない事もしたくない。
とはいえ、奴が勝ち誇った顔をして口を開ける。
「……」
一か八か、俺は1つの方法を試すため、口を開き呪文のように唱えた。
「ケルちゃん、ご・は・んの時間だよ」
ケルベロスの目が大きく開き、ドラゴンの尻尾が揺れた。やっぱり、ケルベロスとはいえ犬っ子の本能がある。
俺は目を閉じた。
「光の輪よ。浄化を」
光が俺から生まれると輪になって広がってゆく。暗黒の地から来たモンスターを消滅するために。
「暗黒の地に帰って、闇の王にご飯を貰ってね」
光の輪がケルベロスに触れ姿を消していくのを確認しながら、別れの言葉を言った。
「ふう」
ケルベロスとはいえ、やっぱり犬系だった。という事にしておこう。
「すごいね。君、ギリシャ神話を知ってたんだ」
安全を確認してから華川さんが近づいてくれた。
「ケルベロスは甘い物が大好きでハチミツと小麦の粉を練って焼いた菓子を与えそれを食べている間にプシューケーは前を通過したんだよ」
「え、そうなの? 私、てっきり犬系のモンスターだったから。『ご飯』とか『散歩』とか言えば尻尾ふるかなぁって、思って」
そう俺の一か八か攻撃は犬好きによる発想からだった。
「ココちゃん。助けてくれてありがとうね」
にっこり笑う先輩は、これ以上ないものだった。魔法少女やってよかったな。
でも、先輩の笑顔は魔法少女にむけてのものだから、ちょっと複雑でもある。
アフガンハウンドは口の部分が細くて、毛の長いすらっとした大き目の犬種です。